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【1章】夜会と秘密の共有者
17.嘘だと思ってるだろう?
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「ミーナ様! 是非今度、知り合いの宝石商を紹介させてください!」
「わたくしの夫は仕立屋をやっておりますのよ? 是非ご贔屓にしていただきたいわ」
夜会が始まって以降、名前も知らない貴族たちが引っ切り無しにわたしの元へと押し寄せた。揃いも揃って揉み手をし、気持ちの悪い猫撫で声。身震いし、適当に話を聞いてからすぐに踵を返す。
頼みの綱のエスメラルダ様やベラ様は、既にご自身の社交ネットワークがあるため、わたしにばかり構ってはいられない。
(それにしても、酷い)
擦り寄ってくる連中は皆、ソフィア様に同調し、わたしを嘲笑っていた人間ばかりだった。それなのに、アーネスト様の一件があってから、この身の翻しよう。寧ろ感心してしまう。
「――――皆、ミーナ様に取り入ろうとしているのです。あなたが『寵妃』であると主が明確に示しましたからね」
振り返ると、案の定、そこにいたのはロキだった。ほっと胸を撫で下ろし、わたしはロキに向かい合う。
「寵妃、ねぇ」
本当は妃ですらないというのに、何とも滑稽な話だ。けれど、彼等に『勘違いしてもらうこと』はアーネスト様の目論見に合致しているし、わたしがどうこう言える話じゃない。そう分かっているんだけど。
「子が生まれればあなたは『国母』です。今のうちに顔を売っておきたいのですよ」
「……生まれっこないって知ってる癖に」
事実を知っているのは、わたしとアーネスト様、それからロキの三人だけだ。それなのに、ロキにまでこんな風に言われてしまったら、居た堪れない気持ちになる。
「そう思っているのはミーナ様だけかもしれませんよ?」
「……へ?」
ロキの小さな呟きは、周囲の喧騒も相まってきちんと聞き取れない。聞き返しても、彼は目を細めて微笑むばかりで。
「さぁ、こちらへ。主がミーナ様をお呼びです」
そう言って恭しく手を差し出す。コクリと頷き、わたしはロキの手を取った。
「ミーナ、待っていたよ」
アーネスト様はそう言って微笑んだ。いつもみたいな柔らかい表情ではないけれど、彼の笑顔を見ると何となく安心してしまう。ほっとため息を吐きつつ、わたしはゆっくりと頭を下げた。
「お呼びでしょうか、陛下」
言えば、アーネスト様は立ち上がり、わたしの手を取る。思わぬことに首を傾げて見上げれば、彼は穏やかな笑みを浮かべた。
「言っただろう? ミーナと一緒に踊りたいって」
そう言ってアーネスト様は広間の中央へと進んでいく。さざ波の如く、人々が道を空ける。痛いほどに視線を感じつつ、心臓がバクバクと鳴り響いた。
(ほっ……本当に踊ってくださるんだ!)
正直言って本当にアーネスト様と踊れるなんて、思っていなかった。いや――――正確には、妃全員と踊るのかもしれないけど、わたしは一番最後だろうなって思っていた。妃同士に序列がないとはいえ、元の身分を考えると、エスメラルダ様たちを差し置くなんて出来ないもの。だけど、これは……この流れは――――。
「ファーストダンスはミーナとじゃないと」
アーネスト様がそんなことを耳元で囁く。一気に身体が熱くなって、思わず耳を押さえた。そんなわたしのことを、アーネスト様は楽しそうに見ている。恥ずかしくて心が苦しくて堪らない。だけど今、アーネスト様が笑っていることが、なによりも嬉しい。
周りに人がいなくなったホールで、アーネスト様がわたしの腰を抱く。広間が静寂に包まれて、次いで音楽が流れ始める。アーネスト様のリードに合わせて、わたし達はゆるやかに動き始めた。ロキに教えてもらったことを思い返しつつ、一生懸命ステップを踏む。今にも止まってしまいそうな程、心臓が早鐘を打っている。手汗がすごい。きっとアーネスト様にもバレバレだ。
「綺麗だよ、ミーナ」
身体を寄せ合い、アーネスト様が囁く。
「この場にいる誰よりも綺麗だ」
歯が浮くようなセリフも、アーネスト様が言えば様になる。
きっとアーネスト様は、他の妃と踊った時も同じことを言うんだろう。だけど、今この瞬間は、わたしだけに向けられた言葉だ。
「ありがとうございます」
頭上で輝く金剛石――――アーネスト様がわたしに寄せてくれた期待――――それに見合うだけの女性になりたい。そんな想いを込めて、わたしはそう口にする。
「嘘だと思ってるだろう?」
「……そんなこと、ありませんけど」
決して嘘だとは思っていない。完全に本心だと思っていないだけで。
「やっぱり思ってる」
アーネスト様はそう言ってわたしの頬を軽く摘まむ。踊りながら、なんとも器用なことだ。何だか胸がむず痒くて、アーネスト様を真っ直ぐに見ることが出来ない。
「ちゃんと俺を見て、ミーナ」
そう言ってアーネスト様は、わたしを上向かせた。太陽みたいな温かな笑顔で、アーネスト様がわたしを見つめる。胸が熱い。顔から火が出そうだ。アーネスト様はわたしの手の届く方だって――――そう錯覚しそうになる。
けれど、音楽が終わり、それと同時にわたしは現実へと立ち返る。アーネスト様の後に沢山の人々が見える。ううん――――ここにいる人たちだけじゃない。彼の後には何億、何千万人もの人々がいる。彼が背負うこの国は大きくて重い。
(わたしは――――アーネスト様の契約妃)
彼の命を守るため――――隠れ蓑になるためだけに存在している。
(アーネスト様の本当の妃になれたら良いのに)
そんなことを思うなんて馬鹿げている。とてもじゃないけど言えない。言えるはずがなかった。
「わたくしの夫は仕立屋をやっておりますのよ? 是非ご贔屓にしていただきたいわ」
夜会が始まって以降、名前も知らない貴族たちが引っ切り無しにわたしの元へと押し寄せた。揃いも揃って揉み手をし、気持ちの悪い猫撫で声。身震いし、適当に話を聞いてからすぐに踵を返す。
頼みの綱のエスメラルダ様やベラ様は、既にご自身の社交ネットワークがあるため、わたしにばかり構ってはいられない。
(それにしても、酷い)
擦り寄ってくる連中は皆、ソフィア様に同調し、わたしを嘲笑っていた人間ばかりだった。それなのに、アーネスト様の一件があってから、この身の翻しよう。寧ろ感心してしまう。
「――――皆、ミーナ様に取り入ろうとしているのです。あなたが『寵妃』であると主が明確に示しましたからね」
振り返ると、案の定、そこにいたのはロキだった。ほっと胸を撫で下ろし、わたしはロキに向かい合う。
「寵妃、ねぇ」
本当は妃ですらないというのに、何とも滑稽な話だ。けれど、彼等に『勘違いしてもらうこと』はアーネスト様の目論見に合致しているし、わたしがどうこう言える話じゃない。そう分かっているんだけど。
「子が生まれればあなたは『国母』です。今のうちに顔を売っておきたいのですよ」
「……生まれっこないって知ってる癖に」
事実を知っているのは、わたしとアーネスト様、それからロキの三人だけだ。それなのに、ロキにまでこんな風に言われてしまったら、居た堪れない気持ちになる。
「そう思っているのはミーナ様だけかもしれませんよ?」
「……へ?」
ロキの小さな呟きは、周囲の喧騒も相まってきちんと聞き取れない。聞き返しても、彼は目を細めて微笑むばかりで。
「さぁ、こちらへ。主がミーナ様をお呼びです」
そう言って恭しく手を差し出す。コクリと頷き、わたしはロキの手を取った。
「ミーナ、待っていたよ」
アーネスト様はそう言って微笑んだ。いつもみたいな柔らかい表情ではないけれど、彼の笑顔を見ると何となく安心してしまう。ほっとため息を吐きつつ、わたしはゆっくりと頭を下げた。
「お呼びでしょうか、陛下」
言えば、アーネスト様は立ち上がり、わたしの手を取る。思わぬことに首を傾げて見上げれば、彼は穏やかな笑みを浮かべた。
「言っただろう? ミーナと一緒に踊りたいって」
そう言ってアーネスト様は広間の中央へと進んでいく。さざ波の如く、人々が道を空ける。痛いほどに視線を感じつつ、心臓がバクバクと鳴り響いた。
(ほっ……本当に踊ってくださるんだ!)
