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【1章】王位継承戦と魅かれゆく心
しくじりと涙と残酷な笑顔
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それからしばらくは、とても忙しい日々が続いた。
初めに誰が宴のどの部分を担当するのか、王子たちの間で調整をしなければならない。皆が同じことを企画しても、意味がないどころか、共倒れになるからだ。
具体的には、会場の設営や食事、音楽等の手配について、どの王子がそれぞれ担当するのか。それから、当日の指揮系統の確立が必要だった。
けれど、3人の王子たちはお世辞にも仲が良いとは言えないらしく、顔を合わせようともしない。おかげでクララは城内を駆けまわり、伝令役を務める羽目になった。
「で、結局俺たちは舞台担当になった、と」
「はい……スミマセン」
クララは唇をギザギザにしながら、勢いよく頭を下げる。コーエンは小さくため息を吐いた。
本当はフリードは、会場の設営を希望していた。そう他の王子にも意向を伝えたのだが。
****
「フリードのような軟弱ものに、会場設営の大役は務まらない。俺と俺の部下たちならば、完璧にその役割を果たせる。そうだな、シリウス!」
「はい、殿下」
質素堅実。城内とは思えない程、全く飾り気のない第1王子の執務室。
ピリピリと張り詰めた空気のこの部屋には、主であるカールと内侍イゾーレ、それからカールの側近である赤髪の騎士・シリウスがいて、直立不動の姿勢をとっている。
(相変わらず威圧的だなぁ)
クララは負けじと背筋を伸ばしながら、真っ直ぐにカールを見上げた。
「お言葉ですが、フリード殿下は決して軟弱な方ではございません。それに、実際に動くのはお二人ではないと存じますが」
本当はクララは、フリードの強さを知りはしない。けれど、王妃から幼い頃の彼のヤンチャ具合を聞いているので、軟弱とまでは言えないはずだ。
それに、会場設営の際に実務に当たるのは、騎士たちであって王子たちではない。ならば、どちらが担当をしても、差はないはずだ。
「ならば問おう。おまえは今、どうして姿勢を正している?そんなに身体を強張らせてこの場に立っているんだ?」
カールは小ばかにしたような笑みを浮かべながら、クララを見下ろした。すると蛇に睨まれた蛙の如く、身体が知らずビクビクと震えてしまう。
(くそぅ……己の身体が恨めしい)
悔し気に歯噛みしながら、クララはカールを睨みつけた。
「つまりはそういうことだ。俺が指揮官を務めれば、皆の士気が上がる。緊張感が増す。よって、スムーズかつ完璧に任務を遂行できる。これが俺とフリードとの差だ」
満足そうに笑っているカールがあまりにも憎たらしい。何か反論できる余地はないか考えあぐねていると、シリウスが何やら憐みの視線を送って来た。諦めろ、と表情が物語っている。
「スカイフォール様、異論はございませんね?」
「…………はい」
止めとばかりに降り注ぐ、イゾーレの氷のような視線。クララの心がポキッと音を立てて折れてしまった。
****
「なるほど、そんなことがあったんだね」
「それでお前は、スゴスゴと帰って来たと」
ソファに沈み込み、打ちひしがれているクララの隣にフリードが腰掛ける。コーエンの呆れたような声音が、クララの心を抉った。
「いえ、その後すぐにヨハネス様の元に赴きました。それで交渉を始めたんですが――――」
****
「饗宴における主役は、なんといっても食事だよね」
ヨハネスはニコリと微笑みながら、金色に光る扇で口元を覆い隠した。遠い異国からの伝来ものだろうか。風変わりな素材が用いられている。
執務室の様子も、カールとは打って変わって豪奢だ。家具も照明も、壁紙に至るまで、贅を凝らしているのが窺える。
「ですから、その……」
「当然、食事の手配は私たちが行いますわ」
ピシャリとそう言い放ったのはレイチェルだった。彼女が動くたびに漂う強めの花の香りに、クララは顔を顰める。
(お料理に香りが移ってしまいそう……)
とはいえここは、グッと言葉を呑み込む。どうせ食事の準備をするのは、彼女自身ではないのだ。伝えたところでそう反論されて終わりだろう。
「けれど、殿下はとても素晴らしいバイオリンの名手とお聞きしました。楽団の皆さまとの親交も深いとか。殿下が舞台の演出をなさったら、絶対に素晴らしい宴になると思うのです」
クララは微笑みながら、用意しておいた殺し文句を述べる。事前にコーエンから仕込まれた上目づかいも忘れてはいない。クララの心臓が緊張でドキドキと鳴った。
「フリードの奴、本当に君のことを手懐けてるんだなぁ」
クックッと楽し気に喉を鳴らしながら、ヨハネスは笑う。そして、クララの手をそっと握りながら、目を細めた。
「言いたいことは分かるよ。だけどごめんね。答えはノーだ」
頭の中でガーーンと何かが割れるような音が鳴り響く。残酷な笑みがクララの心に突き刺さった。
「これはね、僕が王太子になれるまたとないチャンスなんだ。他の課題がどんなものになるか分からない以上、これを逃すわけにはいかない」
答えはある程度予想できていたものの、やはりショックは大きい。
(どうしよう……殿下とコーエンになんて説明したら…………)
クララが呆然としている内に、手の甲に柔らかな感触が触れた。見ればヨハネスがクララを見上げながら、悪戯っぽく微笑んでいる。
「かっ、軽々しくそういうことをなさらないでください!」
クララは手を振り払いながら、頬を赤らめた。コーエンといいフリードといい、城の人間はどうしてこうもパーソナルスペースが狭いのだろう。そう思わずにはいられなかった。
(まぁ、フリード殿下とヨハネス殿下は血を分けた兄弟だものなぁ)
やはり血は争えない、ということなのかもしれない。
ヨハネスは楽し気に微笑むと、そっとクララの耳元に唇を寄せた。
「だって仲良くしておいた方が良いと思わない?もしも僕が王太子になったら、君は僕の妃になる可能性もあるんだし」
「…………えっ」
クララの心臓がザワザワと騒ぐ。ヨハネスの青い瞳が妖艶に光った。
(ヨハネス殿下は知っているんだ)
前回の王太子選抜で何が起こったのか。どうして国王――――自分の父親に3人の妃がいるのか。
そしてそれがクララの将来に起こりうることを明示している。なんとも残酷な笑顔で。
(もしかして、フリード殿下も御存じなのかしら?)
おいそれと口にすることは憚られる話題のため、フリードにもコーエンにも、王妃から聞いた過去については伝えていない。
けれど、既に知っている可能性が高いなら話は別だ。今後のためにも、クララのおかれた状況を改めて共有した方が良いのかもしれない。
「その様子なら、君は知っていたみたいだね」
耳元でなおもヨハネスの声が響く。ゴクリと唾を呑みながら、クララは眉間に皺を寄せた。
「そういうわけだから、悪く思わないでね」
気づけばクララはヨハネスの執務室を追われ、無機質な扉を見つめていた。
****
「と、いうわけでして」
最後の方のくだりだけを省略し、クララはフリードたちにヨハネスとのやり取りを説明する。
盛大なため息が自然、口から漏れた。
「まぁ、あの二人相手に頑張った方なんじゃない?」
コーエンはぶっきら棒に呟きながら、クララを見つめる。
ズタボロになっていた心が、ほんの少しだけ穏やかになった。
「うんうん。クララは良くやってくれたよ」
フリードはまるで犬でも撫でるかの如く、クララの頭を撫でてくれる。じわりと瞳に涙が溜まった。
「おっ、おい。クララ?」
コーエンは普段の不敵さは何処へやら、慌てたようにクララの方へ駆け寄る。
「っていうか、割振りは最初からほぼほぼ決まってたんだよ。おまえが気にする必要ないから、な?」
「……っ、ごめ、なさい」
己の無力さが、こんなことで涙を流してしまう自分の弱さが、クララには腹立たしくて堪らない。早く泣き止もうと思うのに、心も身体も言うことをきいてくれない。
そのとき、クララの身体がふわりと包み込まれた。微かに香る花の香り。フリードがクララのことを優しく抱き締めていた。
「大丈夫、大丈夫」
まるで子どもをあやすかのような声。ささくれだらけの心が安らいでいく。
(慰められたいわけでも、許されたいわけでもないはずなのになぁ)
それでも、ひとの温もりというものは抗いがたい。クララはフリードの胸に顔を埋めながら、そっと涙を流した。
初めに誰が宴のどの部分を担当するのか、王子たちの間で調整をしなければならない。皆が同じことを企画しても、意味がないどころか、共倒れになるからだ。
具体的には、会場の設営や食事、音楽等の手配について、どの王子がそれぞれ担当するのか。それから、当日の指揮系統の確立が必要だった。
けれど、3人の王子たちはお世辞にも仲が良いとは言えないらしく、顔を合わせようともしない。おかげでクララは城内を駆けまわり、伝令役を務める羽目になった。
「で、結局俺たちは舞台担当になった、と」
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****
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「はい、殿下」
質素堅実。城内とは思えない程、全く飾り気のない第1王子の執務室。
ピリピリと張り詰めた空気のこの部屋には、主であるカールと内侍イゾーレ、それからカールの側近である赤髪の騎士・シリウスがいて、直立不動の姿勢をとっている。
(相変わらず威圧的だなぁ)
クララは負けじと背筋を伸ばしながら、真っ直ぐにカールを見上げた。
「お言葉ですが、フリード殿下は決して軟弱な方ではございません。それに、実際に動くのはお二人ではないと存じますが」
本当はクララは、フリードの強さを知りはしない。けれど、王妃から幼い頃の彼のヤンチャ具合を聞いているので、軟弱とまでは言えないはずだ。
それに、会場設営の際に実務に当たるのは、騎士たちであって王子たちではない。ならば、どちらが担当をしても、差はないはずだ。
「ならば問おう。おまえは今、どうして姿勢を正している?そんなに身体を強張らせてこの場に立っているんだ?」
カールは小ばかにしたような笑みを浮かべながら、クララを見下ろした。すると蛇に睨まれた蛙の如く、身体が知らずビクビクと震えてしまう。
(くそぅ……己の身体が恨めしい)
悔し気に歯噛みしながら、クララはカールを睨みつけた。
「つまりはそういうことだ。俺が指揮官を務めれば、皆の士気が上がる。緊張感が増す。よって、スムーズかつ完璧に任務を遂行できる。これが俺とフリードとの差だ」
満足そうに笑っているカールがあまりにも憎たらしい。何か反論できる余地はないか考えあぐねていると、シリウスが何やら憐みの視線を送って来た。諦めろ、と表情が物語っている。
「スカイフォール様、異論はございませんね?」
「…………はい」
止めとばかりに降り注ぐ、イゾーレの氷のような視線。クララの心がポキッと音を立てて折れてしまった。
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「なるほど、そんなことがあったんだね」
「それでお前は、スゴスゴと帰って来たと」
ソファに沈み込み、打ちひしがれているクララの隣にフリードが腰掛ける。コーエンの呆れたような声音が、クララの心を抉った。
「いえ、その後すぐにヨハネス様の元に赴きました。それで交渉を始めたんですが――――」
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「饗宴における主役は、なんといっても食事だよね」
ヨハネスはニコリと微笑みながら、金色に光る扇で口元を覆い隠した。遠い異国からの伝来ものだろうか。風変わりな素材が用いられている。
執務室の様子も、カールとは打って変わって豪奢だ。家具も照明も、壁紙に至るまで、贅を凝らしているのが窺える。
「ですから、その……」
「当然、食事の手配は私たちが行いますわ」
ピシャリとそう言い放ったのはレイチェルだった。彼女が動くたびに漂う強めの花の香りに、クララは顔を顰める。
(お料理に香りが移ってしまいそう……)
とはいえここは、グッと言葉を呑み込む。どうせ食事の準備をするのは、彼女自身ではないのだ。伝えたところでそう反論されて終わりだろう。
「けれど、殿下はとても素晴らしいバイオリンの名手とお聞きしました。楽団の皆さまとの親交も深いとか。殿下が舞台の演出をなさったら、絶対に素晴らしい宴になると思うのです」
クララは微笑みながら、用意しておいた殺し文句を述べる。事前にコーエンから仕込まれた上目づかいも忘れてはいない。クララの心臓が緊張でドキドキと鳴った。
「フリードの奴、本当に君のことを手懐けてるんだなぁ」
クックッと楽し気に喉を鳴らしながら、ヨハネスは笑う。そして、クララの手をそっと握りながら、目を細めた。
「言いたいことは分かるよ。だけどごめんね。答えはノーだ」
頭の中でガーーンと何かが割れるような音が鳴り響く。残酷な笑みがクララの心に突き刺さった。
「これはね、僕が王太子になれるまたとないチャンスなんだ。他の課題がどんなものになるか分からない以上、これを逃すわけにはいかない」
答えはある程度予想できていたものの、やはりショックは大きい。
(どうしよう……殿下とコーエンになんて説明したら…………)
クララが呆然としている内に、手の甲に柔らかな感触が触れた。見ればヨハネスがクララを見上げながら、悪戯っぽく微笑んでいる。
「かっ、軽々しくそういうことをなさらないでください!」
クララは手を振り払いながら、頬を赤らめた。コーエンといいフリードといい、城の人間はどうしてこうもパーソナルスペースが狭いのだろう。そう思わずにはいられなかった。
(まぁ、フリード殿下とヨハネス殿下は血を分けた兄弟だものなぁ)
やはり血は争えない、ということなのかもしれない。
ヨハネスは楽し気に微笑むと、そっとクララの耳元に唇を寄せた。
「だって仲良くしておいた方が良いと思わない?もしも僕が王太子になったら、君は僕の妃になる可能性もあるんだし」
「…………えっ」
クララの心臓がザワザワと騒ぐ。ヨハネスの青い瞳が妖艶に光った。
(ヨハネス殿下は知っているんだ)
前回の王太子選抜で何が起こったのか。どうして国王――――自分の父親に3人の妃がいるのか。
そしてそれがクララの将来に起こりうることを明示している。なんとも残酷な笑顔で。
(もしかして、フリード殿下も御存じなのかしら?)
おいそれと口にすることは憚られる話題のため、フリードにもコーエンにも、王妃から聞いた過去については伝えていない。
けれど、既に知っている可能性が高いなら話は別だ。今後のためにも、クララのおかれた状況を改めて共有した方が良いのかもしれない。
「その様子なら、君は知っていたみたいだね」
耳元でなおもヨハネスの声が響く。ゴクリと唾を呑みながら、クララは眉間に皺を寄せた。
「そういうわけだから、悪く思わないでね」
気づけばクララはヨハネスの執務室を追われ、無機質な扉を見つめていた。
****
「と、いうわけでして」
最後の方のくだりだけを省略し、クララはフリードたちにヨハネスとのやり取りを説明する。
盛大なため息が自然、口から漏れた。
「まぁ、あの二人相手に頑張った方なんじゃない?」
コーエンはぶっきら棒に呟きながら、クララを見つめる。
ズタボロになっていた心が、ほんの少しだけ穏やかになった。
「うんうん。クララは良くやってくれたよ」
フリードはまるで犬でも撫でるかの如く、クララの頭を撫でてくれる。じわりと瞳に涙が溜まった。
「おっ、おい。クララ?」
コーエンは普段の不敵さは何処へやら、慌てたようにクララの方へ駆け寄る。
「っていうか、割振りは最初からほぼほぼ決まってたんだよ。おまえが気にする必要ないから、な?」
「……っ、ごめ、なさい」
己の無力さが、こんなことで涙を流してしまう自分の弱さが、クララには腹立たしくて堪らない。早く泣き止もうと思うのに、心も身体も言うことをきいてくれない。
そのとき、クララの身体がふわりと包み込まれた。微かに香る花の香り。フリードがクララのことを優しく抱き締めていた。
「大丈夫、大丈夫」
まるで子どもをあやすかのような声。ささくれだらけの心が安らいでいく。
(慰められたいわけでも、許されたいわけでもないはずなのになぁ)
それでも、ひとの温もりというものは抗いがたい。クララはフリードの胸に顔を埋めながら、そっと涙を流した。
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