上 下
56 / 188
11.俺の話を聞いてくれますか?

4.(END)

しおりを挟む
「レグラス様⁉ それに、シュリも……。一体、どうなさったの?」


 ジェニュインはレグラス様を見て瞳を輝かせたかと思うと、次いで私の存在に気づき、表情を曇らせた。


「姫様に婚約を破棄したいと言われました」


 レグラスは私を抱きかかえたまま、そう口にする。こちらの身が竦むほど、凄みの効いた表情。ブルりと身震いしつつ、私はレグラスとジェニュインを交互に見た。


「まぁ……! ご心痛、お察ししますわ」

「え……?」


 思わずそう口にし、私は首を傾げる。
 ジェニュインならば『おめでとう』と、そう言うだろうと思っていた。だって、レグラスにとって私との結婚が重荷でしかないと、そう言ったのは他でもない彼女だもの。


「まさに心痛だな――――姫様から婚約を破棄されたら、俺があなたと結婚するとでも思っていたのですか?」


 レグラスの言葉に、ジェニュインは弾かれたように目を見開く。彼女の顔は真っ赤に染まり、唇は真一文字に引き結ばれていた。


「そんな――――わたくしはただ、王配になれないなら、王女との結婚はお相手の負担になるだけだと――――そう事実を教えてあげたまでですわ」


 心外だとでも言いたげに、ジェニュインは首を傾げる。


「俺がいつ王配になりたいと言った?」

「え?」

「そんなもののために、俺は努力をしてきたわけじゃない」


 そう言ってレグラスは私のことを真っ直ぐに見つめた。普段とは違う、熱っぽい瞳。眉間に皺を寄せ、苦し気にこちらを見つめる彼に、こちらまで胸が締め付けられる。


「俺はただ、姫様の――――シュリズィエ様に相応しい男になりたかっただけだ」


 レグラスの言葉が真っ直ぐ胸に響いた。瞳がじわじわと熱くなって、息苦しい。思わず目を背けようとした私にレグラスは「ちゃんと俺を見てください」と、そう言った。


「ジェニュイン様――――数年前からあなたが陛下と王妃様が子を授かれるよう、助力してきたことは知っています。お二人の希望に沿ったものですし、そのこと自体を責めるつもりはありません。
けれど、俺の気持ちを勝手に決めつけ、姫様の心を傷つけたことは許せない」


 ジェニュインは顔をクシャクシャにし、勢いよく部屋を飛び出す。私は呆気にとられたまま、レグラス様の腕に抱かれていた。


***


「どうして分かったの?」

「ん?」

「婚約破棄の理由――――私が嘘を吐いているって」


 ようやくレグラスの腕から解放された私は、彼と二人、何となしに庭園を歩いていた。レグラスはほんの少しだけ目を細めて私を見つめ、その場にゆっくりと立ち止まる。私も彼に合わせて歩を止めた。


「姫様が国を大事に思っていることは分かっています。けれど、本来のあなたは国益のために自分の幸せを諦める方じゃありません。陛下と王妃様の仲睦まじい様子を側近くで見てきたあなたが、温かい家庭に憧れているのは知っていましたし。初めに王妃様の妊娠の報告をしてくださった時も、そんな様子はおくびにも出していませんでしたから。
だから、あなたがそんなことを言い出したからには、唆した人間が存在するに違いない――――ジェニュイン様が俺に懸想していることは知っていましたし、状況から判断して彼女に間違いないだろうと、そう思ったんです。姫様は純粋ですから、言われたことをそのまま信じたんだろうと」


 そう言ってレグラスは私の手をギュッと握る。途端に心臓がバクバクと鳴り始めた。対するレグラスは実に涼し気な表情で、何だかとても腹立たしい。先程の告白は嘘だったんじゃないか――――ついついそんなことを思ってしまう。


「俺は感情を表に出すのが苦手だから――――コロコロと表情の変わるあなたに惹かれたんです」


 まるで私の頭の中を覗いたかの如く、レグラスはそう口にする。ボンと音を立てて身体中の血液が沸騰する気がした。


「姫様が王位を継ぐために並々ならぬ努力をなさってきたこと、俺は知っています。苦労を見せず、弱音も吐かず、いつも素直で明るくて優しい姫様が、俺はずっと好きでした。あなたが王位を継ぐところを隣で見たいと、ずっとそう思っていました。
けれど、それと同じぐらい、俺は女の子としての幸せを手にしたあなたが見たい。俺の手であなたを幸せにしたいと、そう思ったのです。
国益がどうだとか、俺が誰にも言わせません。その分、俺が頑張ります。だから、あなたはただ、幸せになって良いんです」


 そう言ってレグラスは、私の左手薬指に唇を寄せる。ほんのりと温かい口付け。春が訪れたかのように、心の中が穏やかで幸せな気持ちで満たされた。


「――――レグラス」

「はい」

「これからはもう少し小出しに――――情報過多で、頭が付いて行けてないから」


 彼の表情が移ろうのも、こんな風に言葉を贈られるのも、全部初めての経験だもの。正直言って容量オーバーだ。そう思っていたら、レグラスは小さく声を上げて笑った。


「はい。そう致します」


 目尻に涙を浮かべて笑うレグラスなんて、これまで全然見たことがない。優しくて穏やかで、愛情に溢れていて――――でも、それこそ、私が知っているレグラスだ。気づいたら私は、彼の胸に飛び込んでいた。


「ねぇ……今度は、私の話を聞いてもらえる?」


 レグラスの背に腕を回しながら、私は尋ねる。彼はほんのりと首を傾げ、私のことを真っすぐに見つめている。その表情が堪らなく愛しい。


「レグラスのことが好き!」


 言えば、レグラスは花が綻ぶ様に微笑み、私のことを力強く抱き締めるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王子妃教育1日無料体験実施中!

杜野秋人
恋愛
「このような事件が明るみになった以上は私の婚約者のままにしておくことはできぬ!そなたと私の婚約は破棄されると思え!」 ルテティア国立学園の卒業記念パーティーで、第二王子シャルルから唐突に飛び出したその一言で、シャルルの婚約者である公爵家令嬢ブランディーヌは一気に窮地に立たされることになる。 シャルルによれば、学園で下級生に対する陰湿ないじめが繰り返され、その首謀者がブランディーヌだというのだ。 ブランディーヌは周囲を見渡す。その視線を避けて顔を背ける姿が何人もある。 シャルルの隣にはいじめられているとされる下級生の男爵家令嬢コリンヌの姿が。そのコリンヌが、ブランディーヌと目が合った瞬間、確かに勝ち誇った笑みを浮かべたのが分かった。 ああ、さすがに下位貴族までは盲点でしたわね。 ブランディーヌは敗けを認めるしかない。 だが彼女は、シャルルの次の言葉にさらなる衝撃を受けることになる。 「そして私の婚約は、新たにこのコリンヌと結ぶことになる!」 正式な場でもなく、おそらく父王の承諾さえも得ていないであろう段階で、独断で勝手なことを言い出すシャルル。それも大概だが、本当に男爵家の、下位貴族の娘に王子妃が務まると思っているのか。 これでもブランディーヌは彼の婚約者として10年費やしてきた。その彼の信頼を得られなかったのならば甘んじて婚約破棄も受け入れよう。 だがしかし、シャルルの王子としての立場は守らねばならない。男爵家の娘が立派に務めを果たせるならばいいが、もしも果たせなければ、回り回って婚約者の地位を守れなかったブランディーヌの責任さえも問われかねないのだ。 だから彼女はコリンヌに問うた。 「貴女、王子妃となる覚悟はお有りなのよね? では、一度お試しで受けてみられますか?“王子妃教育”を」 そしてコリンヌは、なぜそう問われたのか、その真意を思い知ることになる⸺! ◆拙作『熊男爵の押しかけ幼妻』と同じ国の同じ時代の物語です。直接の繋がりはありませんが登場人物の一部が被ります。 ◆全15話+番外編が前後編、続編(公爵家侍女編)が全25話+エピローグ、それに設定資料2編とおまけの閑話まで含めて6/2に無事完結! アルファ版は断罪シーンでセリフがひとつ追加されてます。大筋は変わりません。 小説家になろうでも公開しています。あちらは全6話+1話、続編が全13話+エピローグ。なろう版は続編含めて5/16に完結。 ◆小説家になろう4/26日間[異世界恋愛]ランキング1位!同[総合]ランキングも1位!5/22累計100万PV突破! アルファポリスHOTランキングはどうやら41位止まりのようです。(現在圏外)

大嫌いな令嬢

緑谷めい
恋愛
 ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。  同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。  アンヌはうんざりしていた。  アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。  そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。

結婚して5年、初めて口を利きました

宮野 楓
恋愛
―――出会って、結婚して5年。一度も口を聞いたことがない。 ミリエルと旦那様であるロイスの政略結婚が他と違う点を挙げよ、と言えばこれに尽きるだろう。 その二人が5年の月日を経て邂逅するとき

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

最初から間違っていたんですよ

わらびもち
恋愛
二人の門出を祝う晴れの日に、彼は別の女性の手を取った。 花嫁を置き去りにして駆け落ちする花婿。 でも不思議、どうしてそれで幸せになれると思ったの……?

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈 
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...