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5.殿下は殿下の心のままになさってください

3.

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「殿下のこと、このままでよろしいのですか?」


 それから数日後、わたしは一人の男性に声をかけられた。

 赤髪に金色の瞳、逞しい体格の持ち主で、ヴァージル殿下の近衛騎士を務めている男性だ。19歳で、既に学園を卒業済み。護衛として学園に通っている。わたしはヴァージル殿下ルートしかプレイしていないからよく分からないけど、たしかこのゲームの攻略キャラの一人だったはずだ。


(なんて名前だったっけ)


 全然、思い出せない。
 じっと男性を見つめつつ、わたしはコホンと咳払いをした。


「このままで、とは?」

「カトレア嬢が殿下に急接近しているようです。貴女は殿下の婚約者でいらっしゃいますし、気になるのではないかと」


 どうやらわたしを心配してくれているらしい。――――いや、もしかしたら殿下の指示――――意向調査というものだろうか? まあ、どちらでも構わないのだけど。


「気になりません――――というか、二人は思い合っているようですし、さっさと彼女と婚約すれば良いんじゃないかと思っています」


 授業の内容をノートにまとめつつ、わたしは静かに息を吐いた。


「なっ……それは、本当か?」

「ん?」


 さっきの騎士とは違う声。顔を上げたら、そこにはヴァージル殿下がいた。なんでか分からないけど、すごく悲しそうな顔をしている。


「本当です。殿下は殿下の思うがまま――――ご自由になさればいいと思います」


 婚約期間を長引かせるだけ不毛というもの。せっかくの機会だし、わたしはきっぱりと自分の考えを殿下に告げる。


「いや、だけど……君はそれで良いのか? というか、マチルダは僕のなにが気に入らないんだ?」

「はい?」


 態度には出さないように気をつけていたつもりだったけど、どうやらバレていたらしい。


(どうしたものか)


「そんなことはない」と答えるのは簡単だけど、嘘っぽいし(っていうか嘘だし)。知らぬが仏って言葉もあるんだけど、本当にいい機会だから本心を言っておいたほうが良いのかもしれない。わたしは大きく息を吸い込んだ。


「――――世の中のすべての人に好かれるのは無理ですよ、殿下。いくら殿下が王太子でいらっしゃっても、相容れない人というのは必ずいます。それに、人には好みというものがございますから」


 殿下はきっと、色んな人にチヤホヤされて、みんなに好かれるのが当たり前だったのだろう。だからこそ、わたしの発言にショックを受けてしまったらしい。


「具体的には……具体的にはなにが? どういったところが相容れないんだ?」

「え? うーーん……そうですねぇ」


 メイン攻略キャラ(っていうやつらしい)ってことで、見た目は別に悪くない。金色の髪に緑色の瞳は綺麗な色合いだと思うし。芸能人みたいに目鼻立ちも整っているし。物腰柔らかくて、細くて、スマートな感じで、王子様系男子が好きな子はめちゃくちゃ好きだろう。

 性格は――――正直、ヒロイン至上主義だったことしか覚えてないんだけど。基本的には賢くて優しくて、スマートな王子様っていう感じだったはずだ。だけど、その一方でウジウジと弱音を吐いたり、神経質っぽい感じが垣間見える発言をしたり。女々しいというか、なよなよしているというか。まあ、優男って言ったらそれまでなんだけど。


「本当に、好みじゃないっていうだけです」


 わたしは単に、もっと逞しいタイプが好きってだけ。余裕があって、包容力がありそうな、大人の男性のほうが見ていて安心する。
 ちらりと護衛騎士の方を見遣ったら、殿下は大きく目を見開いた。


「そうか! マチルダはディランみたいな男が好みなんだな?」

「は? ……まあ、どちらかといえば」


 っていうかその人、ディランって名前なんだ。あんまり興味はないんだけど、取り敢えず適当に相槌を打つ。


「分かった。鋭意努力しよう」

「は?」


 訳のわからないことを言い残し、殿下は教室からいなくなった。


 その日以降、殿下は変わった。
 休み時間は護衛たちとともに学園の周りを走り回り、馬術や剣術に励んでいる。肉体改造に忙しいせいで、どうやら裏庭にも行っていないらしい。


『健全な精神は健全な肉体に宿る』


 とかなんとか口にしているらしく、カトレアに愚痴を零す必要がなくなったのだそうだ。


(まあ、良いことなんだろうけど)


 この国にはヴァージル殿下以外の跡取りがいない。どんなに嫌でも、辛くても、彼はその重責から逃れることはできないんだもの。困難を迎え撃てるだけの知力と体力、それから自信を持っていたほうが良いだろうから。


「納得できませんわ!」


 とそのとき、背後からそんなセリフが聞こえてきた。


(またこの女か……)


 半ばうんざりしながら振り向くと、そこには思い描いた通りの人物――――カトレアがいた。


「なにが納得できないんです?」

「なにって、当然殿下のことです! どうしてあんなふうになってしまいましたの?」

「あんなふうって?」

「少し前まで『僕が王太子でいいんだろうか?』とか、『自信がない』だなんて仰ってたのに、急にあんなに元気になられて。身体だって、以前よりも逞しくなられていますし……わたくしは細身の男性がタイプなのに」


 なるほど、殿下が裏庭に来なくなったことが気に食わないらしい。わたしは静かにため息を吐いた。


「別に――――悩みから解放されたなら、良いことだと思いますけど。
っていうか、ヴァージル殿下は貴女を信頼して悩みを打ち明けてくれたのでしょう? それを勝手に他人に話すのは如何なものかと思います」


 殿下としては他人に――――特にわたしには弱みを見せたくないんだろうし。そもそも、王族にはメンツってものがあるというのに。


「なっ……そんな、だけど!」


 どうやら言い返す言葉が見つからないらしい。わたしはさらにため息を吐いた。


「貴女は殿下の心を救いたい――――支えたいんじゃなかったの?」


 正直言って恋愛のことはよく分からない。
 だけど、相手を思えばこそ、相手の力になりたいと思うものなんじゃなかろうか?


「そうじゃありません。だって、このままでは殿下はわたくしを必要としなくなるし、そうするとわたくしを見てくださらなくなるじゃありませんか」

「……はい?」


 なんだそりゃ。つまり、殿下の話を聞いていたのは、殿下のためじゃなくて自分自身のためってこと?


「そんな気持ちで他人の話を聞いてたら疲れません?」


 わたしなら嫌だ。イライラするし、面倒だし。時間の無駄だと心から思う。


「もちろんですわ! けれど、そういう手順を踏まなければ、人は仲良くなれないものでしょう?」

「そんなこともないと思いますけど」


 なんだろう? 前提条件がそもそも違っている気がする。
 仲良くなったからこそ、相手の力になりたいと思うものじゃない? この子の場合、無理やり殿下を好きになろうとしているというか――――そういう感じがする。


「とにかく、マチルダ様から殿下に鍛錬を止めるように伝えてください!」

「お断りするわ。わたしには関係ないし。殿下は殿下の好きなようになさったらいいと思うもの」


 これ以上相手にするだけ時間の無駄だ。
 わたしはカトレアから離れるべく、踵を返した。


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