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【1章】王位継承戦と魅かれゆく心
王妃とのお茶会
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鼻腔を擽る爽やかな茶葉の香り。穏やかな春の陽気と庭園を彩る綺麗な花々に、クララはほっとため息を吐く。
「楽にして頂戴ね。お仕事は大変でしょう?」
ハッとして振り向けば、金色の髪の毛に青い瞳の美しい、気品あふれる貴婦人が優しく微笑んでいる。
「お気遣いありがとうございます、王妃様」
クララはそう言って恭しく頭を垂れた。
この国にいる王妃は3人。第1王子カールの母親、第2王子ヨハネスの母親。そして今クララが対峙している、フリードの母親だ。
まだ二十代と言っても通用する若さと美しさだが、実年齢は30歳を超えているらしい。
(王室御用達の化粧品や美容グッズってやっぱり、市井に出回るものとは質が違うのかもしれないわね)
クララはボンヤリとそんなことを考えた。
「ごめんなさいね、呼び立ててしまって」
「いえ、とんでもございません。光栄です」
茶の準備を終えると、侍女たちはクララと王妃を二人残してさがっていく。予め王妃から二人きりにするよう言付かっていたのだろう。
王妃と会うのはこれが初めてで、彼女が一体どんな人物なのか、クララはまだ知らない。
小さな緊張感を抱きつつも、しっかりと王妃に向き直った。
「さて、二人きりになったところで本題なのだけれど。あの子は――――フリードはちゃんと、あなたと仲良くできてる?」
王妃はそう言って困ったような笑みを浮かべる。
「少し癖のある子だから心配していたの。あなたのことを遠ざけたり、むしろベタベタしたり、変なことを言い出したり……色々と困らせているんじゃないかって」
「殿下が?」
クララはそう言って首を傾げた。
フリードに対する印象は、穏やかで優しいといったものばかりで、王妃の言う印象とは当てはまらない。『仮ではなく本当の婚約者になってほしい』と言われて困惑したことはあるが、それはノーカウントだろう。
「あっ、でもね、根はすごく優しい子なのよ!皆から誤解されがちなんだけど、本当はすごく思いやりがあって」
クララが口を開くより先に、王妃がそう捲し立てる。
(素敵な方だなぁ)
きっと王妃は、息子であるフリードのことを心から愛しているのだろう。穏やかで優し気な面影がフリードにピタリと重なった。
「殿下はとても優しいです。わたしにもすごく親切に接してくださっていますよ」
「本当?良かった……」
無邪気な笑顔を見せる王妃に、知らずクララの頬も緩む。
どうやら王妃との相性は悪くないらしい。クララはホッと胸を撫でおろした。
「本当は私、今回の王太子争いには反対だったのよ」
優雅にティーカップを揺らしながら、王妃は笑った。何やら悲し気な表情だ。
「どうしてそう思われるのか、お尋ねしても……?」
クララは遠慮がちに尋ねつつ、首を傾げた。
王妃は優し気に目を細めると、ぼんやりと遠くの方を見つめた。
「私もあなたと同じ内侍――――王太子の仮の婚約者だったから」
「えっ……」
思わぬことに、クララは目を丸くする。
内侍を交えた王太子選びは、今回が初めてだと思っていたのだ。
「驚くわよね。おまけにあの時は、王太子候補が4人いたの。私はあなたと同じ、当時の第3王子の内侍だったのだけど」
王妃は小さく笑いながら、目を伏せた。
先程よりもなお悲し気な表情に、クララは胸が痛くなる。
(このまま話を聞いて良いのかしら?)
そんな風に思う気持ちもありつつ、クララは小さく首を横に振る。きっと王妃も誰かに聞いて欲しかったのだろう。そんな表情に見えて、クララは静かに王妃を見つめた。
「結局王太子になったのは当時の第4王子――――今の国王陛下だった」
「えっ!?第3王子じゃないんですか!?」
クララは思わず声を上げた。
王妃が内侍として仕えた第3王子が国王に就任したからこそ、王妃は今の地位にあるのだと思っていたのだ。
「ええ。当時の第3王子はとても素敵な人だったわよ?けれど陛下には勝てなかった。――――最初は陛下の内侍を務めた娘一人が妃になったわ。けれど、いつまで経っても子が出来なくてね。それで、他の王子の内侍を務めた私たち3人も、妃として迎えられることになったの」
王妃の話を聞いて、クララは愕然とした。
今の話を現状に置き換えれば、例えば王太子の位を第1カール王子が手にしたとする。けれど、彼のパートナーであるイゾーレに子が出来なかったら、レイチェルとクララはカールの妃とされてしまう――――そういうことだ。
(無理!あり得ないわ!)
