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【番外編】俺の欲しいもの(1)
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凛風は昔から、俺にとって、太陽みたいな存在だった。
明るく、屈託のない笑み。
クルクルと大きく変わる表情。
負けず嫌いで、意地っ張りで、泣き虫で、それから優しい。
自由を愛する心。愛らしい顔立ち。
全部、全部好きだった。
いつか、凛風と結婚する――――そう心に決めて、俺はありとあらゆる努力をしてきた。
勉強も、武術も、何もかも。
あいつは、俺が負けず嫌いだって思っていたみたいだけど、そうじゃない。
俺は凛風を守れるだけの男になりたかった。
そのために、あいつより強くなる必要があったってだけだ。
元服を済ませて数年、皇太子として宮廷に戻るよう、皇帝からお達しがあった。
即位と同時に、妃を一人娶る必要がある。
迷うことなど微塵もない。
俺は、凛風を指名した。
「俺の妃になって欲しい」
そう伝えた時、凛風は物凄く驚いた。
無理もない。俺が皇子であることは、一部の人間しか知らない極秘事項だった。
凛風であっても――――あいつの身を危険に晒さないためにも――――秘密を打ち明けることは出来なかった。
しかし、凛風は俺の妃になることをハッキリ拒んだ。
無理だと、そう口にして。
だけど、そんなことは想定の範囲内だ。
最初から諦めるつもりなんてない。
かくして、俺は宮廷へ。
そして凛風の入内の日を迎えた。
楽しみだった。凛風と結婚できることが。
あいつを自分のものにできるその瞬間を、俺は心待ちにしていた。
「本当に憂炎は勝手だな」
真っ白な花嫁装束に身を包み、目の前の少女が眉を吊り上げる。
だけどそれは、俺が望んでいた人物――――凛風ではない。
「華凛――――どうしておまえがここに?」
開いた口が塞がらなかった。
妹と入れ替わってまで、あいつは俺と結婚したくなかったんだろうか?
ショックで言葉を失った俺に、華凛は気の毒そうに肩を落とした。
「どうして分かりましたの? 今までどんなに入れ替わっても、誰にもバレたことがございませんでしたのに」
「分かるに決まってる。惚れた女のことぐらい、見分けられなくてどうする?」
凛風は俺の太陽だ。
姿かたちは同じでも、喋る内容をどんなに似せていたとしても、華凛とは根本的に違っている。
「まあ! そうですか。
……だけど憂炎、姉さまは頑固なお人です。迎えに行ったところで、きっと入内を拒みますわ」
「そうだろうな」
あいつの反応は、言われなくても容易に想像ができる。
だけど、どうしても――――俺は凛風が欲しい。
他の女じゃダメだった。
凛風だけ。俺の側に居て欲しいのに。
「なあ、華凛。凛風は『華凛』として、今も実家で過ごしているんだな?」
「ええ。姉さまは『自由が欲しい』と、そう申していましたわ。
ねえ、憂炎。わたくしでは、駄目ですの?」
華凛が俺へとしな垂れかかる。凛風と全く同じ顔をして。
けれど、俺の心が揺れることは無い。
「無理だ」
申し訳ないと思わないでもない。入内までの間にも、『華凛ではダメなのか』と散々尋ねられた。
けれど、俺が欲しいのは凛風だけだ。
他では全く意味がない。
「分かりましたわ」
華凛は困ったように微笑んだ。物わかりの良さは、彼女の美徳だ。
小さくため息を吐き、すまないと口にする。
「でしたら、わたくしは憂炎に知恵を授けますわ」
「知恵?」
「ええ。貴方は姉さまを手に入れたいのでしょう?」
華凛はニッコリと笑みを浮かべる。
そうして彼女は、凛風――『華凛』を後宮に呼び寄せ、二人が再び入れ替わりを果たすことを提案をした。
