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4.『王太子の耳』だけど、黙ってばかりじゃいられません!
3.報告書(3)
しおりを挟む「ところで、こちらの報告書の内容はかなり気になりますね」
丁度その時、アルヴィア様がそう口にしたため、わたしは彼へと向き直った。
「――――――ええ、そうなんです。すごく信憑性が高いですし、わたしも心配していて」
それは今日の夕方のこと。一人の老婆から受けた相談だった。
彼女の住む地域では、ここ数日降り続いた雨のせいで、地盤がかなり緩んでいるらしい。怖くて頻繁には見に行けないけど、土砂崩れが起こるんじゃないか、心配しているっていう話だった。
「場所は王都の離れ――――川沿いのエリアです。あの足でここまで相談に来るのは大変だったはずですから、よっぽど心配だったんだと思います」
街から一歩外れれば、舗装されていない道は山ほどあるし、治水もそれほど機能していない。騎士達が巡回するのも、主に市街地のため、老婆の住むあたりまで目が届かないのだろう。『見回りに来て欲しい』と訴えたものの、まともに取り合ってはもらえなかったそうだ。
こういうことは何か起こってからでは遅い。何もなかった時に『無駄足になった』と思う気持ちは分かるけど、それじゃあいけないとわたしは思う。
「動いてくれるかどうかはさておき、こういう緊急性の高い意見だけでも、すぐにお城まで届けられるようになったら良いんですけどね」
報告書の提出は、所長の仕事だ。『頻繁に持参するのは面倒だ』と常々口にしている彼は、二週間に一回、大量の報告書と一緒に馬車に乗っている。
しかも、重大性や緊急性等、相談の属性に仕分けした報告書を、わざわざ全部混ぜこぜにして持って行ってしまうため、わたしは内心イライラしていた。
「報告書はこれから、毎日騎士達に取りに来てもらおう」
「え?」
アルヴィア様はまるで『決定だ』とでも言うかのように、そんなことを口にする。
「見回りについても、すぐに人を遣る様に言う」
「そんなこと、出来るんですか?」
「もちろんです。
大体、報告書については、元々毎日回収する筈だったのを、所長が勝手に取り扱いを変更したんです。殿下もいい加減焦れていたようですし、丁度良いタイミングでしょう」
先程までの口調は何処へやら、アルヴィア様は落ち着き払った様子でそう言う。どうやら彼は、当初の想像よりもずっと殿下と近しい間柄らしい。
だけど、気になることはそれだけじゃない。
「っというか、殿下はその……わたし達の報告書をちゃんと読んでくださっているんでしょうか?」
思い切ってそんなことを尋ねてみれば、彼は目を丸くした。
「もちろん。きちんと全てに目を通していますよ」
真っ直ぐなアルヴィア様の言葉に、何だか胸が熱くなる。
(そっか)
書きかけの報告書へと視線を落とす。そこには相談者たちの想いが認められている。
ちゃんと届いているんだ――――ううん、完全に無駄じゃなかったんだって思うだけで、心がポカポカと温かくなった。
「ご存じなかったのですね」
「ええ。相談者の悩み事が実際に解決したって話は聞いたことがありませんし、聞くだけ聞いて、それが届くことは無いんだろうなぁって。そんな風に考えたら、自分の仕事が嫌になることも多かったんですけど」
こんな気持ち、これまで誰にも伝えたことは無い。皆は『仕事は仕事』って割り切ってるみたいだし、こんな風に憤ってるわたしが馬鹿みたいだもの。
「……リュシーさん、あなたは立派な『王太子の耳』です。あなたが聞いた民の想いは、ちゃんと殿下に届いていますよ」
アルヴィア様がわたしの肩をポンと叩く。
「――――そうだったら良いなぁ」
堪えきれず、涙が数筋零れ落ちた。
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