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2.元傾国の悪女は、平凡な今世を熱望する

6.さよなら、ありがとう(2)

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***


 月日は流れ、わたしたちは学園を卒業した。

 あの日以来、自分らしく生きるようになったわたしは、魔術科を首席で卒業し、目標としていた魔法省で働くことが決まった。

 前世でわたしを翻弄した官僚になるなんて皮肉なことだけど、自分が何をしたいか考えたときに、国や誰かのために苦しんでいる人がいたら、そっと手を差し伸べられる人間になりたいなぁって。そう思っていたから、指名を受けたときは本当に嬉しかった。


 殿下とはあれっきり……ってことはなく、生徒会の任期が終わるまでの間、変わらず親しくしていた。

 皆の前での殿下は、相変わらずキラキラした完璧な王子様で。
 けれど、わたしたちの前でだけ見せてくれる本当の彼に心をときめかせたのは、学生時代の良い思い出だ。


『じゃあな、ザラ』


 つい先日、卒業式の日に顔を合わせた殿下は、そんな風にわたしに声を掛けてくれた。

 殿下はこれから、わたしとは全く別の道を進む。第二王子として国のために働く彼は、一官僚のわたしにはとても手が届かない人間になってしまう。


『殿下も、お元気で』


 最後まで特別な関係に進展することは無かったけれど、わたしが殿下を想う気持ちは本物だった。


(ホント、幸せだったなぁ)


 殿下との日々を思い返すだけで涙が滲んでくる。
 けれど、わたしにはまだまだ無限の未来が広がっている。それが人から見て平凡なのか、特別なのかは分からない。だけど、とびきり幸せなものにしたいなぁって心から思った。


(さてと)


 今日からわたしは社会人になる。

 両親と離れ、新居も構えた。
 新しい場所、新しい生活。自分らしく生きていきながら、幸せを模索していくんだ。


(頑張らないと、ね)


 気持ちを新たに、わたしは職場の扉を開け放った。


「――――ようやく来たか」


 その瞬間、わたしは思わず目を見開く。
 初めて赴いた生徒会室で、殿下がわたしに放ったセリフと全く同じだ。


「……デジャヴ?」


 目の前には、あの頃よりも少しだけ大人びた殿下がいて、とても楽し気に笑っている。
 心臓がドキドキと高鳴り、頬が熱くて堪らなかった。


「……殿下、ここは生徒会室じゃないですよ?」


 殿下が自分を見せるのは、わたしやレオン達の前でだけ。こんな、誰が見てるとも限らない、庁舎の中で見せて良い顔じゃない。


「大丈夫だよ。俺、もう殿下じゃないもん。今日から俺もここで働くんだ」

「はぁ⁉」


 思わぬ言葉に、わたしは思わず叫び声を上げる。


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