偉そうで無骨なカールも、贅沢好きで軽薄なヨハネスもごめんだ。クララの背筋を寒気が襲った。
「あんまりだわ!そんなことって……」
「酷いでしょう?私もショックだったわ。特に皇后さま――――陛下の元々の婚約者は気の毒でね。陛下ととても仲が良くて、愛し合っていらっしゃったから」
泣き出しそうな表情で、王妃は笑った。
他に思う人がいても、皇后のことを気の毒に思っていても、王妃には王妃の為すべきことがあった。それはきっと、身を裂くような想いだっただろう。
「だからね、あなたには私と同じような想いをしてほしくないの」
王妃はクララの手を取ると、真剣な眼差しで訴えかける。
「もしもあなたが、フリードより他の2人の方が王としての資質があると思うなら、そちらを推して良い。けれど、そうでないのなら――――全力で二人を潰しなさい。それがあなた自身を救うことになるから」
クララの心臓はバクバク鳴り響いていた。冷や汗が背中を伝う。
もしもフリードが王太子になれたら。クララは王太子妃になどならず、自由になれるかもしれない。想い描いた恋を求めて許される可能性がある。
けれど、もしも他の王子が王太子になったら、もしも彼のパートナーに子ができなかったら――――――クララは間違いなく逃れることが出来ない。政略結婚も真っ青な強制的な婚姻と相成る。
「王妃様、ありがとうございます」
クララはゆっくりと目を開けると、真っ直ぐに王妃を見つめた。
そもそも、クララはフリード以外の王子を王位に就けるつもりはない。やるべきことがより明確になっただけだ。けれど、そのことが持つ意味はとても大きい。
「わたしがきっと、殿下を王太子にしてみせましょう」
そう言って微笑むと、王妃は嬉しさと切なさの綯交ぜになった複雑な表情で笑った。
「楽にして頂戴ね。お仕事は大変でしょう?」
ハッとして振り向けば、金色の髪の毛に青い瞳の美しい、気品あふれる貴婦人が優しく微笑んでいる。
「お気遣いありがとうございます、王妃様」
クララはそう言って恭しく頭を垂れた。
この国にいる王妃は3人。第1王子カールの母親、第2王子ヨハネスの母親。そして今クララが対峙している、フリードの母親だ。
まだ二十代と言っても通用する若さと美しさだが、実年齢は30歳を超えているらしい。
(王室御用達の化粧品や美容グッズってやっぱり、市井に出回るものとは質が違うのかもしれないわね)
クララはボンヤリとそんなことを考えた。
「ごめんなさいね、呼び立ててしまって」
「いえ、とんでもございません。光栄です」
茶の準備を終えると、侍女たちはクララと王妃を二人残してさがっていく。予め王妃から二人きりにするよう言付かっていたのだろう。
王妃と会うのはこれが初めてで、彼女が一体どんな人物なのか、クララはまだ知らない。
小さな緊張感を抱きつつも、しっかりと王妃に向き直った。
「さて、二人きりになったところで本題なのだけれど。あの子は――――フリードはちゃんと、あなたと仲良くできてる?」
王妃はそう言って困ったような笑みを浮かべる。
「少し癖のある子だから心配していたの。あなたのことを遠ざけたり、むしろベタベタしたり、変なことを言い出したり……色々と困らせているんじゃないかって」
「殿下が?」
クララはそう言って首を傾げた。
フリードに対する印象は、穏やかで優しいといったものばかりで、王妃の言う印象とは当てはまらない。『仮ではなく本当の婚約者になってほしい』と言われて困惑したことはあるが、それはノーカウントだろう。
「あっ、でもね、根はすごく優しい子なのよ!皆から誤解されがちなんだけど、本当はすごく思いやりがあって」
クララが口を開くより先に、王妃がそう捲し立てる。
(素敵な方だなぁ)
きっと王妃は、息子であるフリードのことを心から愛しているのだろう。穏やかで優し気な面影がフリードにピタリと重なった。
「殿下はとても優しいです。わたしにもすごく親切に接してくださっていますよ」
「本当?良かった……」
