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【1章】夜会と秘密の共有者

15.嘲笑

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 月日が過ぎるのは存外早いもので、今夜は皇帝――アーネスト様主催の夜会。大広間は静かな熱気に包まれていた。


(すごい……圧巻だ)


 アーネスト様の即位以降、後宮の外に出るのは初めてだ。恭しく頭を垂れた貴族や文官、騎士たちの間を通り抜け、他の妃たちと共にホールに立つ。
 今は海外からの来賓を迎える準備を行っているらしく、会場には国内の貴族たちしかいない。それでも感じるプレッシャーは凄まじい。心臓が変な音を立てていたけれど、必死に背筋を伸ばして虚勢を張った。


「今からあんまり気張ると、途中でバてるわよ」


 わたしのことをチラとも見ずに、ベラ様が言う。
 今夜の彼女は、シンプル且つ大胆なデコルテの、深紅のドレスを身に纏っていた。長いシルバーピンクの髪は緩やかに纏め上げられ、真っ白なベラ様の背中が剥き出しになっている。胸元には大粒のルビー。ベラ様だからこそ似合う――――そんなコーディネートだった。


「ありがとうございます。頑張って調整します」


 ベラ様だけに聞こえるぐらいの小さな声でそう口にしつつ、わたしは小さく息を吐く。この辺の塩梅は『慣れるしかない』とエスメラルダ様にも事前に助言を貰っている。ほんの少し気を緩めつつ、わたしは広間の中央をそっと覗き見た。

 玉座に座って貴族たちの謁見に応じているアーネスト様は、普段の温厚で親しみやすい彼とは違っていた。君主としての威厳に満ちた佇まいはあまりにも美しくて、神々しくて、見ていて本当に惚れ惚れする。この場にロキが居たら、アーネスト様の素晴らしさを共有できただろうに――――そう思うけど、今は会場を動き回ることも、見回すこともできない。心の中に称賛の言葉を蓄積しようと決意し、わたしはこっそり拳を握った。


「――――まったく、貧相な身なりですこと。同じ妃として恥ずかしいですわ」


 その時、ベラ様の向こう側からそんな声が聞こえた。明らかな嘲笑。ベラ様とエスメラルダ様の視線も一斉にそちらへと向かうのが分かる。――――ソフィア様だ。


「あぁ、当然お二人のことじゃございませんわ。そちらの平民上がりの妃擬きのことです」


 今夜のソフィア様は初っ端から歯に衣着せぬ物言いだった。ご自身は薄水色のマーメイドラインのドレスに身を包み、耳元でサファイアのイアリングが揺れる。ベラ様に比べると、ものすごく保守的な仕上がりだ。けれど、この場に必要な華と、品の良さだけは十分に演出されているように感じられた。


(……なんだか、周りの視線を感じる)


 皆、そうと分からないように振る舞っているが、会話は不自然に無くなっているし、チラチラとこちらを覗き見ているのが分かる。滅多に表舞台に出てこない、後宮の妃達に対する注目度は相当高いらしい。仲が悪いのなら尚更。そういう女性同士のドロドロを好む貴族が一定数いると、ロキから事前に聞いてはいたのだけど――――。


「こちらのドレスは、陛下がわたしのために選んでくださったものです。侮辱するのはお止めください」


 大きく深呼吸をした後、わたしはそう口にする。ソフィア様が小さく息を呑む音が聞こえるが、彼女の表情は見ない。無駄な応酬を続ける気はないし、この一言で引き下がってくれればそれで良いもの。


「わっ……わたくしが申し上げたのはドレスのことではございませんわ」


 けれど、ソフィア様はそう言ってこちらを向く。声を荒げているわけでもないのに、今や会場中の注目がわたし達へと集まってしまっていた。


「わたくしは……そう! あなたのその飾り気のなさを嘆いていたのです。こういう場では妃は、己の宮殿のモチーフである宝石を身に着けるものなの。なのにあなたときたら、安い小さな宝石を申し訳程度に身に着けただけ。それを貧相と言わずして、何と言えばいいのかしら。――――まぁ、これまで金剛宮に妃が立つことは無かった上、あなたは平民の出ですし? あんなに醜い石ですもの。身に着けたくとも身に着けられなかった――――そんな気の毒な事情は存じ上げていますけれど」


 ソフィア様は水を得た魚の如く、一気にそう捲し立てる。わたしが顔を顰めると、ふふっと愉悦に満ちた笑い声が聞こえた。


(本当に、この人だけはどうしても好きになれそうにない)


 どうしてここまで人の――わたしの上に立つことに固執するのだろう。同じような身分のエスメラルダ様は、寧ろ人を立てようとなさる。だから、恐らくはソフィア様の性格なのだと思う。


(だけど)


 広間の中の幾人か、こっそりと彼女に同調するように笑っている。きっとこれが、貴族の持つ階級意識という奴なのだろう。


(別に、今更傷ついたりしない)


 それが当たり前の世の中だもの。だからこそ身分制度があるわけだし、笑われるのも蔑ずまれるのも慣れっこだ。そう思うのだけど――――。


「――――今、俺の妃を笑ったのは誰だ?」


 広間にそんな冷ややかな声が響く。
 誰の声かなんて、確認しなくてもすぐに分かる。


「アーネスト様……」


 思わずそう呟くと、アーネスト様は悠然と立ち上がり、真っ直ぐにわたし達の元へと歩いてくる。ソフィア様が青ざめ、後退る気配がする。広間の空気が一気に凍り付いた。
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