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第三章
元婚約者の迷惑事件
しおりを挟む昼休憩が終わりカチカチとマウスを動かしながらお客様の情報を打っていく。
「若女将。確認なんですがあの菫の間のお客様ってアレルギーあるって言っていましたよね……?」
「うん、坂田様よね。卵のアレルギーがあるって聞いているよ」
坂田様は昨日から宿泊されているご夫婦だ。奥様がアレルギーがあると以前から聞いていた。
「花瀬さんが、確認ミスで卵の入っているものを出してしまいそうになって……!」
「え!?」
「今、仲居長が花瀬さんと話しているんですが」
「仲居長が気づいたの?」
彼女は「いえ」と首を横に振った。
「気づいたのは、加賀美さんです。それで加賀美さんがすごい剣幕でキレて、仲居長が面談室に連れて行きました」
「キレたの?」
「はい、仲居長にも絞られていると思いますが彼の言葉にグサグサと退治されたんじゃないかなと思います」
ゆらくんがキレるなんて想像できないが、もし気づかなかったら大変なことになっていた。配膳指導の時、佐倉さんにも言われていたはずなのに……。
「料理長も激怒したんですが、加賀美さんが全て言いたいことを言ってくれたから何も言ってませんでした」
「そ、そう……加賀美くんは今どうしてる?」
「配膳も無事終わったので、厨房に迷惑を掛けたからと皿を洗ってます」
えぇ!?
「料理長もおどおどしてました」
「そうだよね。ありがとね、対応してくれて」
「いえっ! 私たちは本当に何もしていませんよ。仲居長が花瀬さんについてからほとんど加賀美さんが指示とかも出してくれて……本当にありがたかったです」
彼女は、ホッとした顔をしていて本当にゆらくんが的確に指示を出してくれていたんだなと想像が出来る。
「若女将のこと大好きなんだなぁとも思いました! 愛されてますよね、それも」
指差し先には、昨夜ゆらくんにつけられた痣がらあった。
「ふふっ独占欲も強くて、仕事も完璧なんて羨ましい」
「揶揄わないでよ……」
「揶揄ってはいないですよ。じゃ、私は行きますね」
顔を熱らせながらも事務所を出て厨房に向かった。
厨房に入ると、中では何やら椅子に座ってお茶を飲みながら雑談をしている二人が目に入った。
「あっ、若女将! あの、さっき」
近づこうとした時、この春高校卒業して料理人として働いてくれている宮本くんが声をかけてきた。
「アレルギーのこと、だよね? 本当にごめんなさい、私がしっかり確認していたら良かった」
「いえっ! 若女将のせいじゃないです……朝礼の時も坂田様のことはおっしゃっていましたし」
宮本くんと話していると料理長がこちらに気づいたため急いで彼らの元へ向かう。
「料理長、今回は本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「若女将、あんたのせいじゃない。アイツが話を聞いていなかっただけだ」
「いえ、教育係を任された身です。花瀬のミスは私のミスでもあります」
私はその場にいなかっただけで、責任は私にある。
「加賀美さんもごめんなさい」
「若女将が悪いわけじゃない。しっかりと仕事をしない花瀬が悪い」
「そうだけど……」
料理長が「加賀美、かっこよかったんだよ」と私に向かって発した。
「俺が言おうと思ってたこと、全部いっちまったんだもんな」
「ははっ、やめてくださいよ。俺は仕事をしただけです」
「なんて言ったんですか?」
「『君の行動は、殺人未遂だ』って。確かにそうだけどあんなにはっきりと言うなんてな」
ゆらくんは、料理長の言葉に照れていて可愛い。
「加賀美さん本当にありがとう。みんな、加賀美さんが居てくれて助かったと言っていました」
「いえっ、教わったことをしただけです。それに、アレルギーについてはしっかりしないと」
アレルギーについては新マニュアルを作らないといけないなぁ。
――午後十六時。事務所にて、事務作業や電話対応をしていた。
「若女将、ちょっといい?」
「はい。どうしたんですか?」
やってきたのは仲居長の佐倉さんと後ろに稔くんだ。
「あの、花瀬くんもう辞めたいと言ってまして」
はぁ? 辞めたい!?
「もう辞めるんで、てか辞めさせてください」
「何を言ってるの? 会長に直談判したのに、勝手に辞めるって仕事をなんだと思ってるの?」
「それは、妃菜と元鞘に戻りたかったから仕方なくで……! だけど、俺は家元当主だぞ!? そんな俺が――」
この人何を言ってるんだろう。花瀬家を勘当されたのよね?
「花瀬さんは、実家には戻られましたか?」
「は? 何を急に……戻ってないが」
「花瀬さんのお父様は、あなたを勘当すると言っていたわ。それに我が旅館との契約成立だったものも破棄いたしました。なるほど知らなかったのなら、仕方がありませんね」
私、こんな人と夫婦になるとこだったのね……。高校生の私に言ってやりたい。政略結婚のために婚約なんてするな、って。
「それに花瀬さん、先ほど電話があったのだけど……」
「電話?」
「そう。名前は、“すがわら あい”って子なんだけど……あなたの本命で、お金がないんですってね? それで」
私は、“あい”と名乗る女性から壮大な計画を暴露されたのだ。
「花瀬さんは愛という女性に騙されたと言って私と結婚する。それで後々あることないこと擦りつけでから離婚し賠償金を払ってもらえばお金はたっぷり入る」
「……っ……」
「図星みたいね?」
「そ、そ、そんなの嘘だ!」
動揺して黙ってる時点でイエスと言っているようなものだ。
「まぁ、その計画も終わりね。自ら終わらせた、のかしら」
「はっはぁ!?」
「だってこの旅館辞めるんでしょう? なら、結婚なんてできないわ。会長もそう判断するはずよ」
まぁ、お祖父様は元鞘に戻すつもりはなかったと思うけど。
「あなたの意思は分かりました。家に帰るなり彼女の元にもどふなり好きにしてください。退職届、特別に受理いたしますので」
そうバシッと言うと、彼は座り込んでしまった。だが、花瀬家に連絡すると運転手が迎えに来てこの旅館から去って行った。
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