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第一章

ディナーデート 前編

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「若女将、ホテルKAGAMIの加賀美副社長さまからの何か届いてましたよ」 
 受付をしていると仲居さんが持ってきたお洒落な箱には届人には由良の名前が書いてある。
「ありがとう、ちょっと置いてくるね」
「はい」
 母屋の自分の部屋に箱を置いてから受付に向かった。その途中、客室前が騒がしい。
「――早く責任者を出しなさい!」
「申し訳ありませんっ……」
 接客見習いの子と仲居見習いから卒業した正社員の子が30代くらいの女性客2人が言い争っている……たしか、昨夜から宿泊されている水野みずの様だ。
「どうかされましたか?」
「あのね! この子たちが……あ、あなた若女将じゃない!」
「はい、若女将の桜橋です。どうかされました?」
「お掃除はしないでいいって言ったのに、この人たちが勝手に……!」
 あぁ、そういうことね。私は仲居さんに目を向けると遠慮がちに首を小さく振った。
「水野様、この度は大変申し訳ありませんでした」
 こちらに非はなくてもしっかり謝らなくては……だけどそれだけじゃ、許してはくれないだろう。
「お詫びと言っては何ですが、食事処の夕食を無料招待させていただきます」
 櫻庵にある食事処・櫻椿は、普通コースとプレミアムコースがある。確か水野様は普通コースを選択されているし……きっと喜んでくださるわ。
「まぁ! そうね……これなら、仕方ないわね。ちゃんと教育してよ」
「はい、申し訳ありませんでした」
 水野様達はプンプンしながらもウキウキした足取りで「得しちゃったわね!」なんてキャッキャっと言っている。なんとかその場は凌げたかな。
「若女将、ご迷惑をおかけして本当にすみません」
「いいのよ。あ、ちょっと来て」
 私は2人を連れて休憩室に入る。休憩室の椅子に座るように促すと申し訳なさそうに俯いている。そりゃそうだ……あんな怖い血相でガミガミ言われたんじゃ仕方ない。私は、お茶を2人分入れてお昼休みお裾分けでもらったわらび餅を器に持って彼女らに差し出した。
「どうぞ、飲んでゆっくりして」
「は、はい……いただきます」
「正直、怖かった? 怖かったよね? あのお客様」
 2人は言いづらいのか首を縦に振り遠慮がちに頷く。
「だよねぇ。私も仕事始めた時はそうだったもん……大きな声じゃ言えないけどしかも理不尽だしさ。ああいう時は、まず仲居長を呼ぶこと。無線でも何でもいいから仲居長がいなかったら私を呼んで」
「はい……」
「タイミング悪くて誰もいなかったら、さっきみたいに無料券渡しちゃいなさい。ね?」
 私も佐倉さんもそうしている。いつも無料券やらを忍ばせている。
「わかりました、ありがとうございます」
「うん。それ食べて切り替えて、遅番の人たち来るまであと少し頑張ろう」
「はい!」
 わらび餅を食べながら美味しいと喜んでいる様子を見てもう大丈夫かなと思い出し、私は受付に戻った。


