私の何がいけないんですか?

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
7 / 12

一生踊らなくて良かったのに

しおりを挟む
「彼とはいつ知り合ったの?」


 執務室に戻るなり、ヨナス様はそう尋ねた。
 室内には私たち二人きり。アメル様や騎士達は、ドアの向こうに控えている。


「僕の知らない間に。どうして他の男と会話をしているんだい?」


 壁際に追い込まれ、無理やり顔を上向けられる。ヨナス様の笑顔が怖い。恐怖で足が竦んだ。


「どうしてって……先日、夜会でダンスに誘っていただいたの」


 言えば、ヨナス様は目を見開いた。まるであり得ないものでも見るかのような表情。胸がズキズキ痛んだ。


「ダンスに?」

「ええ、そうよ。初めてヨナス様以外の人と踊ったの。嬉しかったわ」


 少しでも空気を変えたい。努めて明るく口にし、無理やり笑みを浮かべてみる。

 ヨナス様以外の人からダンスに誘われることは、私の悲願だ。ヨナス様だって当然、そのことを知っている。だから、一緒になって喜んでくれる筈だって思っていた。


「踊ったの? エラが、僕以外の男と?」


 けれど、ヨナス様は全然、喜んでくれなかった。寧ろ物凄く怒っている。腕をギリギリと捩じ上げられ、あまりの痛さに声が漏れそうになる。だけどそれじゃ、負けたみたいで嫌だもの。唇を強く噛んで堪えた。


「僕以外の男となんて、一生踊らなくて良かったのに」

「……え?」


 だけど、あまりにも思いがけないことを言われて、途端に頭の中が真っ白になった。


(何よそれ)


 怒りと悲しみで身体が震える。冷静にならなきゃって分かっているけど、そんなの無理だ。


「ヨナス様……? ヨナス様は私がずっと、ダンスに誘われたがっていたことをご存じですよね?」


 知らない訳がない。だってヨナス様は、夜会の度に落ち込む私を見てきたんだもの。そうして、私をダンスに誘ってくれたんだもの。


『皆見る目がないな。僕なら真っ先に声を掛ける。こうしてダンスに誘うのに』


 この言葉は嘘だったの? 本当はずっと、私が一人きりで居ればいいって――――悲しめばいいって思ってたってこと?

 ヨナス様を諦めたくて、だけど諦められなくて。早く結婚相手を見つけようって、これまで一生懸命頑張っていたのに。


『僕以外の男となんて、一生踊らなくて良かったのに』


 そんなの酷い。あんまりだ。


「忘れているのはエラの方だろう?」


 だけど、私の問いかけには答えることなく、ヨナス様は尋ねた。まるで責めるかのような口調。何を言われているのか分からなくて、必死に考えを巡らせる。


「僕はエラのことが好きだって言ったのに」


 ヨナス様はそう言って、私のことを抱き締めた。身体が軋む。驚きと戸惑いで、声が出ない。


「エラは酷いよ。君は僕のものなのに。他の男が触れちゃいけないのに。そんなに僕を怒らせたいの?」


 ヨナス様の指先が、私の喉を撫でる。冷やりとした感触。首を絞められているかのように息が詰まる。


「だけど、ヨナス様にはクラウディア様が居るじゃありませんか……! 私のことを好きだって仰ったのに、彼女を選んだ。ヨナス様はクラウディア様と結婚なさるのでしょう?」

「そうだね。確かに、妃になるのはクラウディアだ。だけど、僕の愛情はエラだけのものだよ? 君は一生僕の側で、僕のために生きるんだ。他の男と結婚なんてさせる筈がないだろう?」


 さも当然と言った口調で、ヨナス様が尋ねる。


「私に――――愛妾になれって仰るんですか?」


 何を言われているのか、俄かには理解できなかった。だって、ヨナス様がそんなことを考えていたなんて、今初めて聞いたもの。『結婚を焦らなくて良いんじゃない?』と言われたことはあるけど、まさか結婚自体を禁じられるとは思わないじゃない。
 第一、クラウディア様の気持ちは? 私の意思はどこにあるの?


「エラだって、僕の妃になりたかったんだろう?」

「――――――そ、れは」


 事実であったが故、否定できない。ヨナス様はニコリと微笑みつつ、私の頭をそっと撫でた。


「知っているよ? エラのことなら何でも。僕を諦めるために他の男を探すぐらい、僕のことが好きなんだろう? 安心して? そんなことしなくても、僕がエラを一生大事にするし、可愛がるから」


 耳元で囁かれ、後退る。


(この人は、誰?)


 まるで、全然知らない人みたい。怖くて、今すぐ逃げ出したい。

 私は一体、彼の何を好きになったのだろう?
 分からない。頭が混乱して、苦しい。


「今後はそのつもりで過ごすようにね。もう二度と、あの男と会ってはいけないよ。連絡を取ることも、彼について調べることも禁止だ。良いね?」


 ヨナス様は私の頬に口付けると、執務室を後にした。

 心臓がバクバクと鳴り響く。訪れた静寂が、不安と恐怖を駆りたてる。
 自分の身体を抱き締めながら、しばらくその場を動くことができなかった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?

江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。 大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて…… さっくり読める短編です。 異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

私のブルースター

くびのほきょう
恋愛
家で冷遇されてるかわいそうな侯爵令嬢。そんな侯爵令嬢を放って置けない優しい幼馴染のことが好きな伯爵令嬢のお話。

公爵さま、私が本物です!

水川サキ
恋愛
将来結婚しよう、と約束したナスカ伯爵家の令嬢フローラとアストリウス公爵家の若き当主セオドア。 しかし、父である伯爵は後妻の娘であるマギーを公爵家に嫁がせたいあまり、フローラと入れ替えさせる。 フローラはマギーとなり、呪術師によって自分の本当の名を口にできなくなる。 マギーとなったフローラは使用人の姿で屋根裏部屋に閉じ込められ、フローラになったマギーは美しいドレス姿で公爵家に嫁ぐ。 フローラは胸中で必死に訴える。 「お願い、気づいて! 公爵さま、私が本物のフローラです!」 ※設定ゆるゆるご都合主義

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

処理中です...