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【2章】婿選び編

ゼルリダ様のお茶会(前編)

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 視線が痛い。風も吹いていないのに、空気がとてつもなく冷たい。


(そんなに怒らなくたって良いじゃない)


 必死に気づかない振りをしながら、隣に並んで城内を歩く。
 どちらかと言えば、可哀そうなのはわたしよりもエリーや侍女達だ。絶妙な空気感の中、わたし達を見守ることしかできないんだもん。胃が痛くなってしまいそう。


「――――あなたには他にすべきことが有るでしょう?」


 会場が近づいて来たその時、いよいよ我慢が出来なくなったらしい。ゼルリダ様が地の底を這うような声音でそう口にする。


「いいえ。すべきことはきちんと熟してから来ていますし、これだってわたしのすべきことですから」


 大丈夫。昔ほど怖いとは思わない。
 しっかりと自分の気持ちを主張すれば、ゼルリダ様は小さく息を吐いた。


「後継者教育は?」

「即位までのカリキュラムは終わりました。学び足りない部分については、資料を大量に貰っていますのでご心配なく。ちゃんと時間を見つけて読んでいます」

「式典の打ち合わせは?」

「順調です。文官の皆が頑張ってくれています」

「シナリオは? きちんと頭に入っているの?」

「はい。問題ございません」

「スピーチは?」

「…………大丈夫です」


 ほんの少しだけ生じてしまった間を、ゼルリダ様は聞き逃してくれなかった。眉間に小さく皺を寄せ、わたしのことを睨みつける。


「自分の部屋に戻りなさい」

「お断りします。今回の件は、おじいちゃんも『是非に』と言っていたし、わたしにも息抜きは必要だと思うので」

「……言っておくけど、私の茶会があなたの息抜きになることは無いわよ」

(でしょうね……)


 口にはとても出せないけど、そんなことは百も承知だ。

 わたしは今日、ゼルリダ様主催のお茶会に出席することになっている。
 お父さんは既に亡くなっていても、ゼルリダ様の王太子妃としての役職が無くなったわけじゃない。妃として、社交や情報収集に励むのは当然のこと。そんなわけで、お父さん亡き後も、定期的にお茶会を主催しているらしい。

 本来、わたしは王女だから、ゼルリダ様のように社交を一番に考え、学ぶべき立場だと言える。
 だけど悲しきかな、わたし以外の直系王族が居ない以上、王太女として公務を担うことが一番。王女としての役割は二の次三の次になっている。

 それでも、ゼルリダ様に全てをお任せしっぱなしで良い筈がない。
 だからこうして時間を作り、お茶会に参加させてもらうことにしたわけだ。



「ゼルリダ様のことですから、とっても美味しい茶葉を用意していらっしゃるんでしょうね。わたしは未だにそういうことに疎いから、楽しみだなぁ」

「……」

「お茶菓子も美味しいんでしょうね。うちのパティシエは皆腕が良いですもん」

「……」


 残念ながら、今は会話をする気分じゃないらしい。それでも、最初に比べたら空気が幾分和らいでいるし、個人的には何も憂いはない。


『……言っておくけど、私の茶会があなたの息抜きになることは無いわよ』


 ゼルリダ様がこう口にした理由。
 恐らく彼女にとっての社交は、楽しいだけのものではないのだろう。

 幸いなことに、今わたしの周りに居る人は、優しくて明るくて良い人ばかりだ。おじいちゃんが人選を重ねた結果ではあるけれど、本当に側に居て心地が良く、温かくなれるような人しか存在しない。

 だけど、社交――――王太子妃っていうのは、好きな人とだけお付き合いすれば良いという訳ではない。情報のため、将来の公務に向けた地盤を固めるため、嫌な人も己の懐に入れ、上手く付き合っていかなければならない。

 もちろん、それは王太女も同じだって分かってるけど、お互い完全に『仕事』だって割り切れるから、幾分マシだって話を聞く。
 社交って言うのは、仕事とプライベートの中間というか。完全に『仕事』にしてしまうのも、苦しいものがあるのかなぁって。


「――――これでもわたし、一応姫君らしいので」


 ポツリとそう口にすれば、ゼルリダ様はほんの少しだけ肩を震わせ、こちらを見遣る。


「王太女としての役割だけを熟すつもりはありません。社交もしっかり担っていきたいんです。勉強、させてください」


 ゼルリダ様だけに重荷を背負わせるつもりはない。言外にそう伝えたら、彼女は何も言わないまま、静かに目を瞬かせる。


「勝手になさい」


 やがて、ゼルリダ様はわたしだけに聞こえるような小さな声でそう言った。彼女の声は、心なしか小さく震えているし、何だか優しい。


「……はい。勝手にします」


 応えながら、わたしは口元がにやけるのを止めることが出来なかった。
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