53 / 59
【2章】婿選び編
嘘吐き
しおりを挟む
「ご婦人方とやり合ったそうですね?」
ゼルリダ様のお茶会の翌日、わたしは私室を訪れたランハートと向かい合って座っていた。
「さすが、耳が早いわね」
「当然です。情報は鮮度が命ですから。出来る限りたくさんの話を集めるようにしていますよ」
ランハートはそう言ってニコリと微笑む。わたしは思わず唇を尖らせた。
「で、情報源は? まさか、わたしの侍女達を買収したんじゃないでしょうね?」
「まさか。さすがの僕も、そんな大それたことはしませんよ」
「じゃあ、誰を買収したの?」
「単に参加者の一人が知人だったというだけですよ」
ふぅん、と相槌を打ちつつ、なんだか釈然としない。そんなわたしの様子に、ランハートはそっと首を傾げた。
「僕の交友関係が気になります?」
「別に? 噂がどういった経路で拡がるか、気になるだけよ」
そう――――本当に、ただそれだけ。
だって、わたしの言動がどこでどんな影響を与えるか、きちんと確認しておきたいじゃない。情報源が身内なら、何処に居ても気が抜けないってことになるし。
「ご安心ください。今回の噂は拡がっても構わないものです。ライラ様がただの姫君ではないという、良い牽制になるでしょう。
それに、いざといった時の情報操作は得意ですから」
「情報操作、ね」
嘘が誠になり、誠が嘘になる――――狭い貴族社会、情報を制する者が全てを制するといっても過言じゃない。そういう意味で言えば、ランハート程王配に向いている男性は居ないと思う。
「他には? どんな情報を仕入れているのかしら?」
「色々ですよ。貴族達の懐事情に交友状況、婚約や破局の裏事情に、使用人たちに関する小さな情報まで。集めるだけ集めて、あとは取捨選択していくだけです。まあ、最近は放っておいても僕に擦り寄ってくる重鎮たちが増えましたし、情報を得るのはとても容易いことです。これから更に、そういった輩は増えるでしょう」
ランハートはそう言って苦笑を浮かべる。
彼がわたしの婚約者に選ばれるであろうことは、最早公然の秘密。わたし自身は即位の準備で忙しいし、将来の王配に取り入ろうとする人間が多いのは当然かもしれない。
「ところで、今日はそんなことを言うためにわざわざ城に来たの?」
手元の資料をワザとらしく捲りつつ、わたしはランハートにそう尋ねる。
王太女即位はもう目前。これでも結構忙しい身の上だ。それでもこうして時間を割いているのには、一応理由があったりする。
「理由が無いと会いに来たらいけないですか?」
「それは……そういう訳じゃないけど」
つまり、今日ここに来た理由は特にないらしい。内心ため息を吐きつつ、わたしはそっと視線を背ける。
「どうされました?」
「別に? 何でもないわ。ただ、ランハートは嘘吐きだなぁと思って」
「僕が? まさか。僕は嘘を吐かないと、何度も申し上げた筈なのに」
ランハートは答えつつ、困ったような笑みを浮かべる。
ええ、そうでしょうとも。本人に嘘を吐いているつもりはない。
ただ、完全に忘れているってだけで。
「それでは、今日はそろそろお暇します」
彼は立ち上がり膝を突くと、わたしの右手をギュっと握る。それから手の甲に触れるだけのキスを落とし、蕩けるような笑みを浮かべた。
「正式に、あなたの婚約者になれる日が楽しみです」
思わぬセリフ。息を呑むわたしに、ランハートは目を細める。
「わ……分かってるの? わたしの婚約者になるってことは、あなたも王族として、わたしの婚約者として、相当数の公務を引き受けるってことなんだからね? 今みたいに遊んで暮らせるわけじゃないのよ?」
大体、即位と同時に婚約を発表するのだって、民を安心させるためなんだし。彼にはその自覚があるのだろうか? 自分で選んだ人とはいえ、ちょっと心配になってくる。
「分かってますよ。それでも、楽しみだと思います」
嫌味なくらい整った顔。醸し出される甘い雰囲気に首を振る。
口先ばっかり。本当は大して楽しみじゃないに違いない。
(プロポーズするって言ってた癖に)
王族の結婚に恋愛感情は必要ない。
わたしだって、ランハートが好きで堪らないから彼を選んだわけじゃないし、あっちだってそう。わたしが好きで配偶者に立候補したわけじゃない。
だから、忘れたところで仕方ない。仕方がないって思っているんだけど。
(わざわざ時間、作ったのになぁ)
何でもない振りをしながら、わたしは彼の後姿を見送った。
ゼルリダ様のお茶会の翌日、わたしは私室を訪れたランハートと向かい合って座っていた。
「さすが、耳が早いわね」
「当然です。情報は鮮度が命ですから。出来る限りたくさんの話を集めるようにしていますよ」
ランハートはそう言ってニコリと微笑む。わたしは思わず唇を尖らせた。
「で、情報源は? まさか、わたしの侍女達を買収したんじゃないでしょうね?」
「まさか。さすがの僕も、そんな大それたことはしませんよ」
「じゃあ、誰を買収したの?」
「単に参加者の一人が知人だったというだけですよ」
ふぅん、と相槌を打ちつつ、なんだか釈然としない。そんなわたしの様子に、ランハートはそっと首を傾げた。
「僕の交友関係が気になります?」
「別に? 噂がどういった経路で拡がるか、気になるだけよ」
そう――――本当に、ただそれだけ。
だって、わたしの言動がどこでどんな影響を与えるか、きちんと確認しておきたいじゃない。情報源が身内なら、何処に居ても気が抜けないってことになるし。
