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6.生きててよかった!(……いや、死んでよかった?)
1.
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(あれ……?)
なんだろう、この既視感。わたし、目の前の男性にものすごく見覚えがある。
サラサラした金色の長い髪、鋭い水色の瞳。スラリと長い手足に、あまり人を寄せ付けない雰囲気――。
(わかった! ブレディン様だ!)
合点がいったその瞬間、脳裏に記憶が押し寄せてくる。わたしとは違う『わたし』の記憶。間違いない。これは前世のわたしの記憶だ。
状況を整理しよう。
わたしはマヤ・アップグルント。十七歳。侯爵の娘だ。
両親は健在。三歳年上の兄が一人いて、家族仲良く領地で暮らしている。
幼い頃の記憶だってバッチリ残っている。わたしがわたしであることは間違いない。
そして、今しがた思い出した記憶――前世のわたし、摩耶は病弱で、人生の殆どを病院のベッドで過ごしていた。学校に通うこともできず、友達だっておらず、家か病院でジッと過ごす日々を送っていた。
そんなわたしを支えてくれたのは、大好きな少女漫画の存在だった。
漫画の主人公たちはいつも活き活きと人生を楽しんでいた。学校生活だったり、夢や魔法の世界だったり、恋愛だったり……わたしが経験してみたくて、けれどできないことを教えてくれた。漫画はわたしの生きがいだった。
けれど、わたしは病気に勝てなかった。
若くして亡くなった摩耶は、マヤとして生まれ変わったらしい。
……いや、生まれ変わったというより、もしかしたらここはわたしにとっての天国なのかもしれない。
だって、今目の前にいるのはブレディン・グアダルーペ様。摩耶が最終回まで見届けられなかった作品の――一番大好きだった漫画のヒーローなんだもの。
(生きててよかった! ……いや、死んでよかった?)
ここが天国だろうが、なんなら作者様の頭の中だとしても一向に構わない。神様には感謝しなきゃならない。このお話の続きが読めなかったのはわたしにとって唯一の心残りだったのだから。
それにしても、原作でこんな場面は見た覚えがない。もしかしたらこれって、お話の続きなんじゃなかろうか? 次号新展開って書いてあったし。だけど、わたしと一体なんの関係が……?
「マヤ、紹介しよう。彼はブレディン・グアダルーペ侯爵令息。お前の婚約者だよ」
わたしの隣でお父さまが微笑む。
「……は!?」
***
お父さまの嘘つき。ただのお茶会だって言ってたじゃん!
まさか婚約者を紹介する流れだなんて思ってなくて、わたしは大いにテンパってしまった。ブレディン様だって驚いていたし。こんなのってない。完全な騙し討ちだ。驚きすぎて、なんにも言葉が出てこなくて、早々に場を辞して部屋に引きこもってしまった。
(っていうか本気で無理)
だって、ブレディン様にはヒロインが――アイラがいるんだもの。二人は絶対に結ばれなきゃダメなんだもの。こんなところでポッと出の婚約者がでてくるなんてありえない。少女漫画はハッピーエンドじゃなきゃいけないのに!
「失礼します、お嬢様」
そのとき、部屋の外から声をかけられた。執事のアンセルだ。
「旦那様がお呼びです。ブレディン様ともう少し交流を深めるようにと。明日まで屋敷に滞在なさるので、それまでに……」
「いやだって言っといて」
こたえると、アンセルが部屋の中に入ってきた。
「お嬢様ならそうおっしゃると思ってました」
テーブルに色とりどりのスイーツが載ったティースタンドと、あんずの香りのする紅茶が並べられていく。先程のお茶会で食べ損ねたものだ。
「どうぞ」
「……いいの? アンセルがお父さまに怒られるんじゃない?」
「構いません。私はお嬢様の執事ですから」
アンセルが微笑む。わたしは思わずドキッとしてしまった。
(よく考えたら、アンセルってものすごいイケメン……っていうか、漫画映えしそうな執事よね)
艷やかな黒髪に神秘的な紫色の瞳、バカみたいに整った顔立ちをしていて、執事服がめちゃくちゃ似合っている。当然のようにハイスペックで文武両道、いつもわたしの思考を完璧に読み取って、やりたいようにやらせてくれる。漫画のキャラだって言われたらものすごくしっくりくるんだけど、脇キャラにしておくにはもったいない――それがわたしにとってのアンセルだ。
「あのさ……信じなくてもいいからわたしの話を聞いてくれる?」
「はい、なんでございましょう?」
「わたしね、前世の記憶を思い出したんだ」
なんだろう、この既視感。わたし、目の前の男性にものすごく見覚えがある。
サラサラした金色の長い髪、鋭い水色の瞳。スラリと長い手足に、あまり人を寄せ付けない雰囲気――。
(わかった! ブレディン様だ!)
