断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)

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4.君は僕の妃になるんだ

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「君をエルネストの妃に、と考えているんだ」


 はじめて目にする国王陛下――――エルネストの父親は、モニカに向かってそう言った。
 隣にはエルネストと、彼の母親が並んでいる。今日も今日とて、彼の表情は冷たいままだ。


(え? わたくしをエルネスト様の妃に? ……本気で?)


 モニカは本当は、声を大にしてそう言いたかった。思い切り首を傾げたかった。
 けれど、相手はこの国の最高権力者。モニカは驚きに目を見開き、己の父親を見ることしかできない。

 しかし、事前に話を聞いていたのだろう。モニカの父親は平然としていた。


「君が驚くのも無理はない。けれど、我々としてはすぐに婚約、出来る限り早く結婚という具合に進めていきたいと考えている」


 国王が言う。
 彼は冒頭で『妃にと』と言ったが、こうして呼び出しを受けている時点で、モニカに断るという選択肢はない。彼女の心境はとても複雑だった。


「あの……質問をよろしいでしょうか?」

「何だい? 言ってごらんなさい」


 柔和な笑みを浮かべ、国王が応じる。宰相が頷くのを見届けてから、モニカはそっと身を乗り出した。


「本当にわたくしで良いのでしょうか? なにかの間違いではございませんか?」


 この状況でするにはおかしな質問だと分かっている。
 けれど、モニカはどうしても、そう尋ねずにはいられなかった。


 婚約の場ではじめて会った相手に嫌悪感を抱くとか、後から合わなかったと判明するならまだ分かる。

 けれど、モニカとエルネストは事前に面識がある。
 しかも、一度だけでなく、二度もだ。

 当然、モニカを結婚相手に選んだのはエルネストではなく彼の両親だろうが、エルネストなら『生理的に受け付けないから』と言って断ることもできただろう。

 
 チラリとエルネストを見上げれば、彼は眉間にシワを寄せた。


(ほら。やっぱりなにかの間違いだわ)


 どうかそんな表情をしないでほしい。モニカはキュッと唇を引き結ぶ。

 俯きながら、国王からの返答を待つ。『実はエルネストは反対したんだが』と。

 しかし、モニカの問いかけに答えたのは他でもない。エルネスト本人だった。


「間違いなど一つもない。モニカ、君は僕の妃になるんだ」

「え?」


 モニカは自分の耳が信じられなかった。
 顔を上げ、エルネストの顔をまじまじと見上げてしまう。


「殿下はそれで良いのですか?」

「良いも悪いもない。既に決めたことだ」


 エルネストはきっぱりとそう断言する。真っ直ぐにモニカを見下ろし、彼は静かに息を吐いた。

 良いも悪いもない――――それはつまり、この結婚に彼の感情が反映されていないことを表している。

 けれど、彼が納得しているなら、モニカにはもう言うことはない。


「――――謹んでお受けいたします」


 彼女は深々と頭を下げた。


***


 結婚を了承した後、モニカはエルネストの私室へと通された。

 重厚で落ち着いた印象の部屋の真ん中、ソファに座るよう促される。

 躊躇いながらも腰掛ければ、侍女がすぐにお茶を運んできた。
 彼女たちはあっという間に紅茶と茶菓子をセッティングし、光の速さで部屋から出ていってしまう。


(ここに居てくれて良かったのに……)


 横たわる重苦しい空気。両者とも、しばし無言を貫く。
 耐えきれず、先に沈黙を破ったのは、モニカの方だった。


「殿下、此度のことは……」

「僕のことは名前で呼んでくれないか?」

「え?」


 本題を切り出すより先に、ひょんな事を言われてしまい、モニカは思わず目を丸くする。


「正式な婚約はまだだが、僕たちは婚約、結婚をするんだ。今後は名前で呼び合うべきだろう?」

「え、と……はい、エルネスト様」


 正直、婚約の件だって未だ腑に落ちていないのだが、このままでは話を先に進められない。
 躊躇いながらも、モニカはエルネストの名前を呼んだ。彼は『それで良い』といった面持ちで、悠然とこちらを見つめている。
 モニカは気を取り直し、そっと身を乗り出した。


「それで、エルネスト様。
先程は陛下の手前、本心をおっしゃれなかったのかも知れませんが……本当に、わたくしとの結婚を断らなくて良かったのですか? 確かにわたくしは宰相の娘ですが、他にもっとふさわしいご令嬢がいらっしゃったのではないかと……」

「は?」


 些かドスの利いた声。モニカはヒッと息を呑む。
 どうやらまた、彼の機嫌を損ねてしまったらしい。モニカはシュンと肩を落とした。


「その件については先程も伝えたはずだ。僕はすべてを承知した上で、君との結婚を決めている。今後はそういった発言は謹んでほしい」

「はい、エルネスト様。申し訳ございません」


 胸のあたりが鉛のように重い。モニカは深々と頭を下げた。


「君の方こそ――――本当は僕との結婚が嫌なんじゃないか?」

「え?」


 嫌か嫌じゃないか――――モニカ自身はそういう観点で、二人の結婚を考えたことはなかった。
 エルネストはきっと嫌だろうと、そればかりを考えていたのだから。


「よく考えてみてほしい。女官より妃になった方がずっと、君のやりたいことが叶えられる。妃になれば婚期だって逃さない。
もちろん、君には僕の妃になる以外選択肢はないが、そう考えたほうが楽だろう?」

「それは……そうですわね。そうかもしれませんが」

「ならばこの話はこれで終いだ。既に結論が出ていることを議論したところで意味はない」


 ため息を一つ、エルネストは紅茶を飲んだ。

 彼自身、そういう風に理由をつけて、モニカとの結婚を自分の中で納得させているのだろう。
 モニカは頷きつつ、冷えた指先をティーカップで温めた。
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