無邪気な笑顔を見せる王妃に、知らずクララの頬も緩む。
どうやら王妃との相性は悪くないらしい。クララはホッと胸を撫でおろした。
「本当は私、今回の王太子争いには反対だったのよ」
優雅にティーカップを揺らしながら、王妃は笑った。何やら悲し気な表情だ。
「どうしてそう思われるのか、お尋ねしても……?」
クララは遠慮がちに尋ねつつ、首を傾げた。
王妃は優し気に目を細めると、ぼんやりと遠くの方を見つめた。
「私もあなたと同じ内侍――――王太子の仮の婚約者だったから」
「えっ……」
思わぬことに、クララは目を丸くする。
内侍を交えた王太子選びは、今回が初めてだと思っていたのだ。
「驚くわよね。おまけにあの時は、王太子候補が4人いたの。私はあなたと同じ、当時の第3王子の内侍だったのだけど」
王妃は小さく笑いながら、目を伏せた。
先程よりもなお悲し気な表情に、クララは胸が痛くなる。
(このまま話を聞いて良いのかしら?)
そんな風に思う気持ちもありつつ、クララは小さく首を横に振る。きっと王妃も誰かに聞いて欲しかったのだろう。そんな表情に見えて、クララは静かに王妃を見つめた。
「結局王太子になったのは当時の第4王子――――今の国王陛下だった」
「えっ!?第3王子じゃないんですか!?」
クララは思わず声を上げた。
王妃が内侍として仕えた第3王子が国王に就任したからこそ、王妃は今の地位にあるのだと思っていたのだ。
「ええ。当時の第3王子はとても素敵な人だったわよ?けれど陛下には勝てなかった。――――最初は陛下の内侍を務めた娘一人が妃になったわ。けれど、いつまで経っても子が出来なくてね。それで、他の王子の内侍を務めた私たち3人も、妃として迎えられることになったの」
王妃の話を聞いて、クララは愕然とした。
今の話を現状に置き換えれば、例えば王太子の位を第1カール王子が手にしたとする。けれど、彼のパートナーであるイゾーレに子が出来なかったら、レイチェルとクララはカールの妃とされてしまう――――そういうことだ。
(無理!あり得ないわ!)
偉そうで無骨なカールも、贅沢好きで軽薄なヨハネスもごめんだ。クララの背筋を寒気が襲った。
「あんまりだわ!そんなことって……」
「酷いでしょう?私もショックだったわ。特に皇后さま――――陛下の元々の婚約者は気の毒でね。陛下ととても仲が良くて、愛し合っていらっしゃったから」
泣き出しそうな表情で、王妃は笑った。
他に思う人がいても、皇后のことを気の毒に思っていても、王妃には王妃の為すべきことがあった。それはきっと、身を裂くような想いだっただろう。
「だからね、あなたには私と同じような想いをしてほしくないの」
王妃はクララの手を取ると、真剣な眼差しで訴えかける。
「もしもあなたが、フリードより他の2人の方が王としての資質があると思うなら、そちらを推して良い。けれど、そうでないのなら――――全力で二人を潰しなさい。それがあなた自身を救うことになるから」
クララの心臓はバクバク鳴り響いていた。冷や汗が背中を伝う。
もしもフリードが王太子になれたら。クララは王太子妃になどならず、自由になれるかもしれない。想い描いた恋を求めて許される可能性がある。
けれど、もしも他の王子が王太子になったら、もしも彼のパートナーに子ができなかったら――――――クララは間違いなく逃れることが出来ない。政略結婚も真っ青な強制的な婚姻と相成る。
「王妃様、ありがとうございます」
クララはゆっくりと目を開けると、真っ直ぐに王妃を見つめた。
そもそも、クララはフリード以外の王子を王位に就けるつもりはない。やるべきことがより明確になっただけだ。けれど、そのことが持つ意味はとても大きい。
「わたしがきっと、殿下を王太子にしてみせましょう」
そう言って微笑むと、王妃は嬉しさと切なさの綯交ぜになった複雑な表情で笑った。
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