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19.皆まで言うな

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(あっ……まただわ)


 シンシア・フィールディングは静かに息を呑んだ。視線の先には、婚約者であるバッカスと、最近よく見かけるようになった御令嬢――――名をジュノーというらしい――――がいて、楽しそうに微笑み合っている。


「また来てるな、あの女」


 そう声を掛けてきたのは、バッカスの友人であり、シンシアとも幼馴染のウィリアムだ。眉間に皺を寄せ、呆れたように嘆息するウィリアムに、シンシアは困ったように微笑んだ。


「はい。余程バッカス様を気に入ったのでしょうね」


 バッカスとジュノーの間に流れる雰囲気は、とても婚約者が他にいる人間のそれではない。親密で、完全に二人の世界という感じだ。


「良いの? あれ。放っておいて」

「……一応忠告したのですが、聞く耳を持たれませんでした。いつもの小言だと思われたみたいで」


 シンシアはそう言って軽く目を伏せる。

 バッカスの側にシンシア以外の女性がいるのはいつものことだ。彫りの深い目鼻立ちに、艶やかな黒髪、均整のとれた身体つきで、放っておいても女性の方から寄って来る。それは貴族の令嬢であったり、側付きの侍女であったり、平民の娘であったり。彼女たちの熱狂ぶりは、信者や崇拝者と言った言葉がしっくりくるほどだ。

 しかし、そこで『婚約者がいるから』と謙虚であれば良いものの、バッカスが来るものを拒むことは無かった。婚約を結んだばかりの幼いうちは良かった。その頃はまだ、あちこちに好意を安売りしている、程度に思えたし、言い寄る方だって本気じゃなかった。
 しかし、バッカスの女癖は年々酷くなる一方。シンシアもシンシアの父親である伯爵も、彼のあまりの節操のなさに苦言を呈してきたものの、バッカスも彼に群がる女性陣も態度を改めることは無い。それどころか、止められた方が燃えるとばかりに、事態は悪化の一途を辿った。
 婚約を破棄しようにも、バッカスの方が身分は上だ。彼に婚約破棄の意志がない以上、シンシア達は現状に甘んじることしかできない。


「だけど、今回ばかりは少し心配しています。バッカス様の顔つきがこれまでと違うというか……本気なのかなぁと思いまして」

「あの娘に? ……馬鹿だなぁ、あいつ」


 シンシアとウィリアムは顔を見合わせてため息を吐く。


「バッカス様はわたくしの忠告を聞いてくださいません。ウィリアム様からも一言、あの女性――――ジュノー様について、お話しいただけませんか?」


 今なお楽し気に頬を寄せ合うバッカスと女性に、シンシアは眉を寄せる。正直言って、シンシアにバッカスへの愛情など一ミリもない。嫉妬心を抱くことも無ければ、恨むことも嘆くことも無い。ただ、憐れだと思うぐらいだ。
 けれど、今対処しなければ、後々大変な目に合うのは、彼と結婚するシンシアの方だ。今回ばかりは本気で忠告をせねばならない。


「分かった。だけど、俺が忠告するのはあいつのためじゃない。シンシアのためだ。それだけは覚えておいてほしい」


 ウィリアムはそう言って困ったように笑う。シンシアはコクリと頷きつつ、惚けたような微笑みを浮かべた婚約者をボンヤリと見つめた。
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