23 / 59
【1章】立志編
決別
しおりを挟む
「おじいちゃん!」
執務室の扉を勢いよく開けば、おじいちゃんは弾かれたような表情でこちらを見つめる。もう真夜中に近い時間だけど、おじいちゃんは未だ文官達を伴って、文机へ向かっていた。
「どうした、ライラ? こんな時間に訪ねてくるのは初めてじゃ……」
おじいちゃんは初め、そんな呑気なことを口にしていたけど、わたしの剣幕に不穏な空気を感じ取ったのだろう。眉間にぐっと皺を寄せた。
「お前達は下がりなさい」
騎士や文官達にそう命じ、わたしを部屋の中へと促す。ドアが閉り、二人きりになると、しばらくは無言のまま目を瞑る。
(落ち着かなきゃ)
怒りのあまり、胸のあたりが燃えるように熱い。だけど、感情に任せて話した結果、伝わらなかったら何の意味もない。
わたしは何度か深呼吸を繰り返し、意を決しておじいちゃんを見つめた。
「この数か月間、わたしが両親に向けて書いた手紙が届いていなかったの。ただの一枚も。
だけどね、ランスロットを通じた正規ルートを外れて――――ゼルリダ様に奪われた手紙だけが、両親に届いた。ゼルリダ様が両親に届けたから。
おじいちゃん――――あなたを通さなかったから」
努めて冷静にそう言えば、おじいちゃんは真顔でこちらを見つめ返す。冷たい瞳。普段ならば心折れるだろう視線だけど、今は違う。目を逸らさすことなく、わたしはおじいちゃんを見つめ続けた。
「それで? おまえは一体何が言いたい?」
「――――――おじいちゃんがわたしが書いた手紙を奪った! 両親へと送らせなかった! そうなんでしょう?」
まるで他人事のような顔をしているのが物凄く腹立たしい。折角冷静に話せていたのに、あまりの温度差に、抑えていた感情が爆発してしまった。
(おじいちゃんは本当に酷い!)
ランスロットはあくまで騎士だ。騎士は主人の命によって動く。独断で手紙を隠したりしないだろうから、裏で糸を引いているのはおじいちゃんに間違いない。わたしからの手紙を受け取るだけ受け取って、ずっとずっとそれを隠していた。捨てられている可能性だってある。
「だとしたら何だというのだ?」
冷たい言葉が、まるで鋭利な刃物のようにわたしの心を突き刺す。眉間がじわじわと熱くなり、奥歯を噛みしめているのに身体がガタガタと震えた。
「酷いわ! あんまりよ! いきなり城に連れてこられて、後継者になれって言われて、家に帰ることも許してもらえなくて、手紙すら送らせてもらえないなんて! 人を人とも思っていない! わたしはモノじゃないわ!
両親や友人が書いた手紙だってそう! わたし、ずっと待っていたのに! 寂しくて寂しくて、会いたくて堪らないのを必死で我慢して! いつになったら手紙が来るんだろうって。もしかしたら忘れられてしまったんじゃないかって、わたしには何の価値もないんじゃないかって! そんなことまで考えていたのに!」
言いながら、涙がポロポロと止め処なく零れ落ちる。
(おじいちゃんにとって結局、わたしは道具でしかなかった)
死んでしまった王太子様の代わり。王室を保つためだけに存在する人形。喜ぼうが悲しもうがどうでも良くて、寧ろ感情なんて持つなって思われてる。十六年間も平民として育ってきたわたしが、そんなことを簡単に受け入れられるわけがない。辛くて、悲しくて堪らない。
「言っておくが、おまえにとっての『家』はこの城だ。両親は既に亡くなっている。お前の父親は亡き王太子であるクラウス。それ以外の誰でもない」
「表向きはそうかもね! だけど、わたしは違う! わたしの心は違う!
わたしにとっての『家』はここじゃない! お父さんとお母さんが待ってるあの家なの! わたしの両親は、わたしを育ててくれた二人なの! 王太子様も『陛下』も、わたしの『家族』じゃない!
こんな場所、二度と来ないわ!」
わたしはそう言って踵を返す。
「一体どこへ行くつもりだ?」
その場から一歩も動くことなく、陛下はそう尋ねた。
「家に帰るの。帰って、ただのライラに戻る。国民には『姫だと思ったのは間違いだった』とでも発表して」
「……そんなこと、出来る筈がないだろう」
「十六年間もほったらかしにできるのに、その程度のことが出来ないなんてあり得ないわ。王様が命じれば何でもできるんでしょう? 人を人として扱わないことだって簡単だもの。
だけど、わたしはもう、陛下の言うことなんて聞かない。絶対、絶対聞かない!
連れ戻そうなんて思わないで。ここに連れ戻されるぐらいなら、反逆者として殺された方がマシだわ」
その言葉を最後に、わたしは執務室を後にする。
執務室の外には、アダルフォと、騎士のランスロットが待っていた。二人とも困惑した表情でわたしのことを見つめている。
「――――帰る」
何処にと明言しなくても、二人には意図が伝わったらしい。ため息を一つ、わたしは身を翻した。
執務室の扉を勢いよく開けば、おじいちゃんは弾かれたような表情でこちらを見つめる。もう真夜中に近い時間だけど、おじいちゃんは未だ文官達を伴って、文机へ向かっていた。
「どうした、ライラ? こんな時間に訪ねてくるのは初めてじゃ……」
おじいちゃんは初め、そんな呑気なことを口にしていたけど、わたしの剣幕に不穏な空気を感じ取ったのだろう。眉間にぐっと皺を寄せた。
「お前達は下がりなさい」
騎士や文官達にそう命じ、わたしを部屋の中へと促す。ドアが閉り、二人きりになると、しばらくは無言のまま目を瞑る。
(落ち着かなきゃ)
怒りのあまり、胸のあたりが燃えるように熱い。だけど、感情に任せて話した結果、伝わらなかったら何の意味もない。
わたしは何度か深呼吸を繰り返し、意を決しておじいちゃんを見つめた。
「この数か月間、わたしが両親に向けて書いた手紙が届いていなかったの。ただの一枚も。
だけどね、ランスロットを通じた正規ルートを外れて――――ゼルリダ様に奪われた手紙だけが、両親に届いた。ゼルリダ様が両親に届けたから。
おじいちゃん――――あなたを通さなかったから」
努めて冷静にそう言えば、おじいちゃんは真顔でこちらを見つめ返す。冷たい瞳。普段ならば心折れるだろう視線だけど、今は違う。目を逸らさすことなく、わたしはおじいちゃんを見つめ続けた。
「それで? おまえは一体何が言いたい?」
「――――――おじいちゃんがわたしが書いた手紙を奪った! 両親へと送らせなかった! そうなんでしょう?」
まるで他人事のような顔をしているのが物凄く腹立たしい。折角冷静に話せていたのに、あまりの温度差に、抑えていた感情が爆発してしまった。
(おじいちゃんは本当に酷い!)
ランスロットはあくまで騎士だ。騎士は主人の命によって動く。独断で手紙を隠したりしないだろうから、裏で糸を引いているのはおじいちゃんに間違いない。わたしからの手紙を受け取るだけ受け取って、ずっとずっとそれを隠していた。捨てられている可能性だってある。
「だとしたら何だというのだ?」
冷たい言葉が、まるで鋭利な刃物のようにわたしの心を突き刺す。眉間がじわじわと熱くなり、奥歯を噛みしめているのに身体がガタガタと震えた。
「酷いわ! あんまりよ! いきなり城に連れてこられて、後継者になれって言われて、家に帰ることも許してもらえなくて、手紙すら送らせてもらえないなんて! 人を人とも思っていない! わたしはモノじゃないわ!
両親や友人が書いた手紙だってそう! わたし、ずっと待っていたのに! 寂しくて寂しくて、会いたくて堪らないのを必死で我慢して! いつになったら手紙が来るんだろうって。もしかしたら忘れられてしまったんじゃないかって、わたしには何の価値もないんじゃないかって! そんなことまで考えていたのに!」
言いながら、涙がポロポロと止め処なく零れ落ちる。
(おじいちゃんにとって結局、わたしは道具でしかなかった)
死んでしまった王太子様の代わり。王室を保つためだけに存在する人形。喜ぼうが悲しもうがどうでも良くて、寧ろ感情なんて持つなって思われてる。十六年間も平民として育ってきたわたしが、そんなことを簡単に受け入れられるわけがない。辛くて、悲しくて堪らない。
「言っておくが、おまえにとっての『家』はこの城だ。両親は既に亡くなっている。お前の父親は亡き王太子であるクラウス。それ以外の誰でもない」
「表向きはそうかもね! だけど、わたしは違う! わたしの心は違う!
わたしにとっての『家』はここじゃない! お父さんとお母さんが待ってるあの家なの! わたしの両親は、わたしを育ててくれた二人なの! 王太子様も『陛下』も、わたしの『家族』じゃない!
こんな場所、二度と来ないわ!」
わたしはそう言って踵を返す。
「一体どこへ行くつもりだ?」
その場から一歩も動くことなく、陛下はそう尋ねた。
「家に帰るの。帰って、ただのライラに戻る。国民には『姫だと思ったのは間違いだった』とでも発表して」
「……そんなこと、出来る筈がないだろう」
「十六年間もほったらかしにできるのに、その程度のことが出来ないなんてあり得ないわ。王様が命じれば何でもできるんでしょう? 人を人として扱わないことだって簡単だもの。
だけど、わたしはもう、陛下の言うことなんて聞かない。絶対、絶対聞かない!
連れ戻そうなんて思わないで。ここに連れ戻されるぐらいなら、反逆者として殺された方がマシだわ」
その言葉を最後に、わたしは執務室を後にする。
執務室の外には、アダルフォと、騎士のランスロットが待っていた。二人とも困惑した表情でわたしのことを見つめている。
「――――帰る」
何処にと明言しなくても、二人には意図が伝わったらしい。ため息を一つ、わたしは身を翻した。
0
お気に入りに追加
274
あなたにおすすめの小説
【番外編更新】死に戻り皇帝の契約妃〜契約妃の筈が溺愛されてます!?〜
鈴宮(すずみや)
恋愛
帝国唯一の皇族――――皇帝アーネストが殺された。
彼の暗殺者として処刑を受けていた宮女ミーナは、目を開けると、いつの間にか自身が働いていた金剛宮に立っていた。おまけに、死んだはずのアーネストが生きて目の前にいる。なんとミーナは、アーネストが皇帝として即位する前日へと死に戻っていたのだ。
戸惑う彼女にアーネストは、『自分にも殺された記憶がある』ことを打ち明ける。
『どうか、二度目の人生では殺されないで』
そう懇願し、拘束を受け入れようとするミーナだったが、アーネストの提案は思いもよらぬもので。
『俺の妃になってよ』
極端に減ってしまった皇族のために設けられた後宮。金剛宮の妃として、ミーナはアーネストを殺した真犯人を探すという密命を受ける。
けれど、彼女以外の三人の妃たちは皆個性的な上、平民出身のミーナへの当りは当然強い。おまけにアーネストは、契約妃である彼女の元を頻繁に訪れて。
『ちゃんと後宮に通ってる、って思わせないといけないからね』
事情を全て知るミーナの元が心地良いのだというアーネスト。けれど、ミーナの心境は複雑で。
(わたしはアーネスト様のことが本気で好きなのになぁ)
ミーナは現世でアーネストを守り切れるのか。そして、ミーナの恋の行方は――――?
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる