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【2章】オティリエの選択
14.補佐官と心の声
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城に着くと、幾人もの使用人たちがヴァーリックとオティリエを出迎えてくれた。車道に沿って立ち並ぶ使用人たちを見ながら、オティリエは思わず息をつく。
(そうよね。ヴァーリック様は王太子なのよね)
本来ならば雲の上にいるはずの人。けれどその気さくさに、その温かさに、差し伸べてくれる手のひらに、優しい笑顔に、ものすごく近くにいるように感じてしまう。
「おいで、オティリエ。足元に気をつけて」
「あっ、ありがとうございます」
オティリエがヴァーリックに手を引かれて馬車を降りると、プラチナシルバーの長髪の男性が前に躍り出て、恭しく頭を下げた。色白で線が細く、女性のように整った中性的な顔立ち。髪の色合いも相まって精巧な氷の人形のようにも見える。年齢はオティリエよりも数歳上だろうか? 落ち着いた大人の男性といった印象だ。
「おかえりなさいませ、ヴァーリック様」
「ただいま、エアニー。こちらがオティリエだよ」
「そうですか、こちらの女性が」
エアニーと呼ばれた男性は、アイスブルーの瞳でまじまじとオティリエを観察したあと【なるほど、ヴァーリック様らしい】と心のなかで小さくつぶやいた。
(え? それって……どういう意味?)
彼が抱いているのが好感なのか、嫌悪感なのか、はたまたまったく別の感情なのか、ちっとも判断できない。『ヴァーリックらしい』という言葉の意味合いを彼と出会ったばかりのオティリエが理解できないのは当然なのだが、どうしても気になってしまう。
「オティリエ、エアニーは君の同僚――僕の補佐官の一人だよ」
「そうなんですね。よろしくお願いいたします」
オティリエが頭を下げると、エアニーはほんのりと眉を上げた。
「あ……あの?」
それはどういう感情、どういう表情なのだろう? もしかして、オティリエと一緒に働くのが嫌なのだろうか?
困惑しているオティリエをチラリと見つつ、ヴァーリックがエアニーに微笑みかけた。
「エアニー、仕立て屋の手配は?」
「終わっております。もうまもなくこちらに到着する予定です」
「オティリエの雇用契約書は?」
「そちらもすでに。アインホルン侯爵に送付する文書一式も整えました」
「午後からの段取りは?」
「すでに関係各所に通達を出しております。資料のほうもこちらに」
「うん、完璧」
ヴァーリックはそう言ってニコリと笑う。息のあったかけあいにオティリエは呆気にとられてしまった。
「オティリエ、エアニーは無表情でとっつきづらそうなタイプにみえるけど、根はとても優しいやつなんだよ。今日オティリエを迎えに行くにあたっていろんな準備を整えてくれたのは彼だしね」
「あ……そうなんですね。いろいろとお手数をおかけしてすみません」
「いいえ。仕事ですから当然のことです。それに、あなたにはこれからヴァーリック様のために馬車馬のように働いていただきますから」
「ば、馬車馬ですか」
オティリエの表情が少しだけ引きつる。ヴァーリックはクスクス笑いながら首を横に振った。
「大丈夫。エアニーは少し大げさなやつなんだ。ただ、僕の公務が忙しいのは事実。だからこそ、補佐官を増やしてエアニーの負担を少しでも軽減してやりたかったんだよ」
「そうなんですね」
返事をしつつ、オティリエはニコリと微笑んだ。
(忙しいのに補佐官の負担まで考えてくださるなんて、ヴァーリック様はやっぱり優し……)
【ああ、ヴァーリック様……なんてお優しい方なんだ】
そのとき、なにやら嬉しそうな声が聞こえてきて、オティリエは思わず目を丸くする。
(今の……エアニーさんの声よね?)
