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【5章】王太子ヴァーリックの婚約者
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「馬車を出しなさい」
イアマが使用人に命令をする。彼女は美しく豪奢なパーティードレスに身を包んでいた。
「……どこに向かわれるのですか?」
「決まってるでしょう? 城に行くのよ。さっさとしなさい。遅れてしまうでしょう?」
嘲るように言いながら、イアマは眉間にシワを寄せる。
今夜は王城で夜会が開かれるらしい。父親は頑なに隠していたが、時期から鑑みてオティリエを王太子の婚約者として披露するための会だということは明白だ。
……だというのに、侍女たちは誰もイアマの着替えを手伝おうとしない。イアマが呼んでも誰も部屋に来ようとすらしなかった。
(忌々しい。絶対にぶち壊してやるわ)
オティリエのものはすべてイアマのもの……本来彼女が手に入れるべきものだ。金も、王太子妃としての地位も名誉も、それから幸せもすべて。
だから、全部奪い返さなければならない。なんとしても。
「行かせませんよ」
と、使用人が返事をする。イアマは「はぁ?」と声を荒げた。
「なにを馬鹿なことを言っているの? 大体、誰に向かってものを……」
顔を上げ、ビクリと身体を震わせる。見れば、目の前には屋敷の使用人たちのほとんどが集結しており、彼女のことを冷たく睨みつけているではないか。
(なに? なんなのよ、その目つきは。これじゃまるで……まるで! わたくしが悪いみたいじゃない! その顔はオティリエに向けるべきものでしょう!?)
軽蔑、哀れみ、憎悪に憤怒。それらはイアマが使用人たちを操作して、オティリエに対して向けさせていた感情だ。
胸が、身体がざわざわする。気持ち悪い……イアマは思わずぎゅっと己を抱きしめた。
「イアマ様、私たちはもうあなたの命令は聞きません。オティリエ様にはこれまで辛い思いをさせてしまいました。これから先はどうか幸せになっていただきたい。……ですから、イアマ様を行かせるわけにはまいりません」
使用人頭が言う。幼い頃からアインホルン侯爵家に雇われていた人間だ。これまで彼がイアマの命令に背いたことなど当然なく、心底彼女に心酔していたというのに……。
(なんで? どうして? みんなおかしくなってしまった。あの夜会の夜から。……まさか! あの男が元凶なの……!?)
ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てて鳴り響く。
唯一イアマの魅了の影響を受けなかった男――王太子ヴァーリック。彼は本当にイアマの能力を無効化できるのかもしれない。そして、もしも他の人間にもその能力を分け与えられるのだとしたら――!
(辻褄が合うわ)
少しずつ少しずつ使用人たちの様子がおかしくなっていったこと。兄であるアルドリッヒの態度。それから父親すらもイアマを見放したことまで、すべて。
「どこまでわたくしを苦しめれば気が済むの? ……ふざけるんじゃないわよ!」
怒りのあまり、イアマの髪がぶわりと逆立つ。ついで放たれる強烈な気。前方にいた使用人たちがバタバタと気を失っていく。後方にいるものも立っているのがやっとだった。
「あっ、イアマ様!」
そうしているあいだにイアマが屋敷を飛び出していく。けれど、使用人たちはまるで縫い止められてしまったかのようにその場から動くができない。彼らはただ、オティリエの無事を祈ることしかできなかった。
***
(緊張するな……)
夜会会場の近くに用意された控室。オティリエは鏡に写った自分と向き合っていた。
身につけているドレスは今夜のためにヴァーリックから贈られたもの。胸には母親の形見のブローチ。彼の瞳の色に合わせて用意したアメジストとエメラルドのイヤリングが照れくさく、なんだかドキドキしてしまう。
(私、本当にヴァーリック様と婚約するんだ……)
彼とはじめて会ってから約一年。あのときはまさか自分がヴァーリックの結婚相手に選ばれるなんて思っていなかった。……正直、未だに信じられない気持ちでいっぱいだ。毎朝目が覚めるたびに『これまでの日々は夢だったのではないか』と確かめてしまう。
「オティリエ」
とそのとき、ヴァーリックが控室にやってきた。真新しい夜会服に身を包んだ彼はとても凛々しく、オティリエは思わず見惚れてしまう。
「準備はできた?」
そう尋ねつつ、ヴァーリックは少しだけ緊張した面持ちだ。自分だけではないのだとオティリエはなんだか安心してしまう。
