49 / 88
3.おまえじゃ、ダメだ
3.タイムリミットと命令(1)
しおりを挟む
(断られてしまったな……)
サイラスは自室で、鬱々とした感情を持て余していた。
彼の悩みの種は専ら、六年ぶりに再会を果たしたシェイラのことだ。
シェイラは彼の妃候補として集められた数人の令嬢の内の一人で、幼い内から大層利発な、美しい少女だった。他の令嬢のように『自分が自分が』と出しゃばらず、かといって黙って控えているわけでもない。誰かを蹴落とすことではなく、自分を磨くことこそ肝要と心得ている子どもなどそうはいないと、講師たちからも高評価を得ていた。
けれど、サイラスが何よりも気に入っていたのは、彼女の穏やかで優しい人となりだった。
サイラスにとって、妃候補たちと交流を深めることは、父と母から課された課題だった。幼いサイラスは『自分から話題を振らなければ』『令嬢達を退屈させてはいけない』と、年齢に似合わぬ悩みを抱えていた。妃候補たちは皆、前のめりにサイラスに近づこうとするし、尚更肩に力が入る。
けれど、シェイラはそんなサイラスのことを労わり、ただ二人、静かに過ごすことを許してくれた。気の利いたことを言えずとも、己の本当にしたい話題を振っても、がっかりした表情を浮かべない。そのことにサイラスはとても救われていた。
幼いサイラスが、シェイラを妃として望むようになるまで、そう時間は掛からなかった。父親にもそんな彼の意向を伝えようとした矢先、シェイラはぱたりと城に来なくなった。聞けばある日、とある課題を受けた後で忽然と姿を消し、以降城に来ることを拒んでいるのだという。
『シェイラに何かあったのかもしれない』
サイラスはシェイラに会いに行こうと試みた。けれど、すぐに父親から止められた。幼い王子の身分では、簡単に城外に出ることも許されない。手引きをしてくれるような人間もいなかった。皆、サイラスの身を心配したからだ。
シェイラの父親を呼び、事情を聞きもしたが、彼は口を濁すばかりだった。時折、サイラスを咎めるような表情を浮かべていたことが妙に印象的で。そのことを指摘してみても、彼は口を割りはしない。婚約の意向を伝えてみても『畏れ多い』と口にし首を横に振るばかりで、とても話にならなかった。
代わりにサイラスは手紙を書いた。まだ拙い文字で。何度も何度も、シェイラに手紙を書いた。けれど、一度だってシェイラから返事が来ることは無かった。
『シェイラ様のことはもう、お忘れください』
当時のお目付け役は、サイラスにそう諭した。シェイラが妃候補として城に戻ってくることは無い。そう伝えたが、サイラスは頑なだった。
それは幼さ故の固執だったのかもしれない。けれど、どれだけ月日が経っても、サイラスがシェイラを忘れることは無かった。
サイラスの意向を受けて、妃教育は打ち切られた。令嬢たちは皆、釈然としない表情を浮かべていたが、シェイラと婚約が結べない以上、結果が伴わないのは致し方ない。『あとは成長した後に適性を見極める』とだけ伝え、それで全てが終わった。
サイラスは自室で、鬱々とした感情を持て余していた。
彼の悩みの種は専ら、六年ぶりに再会を果たしたシェイラのことだ。
シェイラは彼の妃候補として集められた数人の令嬢の内の一人で、幼い内から大層利発な、美しい少女だった。他の令嬢のように『自分が自分が』と出しゃばらず、かといって黙って控えているわけでもない。誰かを蹴落とすことではなく、自分を磨くことこそ肝要と心得ている子どもなどそうはいないと、講師たちからも高評価を得ていた。
けれど、サイラスが何よりも気に入っていたのは、彼女の穏やかで優しい人となりだった。
サイラスにとって、妃候補たちと交流を深めることは、父と母から課された課題だった。幼いサイラスは『自分から話題を振らなければ』『令嬢達を退屈させてはいけない』と、年齢に似合わぬ悩みを抱えていた。妃候補たちは皆、前のめりにサイラスに近づこうとするし、尚更肩に力が入る。
けれど、シェイラはそんなサイラスのことを労わり、ただ二人、静かに過ごすことを許してくれた。気の利いたことを言えずとも、己の本当にしたい話題を振っても、がっかりした表情を浮かべない。そのことにサイラスはとても救われていた。
幼いサイラスが、シェイラを妃として望むようになるまで、そう時間は掛からなかった。父親にもそんな彼の意向を伝えようとした矢先、シェイラはぱたりと城に来なくなった。聞けばある日、とある課題を受けた後で忽然と姿を消し、以降城に来ることを拒んでいるのだという。
『シェイラに何かあったのかもしれない』
サイラスはシェイラに会いに行こうと試みた。けれど、すぐに父親から止められた。幼い王子の身分では、簡単に城外に出ることも許されない。手引きをしてくれるような人間もいなかった。皆、サイラスの身を心配したからだ。
シェイラの父親を呼び、事情を聞きもしたが、彼は口を濁すばかりだった。時折、サイラスを咎めるような表情を浮かべていたことが妙に印象的で。そのことを指摘してみても、彼は口を割りはしない。婚約の意向を伝えてみても『畏れ多い』と口にし首を横に振るばかりで、とても話にならなかった。
代わりにサイラスは手紙を書いた。まだ拙い文字で。何度も何度も、シェイラに手紙を書いた。けれど、一度だってシェイラから返事が来ることは無かった。
『シェイラ様のことはもう、お忘れください』
当時のお目付け役は、サイラスにそう諭した。シェイラが妃候補として城に戻ってくることは無い。そう伝えたが、サイラスは頑なだった。
それは幼さ故の固執だったのかもしれない。けれど、どれだけ月日が経っても、サイラスがシェイラを忘れることは無かった。
サイラスの意向を受けて、妃教育は打ち切られた。令嬢たちは皆、釈然としない表情を浮かべていたが、シェイラと婚約が結べない以上、結果が伴わないのは致し方ない。『あとは成長した後に適性を見極める』とだけ伝え、それで全てが終わった。
0
お気に入りに追加
415
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!
春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前!
さて、どうやって切り抜けようか?
(全6話で完結)
※一般的なざまぁではありません
※他サイト様にも掲載中
[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで
みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める
婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様
私を愛してくれる人の為にももう自由になります
大嫌いな令嬢
緑谷めい
恋愛
ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。
同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。
アンヌはうんざりしていた。
アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。
そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。
〖完結〗ご存知ないようですが、父ではなく私が侯爵です。
藍川みいな
恋愛
タイトル変更しました。
「モニカ、すまない。俺は、本物の愛を知ってしまったんだ! だから、君とは結婚出来ない!」
十七歳の誕生日、七年間婚約をしていたルーファス様に婚約を破棄されてしまった。本物の愛の相手とは、義姉のサンドラ。サンドラは、私の全てを奪っていった。
父は私を見ようともせず、義母には理不尽に殴られる。
食事は日が経って固くなったパン一つ。そんな生活が、三年間続いていた。
父はただの侯爵代理だということを、義母もサンドラも気付いていない。あと一年で、私は正式な侯爵となる。
その時、あなた達は後悔することになる。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる