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14.プライド激高の難攻不落令嬢は、王太子殿下に求婚される

6.(END)

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「アンナ、一体どうしたんだ?」


 挙式開始間近だというのに、アンナの顔面は蒼白だった。アンナの父親は娘をエスコートしつつ、普段とのあまりの差異に驚きを禁じ得ない。
 いつだって誇り高く、他人に隙を見せないアンナが、誰の目にも明らかな程に狼狽え、怯えているさまは、異様と言うしかない。


(本当は、今すぐここから逃げ出してしまいたい)


 あの男に会ってからというもの、アンナは他人の目が怖くて堪らない。皆が皆、アンナのことを蔑み、嫌っているかのように思えてくる。


(あるいはそれが、あの男の狙いだったのかもしれない)


 もしもアンナがこの場から逃げ出せば、タダでは済まない。王族に恥を搔かせた罪は重く、良くて国外追放、悪ければ命はない。
 アンナの自尊心を傷つけるだけでは飽き足らず、社会的に貶める。それほどまでにあの男は、アンナのことを憎んでいたのだ。


(だけどわたくし、あの男の思い通りになるなんて、絶対に嫌!)


 絶望の中、アンナは自分を奮い立たせる。その瞬間、式場のドアが勢いよく開け放たれた。
 列席者たちの視線が一斉にアンナに降り注ぐ。アンナは大きく息を吸い、それから力強く笑った。

 この場にいる誰よりも凛と美しくあろう。誰よりも自信に満ち溢れていよう。誰よりも幸せそうに笑っていよう――――それこそが、アンナのプライドだった。


(決して奪わせはしない)


 例え愛されることは無くても、お飾りの妻だとしても、自分を見失ってはならない。それが、アンナが導き出した答えだった。

 バージンロードの先で、エヴァレットがアンナを見つめている。瞬き一つすることない、優雅で誇り高い花嫁に、観衆は感嘆のため息を吐いた。


「アンナ」


 エヴァレットは微笑み、アンナを迎え入れる。会場が静かな熱気に包まれた。
 式はその後も恙無く進んでいく。きっとあの男はこの会場のどこかにいて、アンナを見ながら歯噛みしているのだろう。そう思うと、アンナの背筋はピンと伸びた。


「では、指輪の交換を」


 神父の言葉に、アンナとエヴァレットは静かに向かい合う。ゆっくりと、優雅な所作で手を差し出すと、エヴァレットはアンナにだけ分かるぐらいの小さな声で笑った。


「ようやく、この日を迎えることが出来た」


 エヴァレットの言葉に、アンナの胸が小さく軋む。
 エヴァレットから結婚を切り出されたとき、アンナは彼の愛を疑いもしなかった。当然、王太子という立場上、結婚相手のことで一番に重要視するのは家柄や教養、妃としての器だ。
 けれどそれでも、アンナは自分が愛されていると思っていた。それが勘違いだったのだと思うと、涙が溢れそうになる。


「これを君に」


 そう言ってエヴァレットは、アンナの薬指に指輪を嵌める。


「……え?」


 見ればアンナの指輪は、彼に求婚されたあの日に見た、磨かれる前の宝石の原石で形作られていた。


「どう、して?」


 あの時エヴァレットは、宝石として完成したものをアンナに贈ると言っていた。彼がその約束を忘れるはずがない。


「君が愛おしいと思ったから」


 そう言ってエヴァレットは、アンナの指先に優しく口づける。
 あの日の痺れるような感覚が蘇り、アンナの瞳に涙が溢れる。エヴァレットは穏やかに微笑みながら、そっとアンナの涙を拭った。


「プライドが高くて扱いづらいところも、僕にだけ見せてくれる可愛い笑顔も、全部この原石みたいで、僕は愛しい。それに、こう見えて僕はプライドが物凄く高いからね。君という原石を磨くのは僕でありたい。そう、思ったんだ」


 気丈に振る舞うアンナをエヴァレットが優しく抱き締める。

 エヴァレットも最初はきっと、先程の男が言う通り、自分ならばアンナの鼻を明かせると――――攻略してやろうと、そう思っていたのだろう。

 けれど、目の前の彼の瞳は、言葉は真っ直ぐで、疑いようがない。それに、アンナ自身がエヴァレットのことを信じたいと強く願っていた。


(わたくしはこれからきっと、いくらでも変わることが出来る)


 どんなに悔いても、過去を変えることはできない。けれど、未来ならばいくらでも変えていける。
 アンナが希望を見出し、進んでいくことを快く思わないものもいるだろう。けれど、アンナは大人しく引き摺り落とされてやる気はない。自分らしく、けれど形を変えて、より良い自分を目指していこうと胸に誓う。


「好きだよ、アンナ」


 エヴァレットの口付けを受け入れながら、アンナは満面の笑みを浮かべるのだった。
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