けれど、心の声とは裏腹に、エアニーは涼し気な表情のままだ。もしかしたら聞き間違えだろうか? オティリエはそっと首をひねった。
「そういうわけだから、エアニーはオティリエと一緒に働くのが嫌なんてことはないから、安心して」
ヴァーリックが言う。オティリエがそろりとエアニーのほうを見つめれば、彼は無表情のままコクリと小さくうなずいた。
「たった半日のあいだに部屋や侍女の手配をしてくれたし」
【ヴァーリック様のお望みですから当然です】
「僕がオティリエの事情を話したら仕立て屋を呼んでくれたし」
【ヴァーリック様の隣に立つ人間にみっともない格好をさせるわけにはいきませんから】
「いつもいろんなことを先回りして用意してくれるんだ。本当に優秀な補佐官だよね」
【ヴァーリック様の補佐官ですから! 当然のことです】
オティリエはヴァーリックの声とエアニーの心の声とを交互に聞きつつ、思わず感心してしまう。
(エアニーさんはヴァーリック様のことを敬愛しているのね)
いや、敬愛より崇拝といったほうがいいだろうか? オティリエ自身、ヴァーリックには底しれぬ恩義を感じているし心から慕っているものの、彼とは桁違い――熱量が違うと感じてしまう。
「あの、エアニーさんは私の能力についてご存知なんでしょうか?」
「はい。ヴァーリック様から聞き及んでおります。他人の心の声が聞こえるそうで」
エアニーがこたえる。まったく動揺している感じがない。つまり彼は己の心の声を聞かれても構わないと思っているのだろう。
「そうそう。僕さ、エアニーが普段なにを考えているかすごく気になるんだよね。必要最低限のことしかしゃべらないし。……オティリエ、あとでこっそり教えてくれる?」
「え? えっと……」
これまでのやりとりからして、エアニーがヴァーリックを慕っているのはたしかだ。しかし、その想いを直接言葉で伝えている感じは見受けられない。もしもエアニーの心の声を知ったら、ヴァーリックは喜ぶだろうが……。
「ヴァーリック様が気になさるようなことはなにも。考えたことはすべて口に出すように心がけておりますので」
エアニーがさり気なく口を挟み、チラリとオティリエのほうを見た。
「まあ、そうだよね。エアニーだもんね。オティリエの件を伝えたときも『ぜひとも欲しい能力だ』って言ってくれたぐらいだし、すごく正直で誠実な男性だから。それに、エアニーには他の人だったら言いづらいだろうなってこともズバズバ指摘してもらえて、僕は助かってるよ」
ヴァーリックが微笑む。すると、今にも舞い上がりそうなエアニーの感情がオティリエに流れ込んできた。
【ヴァーリック様がぼくを! このぼくを! 褒めてくださった!】
涼し気な表情からは想像もできないような狂喜乱舞っぷり。
彼はひととおり感動しきったあと、オティリエのほうへ向き直った。
【オティリエさん、ヴァーリック様は本当に素晴らしい方です。オティリエさんを心配して、ご自分で直接迎えに行くと言って譲らなかった。急がなければオティリエさんが家族からひどい目に合わされてしまうかもしれないと、寝る間も惜しんでご自分でいろんな手配をなさっていた。あなたが気に病まないよう、ぼくがすべてを手配したかのようにおっしゃって……本当に、優しい方なんです】
エアニーは相変わらず無表情だ。けれど、表情に出ないだけで彼の心はとても温かい。
「そういうわけだから、オティリエにはエアニーと仲良くしてやってほしいんだけど」
そう口にするヴァーリックはどこか不安そうな表情だ。オティリエは微笑みつつ、力強くうなずいた。
「もちろんです! ヴァーリック様、私、エアニーさんのこと、とても好きになってしまいました」
「……え? 好き? とても?」
ヴァーリックが尋ねる。オティリエはもう一度力強くうなずいた。
「はい! 好きです」
「なんで? 僕もまだ、オティリエにそんなこと言ってもらったことないのに!?」
驚き首を傾げるヴァーリックを見ながら、オティリエは――それからエアニーはクスクスと笑うのだった。
(そうよね。ヴァーリック様は王太子なのよね)
本来ならば雲の上にいるはずの人。けれどその気さくさに、その温かさに、差し伸べてくれる手のひらに、優しい笑顔に、ものすごく近くにいるように感じてしまう。
「おいで、オティリエ。足元に気をつけて」
「あっ、ありがとうございます」
オティリエがヴァーリックに手を引かれて馬車を降りると、プラチナシルバーの長髪の男性が前に躍り出て、恭しく頭を下げた。色白で線が細く、女性のように整った中性的な顔立ち。髪の色合いも相まって精巧な氷の人形のようにも見える。年齢はオティリエよりも数歳上だろうか? 落ち着いた大人の男性といった印象だ。
「おかえりなさいませ、ヴァーリック様」
「ただいま、エアニー。こちらがオティリエだよ」
「そうですか、こちらの女性が」
エアニーと呼ばれた男性は、アイスブルーの瞳でまじまじとオティリエを観察したあと【なるほど、ヴァーリック様らしい】と心のなかで小さくつぶやいた。
(え? それって……どういう意味?)
彼が抱いているのが好感なのか、嫌悪感なのか、はたまたまったく別の感情なのか、ちっとも判断できない。『ヴァーリックらしい』という言葉の意味合いを彼と出会ったばかりのオティリエが理解できないのは当然なのだが、どうしても気になってしまう。
「オティリエ、エアニーは君の同僚――僕の補佐官の一人だよ」
「そうなんですね。よろしくお願いいたします」
オティリエが頭を下げると、エアニーはほんのりと眉を上げた。
「あ……あの?」
それはどういう感情、どういう表情なのだろう? もしかして、オティリエと一緒に働くのが嫌なのだろうか?
