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29.褒めて、認めて、私を愛して

3.

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 屋敷に到着すると、太陽が燦々と射し込む広間へ案内される。ティアーシャのために用意された、光り輝く舞台のような部屋だった。豪奢なドレス、宝石箱が運び込まれ、ティアーシャがそれらを選び取る。


「それで? どれから描きましょう?」

「まずはこのイヤリングを着けた私を」


 ティアーシャの耳元で、大きなエメラルドが揺れ動く。親指の爪よりも大きな、美しい宝石だ。周りにはダイヤモンドが散りばめられ、キラキラと輝きを放っている。


「さすが、すごい宝石ですね」

「ありがとう。おじいさまから戴いた、大切なものなのですわ」


 はにかむ様に笑いながら、ティアーシャはそっとイヤリングを撫でる。


(意外だな)


 普段あんなにも自己顕示欲に塗れているのに、実際に褒めてみたところで、そこまで大きな反応は返ってこない。ノアの褒め方が悪いのか、はたまた何か別の理由があるのだろうか。


「出来ました。次を描きましょう」

「もう? そんなに早く描けるものなの?」


 そう言ってティアーシャは、ノアの手元を覗き込む。


「いえ。そもそも大した画材を持参していませんし、一枚をじっくり描き上げるよりも数量が多い方が良いでしょう? 仕上げは俺の家でやった方が効率が良いですから」


 ティアーシャは承認欲求を満たしたいだけなのだから、重視すべきは質より量だ。他人に『すごい』『いいね』と言って貰うのが目的なのだし、一枚一枚に時間を掛ける必要はない。


「だけど、時間を掛けた渾身の一枚を描いた方が、ディートリヒ様にとって良いんじゃありませんこと? そりゃあ元々お上手ですけど、そちらの方が皆の称賛を集めるに違いありませんのに」

「俺は、誰かに褒められたいと思ったことがありません」

「え?」


 ノアの返答に、ティアーシャが目を見開く。予想通りの反応に、ノアは思わず小さく笑った。


「称賛など求めていません。ですから、貴女の目的を優先していただければそれで……」

「褒められたいと思わないんですか?」


 ティアーシャが尋ねる。表情から、彼女の困惑ぶりが手に取るように分かった。


「ええ」

「認められたいと思わないの? 本当に? 全く?」


 どうやら信用していないらしい。ノアは静かに頷いた。


「そりゃあ、俺だって褒めて貰えるのは嬉しいですよ。だけど、それはあくまで結果論であって、目的じゃありません」


 ティアーシャはまるで迷子のような表情でその場に佇んでいた。普段、自信満々な笑顔ばかりを見ているため新鮮だ。どちらかといえば、こういう表情をこそ絵に残したいとノアは思う。


「さあ、次は何を描いて欲しいですか?」


 問い掛けに、ティアーシャは気を取り直したように微笑む。
 それから、侍女達と共に次の題材となるドレスを選び始めた。




***


 ティアーシャの目論み通り、ノアの描いた絵は凄まじい威力を発揮した。
 視覚のもたらす効果は絶大で、彼女の周りにはいつも人だかりが絶えない。


「素敵! 話には聞いておりましたが、こんなに素晴らしい逸品でしたのね!」

「わたくし、こちらのドレスをお作りになったサロンを是非ご紹介いただきたいわ!」


 以前からティアーシャを褒めそやしていた令嬢たちではあるが、目の色が明らかに違っている。絵を眺め、目を瞑り、ややしてまるで自分がティアーシャに成り代わったかのように、頬をウットリと染めるのだ。


「今度お屋敷にお邪魔しても構わない? 実物を見てみたいわ」

「もちろん。是非いらっしゃって?」


 目論見が上手くいったため、ティアーシャはとても嬉しそうだ。ノアとしても描いた甲斐があったと思う。


「ところで、こちらの絵はどなたがお描きになったの? 素晴らしい腕前ですわね」


 ある時、令嬢の一人がそう尋ねた。
 ティアーシャは嬉しそうに瞳を輝かせつつ、唇に人差し指を押し当てる。


「残念ながら、それはお教えできませんの。けれど、貴女の言葉は必ず、私が本人に届けますわ」


 教室の隅でノアが笑う。届けるも何も、描き手本人はここに居る。
 どうも、と小さく口にしながら、自分が褒められた時よりも嬉しそうに笑うティアーシャの姿をノアはぼんやりと眺めていた。


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