上 下
18 / 44
【1章】夜会と秘密の共有者

18.さぁ……それはどうでしょう?

しおりを挟む
 さっきまでアーネスト様と二人きりで踊っていた広間で、たくさんの貴族たちが踊っている。けれど、どんなに人が溢れかえっていても、瞳はたった一人を追い掛けてしまう。


「――――綺麗ですね、エスメラルダ様」


 いつの間にか隣に居た男性へ、わたしはそんな話題を持ち掛ける。


「当然です。エスメラルダ様は、この世の誰より美しいのですから」


 淡々とそう口にするのはエスメラルダ様の騎士――コルウス様だ。見目麗しく、エキゾチックな雰囲気が魅力的なこの男性は、先程から頻繁に貴婦人方の視線を集めている。けれど、他人を寄せ付けないオーラが大きな障壁となっているらしく、誰一人として彼に話し掛ける者はいなかった。
 コルウス様の表情はいつもと同じ――憮然としていて掴みどころがない。けれど、その瞳がどこか悲し気で、わたしは彼の視線の先を追った。追ったと言っても、わたし達が見ている場所は元々同じだ。

 今夜のエスメラルダ様は、アイスグリーンの上品なドレスを身に纏い、大きなエメラルドの髪飾りをお召しになっていた。その姿はさながら女神のようで、同性のわたしから見ても惚れ惚れしてしまう。


「コルウス様は苦しくありませんか?」


 そう口にしつつ、自分の胸がキュッと軋む。わたしの視線の先には、エスメラルダ様と踊るアーネスト様がいた。身を寄せ合い、優しく微笑むアーネスト様は、まるでわたしの知らない人のように見える。


(エスメラルダ様にはあんな顔をするんだ……)


 そう思うと、心が痛い。


「苦しくないように見えますか?」


 コルウス様はわたしの質問に質問で答えた。相変わらず淡々とした受け答えだが、その声が、表情が、彼の気持ちを物語っている。


(コルウス様はエスメラルダ様が本気で好きなんだ――――)


 それが、この半年の間にわたしが辿り着いた答えだった。
 初めは騎士として主人を慕っているだけだろうと、そう思っていた。けれど、彼の瞳にはいつも、はっきりと恋慕の情が見えたし、周囲にそれを隠す様子もない。今だってそう。エスメラルダ様を見つめる瞳が、ものすごく切なく、熱く燃えている。


「苦しいなら見なきゃいいのに――――そう思いません?」


 そう言ってわたしは小さく笑う。それはコルウス様にというより、自分に向けた言葉だった。アーネスト様が別の妃と踊る――――そんなの最初から分かりきっていたことだ。彼がわたしではない、他の妃の元に通っているのも純然たる事実だし、もっと言えばわたし以外の妃は『アーネスト様の本物の妃』なわけで。


「そうですね」


 そう言ってコルウス様はわたしの腕をグイッと掴む。


「わっ……!」

「俺達も踊りましょう。そうすれば多少はマシになるかもしれません」


 ホールの中央へと進み、コルウス様から促されるがままにステップを踏む。


「あの、ダンスをお受けするマナーとか、説明は受けたけどあんまり理解できていなくて……大丈夫なんでしょうか?」

「我が国のマナーに照らし合わせれば問題ないかと」


 コルウス様の言う通り、周囲の人がわたし達に対して眉を顰める様子はない。ホッと安堵しつつ、わたしはコルウス様のリードに身を任せる。
 遠目からはよく見えた二人の姿も、近ければ案外見えないもので。


「本当……気にならなくなってきました」


 身体を動かしている、っていうのも影響しているのかもしれない。思考の渦から逃れられたせいか、気分が多少高揚する。


「それは良かった」


 そう言ってコルウス様はほんの少しだけ目を細めた。


「わっ……笑った」


 コルウス様がこんな風に笑うのを、わたしは初めて見た。


(普段無表情な人が笑うのって、とんでもない破壊力を持っているんだなぁ)


 なんというか、見てはいけないものを見てしまったみたいな――――そういう特別感。エスメラルダ様はきっと、いつも見ていらっしゃるんだろうけど、何だか得をした気分だ。


「あなたは……一体俺を何だと思っているんですか?」

「うーーん、エスメラルダ様命で、エスメラルダ様以外には関心がなくて、笑顔も含めて、自分の全部がエスメラルダ様のもの――――って感じの生命体でしょうか?」


 ハハッと、今度は声を上げてコルウス様は笑った。正解という意味らしい。


(まさか、こんなところにも仲間がいるなんてなぁ)


 彼はロキとはまた違った意味で、わたしの仲間だった。主人と慕う人に、決して叶わぬ恋をしている――――そういう者同士。とはいえ『実はわたしはアーネスト様の契約妃です』って打ち明けるわけにはいかないから、ものすごく一方通行な共感なんだけど。

 そんなことを思っている間に、いつの間にか曲が終わっていた。踊り始めたのも途中からだったし、物凄く短時間だったように感じられる。


「次は俺と踊りませんか?」


 問われて振り向けば、そこにはロキがいた。
 コルウス様を見れば、彼は急ぎ足でホールを横断している。エスメラルダ様を迎えに行っているのだろう。


「喜んで」


 そう言ってわたしはロキの手を取った。


「初めはどうなることかと思いましたが、随分上手くなりましたね」


 そう言ってロキは穏やかに微笑む。いつも褒めてくれていた割に、こっそり心配していたらしい。ふふ、と笑いつつ、わたしはロキから教わったステップを踏む。


「先生が良かったおかげね……って、ロキはアーネスト様の警護に回らなくて良いの?」

「今は別の者が警護についています。もちろん俺も、主の様子には気を配っていますが」


 わたしには最早アーネスト様がどこにいるか分からない。踊っている間に方向感覚が無くなって、すっかり見失っていた。


(次にアーネスト様が踊るのはソフィア様かな? それともベラ様かな?)


 身分からすればソフィア様の方が上だけど、何せ彼には他の三人を差し置いてわたしと踊った前科がある。ソフィア様とは軋轢もあるし、もしかすると最後に回されるのかもしれない。どちらにしても、アーネスト様が他の人と踊る様子は、あまり見たくないけれど。


「そっか……。でも、寂しくなるわね」

「寂しく?」

「うん。今日でロキと会えなくなるんだなぁと思うと寂しい」


 ロキはこの夜会に向けて派遣された、ダンスの先生だ。後宮は基本的に男子禁制――――今日が終われば彼との接点は無くなる。そう思うと、堪らなく寂しい。


「そう心配せずとも、また会えますよ。俺は主と一緒に金剛宮に来ますし、お呼びとあらばいつでも馳せ参じますから」

「いつでもだなんて……嘘吐き。アーネスト様が最優先の癖に」

「当然です」


 そう言ってわたし達は笑い合う。


「でも、そうだね」


 アーネスト様を守るっていう共通の目標があるから、わたし達はきっと、これから先も繋がっていられる。そう思うと何だか嬉しくなる。
 ロキは穏やかに微笑むと、そっとわたしの耳元に唇を寄せた。


「ミーナ様にお願い事があります。いつか、主とミーナ様の子どもが生まれたら――――俺をその子の騎士にしてください」


 感慨に耽っていたわたしにロキが囁いたのは、そんなとんでもないことだった。


(アーネスト様とわたしの子どもって――――)


 騎士にしてほしいとか、そんなに具体的に言われたら、色々と想像してしまう。恥ずかしさに頬を染めつつ、わたしは首を横に振った。


「だっ……だから、そんなの生まれっこないって」


 他の人に聞かれるわけにはいかないので、わたしもそっとロキに耳打ちする。屈んでくれてて助かった。そうじゃなかったら、悶々としたまま言葉を飲み込む羽目になっていたから。


「さぁ……それはどうでしょう?」


 ロキはそう言って目を細めると、わたしの後をそっと見つめる。


(え?)


 けれど、怪訝に思うと同時に、背後から誰かがわたしの手首を掴んだ。ビクリと身体を震わせ、恐る恐る振り返る。すると意外なことに、そこにいたのはアーネスト様だった。


「アッ……陛下?」


 アーネスト様はわたしの呼び掛けには答えず、どこか真剣な面持ちでロキを見つめる。


「ロキ――――」

「はい、お任せください」


 一言、そんな会話を交わして、ロキが笑う。それからアーネスト様はわたしの手を引き、人混みを真っ直ぐに突き進んだ。


「陛下⁉ お待ちください、陛下!」


 遠くからソフィア様のものらしい、悲鳴にも似た声が聞こえる。


(なに? 一体どういうこと?)


 サッパリ事態の呑み込めていないわたしに向かって、ロキが満面の笑みで手を振っていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

みんながまるくおさまった

しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。 婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。 姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。 それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。 もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。 カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

来世はあなたと結ばれませんように【再掲載】

倉世モナカ
恋愛
病弱だった私のために毎日昼夜問わず看病してくれた夫が過労により先に他界。私のせいで死んでしまった夫。来世は私なんかよりもっと素敵な女性と結ばれてほしい。それから私も後を追うようにこの世を去った。  時は来世に代わり、私は城に仕えるメイド、夫はそこに住んでいる王子へと転生していた。前世の記憶を持っている私は、夫だった王子と距離をとっていたが、あれよあれという間に彼が私に近づいてくる。それでも私はあなたとは結ばれませんから! 再投稿です。ご迷惑おかけします。 この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。

白のグリモワールの後継者~婚約者と親友が恋仲になりましたので身を引きます。今さら復縁を望まれても困ります!

ユウ
恋愛
辺境地に住まう伯爵令嬢のメアリ。 婚約者は幼馴染で聖騎士、親友は魔術師で優れた能力を持つていた。 対するメアリは魔力が低く治癒師だったが二人が大好きだったが、戦場から帰還したある日婚約者に別れを告げられる。 相手は幼少期から慕っていた親友だった。 彼は優しくて誠実な人で親友も優しく思いやりのある人。 だから婚約解消を受け入れようと思ったが、学園内では愛する二人を苦しめる悪女のように噂を流され別れた後も悪役令嬢としての噂を流されてしまう 学園にも居場所がなくなった後、悲しみに暮れる中。 一人の少年に手を差し伸べられる。 その人物は光の魔力を持つ剣帝だった。 一方、学園で真実の愛を貫き何もかも捨てた二人だったが、綻びが生じ始める。 聖騎士のスキルを失う元婚約者と、魔力が渇望し始めた親友が窮地にたたされるのだが… タイトル変更しました。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

処理中です...