77 / 188
14.プライド激高の難攻不落令嬢は、王太子殿下に求婚される
6.(END)
しおりを挟む
「アンナ、一体どうしたんだ?」
挙式開始間近だというのに、アンナの顔面は蒼白だった。アンナの父親は娘をエスコートしつつ、普段とのあまりの差異に驚きを禁じ得ない。
いつだって誇り高く、他人に隙を見せないアンナが、誰の目にも明らかな程に狼狽え、怯えているさまは、異様と言うしかない。
(本当は、今すぐここから逃げ出してしまいたい)
あの男に会ってからというもの、アンナは他人の目が怖くて堪らない。皆が皆、アンナのことを蔑み、嫌っているかのように思えてくる。
(あるいはそれが、あの男の狙いだったのかもしれない)
もしもアンナがこの場から逃げ出せば、タダでは済まない。王族に恥を搔かせた罪は重く、良くて国外追放、悪ければ命はない。
アンナの自尊心を傷つけるだけでは飽き足らず、社会的に貶める。それほどまでにあの男は、アンナのことを憎んでいたのだ。
(だけどわたくし、あの男の思い通りになるなんて、絶対に嫌!)
絶望の中、アンナは自分を奮い立たせる。その瞬間、式場のドアが勢いよく開け放たれた。
列席者たちの視線が一斉にアンナに降り注ぐ。アンナは大きく息を吸い、それから力強く笑った。
この場にいる誰よりも凛と美しくあろう。誰よりも自信に満ち溢れていよう。誰よりも幸せそうに笑っていよう――――それこそが、アンナのプライドだった。
(決して奪わせはしない)
例え愛されることは無くても、お飾りの妻だとしても、自分を見失ってはならない。それが、アンナが導き出した答えだった。
バージンロードの先で、エヴァレットがアンナを見つめている。瞬き一つすることない、優雅で誇り高い花嫁に、観衆は感嘆のため息を吐いた。
「アンナ」
エヴァレットは微笑み、アンナを迎え入れる。会場が静かな熱気に包まれた。
式はその後も恙無く進んでいく。きっとあの男はこの会場のどこかにいて、アンナを見ながら歯噛みしているのだろう。そう思うと、アンナの背筋はピンと伸びた。
「では、指輪の交換を」
神父の言葉に、アンナとエヴァレットは静かに向かい合う。ゆっくりと、優雅な所作で手を差し出すと、エヴァレットはアンナにだけ分かるぐらいの小さな声で笑った。
「ようやく、この日を迎えることが出来た」
エヴァレットの言葉に、アンナの胸が小さく軋む。
エヴァレットから結婚を切り出されたとき、アンナは彼の愛を疑いもしなかった。当然、王太子という立場上、結婚相手のことで一番に重要視するのは家柄や教養、妃としての器だ。
けれどそれでも、アンナは自分が愛されていると思っていた。それが勘違いだったのだと思うと、涙が溢れそうになる。
「これを君に」
そう言ってエヴァレットは、アンナの薬指に指輪を嵌める。
「……え?」
見ればアンナの指輪は、彼に求婚されたあの日に見た、磨かれる前の宝石の原石で形作られていた。
「どう、して?」
あの時エヴァレットは、宝石として完成したものをアンナに贈ると言っていた。彼がその約束を忘れるはずがない。
「君が愛おしいと思ったから」
そう言ってエヴァレットは、アンナの指先に優しく口づける。
あの日の痺れるような感覚が蘇り、アンナの瞳に涙が溢れる。エヴァレットは穏やかに微笑みながら、そっとアンナの涙を拭った。
「プライドが高くて扱いづらいところも、僕にだけ見せてくれる可愛い笑顔も、全部この原石みたいで、僕は愛しい。それに、こう見えて僕はプライドが物凄く高いからね。君という原石を磨くのは僕でありたい。そう、思ったんだ」
気丈に振る舞うアンナをエヴァレットが優しく抱き締める。
エヴァレットも最初はきっと、先程の男が言う通り、自分ならばアンナの鼻を明かせると――――攻略してやろうと、そう思っていたのだろう。
けれど、目の前の彼の瞳は、言葉は真っ直ぐで、疑いようがない。それに、アンナ自身がエヴァレットのことを信じたいと強く願っていた。
(わたくしはこれからきっと、いくらでも変わることが出来る)
どんなに悔いても、過去を変えることはできない。けれど、未来ならばいくらでも変えていける。
