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7.【SCOOP】王太子殿下には想い人がいるらしい【殿下付き侍女の取材記録】
10.(END)
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八十五日目。
今日は一日お休みだ。
(はぁーーーー、疲れた)
別に休んでいないわけじゃない。だけど、ここ最近、色んなことに心を揺さぶられ過ぎだと思う。肉体的というよりも、精神的に大分疲れている。
(だって、殿下が……)
その瞬間、わたしの頬は真っ赤に染まった。
最近、殿下のことを考えるだけで、心臓がおかしくなる。目の前が真っ白になって、自分に都合よく色んなことを捉えたくなって、すごく困ってしまう。
(ダメだ……ゴロゴロしてたら寧ろ疲れる)
こういう時は外に出るに限る。そう結論付けて、わたしは部屋を飛び出した。が。
「どうしてホーク様がここに?」
「……それは殿下に聞いてくれ」
(どうしてそこで殿下が出てくるのよ!)
街に繰り出したわたしの後には、先程からホーク様がピタリとくっついて回っている。
「…………じゃあ、ホーク様も今日、お休みなんですか?」
「いや、絶賛職務中だ」
さっきの質問ははぐらかしたくせに、今度の質問には淀みなく答える。そんなホーク様に、わたしは唇を尖らせた。
なんで?って、ホーク様の発言を深読みしそうになって、ブンブン首を横に振る。これでは何のために部屋を飛び出したのか分からない。
(せっかく、殿下のことを忘れようと思っていたのに)
ホーク様が視界に入れば、嫌でも彼を思い出してしまう。だって、二人はいつも一緒に居るもの。胸の辺りがモヤモヤと疼いた。
こちらが話し掛けない限り、ホーク様はわたしと関わる気はないらしい。
それでも、カフェに入るにしても、洋服や化粧品を見るにしても、無表情でついて回られるので、気にはなる。だけど、極力視界に収めないよう気を配った。
そんなことをしている内に、日はすっかり暮れ、空が夕闇に染まり始めていた。
(そろそろ帰らないとなぁ)
明日からはまた、仕事が待っている。早起きして、殿下におはようの挨拶をして、それから心を揺さぶられる日々を送ることになる。今のうちに身体を休めておいた方が良い。
そんなことを思っていたら、一台の馬車がわたしのことを追い抜いて、それからゆっくりと停車した。見覚えのある質素な馬車。あっ、と思った時には遅かった。
「マイリー」
馬車から覗く、綺麗な顔、甘い声音。その瞬間、胸がグッと熱くなって、甘く、ぐずぐずに蕩ける。
「迎えに来たよ」
殿下に手を引かれ、わたしは馬車に乗り込んだ。
決して広くはない車内。呼吸や心臓の音まで聞こえてしまいそうだなぁって思いながら、わたしは身体を縮こませる。殿下はその間じっと、わたしのことを見つめていた。
「ねぇ」
殿下がそっと、わたしを呼ぶ。思わずビクッと震えたわたしに、殿下は穏やかに笑いかけた。
「さすがにもう、記事が書けるよね」
心臓がドキドキと鳴り響いている。気恥ずかしさと緊張で、涙が滲みそうな中、わたしはそっと殿下を見つめた。
殿下は相変わらず、わたしを見つめながら笑っている。その瞳の奥に、わたしだけに向けられた感情がある――――そんな気がして、けれど自信が持てなくて、わたしはゴクリと唾を呑む。
「殿下……殿下は……」
だけど、どれだけ否定しても、これまでの取材記録は全部、一つの事実を浮き出しにしていた。
殿下がそっと、わたしの手を握る。温かい。けれどその手は、少しだけ震えていた。
「――――スクープ記事を恋文に利用するなんて、前代未聞だと思います」
しかも、その恋文を『受取人』に代筆させようというのだから、殿下は相当悪趣味だ。
「そうだね。俺も、そう思う」
殿下はそう言って、わたしのことをギュッと抱き締めた。
上手に息が出来ない。殿下にしがみ付くようにしながら、わたしはそっと目を瞑った。
「……もしかして殿下には、わたしの心臓の音が聞こえていたりするんですか?」
「うん。でも、いつも俺の音の方が大きくて速いから、あんまり聞かないようにしてる」
「……なにそれっ」
思わずそんな言葉を漏らすと、殿下は小さく声を上げて笑う。その表情があまりにも優しくて、温かくて。瞳に、心に焼き付ける。
一生、他の誰にも見せてなんかあげない。自分だけの記録にするんだって心に決めて、わたしは殿下を抱き締める。
「好きだよ、マイリー」
それから数日後。
アスター殿下の熱愛スクープが、国中を沸かせることになったのでした。
今日は一日お休みだ。
(はぁーーーー、疲れた)
別に休んでいないわけじゃない。だけど、ここ最近、色んなことに心を揺さぶられ過ぎだと思う。肉体的というよりも、精神的に大分疲れている。
(だって、殿下が……)
その瞬間、わたしの頬は真っ赤に染まった。
最近、殿下のことを考えるだけで、心臓がおかしくなる。目の前が真っ白になって、自分に都合よく色んなことを捉えたくなって、すごく困ってしまう。
(ダメだ……ゴロゴロしてたら寧ろ疲れる)
こういう時は外に出るに限る。そう結論付けて、わたしは部屋を飛び出した。が。
「どうしてホーク様がここに?」
「……それは殿下に聞いてくれ」
(どうしてそこで殿下が出てくるのよ!)
街に繰り出したわたしの後には、先程からホーク様がピタリとくっついて回っている。
「…………じゃあ、ホーク様も今日、お休みなんですか?」
「いや、絶賛職務中だ」
さっきの質問ははぐらかしたくせに、今度の質問には淀みなく答える。そんなホーク様に、わたしは唇を尖らせた。
なんで?って、ホーク様の発言を深読みしそうになって、ブンブン首を横に振る。これでは何のために部屋を飛び出したのか分からない。
(せっかく、殿下のことを忘れようと思っていたのに)
ホーク様が視界に入れば、嫌でも彼を思い出してしまう。だって、二人はいつも一緒に居るもの。胸の辺りがモヤモヤと疼いた。
こちらが話し掛けない限り、ホーク様はわたしと関わる気はないらしい。
それでも、カフェに入るにしても、洋服や化粧品を見るにしても、無表情でついて回られるので、気にはなる。だけど、極力視界に収めないよう気を配った。
そんなことをしている内に、日はすっかり暮れ、空が夕闇に染まり始めていた。
(そろそろ帰らないとなぁ)
明日からはまた、仕事が待っている。早起きして、殿下におはようの挨拶をして、それから心を揺さぶられる日々を送ることになる。今のうちに身体を休めておいた方が良い。
そんなことを思っていたら、一台の馬車がわたしのことを追い抜いて、それからゆっくりと停車した。見覚えのある質素な馬車。あっ、と思った時には遅かった。
「マイリー」
馬車から覗く、綺麗な顔、甘い声音。その瞬間、胸がグッと熱くなって、甘く、ぐずぐずに蕩ける。
「迎えに来たよ」
殿下に手を引かれ、わたしは馬車に乗り込んだ。
決して広くはない車内。呼吸や心臓の音まで聞こえてしまいそうだなぁって思いながら、わたしは身体を縮こませる。殿下はその間じっと、わたしのことを見つめていた。
「ねぇ」
殿下がそっと、わたしを呼ぶ。思わずビクッと震えたわたしに、殿下は穏やかに笑いかけた。
「さすがにもう、記事が書けるよね」
心臓がドキドキと鳴り響いている。気恥ずかしさと緊張で、涙が滲みそうな中、わたしはそっと殿下を見つめた。
殿下は相変わらず、わたしを見つめながら笑っている。その瞳の奥に、わたしだけに向けられた感情がある――――そんな気がして、けれど自信が持てなくて、わたしはゴクリと唾を呑む。
「殿下……殿下は……」
だけど、どれだけ否定しても、これまでの取材記録は全部、一つの事実を浮き出しにしていた。
殿下がそっと、わたしの手を握る。温かい。けれどその手は、少しだけ震えていた。
「――――スクープ記事を恋文に利用するなんて、前代未聞だと思います」
しかも、その恋文を『受取人』に代筆させようというのだから、殿下は相当悪趣味だ。
「そうだね。俺も、そう思う」
殿下はそう言って、わたしのことをギュッと抱き締めた。
上手に息が出来ない。殿下にしがみ付くようにしながら、わたしはそっと目を瞑った。
「……もしかして殿下には、わたしの心臓の音が聞こえていたりするんですか?」
「うん。でも、いつも俺の音の方が大きくて速いから、あんまり聞かないようにしてる」
「……なにそれっ」
思わずそんな言葉を漏らすと、殿下は小さく声を上げて笑う。その表情があまりにも優しくて、温かくて。瞳に、心に焼き付ける。
一生、他の誰にも見せてなんかあげない。自分だけの記録にするんだって心に決めて、わたしは殿下を抱き締める。
「好きだよ、マイリー」
それから数日後。
アスター殿下の熱愛スクープが、国中を沸かせることになったのでした。
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