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6.生きててよかった!(……いや、死んでよかった?)
2.
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それからわたしは、アンセルに自分のことを話して聞かせた。摩耶だったときのこと、この世界の話。漫画がなんなのかも描いて説明してみせた。それから、ブレディン様のことも。
「……なるほど。それでお茶会を早々に退室なさったのですね?」
「信じてくれるの?」
「もちろん。他でもないお嬢様の話ですから」
アンセルはそう言って穏やかに微笑む。わたしは思わず泣きそうになった。
「ありがとうアンセル。わたし、ブレディン様と結婚するなんて絶対に無理。彼にはアイラがいるし」
「アイラ……もしかしてアイラ・ブバスティス男爵令嬢のことでしょうか?」
アンセルが尋ねてくる。わたしは勢いよくうなずいた。
「そう! そのアイラ! さすが、アンセルはなんでも知っているわね」
「もちろん。お嬢様のためですから」
そっと瞳を細められ、わたしはまたもやドキリとする。
アンセルは情報通だ。貴族たちの名前やプロフィール、領地の状況はもとより、彼らを取り巻く複雑な人間関係にもかなり詳しい。誰と誰が不倫をしているとか、税金絡みの不正をしているとか――そういうこと。それをわたしのために調べているっていうんだから、実に献身的な執事だと思う。
「アイラってね、赤みを帯びた茶色のストレートロングヘアに、この世界でも珍しいピンクの愛らしい瞳をしているの。実家は貧乏だけど、心根の真っ直ぐな素敵な女の子でね、侯爵家の跡取りとして厳格に育てられてきたブレディン様の心を優しく解きほぐしたすごい人なのよ! それで、ブレディン様は……」
わたしがブレアイへの愛を語ると、アンセルは黙ってそれを聞いてくれる。前世では話し相手なんてほとんどいなかったから、相槌を打ってくれるだけでもとても嬉しいことだ。ひととおり二人のなれそめを話し終えると、アンセルは小さく息をついた。
「しかし、だとするとお嬢様にとっては困ったことになりましたね」
「そうなの! 二人の恋路を邪魔するのがわたしだなんて、悲しすぎるでしょう? ブレディン様とアイラは絶対にハッピーエンドになるって信じてたのにさ。……いや、今も信じてるんだけど! わたし、物語の結末を知らないから、これからどう立ち回ったらいいのかわからないんだもん」
――本当に、これが一番の問題で。
二人がこれからどんな行動をとるのか、どんな結末を迎えるのかをわたしは知らない。知っていたら、寸分違わず再現をしてみせるのに……! と思うけど、摩耶として生き返ることはできないんだもの。物語の結末を確認するすべはない。どうしたらいいかを想像しながら動くしかないのだ。
「ひとつ確認なのですが」
「なに?」
「お嬢様がブレディン様との結婚を望まれることは?」
「ない! 絶対にない! わたしはカプ厨なの。ブレディン様単推しでもなければ夢女でもない。ブレディン様はアイラと一緒にいてこそって思っているし!」
キャラ推しタイプの人なら『このキャラと……』って思うのかもしれないけど、わたしは少女漫画の民だから。少女漫画は基本カプ固定だし。ヒロインとヒーローは結ばれてこそって思うんだもん。ヒロインに転生したいとも思わないしね。
「そうですか」
「うん。だからね、もしも彼との結婚を回避できないなら、その前に自ら命を絶つ。だって、わたしにとってこれはアディショナルタイムみたいなものだし、ブレアイがわたしのせいで幸せになれないなんてダメだもん」
「物騒なことを……。では、そうならないように尽力いたしましょう」
「協力してくれるの?」
尋ねると、アンセルはわたしのそばに跪く。それからわたしを見上げつつ「お嬢様の御心のままに」と目を細めた。
とはいえ、一度決まった婚約を覆すことは難しい。我が家とブレディン様の家、双方に利益があるからこそ縁談が持ち上がったんだろうし、身分的にも同じ侯爵家同士で釣り合いがとれている。
漫画として読んでいた頃はまったく気にならなかったけど、男爵令嬢と侯爵令息って絶妙に身分差があるし、アイラの実家は貧乏だから、すんなり結婚とはいかないのだろう。
(切ないわぁ……)
アイラの心情を思うとものすごく切ない。多分……いや絶対、漫画ではそういう描写があるんだろうなあ。読者として読んでいたら、これから先の展開にハラハラドキドキしつつ、二人のハピエンを願っているに違いない。当事者となった今、そんな悠長なことは言ってられないんだけど。
「外堀は私が責任を持って埋めます。お嬢様はブレディン様やアイラ様に直接アプローチをなさってください」
「えっと……わたしから二人にアプローチするのはいいんだけど、外堀ってなに?」
