上 下
7 / 41
【1章】先攻クラルテ 押しかける!

7.独占欲発動

しおりを挟む
(嘘だろう? 本当にクラルテ……なのか?)


 今年度新しく入った他の職員と一緒に並ぶクラルテを眺めつつ、俺は呆然としてしまう。

 薄茶色の美しい髪も、神秘的な色合いの紫色の瞳も、愛らしい顔立ちも、華奢な体も、すべて俺の知っているクラルテそのものだ。普段とは違ってドレスではなく、魔術師団員の制服を着てはいるものの、その愛くるしさは健在だ。見間違いようがない。

 しかし、わかっていても受け入れがたいことというのは存在する。

 今朝俺を仕事に送り出すとき、クラルテは完全にいつもどおりだった。普段と違うところなんてひとつもなかった。『旦那様にしばらく会えないなんて寂しい』とつぶやきつつ、俺の襟を整えて『いってらっしゃいませ』なんて微笑むものだから、俺も寂しいかもしれない、なんてことを思っていたというのに……。


(会えなかった時間なんてほんの一時間じゃないか!)


 これじゃ詐欺だ。あのときの俺の気持ちを返してほしい。いや、無理だとはわかっているが……。


「クラルテと申します。転移魔法、救護魔法が扱えます。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします」


 悶々としている間に自己紹介が進んでいる。気づけばクラルテがみんなに向かってお辞儀をしているところだった。すぐに拍手が沸き起こる。俺も慌てて手を叩いた。


「……なあ、あの子可愛くない?」

(…………!)


 そんななか、どこからともなく聞こえてきたつぶやきに俺は思わず振り返る。幸い、声の主はすぐに判別できた。


(あれは……昨年度の採用者たちか)


 なるほど、後輩が入ってきたことで浮足立っているのだろう。気持ちはわからないでもないが、たるんでいる。あとで活を入れなければ――そんなことを思っていたら、今度は先程とは別人の声が聞こえてきた。


「俺、知ってるよ。ブクディワ侯爵の愛娘だ。何度か夜会で顔を合わせたことがある。まさか同じ職場になるとはな……気さくないい子だよ。たしか、婚約者もいなかったはずだし、仲良くなったら玉の輿に乗れる……なんてこともあるかも」

(なにっ!?)


 なんとも身の程知らずがいたものだ! あいつはたしか子爵家の長男……クラルテよりも大分身分が低いじゃないか。

 ……いや、違う。クラルテはそんなことを気にするような女性じゃない。俺の使用人に志願するような人だ。身分の差なんて関係なく、色んな人と別け隔てなく仲良くなろうとするだろう。

 とはいえ、そんなに簡単に近づこうと思っていい女性じゃないのはたしかだ。

 ……いや、それも違うな。違う。
 単純に俺が嫌なだけだ。


(くそっ)


 バカか、俺は。どうしていっちょ前に独占欲なんて出してるんだ? 
 彼女は俺のものなんかじゃないのに。
 ……いや、家に押しかけられてはいる。押しかけられてはいるが、正式に婚約をしているわけではない。なんなら俺が拒否している立場だというのに……。


「旦那様!」


 悶々としている間に職員紹介が終わり、解散の号令がかかった瞬間、クラルテが俺のもとに駆け寄ってくる。思わずドキッとしてしまった。


「クラルテ、お前……」

「ビックリしました? ……その様子だと作戦成功ですね!」


 クラルテはそう言って楽しそうに笑っている。気づいたら俺は天を仰いでいた。


「ビックリした……。こういう大切なことは事前に言ってくれ。心臓に悪いから」

「え~~? でも、おかげで少しはドキッとしたでしょう? 吊り橋効果、的な? 驚きからくるドキドキが恋に変わったらいいなぁ、なんて思った次第で」


 ……認めよう。効いているよ。クラルテの狙いどおりだ。
 だけど、これでは俺の体がもたない。


「色々と聞きたいことがあるが、仕事の時間だ。……また、昼飯のときに」
 というか、ここで話し込んでいたら周りの男どもの視線を集めてしまう。クラルテの同期も、先程の二年目職員たちも、プレヤさんまでもがこっちを凝視しているじゃないか。


「わぁ、お昼! 旦那様にご一緒していただけるんですか? 嬉しいです!」


 クラルテは言いながら俺の手をギュッと握る。思わぬことに、全身がブワッと熱くなった。


(待てよ、俺)


 そもそも、当たり前のようにランチに誘ってしまったが、よく考えたらまずかったのではなかろうか? 入団したての頃は同期との繋がりも重要だ。色々と付き合いもあるだろうし、俺との話は明日家に帰ってからでも遅くはない。


「いや……同期と一緒に食べたいと言うなら別に」

「その気遣いは無用の長物ですよ~。だって、わたくしの最優先事項は旦那様ですから! 同期とは研修で嫌でも一緒になりますし、お昼は別で構いません。っていうか、ほとんどがアカデミーの同級生ですし、いまさら親交を深める理由もありませんもの」


 まただ。俺の思考は完全に読まれている。
 というか、なにを言ってもクラルテに説き伏せられてしまうだろう。


「……それじゃあ、時間になったら迎えに行く」

「はい! お待ちしております」


 嬉しそうなクラルテを見送りつつ、俺は小さく息をつくのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

処理中です...