困惑しているオティリエをチラリと見つつ、ヴァーリックがエアニーに微笑みかけた。
「エアニー、仕立て屋の手配は?」
「終わっております。もうまもなくこちらに到着する予定です」
「オティリエの雇用契約書は?」
「そちらもすでに。アインホルン侯爵に送付する文書一式も整えました」
「午後からの段取りは?」
「すでに関係各所に通達を出しております。資料のほうもこちらに」
「うん、完璧」
ヴァーリックはそう言ってニコリと笑う。息のあったかけあいにオティリエは呆気にとられてしまった。
「オティリエ、エアニーは無表情でとっつきづらそうなタイプにみえるけど、根はとても優しいやつなんだよ。今日オティリエを迎えに行くにあたっていろんな準備を整えてくれたのは彼だしね」
「あ……そうなんですね。いろいろとお手数をおかけしてすみません」
「いいえ。仕事ですから当然のことです。それに、あなたにはこれからヴァーリック様のために馬車馬のように働いていただきますから」
「ば、馬車馬ですか」
オティリエの表情が少しだけ引きつる。ヴァーリックはクスクス笑いながら首を横に振った。
「大丈夫。エアニーは少し大げさなやつなんだ。ただ、僕の公務が忙しいのは事実。だからこそ、補佐官を増やしてエアニーの負担を少しでも軽減してやりたかったんだよ」
「そうなんですね」
返事をしつつ、オティリエはニコリと微笑んだ。
(忙しいのに補佐官の負担まで考えてくださるなんて、ヴァーリック様はやっぱり優し……)
【ああ、ヴァーリック様……なんてお優しい方なんだ】
そのとき、なにやら嬉しそうな声が聞こえてきて、オティリエは思わず目を丸くする。
(今の……エアニーさんの声よね?)
けれど、心の声とは裏腹に、エアニーは涼し気な表情のままだ。もしかしたら聞き間違えだろうか? オティリエはそっと首をひねった。
「そういうわけだから、エアニーはオティリエと一緒に働くのが嫌なんてことはないから、安心して」
ヴァーリックが言う。オティリエがそろりとエアニーのほうを見つめれば、彼は無表情のままコクリと小さくうなずいた。
「たった半日のあいだに部屋や侍女の手配をしてくれたし」
【ヴァーリック様のお望みですから当然です】
「僕がオティリエの事情を話したら仕立て屋を呼んでくれたし」
【ヴァーリック様の隣に立つ人間にみっともない格好をさせるわけにはいきませんから】
「いつもいろんなことを先回りして用意してくれるんだ。本当に優秀な補佐官だよね」
【ヴァーリック様の補佐官ですから! 当然のことです】
オティリエはヴァーリックの声とエアニーの心の声とを交互に聞きつつ、思わず感心してしまう。
(エアニーさんはヴァーリック様のことを敬愛しているのね)
いや、敬愛より崇拝といったほうがいいだろうか? オティリエ自身、ヴァーリックには底しれぬ恩義を感じているし心から慕っているものの、彼とは桁違い――熱量が違うと感じてしまう。
「あの、エアニーさんは私の能力についてご存知なんでしょうか?」
「はい。ヴァーリック様から聞き及んでおります。他人の心の声が聞こえるそうで」
エアニーがこたえる。まったく動揺している感じがない。つまり彼は己の心の声を聞かれても構わないと思っているのだろう。
「そうそう。僕さ、エアニーが普段なにを考えているかすごく気になるんだよね。必要最低限のことしかしゃべらないし。……オティリエ、あとでこっそり教えてくれる?」
「え? えっと……」
これまでのやりとりからして、エアニーがヴァーリックを慕っているのはたしかだ。しかし、その想いを直接言葉で伝えている感じは見受けられない。もしもエアニーの心の声を知ったら、ヴァーリックは喜ぶだろうが……。
「ヴァーリック様が気になさるようなことはなにも。考えたことはすべて口に出すように心がけておりますので」
エアニーがさり気なく口を挟み、チラリとオティリエのほうを見た。
「まあ、そうだよね。エアニーだもんね。オティリエの件を伝えたときも『ぜひとも欲しい能力だ』って言ってくれたぐらいだし、すごく正直で誠実な男性だから。それに、エアニーには他の人だったら言いづらいだろうなってこともズバズバ指摘してもらえて、僕は助かってるよ」
ヴァーリックが微笑む。すると、今にも舞い上がりそうなエアニーの感情がオティリエに流れ込んできた。
【ヴァーリック様がぼくを! このぼくを! 褒めてくださった!】
涼し気な表情からは想像もできないような狂喜乱舞っぷり。
彼はひととおり感動しきったあと、オティリエのほうへ向き直った。
【オティリエさん、ヴァーリック様は本当に素晴らしい方です。オティリエさんを心配して、ご自分で直接迎えに行くと言って譲らなかった。急がなければオティリエさんが家族からひどい目に合わされてしまうかもしれないと、寝る間も惜しんでご自分でいろんな手配をなさっていた。あなたが気に病まないよう、ぼくがすべてを手配したかのようにおっしゃって……本当に、優しい方なんです】
エアニーは相変わらず無表情だ。けれど、表情に出ないだけで彼の心はとても温かい。
「そういうわけだから、オティリエにはエアニーと仲良くしてやってほしいんだけど」
そう口にするヴァーリックはどこか不安そうな表情だ。オティリエは微笑みつつ、力強くうなずいた。
「もちろんです! ヴァーリック様、私、エアニーさんのこと、とても好きになってしまいました」
「……え? 好き? とても?」
ヴァーリックが尋ねる。オティリエはもう一度力強くうなずいた。
「はい! 好きです」
「なんで? 僕もまだ、オティリエにそんなこと言ってもらったことないのに!?」
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