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13.君は私のことをよくわかっているね
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「誰だ、あの男は……」
龍晴様がつぶやく。驚愕、恐怖、憤怒に感嘆――いろんな感情が見え隠れしている。
周りの人間は天龍様のあまりの神々しさに言葉も発せられないらしい。ただ呆然とこちらを見つめていた。
「……っ桜華!」
龍晴様はやがて気を取り直したように、わたくしのほうへ向き直る。それから、天龍様を鋭い目つきで睨みつけた。
「おい、命令だ。桜華を降ろせ。私に引き渡すのだ」
「お断りしよう」
「なっ……⁉ なんだと⁉ 私の命令を聞くんだ! 跪け! 私は皇帝だぞ!」
生まれてこの方他人に逆らわれたことのない龍晴様は、ひどく憤った様子で声を荒げる。孝明ら宦官たちが困惑した様子でこちらと龍晴様とを交互に見遣る。天龍様は小さくため息をついた。
「そちらについてもお断りしよう。皇帝、それがどうした? 所詮はただの人間だろう」
「貴様! 今、なんと」
「君は所詮、ただの人間だと言ったんだ。それに、皇帝というなら私もそうだよ。君たちが神の血と崇める天界のね」
その瞬間、天龍様は白銀の龍の姿へと変貌を遂げる。風が吹き荒び、星々が瞬く。空気が、地面が震撼する。
龍晴様は驚愕に目を見開き、宦官たちは恐怖のあまりその場に跪いた。
それから天龍様は元の姿に戻ると、未だ事態の飲み込めていない龍晴様を静かに見下ろす。龍晴様は言葉を失ったまま、わたくしたちのことを見上げた。
「天界……龍? まさか、そんなものが本当に存在するというのか? それじゃあ、私の祖先は――始皇帝は……」
「わかってくれたかな? 君たちが必死に守ろうとしている始皇帝――聖女の血は、私と同じ天界のもの。龍の血なんだよ。だから、私は君に跪かない。言うことを聞いてやる義理もないし、必要もない。当然だろう?」
天龍様の言葉に、龍晴様が悔しげに拳を握る。なにか言い返そうとしたのだろう。何度も口を開閉し、それからそっと下を向いた。
こうしている間にも、騒ぎを聞きつけた後宮の住人たちが続々と集まってきている。みな龍晴様と天龍様とを見比べながら、驚き、おののき、一様に膝をついていた。
「わかってくれたかな、龍晴? 君は桜華を傷つけた。私は君を許さない」
天龍様がわたくしの肩を優しく撫でた。すでに傷は癒えているというのに、痛くて、悲しくて、涙がこぼれる。
龍晴様はそんなわたくしを見つめながら、首を横に振った。
「けれど桜華は! 桜華は私のもので……」
「桜華の人生は君のものではなく、彼女自身のものだよ。君のエゴで彼女を縛るな」
天龍様はそう言って、わたくしのことを優しく抱きしめてくださる。温かい。あんなにも怖くて、絶望に暮れていたのが嘘のようだ。わたくしは天龍様を抱き返した。
「まったく、地界の皇帝は、どうしてこんなにも偉くなってしまったんだろうね? 神華の残した龍の血など、もうほとんど残っていないというのに」
どこか呆れたような物言いに、龍晴様の頬がカッと赤くなる。おそらく、天龍様と対峙したことで、龍晴様にもそれは事実だと実感したのだろう。
天龍様がほんの少しだけ手を空に掲げると空が一気に暗くなり、星たちが勢いよく瞬きはじめた。
「そろそろ行くよ。これ以上、君の側に桜華を置いておきたくないからね」
「そんな……待て! 待ってくれ! ……そうだ、桜華! 桜華ならわかるだろう? 私は君なしでは生きていけないんだ! 本当だ! だから、私の側にいてくれ! 君を愛しているんだ!」
龍晴様がわたくしに縋り付く。
(あんなにも好きで好きでたまらなかったのに)
――今の彼の姿は、なんとも惨めで哀れだった。
わたくしは首を横に振り、龍晴様から距離をとる。その瞬間、彼は絶望に表情を歪めた。
「龍晴様、わたくしにはわかりません」
「そんな……! 嫌だ、待って! 待ってくれ、母様!」
静寂。龍晴様が大きく息をのむ。