アンナが希望を見出し、進んでいくことを快く思わないものもいるだろう。けれど、アンナは大人しく引き摺り落とされてやる気はない。自分らしく、けれど形を変えて、より良い自分を目指していこうと胸に誓う。
「好きだよ、アンナ」
エヴァレットの口付けを受け入れながら、アンナは満面の笑みを浮かべるのだった。
挙式開始間近だというのに、アンナの顔面は蒼白だった。アンナの父親は娘をエスコートしつつ、普段とのあまりの差異に驚きを禁じ得ない。
いつだって誇り高く、他人に隙を見せないアンナが、誰の目にも明らかな程に狼狽え、怯えているさまは、異様と言うしかない。
(本当は、今すぐここから逃げ出してしまいたい)
あの男に会ってからというもの、アンナは他人の目が怖くて堪らない。皆が皆、アンナのことを蔑み、嫌っているかのように思えてくる。
(あるいはそれが、あの男の狙いだったのかもしれない)
もしもアンナがこの場から逃げ出せば、タダでは済まない。王族に恥を搔かせた罪は重く、良くて国外追放、悪ければ命はない。
アンナの自尊心を傷つけるだけでは飽き足らず、社会的に貶める。それほどまでにあの男は、アンナのことを憎んでいたのだ。
(だけどわたくし、あの男の思い通りになるなんて、絶対に嫌!)
絶望の中、アンナは自分を奮い立たせる。その瞬間、式場のドアが勢いよく開け放たれた。
列席者たちの視線が一斉にアンナに降り注ぐ。アンナは大きく息を吸い、それから力強く笑った。
この場にいる誰よりも凛と美しくあろう。誰よりも自信に満ち溢れていよう。誰よりも幸せそうに笑っていよう――――それこそが、アンナのプライドだった。
(決して奪わせはしない)
例え愛されることは無くても、お飾りの妻だとしても、自分を見失ってはならない。それが、アンナが導き出した答えだった。
バージンロードの先で、エヴァレットがアンナを見つめている。瞬き一つすることない、優雅で誇り高い花嫁に、観衆は感嘆のため息を吐いた。
「アンナ」
エヴァレットは微笑み、アンナを迎え入れる。会場が静かな熱気に包まれた。
式はその後も恙無く進んでいく。きっとあの男はこの会場のどこかにいて、アンナを見ながら歯噛みしているのだろう。そう思うと、アンナの背筋はピンと伸びた。
「では、指輪の交換を」
神父の言葉に、アンナとエヴァレットは静かに向かい合う。ゆっくりと、優雅な所作で手を差し出すと、エヴァレットはアンナにだけ分かるぐらいの小さな声で笑った。
「ようやく、この日を迎えることが出来た」
エヴァレットの言葉に、アンナの胸が小さく軋む。
エヴァレットから結婚を切り出されたとき、アンナは彼の愛を疑いもしなかった。当然、王太子という立場上、結婚相手のことで一番に重要視するのは家柄や教養、妃としての器だ。
けれどそれでも、アンナは自分が愛されていると思っていた。それが勘違いだったのだと思うと、涙が溢れそうになる。
「これを君に」
そう言ってエヴァレットは、アンナの薬指に指輪を嵌める。
「……え?」
見ればアンナの指輪は、彼に求婚されたあの日に見た、磨かれる前の宝石の原石で形作られていた。
「どう、して?」
あの時エヴァレットは、宝石として完成したものをアンナに贈ると言っていた。彼がその約束を忘れるはずがない。
「君が愛おしいと思ったから」
そう言ってエヴァレットは、アンナの指先に優しく口づける。
あの日の痺れるような感覚が蘇り、アンナの瞳に涙が溢れる。エヴァレットは穏やかに微笑みながら、そっとアンナの涙を拭った。
「プライドが高くて扱いづらいところも、僕にだけ見せてくれる可愛い笑顔も、全部この原石みたいで、僕は愛しい。それに、こう見えて僕はプライドが物凄く高いからね。君という原石を磨くのは僕でありたい。そう、思ったんだ」
気丈に振る舞うアンナをエヴァレットが優しく抱き締める。
エヴァレットも最初はきっと、先程の男が言う通り、自分ならばアンナの鼻を明かせると――――攻略してやろうと、そう思っていたのだろう。
けれど、目の前の彼の瞳は、言葉は真っ直ぐで、疑いようがない。それに、アンナ自身がエヴァレットのことを信じたいと強く願っていた。
(わたくしはこれからきっと、いくらでも変わることが出来る)
どんなに悔いても、過去を変えることはできない。けれど、未来ならばいくらでも変えていける。
アンナが希望を見出し、進んでいくことを快く思わないものもいるだろう。けれど、アンナは大人しく引き摺り落とされてやる気はない。自分らしく、けれど形を変えて、より良い自分を目指していこうと胸に誓う。
「好きだよ、アンナ」
エヴァレットの口付けを受け入れながら、アンナは満面の笑みを浮かべるのだった。
10
お気に入りに追加
1,075
あなたにおすすめの小説
大嫌いな令嬢
緑谷めい
恋愛
ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。
同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。
アンヌはうんざりしていた。
アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。
そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~
緑谷めい
恋愛
私は公爵令嬢ナタリー・ランシス。17歳。
4歳年上の婚約者アルベルト王太子殿下は、超優秀で超絶イケメン!
一応美人の私だけれど、ハイパー王太子殿下の隣はツライものがある。
あれれ、おかしいぞ? ついに自分がゴミに思えてきましたわ!?
王太子殿下の弟、第2王子のロベルト殿下と私は、仲の良い幼馴染。
そのロベルト様の婚約者である隣国のエリーゼ王女と、私の婚約者のアルベルト王太子殿下が、結婚することになった!? よって、私と王太子殿下は、婚約解消してお別れ!? えっ!? 決定ですか? はっ? 一体どういうこと!?
* ハッピーエンドです。
【完結】昨日までの愛は虚像でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。
君は私のことをよくわかっているね
鈴宮(すずみや)
恋愛
後宮の管理人である桜華は、皇帝・龍晴に叶わぬ恋をしていた。龍晴にあてがう妃を選びながら「自分ではダメなのだろうか?」と思い悩む日々。けれど龍晴は「桜華を愛している」と言いながら、決して彼女を妃にすることはなかった。
「桜華は私のことをよくわかっているね」
龍晴にそう言われるたび、桜華の心はひどく傷ついていく。
(わたくしには龍晴様のことがわからない。龍晴様も、わたくしのことをわかっていない)
妃たちへの嫉妬心にズタズタの自尊心。
思い詰めた彼女はある日、深夜、宮殿を抜け出した先で天龍という美しい男性と出会う。
「ようやく君を迎えに来れた」
天龍は桜華を抱きしめ愛をささやく。なんでも、彼と桜華は前世で夫婦だったというのだ。
戸惑いつつも、龍晴からは決して得られなかった類の愛情に、桜華の心は満たされていく。
そんななか、龍晴の態度がこれまでと変わりはじめ――?
男装の公爵令嬢ドレスを着る
おみなしづき
恋愛
父親は、公爵で騎士団長。
双子の兄も父親の騎士団に所属した。
そんな家族の末っ子として産まれたアデルが、幼い頃から騎士を目指すのは自然な事だった。
男装をして、口調も父や兄達と同じく男勝り。
けれど、そんな彼女でも婚約者がいた。
「アデル……ローマン殿下に婚約を破棄された。どうしてだ?」
「ローマン殿下には心に決めた方がいるからです」
父も兄達も殺気立ったけれど、アデルはローマンに全く未練はなかった。
すると、婚約破棄を待っていたかのようにアデルに婚約を申し込む手紙が届いて……。
※暴力的描写もたまに出ます。
離縁の脅威、恐怖の日々
月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。
※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。
※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる