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3.おまえじゃ、ダメだ
8.休養(2)
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「――――どうやったらシェイラの誤解が解けるんだろうな?」
「……おや、まだ諦めていなかったのですか?」
言葉とは裏腹に、オリバーは全く驚いていなかった。淡々と、無表情のままにサイラスのことを見つめる。
「だって今は自分の気持ちを見つめ直すとき、なんだろう? だから俺も正直になってみた。この間からずっと、真剣に思い出そうとしているけど『シェイラじゃダメ』だなんて、口にした覚えはない。シェイラを妃に望むのに、そんなこと言えるはずがない。俺の方がシェイラに相応しくない、と思ったことはあったけど」
シェイラを妃に、と決心した時のサイラスは、幸福感と将来への希望で満ち溢れていた。どんな言葉で以て、シェイラに想いを告白しよう。そんなマセたことを、当時十歳の子供が真剣に考えていたのだから、その浮かれ具合は察するに余るだろう。
「――――仮に、シェイラ様が勘違いをしていただけだとしても、サイラス様は許されるのですか?」
オリバーが尋ねる。言った、言わない問題の厄介な所は、事実を確かめようがないことだ。オリバーはサイラス側の人間だから、彼のことを信じる、ということだろう。サイラスは小さく笑った。
「愚問だな。シェイラが勘違いをしていたとしても、俺の気持ちは一向に変わらない」
例えばサイラスに落ち度がなかったとしても、そんなことはどうでも良い。サイラスはただ、シェイラの誤解を解きたいだけだ。
「ところで、サイラス様はご存じでしょうか?」
「……? 一体、何をだ?」
「シェイラ様の婚約が、どうやら本格的に纏まりそうなようです」
「何だって⁉」
サイラスは今にも自室から飛び出しそうな勢いで立ち上がる。そんな彼を、オリバーが淡々とソファに押しとどめた。
「まぁ、話は最後まで聞いてください。お相手が侯爵家の跡取り息子ということは、サイラス様もご存じですよね?」
「あぁ。あの男は将来良い部下になりそうだ。卒業後はすぐに、配下として取り立てたい――――――と、今はそんな話じゃなかったな」
サイラスは腹立たし気に、己の眉間を人差し指でとんとんと叩く。下手をすれば常に眉間に皺の寄った、不機嫌な男になってしまう。それじゃ、彼の求める理想の王様にはなれっこない。ふぅ、と息を吐きつつ、彼は前へ向き直った。
「シェイラの父親は、この結婚に乗り気なのか?」
「ええ。シェイラ様が安心して嫁げるように、かなり前から慎重に婚家を探していらっしゃいましたから。フィッツハーバード侯爵は堅実かつ誠実な御方ですし、そのご令息も同様のため、前向きに話を進めていると」
シェイラを無理やりお茶に誘ったあの日、シェイラの側に彼がいたことをサイラスは覚えている。親密な空気に腹立たしさも覚えたが。
(あれはしかし――――)
「因みに、サイラス様の結婚話も、水面下で進んでいますよ」
「は⁉」
サイラスは身体が底冷えするような感覚を抱えながら、声を捻りだした。
「陛下もこのままでは埒が明かないと思われたのでしょう。サイラス様が拒否できぬよう、根回しを進めています。逆に、今まで温情が過ぎたのだと、そう仰っているぐらいで」
サイラスは目を見開き、己の指先を見つめていた。全ての希望がポロポロと零れ落ちていくようだった。
(ダメなんだろうか……)
絶望的な気持ちで、サイラスが頭を抱える。
(俺では、シェイラを幸せにできないのだろうか――――?)
けれどその時、サイラスの脳裏に幼い日のシェイラとのやり取りが浮かび上がった。
(諦めるわけにはいかない)
サイラスが再び、静かに立ち上がる。それから大きく息を吸い、オリバーを覗き見た。
「オリバー」
「はい――――お出掛けの準備でしたら整っています」
まだ何も命じていないのに、オリバーがサッと腕を一振りする。すると、遠くから馬の嘶きが聞こえ、部屋の外に護衛騎士が控えたのが分かった。
今は幼い頃とは違う。誰も彼がシェイラの元に行くことを止めはしないし、サイラス自身、止まる気はない。
「行ってくる」
「はい。御武運をお祈りしています」
そう言ってオリバーは恭しく頭を垂れた。
「……おや、まだ諦めていなかったのですか?」
言葉とは裏腹に、オリバーは全く驚いていなかった。淡々と、無表情のままにサイラスのことを見つめる。
「だって今は自分の気持ちを見つめ直すとき、なんだろう? だから俺も正直になってみた。この間からずっと、真剣に思い出そうとしているけど『シェイラじゃダメ』だなんて、口にした覚えはない。シェイラを妃に望むのに、そんなこと言えるはずがない。俺の方がシェイラに相応しくない、と思ったことはあったけど」
シェイラを妃に、と決心した時のサイラスは、幸福感と将来への希望で満ち溢れていた。どんな言葉で以て、シェイラに想いを告白しよう。そんなマセたことを、当時十歳の子供が真剣に考えていたのだから、その浮かれ具合は察するに余るだろう。
「――――仮に、シェイラ様が勘違いをしていただけだとしても、サイラス様は許されるのですか?」
オリバーが尋ねる。言った、言わない問題の厄介な所は、事実を確かめようがないことだ。オリバーはサイラス側の人間だから、彼のことを信じる、ということだろう。サイラスは小さく笑った。
「愚問だな。シェイラが勘違いをしていたとしても、俺の気持ちは一向に変わらない」
例えばサイラスに落ち度がなかったとしても、そんなことはどうでも良い。サイラスはただ、シェイラの誤解を解きたいだけだ。
「ところで、サイラス様はご存じでしょうか?」
「……? 一体、何をだ?」
「シェイラ様の婚約が、どうやら本格的に纏まりそうなようです」
「何だって⁉」
サイラスは今にも自室から飛び出しそうな勢いで立ち上がる。そんな彼を、オリバーが淡々とソファに押しとどめた。
「まぁ、話は最後まで聞いてください。お相手が侯爵家の跡取り息子ということは、サイラス様もご存じですよね?」
「あぁ。あの男は将来良い部下になりそうだ。卒業後はすぐに、配下として取り立てたい――――――と、今はそんな話じゃなかったな」
サイラスは腹立たし気に、己の眉間を人差し指でとんとんと叩く。下手をすれば常に眉間に皺の寄った、不機嫌な男になってしまう。それじゃ、彼の求める理想の王様にはなれっこない。ふぅ、と息を吐きつつ、彼は前へ向き直った。
「シェイラの父親は、この結婚に乗り気なのか?」
「ええ。シェイラ様が安心して嫁げるように、かなり前から慎重に婚家を探していらっしゃいましたから。フィッツハーバード侯爵は堅実かつ誠実な御方ですし、そのご令息も同様のため、前向きに話を進めていると」
シェイラを無理やりお茶に誘ったあの日、シェイラの側に彼がいたことをサイラスは覚えている。親密な空気に腹立たしさも覚えたが。
(あれはしかし――――)
「因みに、サイラス様の結婚話も、水面下で進んでいますよ」
「は⁉」
サイラスは身体が底冷えするような感覚を抱えながら、声を捻りだした。
「陛下もこのままでは埒が明かないと思われたのでしょう。サイラス様が拒否できぬよう、根回しを進めています。逆に、今まで温情が過ぎたのだと、そう仰っているぐらいで」
サイラスは目を見開き、己の指先を見つめていた。全ての希望がポロポロと零れ落ちていくようだった。
(ダメなんだろうか……)
絶望的な気持ちで、サイラスが頭を抱える。
(俺では、シェイラを幸せにできないのだろうか――――?)
けれどその時、サイラスの脳裏に幼い日のシェイラとのやり取りが浮かび上がった。
(諦めるわけにはいかない)
サイラスが再び、静かに立ち上がる。それから大きく息を吸い、オリバーを覗き見た。
「オリバー」
「はい――――お出掛けの準備でしたら整っています」
まだ何も命じていないのに、オリバーがサッと腕を一振りする。すると、遠くから馬の嘶きが聞こえ、部屋の外に護衛騎士が控えたのが分かった。
今は幼い頃とは違う。誰も彼がシェイラの元に行くことを止めはしないし、サイラス自身、止まる気はない。
「行ってくる」
「はい。御武運をお祈りしています」
そう言ってオリバーは恭しく頭を垂れた。
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