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【1章】立志編
国王陛下と王太子妃様
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騎士のおじさんに促されるようにして、わたし達はソファに腰掛けた。向かい合わせじゃなく、隣り合うように腰掛けて、改めて言葉を交わしていく。
「すまなかったねぇ……本当は昨夜のうちに挨拶を済ませたかったし、きちんとした部屋を用意したかったんだが」
国王様はそう言ってシュンと肩を落とした。どうやら本当に申し訳ないと思っているらしい。わたしは大きく首を横に振った。
「いえ、そんな……ここに着いたのは深夜のことでしたし、一晩過ごすためだけのお部屋ですもの。十分すぎるぐらいでした」
言いながら自然と笑顔が零れだす。
国王陛下と聞くと、何だか近寄りがたい感じがするけれど、実際はとてもフレンドリーな男性だった。わたしみたいな孫がいるなんてとても信じられない程、若々しく美しい顔立ちをしている。
(多分、若い頃はめちゃくちゃモテたんだろうなぁ)
口調も優しいし、全然偉そうじゃない。ごくごく普通の、おじいちゃん――――おじさんだ。
「そう言って貰えると助かる。
クラウスが亡くなってから、かなりバタバタしていたし、中々に事情が複雑でね……本当はもっと早くに君を迎えに行きたかったんだが」
国王様はそう言って曖昧に微笑む。わたしは目を丸くしつつ、小さく首を横に振った。
「いいえ、国王様。わたしは昨日まで、自分が王太子様の子どもだってことすら知らなかったんですもの。こんな風に葬儀に呼んでいただけるなんて、夢にも思っていませんでした。正直今もまだ夢の中にいるみたいで、全然実感が湧かないんですけど……」
「ライラ――――できれば私のことは『おじいちゃん』と……そう呼んでもらえないだろうか?君は私の唯一の孫――――血縁者だからね」
そう言って国王様はほんのりと首を傾げた。空色の瞳がわたしのことを真っ直ぐに見つめている。気づいたら「はい」と答えていて、わたしはとても驚いた。
(なんで? どうして躊躇わなかったんだろう?)
本来のわたしなら『そんなことして良いんだろうか?』って絶対絶対迷う場面だ。だけど、そんなこと考える間もなくわたしは素直に頷いていた。なんだかとっても釈然としない。
「ライラ?」
そう言って国王様――――おじいちゃんは茶目っ気たっぷりに微笑む。わたしは唾を呑み込みつつ「おじいちゃん」と呟いた。
「あぁ……! 聞いたかいランスロット? 孫が私を『おじいちゃん』って!」
おじいちゃんは何とも嬉しそうな表情で騎士のおじさんを振り返る。どうやら騎士はランスロットという名前らしい。
「陛下――――嬉しいのは分かりますが、もうすぐクラウス様の葬儀が始まります。そろそろご準備を」
そう言って、困ったような、半ば呆れたような表情でランスロットが頭を下げる。
「――――――ああ、そうだね」
おじいちゃんがそう口にしたその瞬間、この場の空気が一気にピンと張り詰めた。重たい何かが頭の上に乗っかっているかのような重圧感と、背中がビリビリと震えるような緊張感に、わたしはゴクリと唾を呑む。
「さぁ行こうか、ライラ」
至極当然といった表情でおじいちゃん――――いや、国王様がわたしへ腕を差し出す。思わず「はい」と口にして、わたしは国王様の後に続いた。
***
わたしを隣に伴って、国王様は葬儀の場に立った。集まった貴族や騎士達の視線が一斉にわたしへと注がれる。
「陛下の隣にいるあの女性は……?」
「クラウス殿下にそっくりじゃないか! まさか殿下に子どもがいらっしゃったのか?」
「さっきランスロット様が『姫様』って呼んでいたわ」
風の悪戯で、貴族たちの囁き声がバッチリ聞こえる。当然、隣の国王様にも聞こえているに違いない。気まずさや緊張で足ががくがく震えていた。今すぐここから逃げ出したいのに、当然その願いは叶わない。まるで心と身体を操られているみたいに、わたしは国王様の隣を歩き続ける。
礼拝堂の正面まで来ると、国王様は世にも美しい女性の隣でゆっくりと立ち止まった。内心少し慌てつつ、わたしもゆっくりと立ち止まる。
その瞬間、わたしは鋭利な刃物で刺されたような感覚に襲われた。心が凍り付くような冷たい空気。それは間違いなく、国王様の隣にいる女性から発せられている。
「――――――話が違いますわ、お義父様」
女性は真っ直ぐに前を見据えたまま、冷たくそう言い放った。あまりの冷たさに、身体がブルりと大きく震える。
(それにしてもお義父様って……)
国王様に王太子様以外の子は存在しない。そこから導き出すに、どうやらこの女性が王太子様の妃であるゼルリダ様らしい。
「控えなさい、ゼルリダ。これは私が下した決定だ」
そう言って国王様はゼルリダ様に負けないぐらい、冷ややかな声を発した。思わずゾゾゾッと全身の毛がよだつ。
(怖い……王族って怖い!)
さっきまであんなに笑顔で柔和な雰囲気を醸し出していたのに、今の国王様はまるで百戦錬磨の戦鬼のようだった。わたしなんて本当に一瞬で息の音を止められてしまうに違いない。
(絶対に国王様には逆らわないでおこう)
人知れず、わたしはそんなことを決意する。
(それにしても)
そんな国王様と互角に張り合っているゼルリダ様はかなり凄い。元々は一貴族の令嬢だろうに、彼女からは王族としての誇りと気概を感じる。多分だけど、そういう人じゃないとお妃様にはなれないんだろう。
(本当に、すごい世界だなぁ)
自分の居た世界とのギャップをつくづく思い知って、わたしはため息を吐いた。
「すまなかったねぇ……本当は昨夜のうちに挨拶を済ませたかったし、きちんとした部屋を用意したかったんだが」
国王様はそう言ってシュンと肩を落とした。どうやら本当に申し訳ないと思っているらしい。わたしは大きく首を横に振った。
「いえ、そんな……ここに着いたのは深夜のことでしたし、一晩過ごすためだけのお部屋ですもの。十分すぎるぐらいでした」
言いながら自然と笑顔が零れだす。
国王陛下と聞くと、何だか近寄りがたい感じがするけれど、実際はとてもフレンドリーな男性だった。わたしみたいな孫がいるなんてとても信じられない程、若々しく美しい顔立ちをしている。
(多分、若い頃はめちゃくちゃモテたんだろうなぁ)
口調も優しいし、全然偉そうじゃない。ごくごく普通の、おじいちゃん――――おじさんだ。
「そう言って貰えると助かる。
クラウスが亡くなってから、かなりバタバタしていたし、中々に事情が複雑でね……本当はもっと早くに君を迎えに行きたかったんだが」
国王様はそう言って曖昧に微笑む。わたしは目を丸くしつつ、小さく首を横に振った。
「いいえ、国王様。わたしは昨日まで、自分が王太子様の子どもだってことすら知らなかったんですもの。こんな風に葬儀に呼んでいただけるなんて、夢にも思っていませんでした。正直今もまだ夢の中にいるみたいで、全然実感が湧かないんですけど……」
「ライラ――――できれば私のことは『おじいちゃん』と……そう呼んでもらえないだろうか?君は私の唯一の孫――――血縁者だからね」
そう言って国王様はほんのりと首を傾げた。空色の瞳がわたしのことを真っ直ぐに見つめている。気づいたら「はい」と答えていて、わたしはとても驚いた。
(なんで? どうして躊躇わなかったんだろう?)
本来のわたしなら『そんなことして良いんだろうか?』って絶対絶対迷う場面だ。だけど、そんなこと考える間もなくわたしは素直に頷いていた。なんだかとっても釈然としない。
「ライラ?」
そう言って国王様――――おじいちゃんは茶目っ気たっぷりに微笑む。わたしは唾を呑み込みつつ「おじいちゃん」と呟いた。
「あぁ……! 聞いたかいランスロット? 孫が私を『おじいちゃん』って!」
おじいちゃんは何とも嬉しそうな表情で騎士のおじさんを振り返る。どうやら騎士はランスロットという名前らしい。
「陛下――――嬉しいのは分かりますが、もうすぐクラウス様の葬儀が始まります。そろそろご準備を」
そう言って、困ったような、半ば呆れたような表情でランスロットが頭を下げる。
「――――――ああ、そうだね」
おじいちゃんがそう口にしたその瞬間、この場の空気が一気にピンと張り詰めた。重たい何かが頭の上に乗っかっているかのような重圧感と、背中がビリビリと震えるような緊張感に、わたしはゴクリと唾を呑む。
「さぁ行こうか、ライラ」
至極当然といった表情でおじいちゃん――――いや、国王様がわたしへ腕を差し出す。思わず「はい」と口にして、わたしは国王様の後に続いた。
***
わたしを隣に伴って、国王様は葬儀の場に立った。集まった貴族や騎士達の視線が一斉にわたしへと注がれる。
「陛下の隣にいるあの女性は……?」
「クラウス殿下にそっくりじゃないか! まさか殿下に子どもがいらっしゃったのか?」
「さっきランスロット様が『姫様』って呼んでいたわ」
風の悪戯で、貴族たちの囁き声がバッチリ聞こえる。当然、隣の国王様にも聞こえているに違いない。気まずさや緊張で足ががくがく震えていた。今すぐここから逃げ出したいのに、当然その願いは叶わない。まるで心と身体を操られているみたいに、わたしは国王様の隣を歩き続ける。
礼拝堂の正面まで来ると、国王様は世にも美しい女性の隣でゆっくりと立ち止まった。内心少し慌てつつ、わたしもゆっくりと立ち止まる。
その瞬間、わたしは鋭利な刃物で刺されたような感覚に襲われた。心が凍り付くような冷たい空気。それは間違いなく、国王様の隣にいる女性から発せられている。
「――――――話が違いますわ、お義父様」
女性は真っ直ぐに前を見据えたまま、冷たくそう言い放った。あまりの冷たさに、身体がブルりと大きく震える。
(それにしてもお義父様って……)
国王様に王太子様以外の子は存在しない。そこから導き出すに、どうやらこの女性が王太子様の妃であるゼルリダ様らしい。
「控えなさい、ゼルリダ。これは私が下した決定だ」
そう言って国王様はゼルリダ様に負けないぐらい、冷ややかな声を発した。思わずゾゾゾッと全身の毛がよだつ。
(怖い……王族って怖い!)
さっきまであんなに笑顔で柔和な雰囲気を醸し出していたのに、今の国王様はまるで百戦錬磨の戦鬼のようだった。わたしなんて本当に一瞬で息の音を止められてしまうに違いない。
(絶対に国王様には逆らわないでおこう)
人知れず、わたしはそんなことを決意する。
(それにしても)
そんな国王様と互角に張り合っているゼルリダ様はかなり凄い。元々は一貴族の令嬢だろうに、彼女からは王族としての誇りと気概を感じる。多分だけど、そういう人じゃないとお妃様にはなれないんだろう。
(本当に、すごい世界だなぁ)
自分の居た世界とのギャップをつくづく思い知って、わたしはため息を吐いた。
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