「……どうでしょう? どこかおかしなところはありませんか?」
オティリエの質問にヴァーリックはふっと目元を和らげる。それから彼女のことをギュッと強く抱きしめた。
「ない。……ものすごく可愛い」
本当に、可愛いとささやきながら、ヴァーリックはオティリエの額に口付ける。胸が、身体がたまらなく甘い。オティリエは頬が真っ赤に染まった。
「そろそろ行こうか」
ヴァーリックがオティリエに手を差し出す。オティリエが「ええ」とほほえんだときだった。
「行かせないわよ、オティリエ」
控室の扉が開くとともに、冷たい声音がオティリエを刺す。その途端、全身の毛がぶわりとよだち、身体がカタカタと震えだした。
(この声、まさか……)
恐怖のあまりオティリエは顔を上げることができない。しかし、扉の側にヴァーリックの護衛たちが倒れているのが見える。
「イアマ嬢……一体どうやってここに?」
ヴァーリックが言う。オティリエはゴクリと息を呑んだ。
「どうやって? ふふ……いろいろと対策をしてくださったことは認めるけど、わたくしが本気を出せばどうってことなかったわ。だって、魅了の能力があればわざわざ正面突破する必要なんてないもの。さすがの殿下も招待客や城内にいる全員に対して魅了対策なんてできないでしょう? まあ、そこに倒れている護衛をどかすのはちょっと手こずってしまったけど、あなたの能力も絶対的なものではないってことがわかったことだし結果オーライかしら?」
アハハ! と高笑いをしながら、イアマが二人に近づいてくる。ヴァーリックはオティリエを自分の後ろに隠しつつ、眉間にグッとシワを寄せた。
「それで? オティリエになんの用だい?」
「決まっているでしょう? オティリエなんかに妃が務まるわけがないもの! わたくしがかわってあげようと思いましたの。だって、不細工で陰気で、なんのとりえもない無能で野暮な女が妃になるなんてありえないわ。っていうか誰も認められない。そうでしょう?」
「……本当に?」
「え?」
「今のオティリエを見て、君は本気でそんなことを思うの?」
ヴァーリックはそう言って、オティリエをほんの少しだけ前に出す。その途端、イアマの唇がワナワナと震え、瞳が大きく見開かれた。
【なによ……一体なんなのよ! 一年前とはまるで別人じゃない!】
艷やかな肌に美しい髪の毛、ガリガリだった身体はずいぶん肉付きがよくなり女性らしくなったし、身長だって数センチは伸びている。もともと整った顔立ちだったがより愛らしく美しく成長したし、凛と洗練された立ち居振る舞いに人々は感嘆のため息を漏らすだろう。ドレスの着こなしも見事なもので優雅さと品のよさを感じさせる。少なくとも、イアマに罵倒されるいわれはまったくなかった。
「見た目だけじゃない。オティリエはたった一年で、補佐官として優秀な実績をあげてきた。城内――国中の誰もが認める素晴らしい働きぶりだ。誰にも無能だなんて言わせない。……言えるはずがないんだ。それに、彼女の優しさに救われた人が大勢いる。僕だってそのうちの一人だ。それなのに『誰にも認められない』だって? ふざけるのもたいがいにしてくれ」
いつも穏やかなヴァーリックらしからぬ強い口調。イアマがグッと歯噛みをする。
「大体、前にも言っただろう? 僕は君を聡明とは思わないし、なんの魅力も感じない。イアマ嬢が妃候補になることはないって。それなのにオティリエとかわろうだって? 無理に決まってるだろう? そもそも、僕にとってオティリエはかけがえのない存在だ。彼女のかわりは他の誰にもつとまらない。絶対にだ」
「くっ……!」
鋭い眼差しが、言葉が、イアマの全身を焼くかのよう。ふつふつと身体の奥から湧き上がる怒りにイアマは髪の毛をかきむしった。
【悔しい! こんなのってないわ! あの子のものは全部全部奪ってやった! わたくしがあの子の分の幸せまですべてを手に入れたはずだった! それなのに、むしろわたくしのほうが奪われているじゃない! お父様も、お兄様も使用人たちも! みんなわたくしの側からいなくなった! わたくしにはもうなにも残っていない。全部オティリエのせいだわ!】
許せない。認められるはずがない。イアマはキッと顔を上げた。
「……消えなさいよ」
「え?」
「あんたなんか消えちゃえばいいのに!」
その途端、ぶわりと周りの空気が歪む。イアマの瞳が激しく光り、真っ赤に明滅しはじめた。
【オティリエさえいなければわたくしはもっと幸せだった! あんたさえいなければ!】
オティリエの頭の中でイアマの絶叫が響く。消えろ、いなくなってしまえ! という言葉にオティリエの胸が激しく痛む。
(これは……お姉さまの能力が暴走している?)
