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第二章

◇生まれ変わりのふたり

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 翌朝になり、私は着物に着替えてから食堂に向かった。食堂には、お義母様が待っていていて後からお義父様がやってきた。
「おはようございます、郁世様。貴文様」
「おはよう、紗梛さん」
 お二人に挨拶をするけど、士貴様もやってきて挨拶をしてすぐに朝食が運ばれてきた。バターロールににんじんや葉物野菜さつまいもにかぼちゃなどの蒸し野菜にバターソース、きのこのポタージュ、トマトのケチャップが添えられたオムレツにベーコンがお皿に綺麗に盛りつけられていた。
「今日はね、うちの近くにある養鶏場で採れた卵なのよ。運んできてくださったのよ」
「そうなんですね、いただきます」
 私はナイフとフォークを使いオムレツを一口大に切って、口へ運ぶ。オムレツはふわふわで口の中で一瞬でなくなってしまう。
「とてもおいしいです。ふわっとしていてシュワっと蕩けてしまい、甘さとトマトの酸味がとても合いますね」
「でしょう? ここの卵は、本当に美味しくてね……」
 お義母様は献立の食材について話をしてくださった。帝都で作られないものもあるけれどほとんどが帝都から近くで育てている農家さんからのものらしい。自ら赴いて、契約をしたからと思い入れがあるんだと教えてくれた。
 それから朝食の時間が終わって、ダイニングに移動をしてから四人で座った。私と士貴様で隣に座りお義母様とお義父様と向かい合う。
 望月さんがお茶を淹れてくれて、お義父様が望月さんと女中の方に退出するように告げれば彼らはお辞儀をして出て行った。室内は、私たち四人しかいなくなる。お義父様は立ち上がると、茶箱のような頑丈そうな箱を持ってテーブルに置く。
「紗梛さん、まず最初に……長宗我部家ともう没落してしまったが紗梛さんの母君が育った更科家について。そして、結葉龍神様と華乃宮毘売様についてだ」
 箱には鍵穴があり、とても厳重に管理されていたのがわかる。それにお義父様は鍵をしっかりと入れて開けると、そこからは年季が入っていそうな分厚い本や資料が出て来た。
「これがうちの……長宗我部家の資料でこっちが更科家の資料だ。最初はこれから話をしよう。まずは、結葉龍神様と長宗我部家のこと」
 貴文様は、資料の中から一つの似顔絵を取り出した。それは少し面影が士貴さんに似ていて、会ったこともないのに何故か懐かしいような……上手く表現ができないが、そんな雰囲気を感じた。
「この方が結葉龍神むすびのはりゅうじん様だ。長宗我部家を作った御方で、縁結びの神様だ。鈴蘭の香りをさせていたと言われている。士貴は生まれた時から生まれ変わりだとすぐにわかったよ。それでこちらの華乃宮毘売はなのみやひめ様は本来の自分を取り戻し伴侶と巡り合わせてくれる神様。橘花の香りがしたと言われている。華乃宮様は紗梛さんのお母様であられる紗代さんの生家・更科家を作った御方だ」
「そうなんですね……でも、私、母が更科家の人間だったなんて知らなくて」
「紗代さんが櫻月家で働きに出る前に更科家は没落してしまっていたから紗梛さんが知らないのも無理はないよ。だが、紗梛さんが受け継いで持っていたその香道具は更科家のものなんだ」
 彼が指差したのは士貴さんに持って行こうと言われて持ってきた母の形見である香道具の入っている木箱だった。
「更科家は、櫻月と流派は違うが同じ香道を生業にしていた家元同士だ。櫻月は昔、武士が作法や礼儀を通して精神を鍛練することが目的としてやっていた流派だ。でも、更科家は、貴族たちが香あそびをしたり雰囲気を楽しんだりして心に余裕を得ることを目的に嗜んでいたものだ。それに、更科家のあの香道具は、帝から献上して頂いたものであるからだ。昔、更科家には姫が降嫁しているからその時に持たせたと言われている」
「……そんなにすごいお家だったのですか? なのに、なぜ、没落に」
