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21.病は気から

3.

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 翌日のこと。
 応接室に呼び出されたキーテは、思わぬ出来事に目を丸くした。


「こんにちは、キーテ嬢」


 ソファに腰掛けニコリと微笑む男性は、昨夜彼女に声を掛けてくれた、エルベアトその人だった。昨夜とは異なり、白と濃紺のコントラストが美しい騎士装束を身に纏っている。均整の取れた体型が、際立って見えた。


「良かった。今日は顔色が良いね。安心したよ」


 そう言ってエルベアトは目尻を下げる。訳もなく、キーテの頬が熱くなった。


「あ、あの……エルベアト様がどうしてここに?」

「君のことが心配だったんだ。フラフラしていたし、あの状態で馬車に乗るのは辛かったんじゃないかなって。本当は無理にでも休んでもらうべきだったのに……大丈夫だった?」


 エルベアトは律儀な人らしい。ほんの少し関わっただけのキーテの様子を見に、わざわざ屋敷まで会いに来てくれたのだ。


「ご心配をお掛けして申し訳ございません。この通り、ピンピンしています」


 言葉の通り、今日の体調は悪くはなかった。
 元々、生まれついて身体が弱いわけではない。いつ頃からか――――恐らくは病気で母を亡くした頃から、徐々に徐々に悪くなってきた。

 特に、大きな行事に合わせて体調を崩すことが多く、その度にデルミーラに迷惑を掛けている。そんな状態が続いているため、ここ数年は外出を控えていたのだが、夜会や外の世界への憧れは強い。抗うことが出来なかった。


「良かった。安心したよ」


 エルベアトがそう言って、身を乗り出す。普段とは異なる心臓の騒めきを覚え、キーテは居心地悪そうに身動ぎをした。


「キーテ嬢、良かったら……」
「失礼いたします」


 ノックから数秒、デルミーラが応接室に現れる。後にはティーセットを携えた侍女達が続いた。


「ご挨拶が遅くなって申し訳ございません。エルベアト様、昨夜はありがとうございました」


 デルミーラが美しく微笑む。エルベアトは穏やかに微笑み、こちらこそ、と小さく頭を下げた。


「お茶を準備しましたの。宜しければ召し上がっていってください」


 ティーポットから温かな湯気が立ち込める。けれどエルベアトは、小さく首を横に振った。


「いえ、俺はお茶は結構です。
それよりキーテ嬢、良ければ俺と、外を歩きませんか?」

「え……?」


 思わぬ申し出に、キーテは目を丸くする。


「お屋敷の庭がとても美しかったので、是非ご案内いただきたいな、と思いまして」


 エルベアトはそう言って、はにかむ様に笑う。
 いくら身体が弱いキーテでも、その位は可能だ。はい、と口を開きかけたその時、デルミーラが彼女の前に躍り出た。


「大変申し訳ございませんが、妹は身体が弱く、長時間外を歩けませんの。わたくしが代わりにご案内をさせていただきますわ」


 大輪の華の如く、デルミーラが満面の笑みを浮かべる。


「姉さま、だけど私、そのぐらいなら……」

「ダメよ。わたくしはあなたのことが心配なの。
それに、もしも昨日みたいに気分が悪くなったら? エルベアト様にご迷惑をお掛けしてしまうでしょう? ……ほら、顔色もまだあまり良くないし、あなたは部屋に戻って休んだ方が良いわ」


 至極心配そうな声音。侍女達が『デルミーラ様はなんてお優しいの』と瞳を輝かせる。


「でしたら俺は、これで失礼します」


 そう言ってエルベアトが立ち上がる。デルミーラが大きく目を見開いた。


「まぁ……そんな、まだ何のおもてなしも出来ていませんのに」

「おもてなしなどと、お気になさらず。見送りも結構ですから。
それではキーテ嬢、お大事に」


 最後にそう言い残し、エルベアトは颯爽と部屋を後にした。
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