ただごとではない様子にオティリエは震え上がってしまう。
「オティリエ、目をつぶるんだ! イアマ嬢の瞳を見ちゃいけない」
「だけど……!」
このままではヴァーリックが危険だ。彼の能力をもってしても防ぎきれないかもしれない。オティリエがヴァーリックを守らなければ――。
「アハハハハ! だからあんたは愚かだって言うのよ!」
と、イアマがオティリエの胸ぐらをグイッと掴む。至近距離に迫るイアマの瞳。その瞬間オティリエは意識がクラッと遠のいた。
「あっ……」
「オティリエ!」
ヴァーリックがすぐにイアマを床に組み伏せる。
だが、そのときにはもうイアマの両目は光と色を失っていた。
「ふふ……もっと早くにこうすればよかった。もっと早く…………」
イアマの瞳から涙がこぼれ落ちる。狂ったような笑い声が室内に響き渡る。ヴァーリックはすぐにオティリエのもとへと向かった。
イアマが使用人に命令をする。彼女は美しく豪奢なパーティードレスに身を包んでいた。
「……どこに向かわれるのですか?」
「決まってるでしょう? 城に行くのよ。さっさとしなさい。遅れてしまうでしょう?」
嘲るように言いながら、イアマは眉間にシワを寄せる。
今夜は王城で夜会が開かれるらしい。父親は頑なに隠していたが、時期から鑑みてオティリエを王太子の婚約者として披露するための会だということは明白だ。
……だというのに、侍女たちは誰もイアマの着替えを手伝おうとしない。イアマが呼んでも誰も部屋に来ようとすらしなかった。
(忌々しい。絶対にぶち壊してやるわ)
オティリエのものはすべてイアマのもの……本来彼女が手に入れるべきものだ。金も、王太子妃としての地位も名誉も、それから幸せもすべて。
だから、全部奪い返さなければならない。なんとしても。
「行かせませんよ」
と、使用人が返事をする。イアマは「はぁ?」と声を荒げた。
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顔を上げ、ビクリと身体を震わせる。見れば、目の前には屋敷の使用人たちのほとんどが集結しており、彼女のことを冷たく睨みつけているではないか。
(なに? なんなのよ、その目つきは。これじゃまるで……まるで! わたくしが悪いみたいじゃない! その顔はオティリエに向けるべきものでしょう!?)
軽蔑、哀れみ、憎悪に憤怒。それらはイアマが使用人たちを操作して、オティリエに対して向けさせていた感情だ。
胸が、身体がざわざわする。気持ち悪い……イアマは思わずぎゅっと己を抱きしめた。
「イアマ様、私たちはもうあなたの命令は聞きません。オティリエ様にはこれまで辛い思いをさせてしまいました。これから先はどうか幸せになっていただきたい。……ですから、イアマ様を行かせるわけにはまいりません」
使用人頭が言う。幼い頃からアインホルン侯爵家に雇われていた人間だ。これまで彼がイアマの命令に背いたことなど当然なく、心底彼女に心酔していたというのに……。
(なんで? どうして? みんなおかしくなってしまった。あの夜会の夜から。……まさか! あの男が元凶なの……!?)
ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てて鳴り響く。
唯一イアマの魅了の影響を受けなかった男――王太子ヴァーリック。彼は本当にイアマの能力を無効化できるのかもしれない。そして、もしも他の人間にもその能力を分け与えられるのだとしたら――!
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少しずつ少しずつ使用人たちの様子がおかしくなっていったこと。兄であるアルドリッヒの態度。それから父親すらもイアマを見放したことまで、すべて。
「どこまでわたくしを苦しめれば気が済むの? ……ふざけるんじゃないわよ!」
怒りのあまり、イアマの髪がぶわりと逆立つ。ついで放たれる強烈な気。前方にいた使用人たちがバタバタと気を失っていく。後方にいるものも立っているのがやっとだった。
「あっ、イアマ様!」
そうしているあいだにイアマが屋敷を飛び出していく。けれど、使用人たちはまるで縫い止められてしまったかのようにその場から動くができない。彼らはただ、オティリエの無事を祈ることしかできなかった。
***
(緊張するな……)
夜会会場の近くに用意された控室。オティリエは鏡に写った自分と向き合っていた。
身につけているドレスは今夜のためにヴァーリックから贈られたもの。胸には母親の形見のブローチ。彼の瞳の色に合わせて用意したアメジストとエメラルドのイヤリングが照れくさく、なんだかドキドキしてしまう。
(私、本当にヴァーリック様と婚約するんだ……)
彼とはじめて会ってから約一年。あのときはまさか自分がヴァーリックの結婚相手に選ばれるなんて思っていなかった。……正直、未だに信じられない気持ちでいっぱいだ。毎朝目が覚めるたびに『これまでの日々は夢だったのではないか』と確かめてしまう。
「オティリエ」
とそのとき、ヴァーリックが控室にやってきた。真新しい夜会服に身を包んだ彼はとても凛々しく、オティリエは思わず見惚れてしまう。
「準備はできた?」
そう尋ねつつ、ヴァーリックは少しだけ緊張した面持ちだ。自分だけではないのだとオティリエはなんだか安心してしまう。
「……どうでしょう? どこかおかしなところはありませんか?」
オティリエの質問にヴァーリックはふっと目元を和らげる。それから彼女のことをギュッと強く抱きしめた。
「ない。……ものすごく可愛い」
本当に、可愛いとささやきながら、ヴァーリックはオティリエの額に口付ける。胸が、身体がたまらなく甘い。オティリエは頬が真っ赤に染まった。
「そろそろ行こうか」
ヴァーリックがオティリエに手を差し出す。オティリエが「ええ」とほほえんだときだった。
「行かせないわよ、オティリエ」
控室の扉が開くとともに、冷たい声音がオティリエを刺す。その途端、全身の毛がぶわりとよだち、身体がカタカタと震えだした。
(この声、まさか……)
恐怖のあまりオティリエは顔を上げることができない。しかし、扉の側にヴァーリックの護衛たちが倒れているのが見える。
「イアマ嬢……一体どうやってここに?」
ヴァーリックが言う。オティリエはゴクリと息を呑んだ。
「どうやって? ふふ……いろいろと対策をしてくださったことは認めるけど、わたくしが本気を出せばどうってことなかったわ。だって、魅了の能力があればわざわざ正面突破する必要なんてないもの。さすがの殿下も招待客や城内にいる全員に対して魅了対策なんてできないでしょう? まあ、そこに倒れている護衛をどかすのはちょっと手こずってしまったけど、あなたの能力も絶対的なものではないってことがわかったことだし結果オーライかしら?」
アハハ! と高笑いをしながら、イアマが二人に近づいてくる。ヴァーリックはオティリエを自分の後ろに隠しつつ、眉間にグッとシワを寄せた。
「それで? オティリエになんの用だい?」
