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【3章】攻守交代......と思いきや、ハルトのターンが終わらない

32.完全敗北

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 二人して馬車に乗り込んだすぐあと、ハルト様はわたくしのことをきつく抱きしめてきました。コルセットをしているので、正直ちょっとだけ苦しいです! ……が、これは彼の強い愛情ですから! わたくしも必死に抱き返しました。


「クラルテ……」


 頬を撫でられ、あまりの気持ちよさに目をつぶります。すると、すぐに唇に柔らかな感触が重なりました。チュ、チュと小さなリップ音が狭い馬車に響いて、頭が沸騰しそうです。


「ハルト様……」


 キスの合間に互いの名前を呼び合います。いいですね、こういうの! ずっとずっと憧れてました。

 …………いえ、本当はこんな浮かれムードじゃないんです。すごくしっとりした雰囲気なんですけど、こういうノリじゃないと本当にたえられないんですよ。恥ずかしすぎて! 逃げ出したくなっちゃうんです(馬車なんで逃げ場なんてないんですけどね)!

 そのくせ、ハルト様に求められてる感じがして、すっごくすっごく嬉しいですし。
 へんです。矛盾だらけです。わかってますけど、自分じゃどうしようもないんですよ。主導権を握られちゃってるんで。握り返すしか逃れる道はないってことなのでしょう。


「さっき……」

「はい?」

「ザマスコッチ子爵となにを話していたんだ?」

「え?」


 気づいたら、ハルト様は熱っぽい瞳でわたくしのことを見下ろしていました。おまけに、半分ぐらい押し倒されておりまして、わたくしは今プチパニックです! 心臓、バクバクいってますし! お返事しなきゃと思っているのに、思考がうまくまとまりません。

 そもそもハルト様にザマスコッチ子爵のことを話したっけ――と思ったところで、先程ロザリンデさんに対して思わせぶりなセリフを残していったことを思い出します。
 本当はもっと違う形でお伝えしたかったんですけど、こればかりは仕方ない。だって、ロザリンデさんを牽制したかったんですもの! 完膚なきまでに叩き潰したかったんですもの! ハルト様はわたくしの旦那様ですもの! ちょっかいなんてかけてほしくないですもの! ……なんだか思い出したらムカムカしてきました。わたくしはハルト様に向き直ります。


「実は、火災保険なるものの勧誘話をされまして」

「うん」


 それだけじゃないだろう? と詰め寄られつつ、わたくしはゴクリとつばを飲みます。
 なんでしょう? ハルト様の様子がいつもの数倍おかしいです。ワイルドというか、セクシーというか! 彼を愛するわたくしには目に毒な状況です。若干怖いと思いつつ、それを心のどこかで楽しんでいる自分がいるといいましょうか……これは困りましたね。


「クラルテ?」


 ハルト様がわたくしの名前を呼びます。
 顔近い! 非常にまずい状況です。ドキドキしすぎて心臓が飛び出しちゃいそう!
 
 とかなんとか思っていたら、噛みつくみたいなキスをされて、いよいよ頭が回らなくなってきました。全身が燃えるみたいに熱いですし、色々大丈夫でしょうか?


「クラルテ」

「~~~~ついでに口説かれかけたんですよ! ちゃんとかわしましたけどね!」


 ハルト様を押し返しつつ、わたくしはちょっぴり声を張ります。ムッと眉間にシワを寄せたハルト様を抱きしめながら、わたくしは彼を抱きしめました。


「それより、わたくしだってちょっぴり傷ついてるんですよ。ハルト様がロザリンデさんと会話を交わしていたこと」


 言いながら、思わずため息が漏れ出ます。

 あーーあ、本当は拗ねるつもりなんてなかったのに……ハルト様に触発されてついつい本音を言ってしまいました。
 だって、あれは完全なもらい事故ですから。ハルト様はロザリンデさんと話すつもりなんてなかったってわかってますもの。わかっていても、いい気はしないもんなんです!


「すまない」


 ハルト様は言いながら、わたくしの頬にキスをします。何度も何度も。あやすみたいに。


「なんだかわたくし、ごまかされてます?」


 まるで、やましいことがあるみたいじゃないですか? わたくしはムッと唇を尖らせます。


「違う。……嬉しかったんだ。クラルテが俺のために怒ってくれたこと」


 ハルト様はそう言って、穏やかに目を細めて笑います。……表情を見ていたら、それが彼の本心だってすぐにわかって、なんだか泣けてきてしまいました。


「そんなの当たり前ですよ! わたくし、ハルト様のことが大好きですもの! あんなふうに言われたら嫌ですもの! 傷つきますもの! 本当はもっと……もっと、色々言ってやりたかったんです!」


 ダメです……こらえようと思っていたのに、涙がこぼれてきてしまいました。女の泣き顔ってのはおそろしくブサイクなものですし、当然ハルト様に見せたくなんてありません。彼にはいつも笑顔のわたくしを見ていてほしいのに……。


「クラルテ」


 ハルト様がわたくしに口づけします。よしよしってたくさん頭を撫でながら。合間に愛を囁かれて。涙は引っ込みましたが、完全に酸欠状態です! プハッと息を吸い込んで、わたくしは落ち着きを取り戻します。もうなにがあっても動じないぞと、そう意気込んだときでした。


「今夜は一緒に眠りたい――――って言ったらどうする?」

「ぇえ!?」


 想定外! こればっかりは想定外ですよハルト様!

 一緒に眠るって! つまり、そういうことですよね? ただの添い寝じゃありませんよね!?

 ついこの間まで順序がどうとか色々、諸々おっしゃっていたじゃありませんか! 押しかけた当初、わたくしが冗談(半分本気)で『一緒に寝ましょ!』って言ったら、真っ赤に頬を染めていた純情なハルト様はどこに行っちゃったんですか!?


 パニックのあまりなんにも口にできないわたくしを見下ろしつつ、ハルト様は頬に口づけます。


「――嫌ならい」

「嫌じゃないです!」


 あっ、しまった。
 ずるい。ずるいです。卑怯です。気づいたら負けてました!

 だって、嫌だなんて言えるわけがないじゃありませんか! 相手はハルト様ですよ! わたくしの大好きな人ですよ! そもそも嫌じゃありませんし。戸惑ってるだけですし。色々と悔しくはありますけれども……。


「そうか」


 ハルト様がそう言ってふにゃりと笑いました。ダメです、可愛い! ものすごく可愛い笑顔です! 完全に心臓を打ち抜たれたわたくしは、ハルト様に抱きつきます。今、身体に力が入りません。骨抜き状態ってやつですね。


(あーーあ、わたくしの完敗です……)


 勝ちたかったのにな。
 すっごく悔しいのに――とっても嬉しそうなハルト様を見つめながら、わたくしは思わず笑ってしまったのでした。
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