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【2章】婿選び編

ポーカーフェイスは難しい

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「姫様にお戻りいただけて、本当に良かったです」


 城に戻って数時間。色んな人が引っ切り無しに挨拶へとやって来る。
 大臣たちお偉方はもちろん、後継者教育の講師や、少し会話を交わしたことがある程度の貴族まで、千客万来だ。


「そう言って貰えて嬉しいわ」


 これは先程から訪れる人たちに対し、何度も返している言葉。
 だけどそれは、半分本当で半分嘘だ。

 戻ってくれて嬉しい――――そう言われるほどの何かを、わたしは未だ成し遂げていない。当然彼等は『嬉しい』と思ってくれているんだろうけど、それは国の未来を想ってのこと。

 もちろん、それが不服ってわけではない。
 ただ、何となく悔しいだけ。
 いつか本当の意味で、国に必要とされる人間になりたいなぁって思うから。


「お帰りなさいませ、姫様。お戻りいただけて、本当に良かった」


 多分に漏れず、バルデマーとも全く同じやり取りを交わす。

 彼は大きな花束とたくさんの贈り物を手に、わたしに会いに来てくれた。相変わらず綺麗な顔立ちに、王子様みたいな風貌や所作。侍女達もほぅとため息を吐いている。


「こうしてまた、姫様とお茶が出来ることを嬉しく思っております」

「ありがとう、バルデマー。里帰り中も、手紙や贈り物をくれたし……あちらまで会いに来てくれたことも、嬉しかったわ」


 ティーセットを間に挟み、わたし達は互いに微笑みを浮かべる。

 休んでいた分、しなきゃいけないことは山積み。帰還初日で、挨拶ばかりになるのは仕方がないとしても、一人一人に裂ける時間はとても短い。

 だけど、バルデマーについては特別待遇だ。

 婚約者候補である彼とは、これから一ヶ月の間に親交を更に深めなければならない。誰が王配に相応しい男性か、きちんと見極める必要があるからだ。

 わたしと、国の未来が掛かったいわば最重要課題。表向きは朗らかな笑みを浮かべつつも、緊張で全身が強張っていた。



『おじいちゃんは、一体誰が王配に相応しいと思っているの?』


 先程、ただいまの挨拶をそこそこに尋ねてみたら、おじいちゃんは少しだけ目を丸くし、ややして口の端を綻ばせた。


『伝えたとして、私の意見をそのまま採用するのか?』


 今度はわたしが笑う番だった。首を横に振りつつ、おじいちゃんを真っ直ぐに見つめ返す。


『ううん。わたし自身の婚約者だもの。まずは自分できちんと考えたい。ランハートとバルデマーの二人なら、おじいちゃんの事前審査も通っているみたいだし』


 婚約者選びについて、最終的な決定権がわたしにあるのかは分からない。
 だけど、これまでみたいに受け身のままじゃダメだ。わたしももっと、積極的にならなければ。


 決意を新たにバルデマーを見つめれば、彼は困ったように首を傾げた。


「本当ならばもっとお顔を見に伺いたかったのですが……すみません。仕事を休むわけにもいかず。ご気分を害されたのでは?」

「まさか! 良いのよ。それだけバルデマーが真剣に仕事に向き合っているってことだもの。尊敬こそすれ、悪印象を抱くことは無いから安心して」


 実際問題、女性(この場合はわたしだけど)と仕事を天秤にかけて、女性を選ぶような人が国のトップじゃ困るもんね。有事の際に選択を誤るに違いないもの。


「良かった。安堵いたしました。
けれど、これからは出来る限り毎日、お顔を見に参ります」


 バルデマーはホッと胸を撫でおろしつつ、いと優雅にお茶を飲む。けれど、その瞳は未だ、何かを探る様にわたしの方を見つめていた。

 野心家のバルデマーのこと。

 本当はランハートや他の貴族たちがどれぐらいわたしに会いに来ていたのかとか、自分が今どの位置に居るのかとか、そういうことが気になっているんだろう。

 だけど、彼は決してそれをわたしに打ち明けない。表面上は穏やかな表情を浮かべて、それらを綺麗に隠そうとするのだ。


(わたしは思っていることがすぐ顔に出るからなぁ)


 表面を取り繕えるだけで、素直にすごいなぁと思う。
 わたしだって、後継者教育の中で訓練をしてはいる。だけど、元来の性格もあってか、中々会得が難しそうだ。
 シルビアは以前『わたしが感情を表に出すことで救われた』って言ってくれたけれど、TPOは弁えなきゃならない。もっともっと訓練を積む必要がある。

 だけど、個人的にはランハートみたいに、考えや企みを『敢えて』顔や口に出すっていうやり方も嫌いじゃない。黒い思惑が渦巻く貴族たちの間で上手く情報を引き出せるし、無駄が省けて効率的だもの。ポーカーフェイスよりも幾分簡単だし。


「姫様」


 バルデマーの呼び掛けに、わたしはハッと顔を上げる。
 いけない。ついつい考え込んでしまった。


「何?」

「そちらに行ってもよろしいでしょうか?」

「……そちら?」


 彼の意図が読み取れずにいると、バルデマーは立ち上がり、わたしの隣へと腰掛ける。思わぬことに目を瞠れば、彼はそっと瞳を細めた。


「ど、どうしたの、急に?」

「……姫様にはもう少し、私のことを意識していただきたいと思いまして」


 そう言ってバルデマーは、わたしの手をギュッと握る。

 バルデマーは王配になりたいだけ――――時間が無いと焦っているだけ――――そうと分かっているのに、甘い声音、熱い瞳に胸がドキドキと高鳴ってしまう。
 この程度で絆されるなんて、我ながらチョロすぎる。おまけに、今わたしがドキドキしていることも、絶対顔に出てしまっている。


「……意識はしているわよ」

「ならば、もっと。出来れば姫様には、私を好きになっていただきたいのです」


 これまでにない直接的なアプローチ。頬がカッと熱くなる。

 ここ最近、思考が『王太女や王配に相応しい人間とは』ってことに集中していたから、感情面というか……彼を好きになるっていう考えがスポーンと抜け落ちてしまっていた。


 だけど、おじいちゃんがわたしに選択肢を与えてくれた理由は、王配選びに『感情』を組み込む余地を与えてくれているからに他ならない。
 そうじゃなかったら『この人と結婚しなさい』って一言命じれば済む話だもの。

 もちろん、人間だから相性の良し悪しはあるし、能力や適性を見極めたいって理由もあるんだろうけど。


『愛のない結婚を孫に強要したい訳でもない』


 以前おじいちゃんが言っていた言葉。恐らくはお父さんとお母さん、ゼルリダ様との関係なんかも踏まえてそう言ったんだって、今ならわかる。


『ライラ――――これからの国を――――お前を支えるに相応しい男を探せ。それが今のお前に課せられた、至上命題だ』


 数か月の時を経て、おじいちゃんの言葉が重く圧し掛かってくる。

 チラリと視線をやれば、バルデマーはほんのりと頬を染め、それから穏やかに微笑んだ。宝石みたいに美しいバルデマーの瞳と視線が絡み、喉がゴクリと上下する。


「努力してみる」


 答えたら、バルデマーはわたしの指先に口付けた。身体がビクッと跳ねる。指先がジンジン疼いて、今すぐ叫びだしたい気分。


「お願いいたします」


 いつも真面目で正統派な彼が見せる、どこか影のある魅惑的な笑み。
 大変単純なことに、それだけでメーターが一気にバルデマーに傾いてしまった。
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