正直言って本当にアーネスト様と踊れるなんて、思っていなかった。いや――――正確には、妃全員と踊るのかもしれないけど、わたしは一番最後だろうなって思っていた。妃同士に序列がないとはいえ、元の身分を考えると、エスメラルダ様たちを差し置くなんて出来ないもの。だけど、これは……この流れは――――。
「ファーストダンスはミーナとじゃないと」
アーネスト様がそんなことを耳元で囁く。一気に身体が熱くなって、思わず耳を押さえた。そんなわたしのことを、アーネスト様は楽しそうに見ている。恥ずかしくて心が苦しくて堪らない。だけど今、アーネスト様が笑っていることが、なによりも嬉しい。
周りに人がいなくなったホールで、アーネスト様がわたしの腰を抱く。広間が静寂に包まれて、次いで音楽が流れ始める。アーネスト様のリードに合わせて、わたし達はゆるやかに動き始めた。ロキに教えてもらったことを思い返しつつ、一生懸命ステップを踏む。今にも止まってしまいそうな程、心臓が早鐘を打っている。手汗がすごい。きっとアーネスト様にもバレバレだ。
「綺麗だよ、ミーナ」
身体を寄せ合い、アーネスト様が囁く。
「この場にいる誰よりも綺麗だ」
歯が浮くようなセリフも、アーネスト様が言えば様になる。
きっとアーネスト様は、他の妃と踊った時も同じことを言うんだろう。だけど、今この瞬間は、わたしだけに向けられた言葉だ。
「ありがとうございます」
頭上で輝く金剛石――――アーネスト様がわたしに寄せてくれた期待――――それに見合うだけの女性になりたい。そんな想いを込めて、わたしはそう口にする。
「嘘だと思ってるだろう?」
「……そんなこと、ありませんけど」
決して嘘だとは思っていない。完全に本心だと思っていないだけで。
「やっぱり思ってる」
アーネスト様はそう言ってわたしの頬を軽く摘まむ。踊りながら、なんとも器用なことだ。何だか胸がむず痒くて、アーネスト様を真っ直ぐに見ることが出来ない。
「ちゃんと俺を見て、ミーナ」
そう言ってアーネスト様は、わたしを上向かせた。太陽みたいな温かな笑顔で、アーネスト様がわたしを見つめる。胸が熱い。顔から火が出そうだ。アーネスト様はわたしの手の届く方だって――――そう錯覚しそうになる。
けれど、音楽が終わり、それと同時にわたしは現実へと立ち返る。アーネスト様の後に沢山の人々が見える。ううん――――ここにいる人たちだけじゃない。彼の後には何億、何千万人もの人々がいる。彼が背負うこの国は大きくて重い。
(わたしは――――アーネスト様の契約妃)
彼の命を守るため――――隠れ蓑になるためだけに存在している。
(アーネスト様の本当の妃になれたら良いのに)
そんなことを思うなんて馬鹿げている。とてもじゃないけど言えない。言えるはずがなかった。
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