「それは、華乃宮毘売様の生まれ変わりが生まれなかったからだよ。神を末裔に持つ我々には、神の生まれ変わりは重要な存在だ。家が栄えるかは生まれ変わりがいるかいないかでは明らかに違う。たとえ、家督を継いだものが優秀であってもね」
 じゃあ、もし、母が没落前に更科の嫡女としてお婿さんを貰い結婚をして私が生まれていたら更科家は今も続いていたかもしれないと言うことかしら……ということは、もしかして、櫻月家は私がいたから栄えているっていうのもあったり?それは考えすぎか。
「あの、更科家ではない場所にいたのに……何故、生まれ変わりわたしが櫻月にいるとわかったのでしょうか? わたしは、あの家にとっては庶子であり綾様の身代わりとしていました。なのに何故、私がいるのがわかったのか不思議で。香りだけじゃ、居場所はわかりませんよね?」
「それは今から話そうと思っていたんだ。紗梛さん、これを」
 貴文様は次に今までの資料は冊子だったのだが、巻物を取り出し私に広げて見せた。
「これは当主か次期当主しか見られない代物だ」
「……私は見てもいいんでしょうか?」
「あぁ、君は特別だからね」
「拝見いたします……」
 とても緊張しながらそれに目を向けると【儀式】という文字が見えた。それは、当主あるいは次期当主が成人を迎えた年にある儀式でその儀式をした夜に伴侶である相手を特別な池で視ることができるらしい。
 名前はもちろんだが、容姿も視える。一目見て、士貴様は華乃宮毘売と瓜二つだった【更科紗梛】を華乃宮毘売の生まれ変わりだと感じたらしい。私が士貴様に初めて会った時に感じた懐かしい匂いがしたというのは、それと近いものらしい。
「わかったはいいものの、更科家は没落していて当主や当主夫人、そのご子息らの行方もわからなかった。香りだけを頼りに総出で探した。そして、櫻月家にいることを突き止めた」
 それで、士貴様が私に会いにきたということか。でもそんなに私は橘花の香りがするのだろうか自分では自覚ない。
 それを問いかけると、その香りは士貴様しかわからない香りということだった。
「あの、士貴様。貴文様。私が生まれ変わりだというのはわかりました。ですが、婚姻には帝の印が必要ですよね? 私の身分は、あくまで櫻月家の当主がお手付きをして出来た子……庶子です。全く、釣り合っていません。世間がなんとおっしゃるか」
「紗梛、大丈夫だよ。釣り合いは取れている」
「そんなことは……」
 士貴様は自信満々に「大丈夫だ」と再度、私に言った。
「君は正真正銘の更科家の娘だ。持っている香道具、さっきも言ったが先代帝から献上したものだし確認はしてあり城にも文献は残っている。それに君は香道に関しては完璧で、櫻月流も更科流もどちらもできる。一方で、君の義姉はずっと紗梛に押し付けていたから香道の作法もわかるはずない。もし、とってつけたように二日三日稽古をしたところで上手くはできない。それだけ、積み重ねが必要なものだ。知る者なら誰にだってわかる……君が一番、更科家の娘としても櫻月家の娘としてもふさわしいんだと」
「……っ……」
 褒められて私は少し恥ずかしくなって目が泳いでしまった。きっと今、顔は真っ赤になっているだろう。
「それに……それよりも、君を慕っている。紗梛を愛しているんだ。妻にしたいと心から願っている。そのためなら、世間なんて関係ない。必ず守るよ」
「……あ、ありがとうございます。わ、私も士貴様のことをお慕いしております」
 私は、これまで辛かったことは士貴様に会うまでの試練だったのだと思ったら過去の自分が報われた気がした。悪いことばかりではなかったんだと、少しだけ思えた。
「……それじゃ、難しい話は置いといて次は夜会の服装を決めましょうか」
「そうだな」
 郁世様と貴文様はそう言うと、夜会について話を始めた。そして郁世様と服を決めるため衣装部屋へ行くと、士貴様と相談しながら決めて行った。
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