「決まっているでしょう? オティリエなんかに妃が務まるわけがないもの! わたくしがかわってあげようと思いましたの。だって、不細工で陰気で、なんのとりえもない無能で野暮な女が妃になるなんてありえないわ。っていうか誰も認められない。そうでしょう?」
「……本当に?」
「え?」
「今のオティリエを見て、君は本気でそんなことを思うの?」
ヴァーリックはそう言って、オティリエをほんの少しだけ前に出す。その途端、イアマの唇がワナワナと震え、瞳が大きく見開かれた。
【なによ……一体なんなのよ! 一年前とはまるで別人じゃない!】
艷やかな肌に美しい髪の毛、ガリガリだった身体はずいぶん肉付きがよくなり女性らしくなったし、身長だって数センチは伸びている。もともと整った顔立ちだったがより愛らしく美しく成長したし、凛と洗練された立ち居振る舞いに人々は感嘆のため息を漏らすだろう。ドレスの着こなしも見事なもので優雅さと品のよさを感じさせる。少なくとも、イアマに罵倒されるいわれはまったくなかった。
「見た目だけじゃない。オティリエはたった一年で、補佐官として優秀な実績をあげてきた。城内――国中の誰もが認める素晴らしい働きぶりだ。誰にも無能だなんて言わせない。……言えるはずがないんだ。それに、彼女の優しさに救われた人が大勢いる。僕だってそのうちの一人だ。それなのに『誰にも認められない』だって? ふざけるのもたいがいにしてくれ」
いつも穏やかなヴァーリックらしからぬ強い口調。イアマがグッと歯噛みをする。
「大体、前にも言っただろう? 僕は君を聡明とは思わないし、なんの魅力も感じない。イアマ嬢が妃候補になることはないって。それなのにオティリエとかわろうだって? 無理に決まってるだろう? そもそも、僕にとってオティリエはかけがえのない存在だ。彼女のかわりは他の誰にもつとまらない。絶対にだ」
「くっ……!」
鋭い眼差しが、言葉が、イアマの全身を焼くかのよう。ふつふつと身体の奥から湧き上がる怒りにイアマは髪の毛をかきむしった。
【悔しい! こんなのってないわ! あの子のものは全部全部奪ってやった! わたくしがあの子の分の幸せまですべてを手に入れたはずだった! それなのに、むしろわたくしのほうが奪われているじゃない! お父様も、お兄様も使用人たちも! みんなわたくしの側からいなくなった! わたくしにはもうなにも残っていない。全部オティリエのせいだわ!】
許せない。認められるはずがない。イアマはキッと顔を上げた。
「……消えなさいよ」
「え?」
「あんたなんか消えちゃえばいいのに!」
その途端、ぶわりと周りの空気が歪む。イアマの瞳が激しく光り、真っ赤に明滅しはじめた。
【オティリエさえいなければわたくしはもっと幸せだった! あんたさえいなければ!】
オティリエの頭の中でイアマの絶叫が響く。消えろ、いなくなってしまえ! という言葉にオティリエの胸が激しく痛む。
(これは……お姉さまの能力が暴走している?)
ただごとではない様子にオティリエは震え上がってしまう。
「オティリエ、目をつぶるんだ! イアマ嬢の瞳を見ちゃいけない」
「だけど……!」
このままではヴァーリックが危険だ。彼の能力をもってしても防ぎきれないかもしれない。オティリエがヴァーリックを守らなければ――。
「アハハハハ! だからあんたは愚かだって言うのよ!」
と、イアマがオティリエの胸ぐらをグイッと掴む。至近距離に迫るイアマの瞳。その瞬間オティリエは意識がクラッと遠のいた。
「あっ……」
「オティリエ!」
ヴァーリックがすぐにイアマを床に組み伏せる。
だが、そのときにはもうイアマの両目は光と色を失っていた。
「ふふ……もっと早くにこうすればよかった。もっと早く…………」
イアマの瞳から涙がこぼれ落ちる。狂ったような笑い声が室内に響き渡る。ヴァーリックはすぐにオティリエのもとへと向かった。
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