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「セリーナ! 俺はお前との婚約を破棄する!」


 煌びやかな夜会会場の中、勝ち誇ったような男の声音が響く。息を呑む人々。彼の腕には、シルバーピンクの髪色をした小柄な令嬢が縋りついている。鮮やかな藍色のドレス。夜空のような深い青色の大きな瞳を潤ませ小刻みに震えるその様は、男達の庇護欲を大いに擽る。反対に、集まった貴婦人たちは彼女の様子を見つめながら、嘲るような笑みを浮かべていた。


「貴様はここにいるゼパルを虐めた! 俺の可愛いゼパルを! そんな女と結婚など出来る筈がない!」


 セリーナは無表情のまま、男とゼパルを睨みつける。唇を固く噤み、眉間に皺を寄せ、何かを堪えるようにして、ほんのわずかに顔を逸らす。その様に満足したのだろう。男はニヤリと口の端を上げ、ゼパルの額にキスを落とした。


「まぁ……! セリーナ様の前でそんなことをしたら、わたくしまた虐められてしまいますわ」

「心配するな。ゼパルのことは俺が守る。これからは婚約者として、今まで以上に堂々と俺の隣に居ればいい」


 愛し気な表情。恥じらう様に頬を染め、ゼパルは男の後ろへ身を隠す。


「…………承知しました。婚約破棄を受け入れます。金輪際、あなたとは一切の関係を持ちません。証人も多数おりますし、撤回も受付けませんのでそのおつもりで」


 セリーナが言う。周囲に大きなざわめきが起こった。


「ははっ! 何を言うかと思えば……そんなの当然のことだろう」


 愉悦に満ちた表情で男が笑う。


「やったぞ、ゼパル! もう少し渋られるものと思っていたが、本当に良かった! これで君を、名実ともに、この俺の婚約者に――――――あれ? ゼパル?」


 けれど、男が傍らを振り返った時、そこに居る筈の想い人は居なかった。辺りをどれだけ見回せど、シルバーピンクの髪色をした愛らしい少女は何処にも居ない。目に留まりやすい鮮やかな藍色のドレスさえ、会場の何処にも見当たらなかった。


「ゼパル? おい、何処に行ったんだ、ゼパル!」


 男がマヌケな声を出す。先程までの勝ち誇った表情は何処へやら。あまりにも情けないその様子に、周囲の人間は嘲笑を漏らす。


「違っ! おい、ゼパル? もう怖がらなくて良いんだぞ! 俺がお前を守ってやるから!」

(――――憐れな男)


 会場の出口で、一人の少女がため息を吐く。
 煌めく星色の髪、空色の大きな瞳。小柄だが、堂々としたその立ち姿故、実際の身長よりもずっとずっと大きく見える。

 彼女の名前はオルニア――――先程まで『ゼパル』と呼ばれていた少女だ。



「出して頂戴」


 予め用意されていた馬車に乗り、オルニアは気だるげな声を出す。何処か退廃的な空気。そこには愛らしさの欠片も見えはしない。
 馬車がゆっくりと動き出す。この間、オルニアを追う者も、見咎めるものも、誰も居ない。会場の喧騒が次第に遠ざかっていく。オルニアは小さくため息を吐いた。
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