 ***

 仕事を終え、母屋に戻るとゆらくんからの贈り物の箱を開けた。そこには深緑の袖はレースで出来たシフォンワンピースのようなパーティードレスが入っていた。それにメッセージカードが1枚。
【君は着物で来ようとしていたんだろうけど、俺が贈ったものを来て欲しいと思うのはワガママだろうか。当日、楽しみにしているよ。 由良】
 ワガママじゃないです。パーティードレスをプレゼントされたことないから嬉しい。
「可愛い……」
 さっそく、お礼を伝えなきゃとスマホを取り出して以前交換したLINEのトーク画面を開く。
「えっと……ドレスのこと、だよね」
【ドレス届きました。素敵なドレスありがとうございます。洋装で出るのは緊張しますが、当日はよろしくお願いします】……っと。メッセージを打ち終わり、送信ボタンをタップしてから机にスマホを置いて着物を脱ごうと帯に触れたその時、スマホのバイブレーションが鳴る。スマホの画面を見ると【由良くん】と着信の画面が表示されていた。電話のマークをスライドして耳元に当てる。
「もしもし、妃菜ちゃん?」
「はい、妃菜です……お疲れ様です」
「うん、お疲れ様。今日、夜は空いてる?」
「夜、ですか? 今夜は空いてますけど」
 夜なんかあったかな。用事もないし、空いてるよね。
「そう。良かった……じゃ、迎えに行くよ」
「え、迎え?」
「金曜日だし、ご飯食べに行こう。明日は休みだよね?」
 たしかに休みだけど……どうして知ってるんだろう。
「明日は休みというか……遅番です」
「そうなの? 何時から?」
「えっと、夕方の17時です」
 私のシフトは平日の出勤日は8時から17時までで、土日祝日は遅番が土日のどちらかにある。
「それなら大丈夫かな。妃菜ちゃんもいい?」
「はい、大丈夫です」
「良かった、じゃあまた後で」
 ゆらくんとディナーか……。なに着ていこう。普通でいいかな。あ、お母さんにご飯いらないって言わないと。服は後から考えよう。私は下に行くとお母さんがカレーを作っていた。
「あら、妃菜……どうしたの?」
「今日ご飯いらないって伝えに来たんだけど」
「加賀美さんとディナーでしょう? 知ってるから大丈夫よ」
 なんで知ってるの……もしかしてゆらくんお母さんに聞いたのかな。
「加賀美さんいい人じゃない。わざわざ電話くださって……ふふ、お母さんはあの方なら大丈夫なんじゃないかなぁ」
「由良くんは、いい人だけど……まだ早いよ」
「そう……妃菜がそう思うなら止めないけど、運命の人ってそんなに現れないわよ」
 もうあんな思いはしたくないし……婚約破棄だなんてコリゴリだしまだ答えは出せない。
「ま、支度してきなさい。迎え来てくださるんでしょ?」
「うん、ありがとう」
 私は自分の部屋に戻ると、クローゼットを開ける。ほとんど着物で過ごす私には洋服があまりない。うーん……悩む。
「まともなのがこんなのしかないなんて」
 レースのパステルピンクの七分袖で膝丈のワンピースに、白ブラウスと花柄スカートに前に着たジャンバスカートくらい……無さすぎる。
「妃菜、加賀美さん来たわよ? まだ決まってないの?」
「うん……だって、こんなこと初めてで」
 ゆらくんとは2、3回会っているけど“デート”というものというものは本当に初心者だ。前婚約者とはお互い2人で過ごす時間なんて取れず出かけたことなんて片手で足りるくらいだし……。
「そうねぇ……ブラウスと花柄のスカートいいんじゃない? 可愛いわよ」
「そうする。ありがとう」
「服がないのも問題ね。一度、買い物行ってきなさい」
 うぅ……それは確かに言える。また可奈ちゃんに付き合って貰おう。
「早く着て降りてきなさいね」
 私は、ブラウスとスカートを履いて髪を少しいじってから下に降りる。居間では、ゆらくんがお茶を飲みお母さんたちと雑談して待っていた。
「妃菜、上がってもらっちゃったわよ」
「お茶ご馳走になってしまってすみません」
「妃菜が服選ぶの遅いから気にしないでいいのよ」
 お母さんっ! そんなこと、ゆらくんに言わないでよ……! 
「妃菜ちゃん、今日も可愛いね」
「そ、そういうこと言わないでよ……」
 お母さんの前なんかで言ったら明日質問攻めに合うじゃん……。お母さんを見るとニヤニヤしているし、もう。
「ハハッ……顔真っ赤だ」
「だ、だからっ」
「では、お嬢さんお預かりします」
 ゆらくんはお母さんにそう伝え、「妃菜ちゃん行こう」と優しい声で言われてゆらくんと家を出た。





 

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