断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
6 / 16

6.はじめての夜、モニカの願い

しおりを挟む
 祝の宴席も既に終わり、モニカは一人、広い寝室の中で縮こまっていた。

 今夜は侍女たちから、隅々まで身体を徹底的に磨き上げられた。
 甘い香りの香油を塗り込まれ、何度も何度も髪を梳く。爪を整え、寝化粧を施し、シルクのナイトドレスに身を包んでようやく完成。
 単身寝室へと送り込まれ、モニカの緊張は最高潮に達していた。


(どうしましょう? エルネスト様は本当にこの部屋にいらっしゃるのかしら?)


 初めて入る夫婦の寝室。今日のために新調されたのだろうか――――真新しいシーツの香りにドキリとする。


 世継ぎを作るのは王族の義務。
 そのための結婚。
 そのための妃。

 そうと分かってはいるのだが、エルネストの反応を想像するととても怖い。


(もしかしたら、「どうしてここに居るんだ」とか、「自分の部屋に戻れ」って言われるんじゃないかしら)


 自分はここに居ても良いのだろうか? 本当に彼と結婚したのだろうか?
 結婚式までの間、忙しさのあまり忘れていた疑問が、モニカの心に次々浮かぶ。


 こんな風にソワソワしてしまうことだってそう。もしかしたら、『みっともない』とエルネストの失笑を買うのではないか。
 緊張を紛らわせたくて、モニカはベッドの周りをウロウロと歩き回る。


 けれどその時、寝室の扉が開く音が聞こえた。
 室内に響く足音。モニカは静かに息を呑み、それから深々と頭を下げる。足音がモニカの目の前で、ゆっくりと止まった。


 長い沈黙。
 どちらも全く口を利かない。


 今回、先に焦れたのはエルネストの方だった。
 モニカの肩をポンと叩き「そこに座れ」と呟く。

 いつも凛と張りのあるエルネストの声音が、今夜は何処か上ずっている。
 彼も緊張しているのかも知れない――――そう思うと、モニカの緊張が少しだけ和らぐ。

 促されるまま、モニカは広いベッドの隅に腰掛けた。


「――――モニカ」


 エルネストがモニカの顔を覗き込み、名前を呼ぶ。
 額に彼の唇が触れ、モニカはギュッと目を瞑った。


(どうすれば良いの?)


 緊張のあまり、身体が強張っている。
 息をするのも忘れ、モニカはじっとしていることしかできない。


「僕に触れられるのは嫌か?」


 思いがけぬ問い掛け。
 モニカは目を丸くし、エルネストのことを見つめ返す。

 しばしの沈黙。
 モニカはゆっくりと首を横に振った。


「いいえ、エルネスト様。わたくしは嫌ではございません」


 寧ろ、嫌なのは貴方の方では――――? 
 そう尋ねなかっただけ、モニカは自分を褒めてやりたい。

 エルネストはその時、眉間に深く皺を刻み、不服げに唇を尖らせていたのだから。


「そうか」


 はぁ、と深い溜め息を一つ、エルネストはモニカの唇を塞ぐ。
 義務的な交わり。
 モニカは今度こそしっかりと、開かないように目を瞑った。


「モニカ」


 エルネストの声が聞こえる。


 冷ややかな瞳で己を見下ろすエルネストの姿を見たくない。
 愛情の欠片も感じられない冷たい肌の感触に気づかないふりをしたい。

 けれど、時折聞こえる彼の吐息が、モニカを呼ぶ声が、彼女の心を大いに掻き乱す。


「エルネスト様」


 ならばこちらも――――モニカは今日、夫となった人の名前を呼ぶ。

 その瞬間、エルネストが息を呑む小さな音が聞こえ、身体が上から覆われる。
 それは、抱き締められていると表するにはあまりにも不格好で。けれど他にたとえようがない状態だった。


(わたくしたちが抱き合うのは義務だから)


 彼はこうすることで、己の務めを果たしただけ。
 モニカは目の前に与えられた広い背中に縋りつき、エルネストにバレないように涙を流す。


(どうか、一日でも早く子供ができますように)


 義務を果たせばそれで終い。
 エルネストを望まぬ触れ合いから解放することができる。



 けれど、モニカは知らなかった。
 それから三年間、彼女の願い――エルネストの子を身籠ること――が叶うことはないのだと。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里@SMARTOON8/31公開予定
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

どうしてあなたが後悔するのですか?~私はあなたを覚えていませんから~

クロユキ
恋愛
公爵家の家系に生まれたジェシカは一人娘でもあり我が儘に育ちなんでも思い通りに成らないと気がすまない性格だがそんな彼女をイヤだと言う者は居なかった。彼氏を作るにも慎重に選び一人の男性に目を向けた。 同じ公爵家の男性グレスには婚約を約束をした伯爵家の娘シャーロットがいた。 ジェシカはグレスに強制にシャーロットと婚約破棄を言うがしっこいと追い返されてしまう毎日、それでも諦めないジェシカは貴族で集まった披露宴でもグレスに迫りベランダに出ていたグレスとシャーロットを見つけ寄り添う二人を引き離そうとグレスの手を握った時グレスは手を払い退けジェシカは体ごと手摺をすり抜け落下した… 誤字脱字がありますが気にしないと言っていただけたら幸いです…更新は不定期ですがよろしくお願いします。

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。 その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。 学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。 そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。 傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。 2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて?? 1話完結です 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

処理中です...