「ご安心ください。今回の噂は拡がっても構わないものです。ライラ様がただの姫君ではないという、良い牽制になるでしょう。
それに、いざといった時の情報操作は得意ですから」
「情報操作、ね」
嘘が誠になり、誠が嘘になる――――狭い貴族社会、情報を制する者が全てを制するといっても過言じゃない。そういう意味で言えば、ランハート程王配に向いている男性は居ないと思う。
「他には? どんな情報を仕入れているのかしら?」
「色々ですよ。貴族達の懐事情に交友状況、婚約や破局の裏事情に、使用人たちに関する小さな情報まで。集めるだけ集めて、あとは取捨選択していくだけです。まあ、最近は放っておいても僕に擦り寄ってくる重鎮たちが増えましたし、情報を得るのはとても容易いことです。これから更に、そういった輩は増えるでしょう」
ランハートはそう言って苦笑を浮かべる。
彼がわたしの婚約者に選ばれるであろうことは、最早公然の秘密。わたし自身は即位の準備で忙しいし、将来の王配に取り入ろうとする人間が多いのは当然かもしれない。
「ところで、今日はそんなことを言うためにわざわざ城に来たの?」
手元の資料をワザとらしく捲りつつ、わたしはランハートにそう尋ねる。
王太女即位はもう目前。これでも結構忙しい身の上だ。それでもこうして時間を割いているのには、一応理由があったりする。
「理由が無いと会いに来たらいけないですか?」
「それは……そういう訳じゃないけど」
つまり、今日ここに来た理由は特にないらしい。内心ため息を吐きつつ、わたしはそっと視線を背ける。
「どうされました?」
「別に? 何でもないわ。ただ、ランハートは嘘吐きだなぁと思って」
「僕が? まさか。僕は嘘を吐かないと、何度も申し上げた筈なのに」
ランハートは答えつつ、困ったような笑みを浮かべる。
ええ、そうでしょうとも。本人に嘘を吐いているつもりはない。
ただ、完全に忘れているってだけで。
「それでは、今日はそろそろお暇します」
彼は立ち上がり膝を突くと、わたしの右手をギュっと握る。それから手の甲に触れるだけのキスを落とし、蕩けるような笑みを浮かべた。
「正式に、あなたの婚約者になれる日が楽しみです」
思わぬセリフ。息を呑むわたしに、ランハートは目を細める。
「わ……分かってるの? わたしの婚約者になるってことは、あなたも王族として、わたしの婚約者として、相当数の公務を引き受けるってことなんだからね? 今みたいに遊んで暮らせるわけじゃないのよ?」
大体、即位と同時に婚約を発表するのだって、民を安心させるためなんだし。彼にはその自覚があるのだろうか? 自分で選んだ人とはいえ、ちょっと心配になってくる。
「分かってますよ。それでも、楽しみだと思います」
嫌味なくらい整った顔。醸し出される甘い雰囲気に首を振る。
口先ばっかり。本当は大して楽しみじゃないに違いない。
(プロポーズするって言ってた癖に)
王族の結婚に恋愛感情は必要ない。
わたしだって、ランハートが好きで堪らないから彼を選んだわけじゃないし、あっちだってそう。わたしが好きで配偶者に立候補したわけじゃない。
だから、忘れたところで仕方ない。仕方がないって思っているんだけど。
(わざわざ時間、作ったのになぁ)
何でもない振りをしながら、わたしは彼の後姿を見送った。
0
お気に入りに追加
274
あなたにおすすめの小説
【番外編更新】死に戻り皇帝の契約妃〜契約妃の筈が溺愛されてます!?〜
鈴宮(すずみや)
恋愛
帝国唯一の皇族――――皇帝アーネストが殺された。
彼の暗殺者として処刑を受けていた宮女ミーナは、目を開けると、いつの間にか自身が働いていた金剛宮に立っていた。おまけに、死んだはずのアーネストが生きて目の前にいる。なんとミーナは、アーネストが皇帝として即位する前日へと死に戻っていたのだ。
戸惑う彼女にアーネストは、『自分にも殺された記憶がある』ことを打ち明ける。
『どうか、二度目の人生では殺されないで』
そう懇願し、拘束を受け入れようとするミーナだったが、アーネストの提案は思いもよらぬもので。
『俺の妃になってよ』
極端に減ってしまった皇族のために設けられた後宮。金剛宮の妃として、ミーナはアーネストを殺した真犯人を探すという密命を受ける。
けれど、彼女以外の三人の妃たちは皆個性的な上、平民出身のミーナへの当りは当然強い。おまけにアーネストは、契約妃である彼女の元を頻繁に訪れて。
『ちゃんと後宮に通ってる、って思わせないといけないからね』
事情を全て知るミーナの元が心地良いのだというアーネスト。けれど、ミーナの心境は複雑で。
(わたしはアーネスト様のことが本気で好きなのになぁ)
ミーナは現世でアーネストを守り切れるのか。そして、ミーナの恋の行方は――――?
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?
星野真弓
恋愛
十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。
だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。
そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。
しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる