愚か者の話をしよう

鈴宮(すずみや)

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 翌朝、希望と絶望を胸に僕は目覚めた。





(夢であってほしい……)





 寝台で一人頭を抱えながら、胸がザワザワと騒ぐ。



 目を瞑るのが怖かった。目を開けるのが怖かった。

 僕の隣にエーファが居て、いつものように微笑んでいる――――そんな夢を見たい――――それが現実だと思いたかった。



 けれど、現実と言うのは残酷だ。





「おはようございます、シェイマス様」





 底抜けに明るい声音を響かせ、僕の部屋にミランダが入ってくる。僕付きの侍女達が皆困惑した表情で、彼女の側に付き従っていた。





「ミランダ……どうしてここに?」



「嫌ですわ、シャイマス様。わたしはあなたの婚約者ですもの。誰よりも先におはようの挨拶をしたかったんです」





 そう言ってミランダはニコニコと屈託のない笑みを浮かべる。胸が勢いよく抉られるような心地がした。





「――――すまないが、出て行ってくれないか? 今日はもう少し休みたい」





 僕はそう言ってため息を吐く。

 普段ならとっくに起き出し、朝の鍛錬に出掛ける時間だ。けれど、今の僕には指先を動かすことすら億劫だし、怠くて辛くて堪らない。



 それに、悪いのは僕だと分かっていても、ミランダの顔を見たくはなかった。嫌でも現実を思い知らされるし、一緒に居ると、胸やけを起こしたかの如くムカムカする。

 春の陽気のように柔らかで温かなエーファが懐かしくなって、涙が零れ落ちそうになった。





(エーファに会いたい)







 気づけば僕の足はエーファの元へと向かっていた。



 庭師に花束を用意させ、僕は馬を走らせる。胸がバクバクと鳴り響き、喉のあたりに得も言われぬ感覚が込み上げる。





(昨日の僕ではダメでも、今日の僕ならば何とか出来るかもしれない)





 僕はまだ、肝心なことを何一つ、エーファに伝えられていない。

 身を焦がすような愛情も、感謝も、後悔も、謝罪も、未来への願望も、何一つ伝えられなかった。





(僕は馬鹿だ)





 そう思うと、何だか笑えて来てしまう。

 滑稽で愚かな、恋に我を忘れた男。僕をそんな風にできるのはこの世でただ一人、エーファだけだ。







 侯爵家に着くと、普段通されるサロンやエーファの部屋ではなく応接室へと通された。それだけでも胸を潰されるような心地がするのに、エーファの父親が僕に告げたのは、もっと残酷な現実だった。





「留学⁉」



「ええ。殿下との婚約が破棄されましたし、学園に残るのは辛かろうと思いまして……。陛下の口添えをいただいて、隣国に留学することになったのです」



「そんな……」





 それっきり、僕は口を開くことが出来なかった。開けば最後、叫び出してしまいそうだったからだ。

 己をギュッと抱き締め、奥歯をグッと噛みしめる。走り出したくなるような、身体を掻きむしりたくなるような衝動。目頭が熱く、天を仰いだまま、顔を下ろすことが出来ない。





「本当に、俺は馬鹿だ」





 それ以外の言葉が見つからなかった。
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