合点がいったその瞬間、脳裏に記憶が押し寄せてくる。わたしとは違う『わたし』の記憶。間違いない。これは前世のわたしの記憶だ。
状況を整理しよう。
わたしはマヤ・アップグルント。十七歳。侯爵の娘だ。
両親は健在。三歳年上の兄が一人いて、家族仲良く領地で暮らしている。
幼い頃の記憶だってバッチリ残っている。わたしがわたしであることは間違いない。
そして、今しがた思い出した記憶――前世のわたし、摩耶は病弱で、人生の殆どを病院のベッドで過ごしていた。学校に通うこともできず、友達だっておらず、家か病院でジッと過ごす日々を送っていた。
そんなわたしを支えてくれたのは、大好きな少女漫画の存在だった。
漫画の主人公たちはいつも活き活きと人生を楽しんでいた。学校生活だったり、夢や魔法の世界だったり、恋愛だったり……わたしが経験してみたくて、けれどできないことを教えてくれた。漫画はわたしの生きがいだった。
けれど、わたしは病気に勝てなかった。
若くして亡くなった摩耶は、マヤとして生まれ変わったらしい。
……いや、生まれ変わったというより、もしかしたらここはわたしにとっての天国なのかもしれない。
だって、今目の前にいるのはブレディン・グアダルーペ様。摩耶が最終回まで見届けられなかった作品の――一番大好きだった漫画のヒーローなんだもの。
(生きててよかった! ……いや、死んでよかった?)
ここが天国だろうが、なんなら作者様の頭の中だとしても一向に構わない。神様には感謝しなきゃならない。このお話の続きが読めなかったのはわたしにとって唯一の心残りだったのだから。
それにしても、原作でこんな場面は見た覚えがない。もしかしたらこれって、お話の続きなんじゃなかろうか? 次号新展開って書いてあったし。だけど、わたしと一体なんの関係が……?
「マヤ、紹介しよう。彼はブレディン・グアダルーペ侯爵令息。お前の婚約者だよ」
わたしの隣でお父さまが微笑む。
「……は!?」
***
お父さまの嘘つき。ただのお茶会だって言ってたじゃん!
まさか婚約者を紹介する流れだなんて思ってなくて、わたしは大いにテンパってしまった。ブレディン様だって驚いていたし。こんなのってない。完全な騙し討ちだ。驚きすぎて、なんにも言葉が出てこなくて、早々に場を辞して部屋に引きこもってしまった。
(っていうか本気で無理)
だって、ブレディン様にはヒロインが――アイラがいるんだもの。二人は絶対に結ばれなきゃダメなんだもの。こんなところでポッと出の婚約者がでてくるなんてありえない。少女漫画はハッピーエンドじゃなきゃいけないのに!
「失礼します、お嬢様」
そのとき、部屋の外から声をかけられた。執事のアンセルだ。
「旦那様がお呼びです。ブレディン様ともう少し交流を深めるようにと。明日まで屋敷に滞在なさるので、それまでに……」
「いやだって言っといて」
こたえると、アンセルが部屋の中に入ってきた。
「お嬢様ならそうおっしゃると思ってました」
テーブルに色とりどりのスイーツが載ったティースタンドと、あんずの香りのする紅茶が並べられていく。先程のお茶会で食べ損ねたものだ。
「どうぞ」
「……いいの? アンセルがお父さまに怒られるんじゃない?」
「構いません。私はお嬢様の執事ですから」
アンセルが微笑む。わたしは思わずドキッとしてしまった。
(よく考えたら、アンセルってものすごいイケメン……っていうか、漫画映えしそうな執事よね)
艷やかな黒髪に神秘的な紫色の瞳、バカみたいに整った顔立ちをしていて、執事服がめちゃくちゃ似合っている。当然のようにハイスペックで文武両道、いつもわたしの思考を完璧に読み取って、やりたいようにやらせてくれる。漫画のキャラだって言われたらものすごくしっくりくるんだけど、脇キャラにしておくにはもったいない――それがわたしにとってのアンセルだ。
「あのさ……信じなくてもいいからわたしの話を聞いてくれる?」
「はい、なんでございましょう?」
「わたしね、前世の記憶を思い出したんだ」
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