上 下
17 / 44
【1章】夜会と秘密の共有者

17.嘘だと思ってるだろう?

しおりを挟む
「ミーナ様! 是非今度、知り合いの宝石商を紹介させてください!」

「わたくしの夫は仕立屋をやっておりますのよ? 是非ご贔屓にしていただきたいわ」


 夜会が始まって以降、名前も知らない貴族たちが引っ切り無しにわたしの元へと押し寄せた。揃いも揃って揉み手をし、気持ちの悪い猫撫で声。身震いし、適当に話を聞いてからすぐに踵を返す。
 頼みの綱のエスメラルダ様やベラ様は、既にご自身の社交ネットワークがあるため、わたしにばかり構ってはいられない。


(それにしても、酷い)


 擦り寄ってくる連中は皆、ソフィア様に同調し、わたしを嘲笑っていた人間ばかりだった。それなのに、アーネスト様の一件があってから、この身の翻しよう。寧ろ感心してしまう。


「――――皆、ミーナ様に取り入ろうとしているのです。あなたが『寵妃』であると主が明確に示しましたからね」


 振り返ると、案の定、そこにいたのはロキだった。ほっと胸を撫で下ろし、わたしはロキに向かい合う。


「寵妃、ねぇ」


 本当は妃ですらないというのに、何とも滑稽な話だ。けれど、彼等に『勘違いしてもらうこと』はアーネスト様の目論見に合致しているし、わたしがどうこう言える話じゃない。そう分かっているんだけど。


「子が生まれればあなたは『国母』です。今のうちに顔を売っておきたいのですよ」

「……生まれっこないって知ってる癖に」


 事実を知っているのは、わたしとアーネスト様、それからロキの三人だけだ。それなのに、ロキにまでこんな風に言われてしまったら、居た堪れない気持ちになる。


「そう思っているのはミーナ様だけかもしれませんよ?」

「……へ?」


 ロキの小さな呟きは、周囲の喧騒も相まってきちんと聞き取れない。聞き返しても、彼は目を細めて微笑むばかりで。


「さぁ、こちらへ。主がミーナ様をお呼びです」


 そう言って恭しく手を差し出す。コクリと頷き、わたしはロキの手を取った。



「ミーナ、待っていたよ」


 アーネスト様はそう言って微笑んだ。いつもみたいな柔らかい表情ではないけれど、彼の笑顔を見ると何となく安心してしまう。ほっとため息を吐きつつ、わたしはゆっくりと頭を下げた。


「お呼びでしょうか、陛下」


 言えば、アーネスト様は立ち上がり、わたしの手を取る。思わぬことに首を傾げて見上げれば、彼は穏やかな笑みを浮かべた。


「言っただろう? ミーナと一緒に踊りたいって」


 そう言ってアーネスト様は広間の中央へと進んでいく。さざ波の如く、人々が道を空ける。痛いほどに視線を感じつつ、心臓がバクバクと鳴り響いた。


(ほっ……本当に踊ってくださるんだ!)


 正直言って本当にアーネスト様と踊れるなんて、思っていなかった。いや――――正確には、妃全員と踊るのかもしれないけど、わたしは一番最後だろうなって思っていた。妃同士に序列がないとはいえ、元の身分を考えると、エスメラルダ様たちを差し置くなんて出来ないもの。だけど、これは……この流れは――――。


「ファーストダンスはミーナとじゃないと」


 アーネスト様がそんなことを耳元で囁く。一気に身体が熱くなって、思わず耳を押さえた。そんなわたしのことを、アーネスト様は楽しそうに見ている。恥ずかしくて心が苦しくて堪らない。だけど今、アーネスト様が笑っていることが、なによりも嬉しい。

 周りに人がいなくなったホールで、アーネスト様がわたしの腰を抱く。広間が静寂に包まれて、次いで音楽が流れ始める。アーネスト様のリードに合わせて、わたし達はゆるやかに動き始めた。ロキに教えてもらったことを思い返しつつ、一生懸命ステップを踏む。今にも止まってしまいそうな程、心臓が早鐘を打っている。手汗がすごい。きっとアーネスト様にもバレバレだ。


「綺麗だよ、ミーナ」


 身体を寄せ合い、アーネスト様が囁く。


「この場にいる誰よりも綺麗だ」


 歯が浮くようなセリフも、アーネスト様が言えば様になる。
 きっとアーネスト様は、他の妃と踊った時も同じことを言うんだろう。だけど、今この瞬間は、わたしだけに向けられた言葉だ。


「ありがとうございます」


 頭上で輝く金剛石――――アーネスト様がわたしに寄せてくれた期待――――それに見合うだけの女性になりたい。そんな想いを込めて、わたしはそう口にする。


「嘘だと思ってるだろう?」

「……そんなこと、ありませんけど」


 決して嘘だとは思っていない。完全に本心だと思っていないだけで。


「やっぱり思ってる」


 アーネスト様はそう言ってわたしの頬を軽く摘まむ。踊りながら、なんとも器用なことだ。何だか胸がむず痒くて、アーネスト様を真っ直ぐに見ることが出来ない。


「ちゃんと俺を見て、ミーナ」


 そう言ってアーネスト様は、わたしを上向かせた。太陽みたいな温かな笑顔で、アーネスト様がわたしを見つめる。胸が熱い。顔から火が出そうだ。アーネスト様はわたしの手の届く方だって――――そう錯覚しそうになる。

 けれど、音楽が終わり、それと同時にわたしは現実へと立ち返る。アーネスト様の後に沢山の人々が見える。ううん――――ここにいる人たちだけじゃない。彼の後には何億、何千万人もの人々がいる。彼が背負うこの国は大きくて重い。


(わたしは――――アーネスト様の契約妃)


 彼の命を守るため――――隠れ蓑になるためだけに存在している。


(アーネスト様の本当の妃になれたら良いのに)


 そんなことを思うなんて馬鹿げている。とてもじゃないけど言えない。言えるはずがなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

みんながまるくおさまった

しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。 婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。 姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。 それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。 もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。 カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

幼馴染が好きなら幼馴染だけ愛せば?

新野乃花(大舟)
恋愛
フーレン伯爵はエレナとの婚約関係を結んでいながら、仕事だと言って屋敷をあけ、その度に自身の幼馴染であるレベッカとの関係を深めていた。その関係は次第に熱いものとなっていき、ついにフーレン伯爵はエレナに婚約破棄を告げてしまう。しかしその言葉こそ、伯爵が奈落の底に転落していく最初の第一歩となるのであった。

白のグリモワールの後継者~婚約者と親友が恋仲になりましたので身を引きます。今さら復縁を望まれても困ります!

ユウ
恋愛
辺境地に住まう伯爵令嬢のメアリ。 婚約者は幼馴染で聖騎士、親友は魔術師で優れた能力を持つていた。 対するメアリは魔力が低く治癒師だったが二人が大好きだったが、戦場から帰還したある日婚約者に別れを告げられる。 相手は幼少期から慕っていた親友だった。 彼は優しくて誠実な人で親友も優しく思いやりのある人。 だから婚約解消を受け入れようと思ったが、学園内では愛する二人を苦しめる悪女のように噂を流され別れた後も悪役令嬢としての噂を流されてしまう 学園にも居場所がなくなった後、悲しみに暮れる中。 一人の少年に手を差し伸べられる。 その人物は光の魔力を持つ剣帝だった。 一方、学園で真実の愛を貫き何もかも捨てた二人だったが、綻びが生じ始める。 聖騎士のスキルを失う元婚約者と、魔力が渇望し始めた親友が窮地にたたされるのだが… タイトル変更しました。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...