それはきっと、あまりにも無意識に発せられたひと言だったのだろう。龍晴様はわたくしを『母』と呼んだあと、しばらくの間呆然としていた。それから、ご自分とわたくしとを何度も交互に見遣り、瞳いっぱいに涙をためる。
「さようなら、龍晴様」
わたくしはニコリと微笑むと、天龍様を抱きしめる。
それから、涙を流してわたくしたちを見つめる龍晴様を残し、二人で空へと舞い上がった。
***
あれから、一年の月日が過ぎた。
わたくしは天龍様と結婚し、天界でとても穏やかな生活を送っている。
ここには夢見ていたすべてのものが揃っていた。
わたくしは今、天龍様の唯一の妻として、彼に心から愛されている。
地界の――わたくしの国では、男性が複数の妻を持つことが当然だったから驚いたのだけど、天界では重婚は認められていないらしい。
誰を羨むことも、妬むこともない。
恨まれることも嫉まれることもない。
それから、わからないと憤ることも、わかってほしいと涙することもない。
ただひたすらに幸せで、温かくて、本当に夢のような生活だ。
龍晴様や地界の様子については――彼のことは気になるものの、あえて見ないようにしている。
龍晴様がわたくしの願いを叶えてくださらなかったように、わたくしも彼の願いを叶えてあげることはできない。なんと言われても彼のもとに戻るつもりはない。
けれど、決して不幸になってほしいわけじゃなく、できれば幸せになってほしい。わたくしは心からそう願っている。
「――――あっ、動いた!」
天龍様と寄り添いながら、わたくしは自分の腹に手を当てる。ポコポコと泡が弾けるような小さな感触は、新しい命の息吹。これまでどれだけ望んでも、その土俵にすら乗ることのできなかった願い。わたくしの夢がまた一つ叶ったのだ。
「天龍様……わたくし今、とても幸せです」
花々の咲き誇る庭園を眺めつつ、わたくしは天龍様と手を繋ぐ。
幸せだと――そう感じているのはきっと、わたくしだけじゃない。天龍様も同じ気持ちだと確信を込めながら、わたくしは彼を見つめて目を細める。
「桜華、君は私のことをよくわかっているね」
やっぱり――口づけとともに与えられた返事は、わたくしが予想したとおりのもので。
わたくしたちは顔を見合わせつつ、声を上げて笑うのだった。
龍晴様がつぶやく。驚愕、恐怖、憤怒に感嘆――いろんな感情が見え隠れしている。
周りの人間は天龍様のあまりの神々しさに言葉も発せられないらしい。ただ呆然とこちらを見つめていた。
「……っ桜華!」
龍晴様はやがて気を取り直したように、わたくしのほうへ向き直る。それから、天龍様を鋭い目つきで睨みつけた。
「おい、命令だ。桜華を降ろせ。私に引き渡すのだ」
「お断りしよう」
「なっ……⁉ なんだと⁉ 私の命令を聞くんだ! 跪け! 私は皇帝だぞ!」
生まれてこの方他人に逆らわれたことのない龍晴様は、ひどく憤った様子で声を荒げる。孝明ら宦官たちが困惑した様子でこちらと龍晴様とを交互に見遣る。天龍様は小さくため息をついた。
「そちらについてもお断りしよう。皇帝、それがどうした? 所詮はただの人間だろう」
「貴様! 今、なんと」
「君は所詮、ただの人間だと言ったんだ。それに、皇帝というなら私もそうだよ。君たちが神の血と崇める天界のね」
その瞬間、天龍様は白銀の龍の姿へと変貌を遂げる。風が吹き荒び、星々が瞬く。空気が、地面が震撼する。
龍晴様は驚愕に目を見開き、宦官たちは恐怖のあまりその場に跪いた。
それから天龍様は元の姿に戻ると、未だ事態の飲み込めていない龍晴様を静かに見下ろす。龍晴様は言葉を失ったまま、わたくしたちのことを見上げた。
「天界……龍? まさか、そんなものが本当に存在するというのか? それじゃあ、私の祖先は――始皇帝は……」
「わかってくれたかな? 君たちが必死に守ろうとしている始皇帝――聖女の血は、私と同じ天界のもの。龍の血なんだよ。だから、私は君に跪かない。言うことを聞いてやる義理もないし、必要もない。当然だろう?」
天龍様の言葉に、龍晴様が悔しげに拳を握る。なにか言い返そうとしたのだろう。何度も口を開閉し、それからそっと下を向いた。
こうしている間にも、騒ぎを聞きつけた後宮の住人たちが続々と集まってきている。みな龍晴様と天龍様とを見比べながら、驚き、おののき、一様に膝をついていた。
「わかってくれたかな、龍晴? 君は桜華を傷つけた。私は君を許さない」
天龍様がわたくしの肩を優しく撫でた。すでに傷は癒えているというのに、痛くて、悲しくて、涙がこぼれる。
龍晴様はそんなわたくしを見つめながら、首を横に振った。
「けれど桜華は! 桜華は私のもので……」
「桜華の人生は君のものではなく、彼女自身のものだよ。君のエゴで彼女を縛るな」
天龍様はそう言って、わたくしのことを優しく抱きしめてくださる。温かい。あんなにも怖くて、絶望に暮れていたのが嘘のようだ。わたくしは天龍様を抱き返した。
「まったく、地界の皇帝は、どうしてこんなにも偉くなってしまったんだろうね? 神華の残した龍の血など、もうほとんど残っていないというのに」
どこか呆れたような物言いに、龍晴様の頬がカッと赤くなる。おそらく、天龍様と対峙したことで、龍晴様にもそれは事実だと実感したのだろう。
天龍様がほんの少しだけ手を空に掲げると空が一気に暗くなり、星たちが勢いよく瞬きはじめた。
「そろそろ行くよ。これ以上、君の側に桜華を置いておきたくないからね」
「そんな……待て! 待ってくれ! ……そうだ、桜華! 桜華ならわかるだろう? 私は君なしでは生きていけないんだ! 本当だ! だから、私の側にいてくれ! 君を愛しているんだ!」
龍晴様がわたくしに縋り付く。
(あんなにも好きで好きでたまらなかったのに)
――今の彼の姿は、なんとも惨めで哀れだった。
わたくしは首を横に振り、龍晴様から距離をとる。その瞬間、彼は絶望に表情を歪めた。
「龍晴様、わたくしにはわかりません」
「そんな……! 嫌だ、待って! 待ってくれ、母様!」
静寂。龍晴様が大きく息をのむ。
それはきっと、あまりにも無意識に発せられたひと言だったのだろう。龍晴様はわたくしを『母』と呼んだあと、しばらくの間呆然としていた。それから、ご自分とわたくしとを何度も交互に見遣り、瞳いっぱいに涙をためる。
「さようなら、龍晴様」
わたくしはニコリと微笑むと、天龍様を抱きしめる。
それから、涙を流してわたくしたちを見つめる龍晴様を残し、二人で空へと舞い上がった。
***
あれから、一年の月日が過ぎた。
わたくしは天龍様と結婚し、天界でとても穏やかな生活を送っている。
ここには夢見ていたすべてのものが揃っていた。
わたくしは今、天龍様の唯一の妻として、彼に心から愛されている。
地界の――わたくしの国では、男性が複数の妻を持つことが当然だったから驚いたのだけど、天界では重婚は認められていないらしい。
誰を羨むことも、妬むこともない。
恨まれることも嫉まれることもない。
それから、わからないと憤ることも、わかってほしいと涙することもない。
ただひたすらに幸せで、温かくて、本当に夢のような生活だ。
龍晴様や地界の様子については――彼のことは気になるものの、あえて見ないようにしている。
龍晴様がわたくしの願いを叶えてくださらなかったように、わたくしも彼の願いを叶えてあげることはできない。なんと言われても彼のもとに戻るつもりはない。
けれど、決して不幸になってほしいわけじゃなく、できれば幸せになってほしい。わたくしは心からそう願っている。
「――――あっ、動いた!」
天龍様と寄り添いながら、わたくしは自分の腹に手を当てる。ポコポコと泡が弾けるような小さな感触は、新しい命の息吹。これまでどれだけ望んでも、その土俵にすら乗ることのできなかった願い。わたくしの夢がまた一つ叶ったのだ。
「天龍様……わたくし今、とても幸せです」
花々の咲き誇る庭園を眺めつつ、わたくしは天龍様と手を繋ぐ。
幸せだと――そう感じているのはきっと、わたくしだけじゃない。天龍様も同じ気持ちだと確信を込めながら、わたくしは彼を見つめて目を細める。
「桜華、君は私のことをよくわかっているね」
やっぱり――口づけとともに与えられた返事は、わたくしが予想したとおりのもので。
わたくしたちは顔を見合わせつつ、声を上げて笑うのだった。
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