上 下
141 / 188
23.呪われ公爵は愛せない

7.(END)

しおりを挟む
(苦しい)


 胸が締め付けられるような心地。息苦しさに涙が出る。
 

「ハルリー!」


 アンブラがハルリーに追いついたのは、彼女の私室に差し掛かった時だった。


「アンブラ様」


 目尻をそっと拭い、ハルリーは微笑む。けれど、その表情には深い悲しみが滲み出ていた。


「先程は大変失礼いたしました。急に体調を崩すなんて……見苦しい所をお見せして、申し訳ございません。少し休めば良くなると思いますので、どうかこのまま」


 肩を震わせ、気丈に振る舞う。あまりにも意地らしいその姿に、アンブラは思わず手を伸ばした。


「すまなかった!」


 華奢な身体を強く抱き締める。甘く温かな香り。己がどれ程ハルリーを渇望していたのか、深く深く実感する。


「アンブラ様、わたくしは…………」


 ハルリーの言葉は続かない。


(もう遅いのかもしれない)


 既に彼女の心は離れ、この状況を不快に思っているのかもしれない。けれどアンブラには、ハルリーを放してやることが出来なかった。腕に力を込めながら、アンブラは肩を震わせる。


「俺は、君のことを不幸にするかもしれない」


 胸に巣食う大きな不安。それが消え去ることは、きっと一生無いだろう。


(それでも)


 跪き、恭しくハルリーの手を握る。ハルリーの大きな瞳がアンブラを見下ろし、キラキラと揺れる。


「それでも、俺の側に居てもらえないだろうか?」


 心からの懇願。ハルリーは目を見開き、それからゆっくりと細めた。


「わたくしが、アンブラ様の側を離れることはありません。
…………離婚なんて嫌です。絶対、嫌」


 握り返された手のひら。二人の薬指には夫婦の証たる指輪が光る。


「だってわたくし、アンブラ様のことを愛していますもの。お側に居られるだけで幸せですもの。
真面目で、誠実で、不器用で、本当はとても温かい人。人一倍、愛情に篤い人。
わたくしが深く傷つくこと、危険を恐れて、遠ざけるようにしていらっしゃったのでしょう?」

「……リヒャルトに聞いたのか?」


 ハルリーはコクリと頷く。それからいつものように微笑むと、アンブラを優しく包み込んだ。


「愛してほしいとは申しません。幸せにしてほしいとも。
けれど、わたくしがアンブラ様を愛することをお許しください。どうか、側に居させて」

「どうして君は……?」

「そんなの、夫婦だから、で十分じゃありませんか」


 当然のように言い放たれたその言葉が、ストンと胸に落ちる。


(そうか)


 夫婦だから側に居る。相手を愛そうと努力する。あまりにも単純な話だ。


「それに、アンブラ様はご存じないかもしれませんが、わたくしはあなたと一緒に居られたら、それだけで幸せなんです! 魔女の呪いなんかより、わたくしの幸せの方がずっとずっと大きい。だから、まかり間違ってアンブラ様がわたくしを愛してしまったとしてもきっと大丈夫です!」

「まかり間違って……って君…………」


 ふふっ、とアンブラの口から笑い声が漏れ出る。


「そうだね」


 額に、こめかみに、触れるだけのキスをする。ヒャッ!と頬を真っ赤にしたハルリーに、アンブラは愛しさが込み上げる。初めて感じる胸の高鳴り。目を瞑ってみても、暗闇はいつもの様に、ハルリーのことを蝕みはしない。触れて、口付けて、何度も何度も確かめる。とても、穏やかな気持ちだった。


「ハルリー、最初の約束を違えても良いだろうか?」


 君を愛することは無い――――そんなことは無理そうだ――――
 アンブラが耳元でそんなことを囁く。


「もちろん!」


 ハルリーはそう言って、満面の笑みを浮かべるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな令嬢

緑谷めい
恋愛
 ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。  同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。  アンヌはうんざりしていた。  アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。  そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~

緑谷めい
恋愛
 私は公爵令嬢ナタリー・ランシス。17歳。  4歳年上の婚約者アルベルト王太子殿下は、超優秀で超絶イケメン!  一応美人の私だけれど、ハイパー王太子殿下の隣はツライものがある。  あれれ、おかしいぞ? ついに自分がゴミに思えてきましたわ!?  王太子殿下の弟、第2王子のロベルト殿下と私は、仲の良い幼馴染。  そのロベルト様の婚約者である隣国のエリーゼ王女と、私の婚約者のアルベルト王太子殿下が、結婚することになった!? よって、私と王太子殿下は、婚約解消してお別れ!? えっ!? 決定ですか? はっ? 一体どういうこと!?  * ハッピーエンドです。

【完結】昨日までの愛は虚像でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。

君は私のことをよくわかっているね

鈴宮(すずみや)
恋愛
 後宮の管理人である桜華は、皇帝・龍晴に叶わぬ恋をしていた。龍晴にあてがう妃を選びながら「自分ではダメなのだろうか?」と思い悩む日々。けれど龍晴は「桜華を愛している」と言いながら、決して彼女を妃にすることはなかった。 「桜華は私のことをよくわかっているね」  龍晴にそう言われるたび、桜華の心はひどく傷ついていく。 (わたくしには龍晴様のことがわからない。龍晴様も、わたくしのことをわかっていない)  妃たちへの嫉妬心にズタズタの自尊心。  思い詰めた彼女はある日、深夜、宮殿を抜け出した先で天龍という美しい男性と出会う。 「ようやく君を迎えに来れた」  天龍は桜華を抱きしめ愛をささやく。なんでも、彼と桜華は前世で夫婦だったというのだ。  戸惑いつつも、龍晴からは決して得られなかった類の愛情に、桜華の心は満たされていく。  そんななか、龍晴の態度がこれまでと変わりはじめ――?

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

男装の公爵令嬢ドレスを着る

おみなしづき
恋愛
父親は、公爵で騎士団長。 双子の兄も父親の騎士団に所属した。 そんな家族の末っ子として産まれたアデルが、幼い頃から騎士を目指すのは自然な事だった。 男装をして、口調も父や兄達と同じく男勝り。 けれど、そんな彼女でも婚約者がいた。 「アデル……ローマン殿下に婚約を破棄された。どうしてだ?」 「ローマン殿下には心に決めた方がいるからです」 父も兄達も殺気立ったけれど、アデルはローマンに全く未練はなかった。 すると、婚約破棄を待っていたかのようにアデルに婚約を申し込む手紙が届いて……。 ※暴力的描写もたまに出ます。

処理中です...