「外堀は外堀です。どうぞ安心してお任せください」
アンセルがニコリと笑う。一体なにをする気かはわからないけど、頼もしいことこの上ない。
「それじゃ、任せた」
「……なるほど。それでお茶会を早々に退室なさったのですね?」
「信じてくれるの?」
「もちろん。他でもないお嬢様の話ですから」
アンセルはそう言って穏やかに微笑む。わたしは思わず泣きそうになった。
「ありがとうアンセル。わたし、ブレディン様と結婚するなんて絶対に無理。彼にはアイラがいるし」
「アイラ……もしかしてアイラ・ブバスティス男爵令嬢のことでしょうか?」
アンセルが尋ねてくる。わたしは勢いよくうなずいた。
「そう! そのアイラ! さすが、アンセルはなんでも知っているわね」
「もちろん。お嬢様のためですから」
そっと瞳を細められ、わたしはまたもやドキリとする。
アンセルは情報通だ。貴族たちの名前やプロフィール、領地の状況はもとより、彼らを取り巻く複雑な人間関係にもかなり詳しい。誰と誰が不倫をしているとか、税金絡みの不正をしているとか――そういうこと。それをわたしのために調べているっていうんだから、実に献身的な執事だと思う。
「アイラってね、赤みを帯びた茶色のストレートロングヘアに、この世界でも珍しいピンクの愛らしい瞳をしているの。実家は貧乏だけど、心根の真っ直ぐな素敵な女の子でね、侯爵家の跡取りとして厳格に育てられてきたブレディン様の心を優しく解きほぐしたすごい人なのよ! それで、ブレディン様は……」
わたしがブレアイへの愛を語ると、アンセルは黙ってそれを聞いてくれる。前世では話し相手なんてほとんどいなかったから、相槌を打ってくれるだけでもとても嬉しいことだ。ひととおり二人のなれそめを話し終えると、アンセルは小さく息をついた。
「しかし、だとするとお嬢様にとっては困ったことになりましたね」
「そうなの! 二人の恋路を邪魔するのがわたしだなんて、悲しすぎるでしょう? ブレディン様とアイラは絶対にハッピーエンドになるって信じてたのにさ。……いや、今も信じてるんだけど! わたし、物語の結末を知らないから、これからどう立ち回ったらいいのかわからないんだもん」
――本当に、これが一番の問題で。
二人がこれからどんな行動をとるのか、どんな結末を迎えるのかをわたしは知らない。知っていたら、寸分違わず再現をしてみせるのに……! と思うけど、摩耶として生き返ることはできないんだもの。物語の結末を確認するすべはない。どうしたらいいかを想像しながら動くしかないのだ。
「ひとつ確認なのですが」
「なに?」
「お嬢様がブレディン様との結婚を望まれることは?」
「ない! 絶対にない! わたしはカプ厨なの。ブレディン様単推しでもなければ夢女でもない。ブレディン様はアイラと一緒にいてこそって思っているし!」
キャラ推しタイプの人なら『このキャラと……』って思うのかもしれないけど、わたしは少女漫画の民だから。少女漫画は基本カプ固定だし。ヒロインとヒーローは結ばれてこそって思うんだもん。ヒロインに転生したいとも思わないしね。
「そうですか」
「うん。だからね、もしも彼との結婚を回避できないなら、その前に自ら命を絶つ。だって、わたしにとってこれはアディショナルタイムみたいなものだし、ブレアイがわたしのせいで幸せになれないなんてダメだもん」
「物騒なことを……。では、そうならないように尽力いたしましょう」
「協力してくれるの?」
尋ねると、アンセルはわたしのそばに跪く。それからわたしを見上げつつ「お嬢様の御心のままに」と目を細めた。
とはいえ、一度決まった婚約を覆すことは難しい。我が家とブレディン様の家、双方に利益があるからこそ縁談が持ち上がったんだろうし、身分的にも同じ侯爵家同士で釣り合いがとれている。
漫画として読んでいた頃はまったく気にならなかったけど、男爵令嬢と侯爵令息って絶妙に身分差があるし、アイラの実家は貧乏だから、すんなり結婚とはいかないのだろう。
(切ないわぁ……)
アイラの心情を思うとものすごく切ない。多分……いや絶対、漫画ではそういう描写があるんだろうなあ。読者として読んでいたら、これから先の展開にハラハラドキドキしつつ、二人のハピエンを願っているに違いない。当事者となった今、そんな悠長なことは言ってられないんだけど。
「外堀は私が責任を持って埋めます。お嬢様はブレディン様やアイラ様に直接アプローチをなさってください」
「えっと……わたしから二人にアプローチするのはいいんだけど、外堀ってなに?」
「外堀は外堀です。どうぞ安心してお任せください」
アンセルがニコリと笑う。一体なにをする気かはわからないけど、頼もしいことこの上ない。
「それじゃ、任せた」
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