上 下
6 / 59
【1章】立志編

帰りたい、帰れない

しおりを挟む
 一通り弔問客の相手を終えたらしく、おじいちゃんが宮殿へと帰っていく。


(良かった……これで家に帰れる)


 そんな風に思いながら、わたしはホッと胸を撫でおろした。
 おじいちゃんの隣を歩きながら、騎士のおじさん――――ランスロットを探してわたしはキョロキョロと視線を彷徨わせる。あの人がいないとわたしは城を出ることすらできない。家に帰るにも徒歩でどのぐらい掛かるか分からないし、王都なんて滅多に来ないから間違いなく迷子になってしまう。


「疲れただろう? 今、お茶を準備させよう」


 けれど、おじいちゃんはそんなことを言った。


「えっ……? えぇと…………」


 おじいちゃんは怒らせると怖い。断っちゃいけないと思いつつ『帰りたい』と意思表示するなら今じゃないか、なんて考える。


「国外から取り寄せた最高級の茶葉だよ。ケーキも既に数種類準備させている。パティシエがライラのために心を込めて作ったものだ。食べなければ罰が当たってしまう」


 そう言っておじいちゃんはゆっくりと目を細めた。


「……っ!」


 そんな風に言われたら、何も言い返せなくなってしまう。わたしは黙っておじいちゃんの後に続いた。


***


「どうだい? ライラ」

「とっても美味しいです」


 めちゃくちゃ広くて豪勢な部屋に案内された後、おじいちゃんと一緒にテーブルを囲む。すぐに数人の女の子たちがやって来て、お茶とケーキを用意してくれた。朝、着替えを手伝ってくれた女の子達だ。皆すごく可愛いし、わたしに向かって優しく微笑んでくれる。


(癒されるなぁ)


 一日中貴族たちに囲まれていたせいか、何だか本当に安心する。甘いスイーツの効果も相まって、わたしの緊張感は駄々下がりだ。ほぅとため息を吐くたび、おじいちゃんは穏やかに目を細めた。


「ライラよ、この部屋をどう思う?」

「へ……? えっと、とっても素敵だと思います」


 おじいちゃんに言われて、わたしは改めて部屋の中をぐるりと見回す。淡いピンクを基調とした壁紙に、ついつい手を伸ばしたくなる可愛らしい調度類。大きな窓からは花々が美しく咲き誇る庭園と王都がよく見渡せる。お姫様のお部屋ってのは、きっとこんな感じなんじゃないかな――――そんな風に思った。


「そうだろう、そうだろう。急ごしらえだったが、気に入って貰えたようで良かった。ああ、足りないものがあったら何でも言いなさい。すぐに用意させるから」


 そう言っておじいちゃんはとても嬉しそうに笑う。


「足りないもの……?」


 一体どういうことだろう。ほんのりと首を傾げたわたしに、おじいちゃんは身を乗り出してまた笑った。


「ライラ――――ここはおまえの部屋だよ」

「……え? わたしの部屋って…………」


 言いながら、わたしは大きく目を見開く。
 街の中でもわたしの家は決して小さくはなかった。けれど、この部屋はそんなわたしの部屋よりも余程広い。


(ううん、そんなことより)

「おじいちゃん、わたしには部屋なんて必要ないわ。もう、ここに来ることは無いのに……」


 小さく首を横に振りつつ、わたしは明確に意思表示をする。
 だってわたしは、生まれてこの方会ったことも無かった王太子様の葬儀に来ただけだもの。ここを出たら、煌びやかな王室とか貴族の世界から離れて、お父さんとお母さんの元に帰るのに。
 だけど丁度その時、部屋の扉をノックする音がした。


「入りなさい」


 おじいちゃんが至極冷静な声音でそう言う。
 現れたのは騎士のランスロットだった。傍らに年若い別の騎士を連れている。褐色に金色が混ざったみたいな変わった髪色をしている、鋭い目つきの男性だった。近寄りがたいというか、なんだか少し怖い感じがして、わたしは思わず視線を逸らす。


「遅くなって申し訳ございません。引継ぎに時間が掛かりまして」


 ランスロットがそんなことを言って頭を下げる。年若い騎士も一緒になって頭を下げた。


「――――急な配置換えだ。気にする必要はない。
ライラ、紹介しよう。この男はおまえの護衛騎士を務めるアダルフォだ」


 そう言っておじいちゃんは褐色の髪の騎士の隣に立った。騎士は無言でわたしのことを見つめつつ、ゆっくりと恭しく頭を下げる。


「アダルフォでございます。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 それはぶっきら棒な声音だった。彼はその場から動くことなく、そっとわたしのことを見上げている。


「護衛騎士なんて……おじいちゃん…………!」

「ライラよ」


 その瞬間、わたしの背筋に緊張が走った。ビリビリと膝から崩れ落ちそうなプレッシャー。だけどわたしはグッと気合を入れ直し、ゆっくりと立ち上がった。


「わたし、家に帰りたい」

「ならぬ。今日からここがお前の家――――帰る場所だ」


 おじいちゃん――――国王様はそう言ってまじまじとわたしを睨みつける。わたしも負けじと睨み返した。


「分かるだろう? クラウスが――――私の唯一の子が死んだのだ。もう誰も――――お前以外に王位を継げる人間が存在しない」

「そんなの……そんなの都合が良すぎます! だってわたし、十六年間ずっと平民として暮らしてきたんですよ⁉ それなのに、いきなり王位を継げなんて」


 つまりは『消去法で仕方なくわたしを迎え入れた』って言ってるのと同じことだ。そんな風に扱われて、素直に『はい、そうですか』と受け入れる人間はそういない。少なくともわたしは受け入れたくなかった。


「金銭的援助はきちんとしてきたよ。親族としての責任は果たしていたつもりだ」

「そういうことじゃありません!」


 言いながらわたしは涙が出てきた。だけど、感情論で訴えた所できっと国王様には届かない。だって感情で物事を考えていたら、きっと王様なんて務まらないもの。そんな風にしていたら心臓が幾つあっても足りない――――そう分かっている。


(だけど、それでもわたしは……)

「言っただろう。お前を城に迎え入れられない事情があったんだ。それをこの場で全て話すつもりはないし、選択権は存在しない。ライラ――――お前は王族に生まれたのだ。王族に生まれるとはそういうことだ」

「わたしは王族なんかじゃありません!」


 最初から姫君として育てられていたなら、不条理なことも受け入れられたかもしれない。だけど、今更時計の針は戻りはしない。わたしは平民として育てられた、ただのライラだ。それ以上でも以下でもない。


「話は以上だ。
アダルフォ――――ライラを部屋から出さないように」

「畏まりました」


 そう言っておじいちゃんはランスロットと一緒に部屋を出ていく。扉が閉まったその瞬間、わたしは思わず泣き崩れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!

近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。 「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」 声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

処理中です...