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第三章

仲居見習いくん

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 朝5時、私は起きると台所で朝食を作る。
「妃菜おはよ」
「お母さん、お父さんおはよう」
 今日は豆腐の味噌汁に焼き鮭、お新香とご飯のシンプルなメニューだ。
「私やるから由良くん見てきたら? あと少ししかないでしょ?」
「うん、分かった。じゃあ、ゆらくん見てくるよ」
 一旦手を洗い2階へと上がった。私の左隣の部屋がゆらくんが住む部屋だ。そこの扉をノックする。
「ゆらくん? 妃菜です」
 返事がなくてドアを恐る恐る開けると、ゆらくんはもう既に起きていて何かを読んでいた。集中しているからこちらにも気づかず、本を見ている……よく見ればマニュアルだ。
「ゆらくん、ご飯だよ」
 ゆらくんの肩をポンポンと叩くとやっと私に気づいた。
「妃菜ちゃんおはよ……」
「ご飯できたから行こう」
 ゆらくんと下に降りると、居間では朝食が並べられていてお祖父ちゃんもすでに座っていた。
「遅くなりました」
「いや、妃菜も由良くんもおはよう」
「おはようございます」
 お祖父ちゃんの「いただきます」でみんなで朝食を食べ始める。いつも朝はテレビを見ないから朝は静かだ。
「妃菜、朝礼で由良くんたちを紹介してね」
「はい。わかりました」
「佐倉さんと藍沢あいざわくんも教育係やるって言っていたわよ。稔くんの、だけど」
 あはは……想像出来る。婚約破棄になった時、めちゃくちゃ怒っていたからなぁ。
「今日は2人とも私とですけどね」
「そうね、由良くんも頑張ってね。でも、由良くんはずっとホテルで働いていたし大丈夫なんじゃないかな」
「いえ、現場から遠のいていたので心配です」
 ゆらくんはそう言うけど、きっと器用にやってしまう気がする。私より仕事出来ちゃったりして……。
「謙遜しないでー! まぁ、早く食べて早く支度しなさい」
 お母さんは今日は遅番だから食べ終わった食器の片付けをお願いし、私は先に部屋に戻り準備をする。淡いピンク色の地に可愛らしい花の絵があしらってある着物にクリーム色の帯をしめた。


 ***

「おはようございます、今日は修学旅行生最終日です。大広間にて準備をお願いします。予約14時に伊東いとう様チェックインされます。夕食はお部屋でお願いしますとのことです。担当の方よろしくお願いします――」
 朝礼は6時に始まる。仲居長や仲居さん、接客や仲居見習いさん、料理長が参加する。いつも同じメンバーだ。だけど、今日は2人いるからかジロジロこちらを見ている。
「えっと、今日から3ヶ月仲居見習いとして働いてもらう花瀬稔さんと加賀美由良さんです。私が教育係をしますが補佐で仲居長、藍沢くんについて貰います」
 自己紹介が終わると、みんな解散していく。
「じゃあ一通り説明します」
 私は事務所にある番付を説明する。
「私が担当しているのが菖蒲の間に昨夜から宿泊されている新沢にいざわ様。もう少し経ったら菖蒲の間に清掃に行きます」
 うぅ……やりにくい。すっごくやりにくい。
「仲居長。仲居長の担当部屋掃除してもいいかしら?」
「えぇ、いいわよ。若女将、配送もあると思うから早く戻ってきてね」
 私は仲居長の佐倉さんに頷くと2人を連れて厨房へ向かった。
「おはようございます~今大丈夫かしら」
「あぁ、若女将!? えぇ大丈夫だ」
 もう朝食作りは終わったみたいで、今はお茶を飲みながらゆっくりしていた料理人たち。私が料理長を呼ぶと「なんだい?」と言いながらこちらにきた。
「こちら、料理長の木島きじまさん。料理人である磯部いそべくんと萩田はぎたくん、川村かわむらくんね」
 料理人たちは「よろしく」と言うが、料理長は「3ヶ月とは言え、しっかりやれよ」と捨て台詞を吐くと裏口からどこかへ行ってしまった。
「木島さんいい人なんだけど、料理以外興味がないから気にしないで」
「はい、分かりました」
 厨房から出ると宿泊練の菖蒲の間に向かう。菖蒲の間に行くと、掃除の説明をした。稔くんには菖蒲の間を、ゆらくんには霞桜の間の掃除をしてもらうことにして私は一旦事務所へ戻ると宮澤さんが駆け寄ってきた。
「若女将、坂下さかしたさんが来たので確認お願い出来ますか?」
 坂下さんは、この旅館に食品や備品を配送してくれているトラック運転手さんだ。
「ありがとう、今行くわ」
 私は裏口に向かい、備品ダンボールを順番に運んでいる坂下さんを見つけた。
「若女将、お疲れさん」
「お疲れ様です。サインしますね」
 ダンボールを確認すると受け取り署名にサインをした。
「じゃあ、またな」
「はい、坂下さんもお気をつけて」
 坂下さんを見送り、カートにダンボールを乗せて裏口まで向かった。

「木島さん、厨房の注文分です。お願いします」
「おぅ、ありがとう」
 厨房に食材が入ったダンボールを持っていき、急いで菖蒲間の間と霞桜の間に向かう。廊下を歩いていると、仲居見習いの女の子が「若女将ー!」と焦ったようにこちらに走ってきた。
「走っちゃだめよ、急いでどうしたの?」
「すみませんっ……でも、あの仲居長がっ」
「佐倉さんがどうしたの?」
 私がそう尋ねると、彼女はゆっくり息を吐き口を開いた。
「仲居長、菖蒲の間を担当している新人さんをすごい剣幕で怒ってます!」
「え? 新人って……あぁ」
「熱血指導が始まってて」
 稔くんか……。掃除とかしたこと無さそうだしなぁ。婚約していたとき次期当主候補だったけど、実力はなかったって言っていたしただ長男だっただけで威張っていたらしい。
「ありがとう、今向かうわ」
 彼女にそう言って急いで菖蒲の間に向かう。近づくと、佐倉さんがダメ出しをしている声が聞こえてきた。まるで嫁姑のような会話が聞こえる。スイッチ入っちゃったのね。
「――あぁ! そんなんじゃダメだって言っているでしょう!?」
「な、なんだよ……知らねーよ!」
「言葉遣い直しなさい」
「はぁ!? ウザっ」
 佐倉さんの怒りが爆発する前に私は仲裁に入る。
「どうしたんですか?」
「若女将……この人の掃除、適当すぎます。こんなんじゃお客様をお迎えできません」
 佐倉さんの言い分はこうだ。部屋やトイレ、浴室を点検した。だが、埃は畳に落ちているし机は拭き後がある。浴室は水がまだ残っている状態で迎えられるような部屋じゃ到底なかったと。
「私は花瀬さんを一から教育しますので、加賀美さんの方を点検お願いできますか?」
「は、はい。よろしくお願いします」
「えぇ! お任せください!」
 気合いが入ってしまった佐倉さんに稔くんを任せて、待ちぼうけ状態だろうゆらくんを見に行くことにした。


 ***

「うん、完璧です」
「ほんと? やった」
 霞桜の間を掃除していたゆらくんは私が来るまでずっと掃除と備品を補充したりしてくれていた。
「埃もないし、備品もすべて揃っているし問題ないよ。だけどよく備品の場所わかったね」
「良かった、備品のある場所分からなかったからちょうど歩いていた子に聞いたんだ。親切にいろいろ教えてくれたよ」
「そう、良かった」
 私とゆらくんは客室から出ると、事務室に向かう。
「じゃあお疲れ様でした。次は配膳ね。マニュアルでも見たと思うけど――」

 ゆらくんと配膳についてやると、すぐにお昼休憩の時間になって母屋で昼食を食べた。
「休憩中だし、キスしていい?」
「へっ?」
 ゆらくんは私の頬に右手を当てると近づいてきて唇を重ねた。
「妃菜ちゃん綺麗だから、男が見ていた。とても、嫉妬した」
「えっ嫉妬?」
 ゆらくんが私に嫉妬……。そんな、あるわけない。
「俺だって嫉妬する。仕事だってわかっているけど、気持ちには逆らえないな」
「……っ……」
「仕事する妃菜ちゃんも素敵だったし、もっと好きになったよ」
 そう言ったゆらくんは優しく微笑んでいて今から仕事なのにキュンとしてしまった。





 
 

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