それから『華凛』として、俺があいつを思い切り甘やかすことも。
そうすれば凛風は、華凛に事情を確認しようとするに違いない、と。
事実、華凛の思惑通り事は進み、凛風は『華凛』として俺の前に現れた。
華凛として振る舞う凛風を見た時は、本当に憎たらしくて――――けれど物凄く愛おしくて。
気が狂いそうだった。
あいつに触れる度に、喉から出そうなほど、強い欲望が己を支配した。
『凛風』と名前を呼べないことがもどかしくて。
もっと、心のままに抱き締めてしまいたくて。
けれど、俺が触れる度に、凛風は不機嫌な顔をした。
俺が凛風を想う様に、凛風が俺を想っていないことは明白だった。
だけど、それでも――――。
宮廷に呼び寄せてから数日後。
凛風は後宮を訪れ、入れ替わりを解消し、華凛が後宮を去っていく。
あいつが後宮に――――凛風として――――俺の妃として居るのを見て、俺は堪らなく嬉しかった。
ようやく欲しかったものが手に入る。
触れる度、唇を重ねる度、抱き締める度、心が喜びに打ち震えた。
だけど、凛風は俺から逃げようとした。
何度も、何度も。
こんなに、愛しているのに。
もちろん、罪悪感を感じなかったわけではない。
凛風の笑顔が曇るのを見る度、俺は苦しくて堪らなくなる。
自由を愛する凛風が、後宮という狭い檻の中に囚われては、退屈なのだろう。
息苦しいのだろう。
それでも、俺は自分のエゴを優先した。
俺は後宮が嫌いだ。女が嫌いだ。
自分が隠匿された原因が、皇后――――彼女の嫉妬のせいだ、っていうのが大きいのだと思う。
俺は凛風以外の妃を娶るつもりはない。
後宮だっていずれは解体する。
それ以降は、凛風を自由に、何処へでも行けるようにしてやるつもりだった。
かなり時間は掛かるだろうが、それでも。
「華凛――――」
「申し訳ございません、憂炎」
けれど、『凛風』は再び、俺の前から居なくなってしまった。
妹の華凛を身代わりにして。
明るく、屈託のない笑み。
クルクルと大きく変わる表情。
負けず嫌いで、意地っ張りで、泣き虫で、それから優しい。
自由を愛する心。愛らしい顔立ち。
全部、全部好きだった。
いつか、凛風と結婚する――――そう心に決めて、俺はありとあらゆる努力をしてきた。
勉強も、武術も、何もかも。
あいつは、俺が負けず嫌いだって思っていたみたいだけど、そうじゃない。
俺は凛風を守れるだけの男になりたかった。
そのために、あいつより強くなる必要があったってだけだ。
元服を済ませて数年、皇太子として宮廷に戻るよう、皇帝からお達しがあった。
即位と同時に、妃を一人娶る必要がある。
迷うことなど微塵もない。
俺は、凛風を指名した。
「俺の妃になって欲しい」
そう伝えた時、凛風は物凄く驚いた。
無理もない。俺が皇子であることは、一部の人間しか知らない極秘事項だった。
凛風であっても――――あいつの身を危険に晒さないためにも――――秘密を打ち明けることは出来なかった。
しかし、凛風は俺の妃になることをハッキリ拒んだ。
無理だと、そう口にして。
だけど、そんなことは想定の範囲内だ。
最初から諦めるつもりなんてない。
かくして、俺は宮廷へ。
そして凛風の入内の日を迎えた。
楽しみだった。凛風と結婚できることが。
あいつを自分のものにできるその瞬間を、俺は心待ちにしていた。
「本当に憂炎は勝手だな」
真っ白な花嫁装束に身を包み、目の前の少女が眉を吊り上げる。
だけどそれは、俺が望んでいた人物――――凛風ではない。
「華凛――――どうしておまえがここに?」
開いた口が塞がらなかった。
妹と入れ替わってまで、あいつは俺と結婚したくなかったんだろうか?
ショックで言葉を失った俺に、華凛は気の毒そうに肩を落とした。
「どうして分かりましたの? 今までどんなに入れ替わっても、誰にもバレたことがございませんでしたのに」
「分かるに決まってる。惚れた女のことぐらい、見分けられなくてどうする?」
凛風は俺の太陽だ。
姿かたちは同じでも、喋る内容をどんなに似せていたとしても、華凛とは根本的に違っている。
「まあ! そうですか。
……だけど憂炎、姉さまは頑固なお人です。迎えに行ったところで、きっと入内を拒みますわ」
「そうだろうな」
あいつの反応は、言われなくても容易に想像ができる。
だけど、どうしても――――俺は凛風が欲しい。
他の女じゃダメだった。
凛風だけ。俺の側に居て欲しいのに。
「なあ、華凛。凛風は『華凛』として、今も実家で過ごしているんだな?」
「ええ。姉さまは『自由が欲しい』と、そう申していましたわ。
ねえ、憂炎。わたくしでは、駄目ですの?」
華凛が俺へとしな垂れかかる。凛風と全く同じ顔をして。
けれど、俺の心が揺れることは無い。
「無理だ」
申し訳ないと思わないでもない。入内までの間にも、『華凛ではダメなのか』と散々尋ねられた。
けれど、俺が欲しいのは凛風だけだ。
他では全く意味がない。
「分かりましたわ」
華凛は困ったように微笑んだ。物わかりの良さは、彼女の美徳だ。
小さくため息を吐き、すまないと口にする。
「でしたら、わたくしは憂炎に知恵を授けますわ」
「知恵?」
「ええ。貴方は姉さまを手に入れたいのでしょう?」
華凛はニッコリと笑みを浮かべる。
そうして彼女は、凛風――『華凛』を後宮に呼び寄せ、二人が再び入れ替わりを果たすことを提案をした。
それから『華凛』として、俺があいつを思い切り甘やかすことも。
そうすれば凛風は、華凛に事情を確認しようとするに違いない、と。
事実、華凛の思惑通り事は進み、凛風は『華凛』として俺の前に現れた。
華凛として振る舞う凛風を見た時は、本当に憎たらしくて――――けれど物凄く愛おしくて。
気が狂いそうだった。
あいつに触れる度に、喉から出そうなほど、強い欲望が己を支配した。
『凛風』と名前を呼べないことがもどかしくて。
もっと、心のままに抱き締めてしまいたくて。
けれど、俺が触れる度に、凛風は不機嫌な顔をした。
俺が凛風を想う様に、凛風が俺を想っていないことは明白だった。
だけど、それでも――――。
宮廷に呼び寄せてから数日後。
凛風は後宮を訪れ、入れ替わりを解消し、華凛が後宮を去っていく。
あいつが後宮に――――凛風として――――俺の妃として居るのを見て、俺は堪らなく嬉しかった。
ようやく欲しかったものが手に入る。
触れる度、唇を重ねる度、抱き締める度、心が喜びに打ち震えた。
だけど、凛風は俺から逃げようとした。
何度も、何度も。
こんなに、愛しているのに。
もちろん、罪悪感を感じなかったわけではない。
凛風の笑顔が曇るのを見る度、俺は苦しくて堪らなくなる。
自由を愛する凛風が、後宮という狭い檻の中に囚われては、退屈なのだろう。
息苦しいのだろう。
それでも、俺は自分のエゴを優先した。
俺は後宮が嫌いだ。女が嫌いだ。
自分が隠匿された原因が、皇后――――彼女の嫉妬のせいだ、っていうのが大きいのだと思う。
俺は凛風以外の妃を娶るつもりはない。
後宮だっていずれは解体する。
それ以降は、凛風を自由に、何処へでも行けるようにしてやるつもりだった。
かなり時間は掛かるだろうが、それでも。
「華凛――――」
「申し訳ございません、憂炎」
けれど、『凛風』は再び、俺の前から居なくなってしまった。
妹の華凛を身代わりにして。
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