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第2章
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俺たちDonの間には様々な決まり事がある。その殆んどは暗黙の了解程度で相手次第だったけど、破った時にどうなるかもまた、相手次第だった。
だからこそ自分よりも力の強いDomに逆らう事は得策とは言えず、黙って身を引くのが己を守る一番の手段だと俺は思っている。どんな報復が待ち受けているか分からないからだ。そしてそんな予想はきっと、これから俺の目の前で証明されるのだろう。
暗闇の中でギラリと光る清宮の眼。
ソレを向けられているのは俺ではないのに、全身に悪寒が纏わり付いて肌は冷や汗を滲ませた。
「お前もDomの端くれなら、これがご法度だって事くらい分かってるんだろ?」
清宮は足元に蹲る俺の前に膝をつき、片手でくるりと俺の躰の向きをひっくり返すとそのまま自身の胸に抱き込んだ。そのせいで嫉妬を丸出しにした男と目が合うが、清宮の冷たい指が俺の顎を捉えて上を向かせるから、視線が絡んだのは一瞬のことだった。
苛立っているのか清宮の仕草は随分と雑で、いつも笑顔を浮かべた余裕の塊のような男のものとは思えなくて。突き刺さる男の視線よりも、清宮の行動が俺の意識を持っていった。
「こんなに目立つようにしてるのに、お前の目は節穴なの? ねぇ、どうなの? 俺はお前に喧嘩を売られたと思って良いんだよね」
「っ、そ、そんなんじゃっ」
「だったら何なの? 一体お前は、何がしたいの?」
真後ろにいる清宮から重すぎるプレッシャーが溢れ出した。それを感知したであろう男の額には冷や汗や脂が浮き上がっている。肌の上で留まることができなくなった汗がダラダラと流れ、顎を伝い落ちては地面にシミを作る。
「だって、だって! 納得できるわけないでしょう!? どうしてソイツなんですか!」
男は泣くのを必死で堪えている様な顔で叫んだ。
「誰も貰えなかったのに! 誰がどれだけ願っても、貴方は誰にも証を与えなかったのに! それが俺たちの支えだったのにっ! どうして、どうしてソイツが貰えるんですか!」
男が言い終わると同時に滑るようにして離れた清宮の手と、躰。背中に空気が触れたことにホッとした時にはもう、清宮は俺を追い越して男の前に立っていた。
「……なに勝手なこと言ってるの? 君たちを相手にする時、俺、ちゃんと約束したよねぇ? 君たちとはパートナーになるつもりはない、それでも良いならプレイしてあげるって。それを了承したのは君たちじゃないの? ねぇ、どうなの?」
「………あ……ぁ……」
怒りを露わにした清宮の目を間近で見た男は、遂に言葉が言葉として成り立たなくなった。
「まさかとは思うけど、そんな理由で伊沢くんを勝手にこんな所に連れ出して、暴力ふるったって言うの? この〝俺の〟パートナーだと知ってて?」
この場を支配していた清宮のプレッシャーが、全て男ひとりに向いた。それと同時に男の躰が可哀想なほどガクガクと震えだす。
「よぉぉく、分かった。それがお前たちの出した答えってことだね」
「ち、ちが……」
「良いよ。最後だし相手、してあげる」
─── Kneel
地の底から這いずって出たような声だった。押したわけじゃない。殴ったわけでもない。何もされていないはずなのに、あっという間に男は地面に崩れ落ち清宮の前に降参した。
初めて見る服従の格好だった。正座したまま背中を後ろに倒したような、そんな格好。
「相変わらずソレが好きなんだ? 気持ち悪いね、お前。お望み通り踏んでやるよ」
「ひぃ"い"っ!!」
男の様子は明らかにおかしかった。望んでいた相手からの仕置きのはずなのに、男の目には恐怖しか浮かんでいない。もしも男がいま、清宮によってswitchされているのだとしたら、Subに切り替わっているのだとしたら。男は、きっとこんな目をしたりしない。
「な、なぁ清宮……そいつ、」
もしかして、switchできてないんじゃ……? そう口にしようとして、止めた。清宮の口元が、酷く楽しそうに弧を描いたから。
「伊沢くん、ちょぉっと待っててねぇ? 君へのお仕置きは、後でちゃんとしてあげるから」
「えっ、」
言われた言葉を正しく認識するよりも早く、その場に男の叫び声が響き渡った。清宮の足は、男の股間を力任せに踏み躙っていた。そこに手加減は見られない。
「これが好きなんだろう? なぁ? 沢山やるから勝手に感じてろ」
「ぃあ"あ"ぁぁ"ッ!」
「アッハッハ! そんなに気持ち良いかぁ!?」
「ぁあ"あっ! あひぃ"ぃ"ぃッ!!」
どう考えても快楽なんて拾えていない声だった。目だって殆んど白一色の状態で、口からは唾液と悲鳴が永遠に溢れ出している。
switchをかけられていなければ、Domにとって痛みは単なる痛みでしかない。その上Glare(グレア)を使われているのだとしたら、その痛みや恐怖は何倍にも膨れ上がる。まさに、拷問だった。
「きっ、きよみ……それ」
やっぱswitch、かかってないだろ……。思わず漏らした言葉を清宮は耳聡く拾い上げた。
「かかってないんじゃないよ、かけてないんだ。かけるわけないでしょう? 俺とこいつはプレイをしてる訳じゃない。俺は今このDomに、パートナーに手を出された報復をしているんだから」
漸くこちらを振り向いた清宮の顔は、見たこともないほど歪に、笑んでいた。
だからこそ自分よりも力の強いDomに逆らう事は得策とは言えず、黙って身を引くのが己を守る一番の手段だと俺は思っている。どんな報復が待ち受けているか分からないからだ。そしてそんな予想はきっと、これから俺の目の前で証明されるのだろう。
暗闇の中でギラリと光る清宮の眼。
ソレを向けられているのは俺ではないのに、全身に悪寒が纏わり付いて肌は冷や汗を滲ませた。
「お前もDomの端くれなら、これがご法度だって事くらい分かってるんだろ?」
清宮は足元に蹲る俺の前に膝をつき、片手でくるりと俺の躰の向きをひっくり返すとそのまま自身の胸に抱き込んだ。そのせいで嫉妬を丸出しにした男と目が合うが、清宮の冷たい指が俺の顎を捉えて上を向かせるから、視線が絡んだのは一瞬のことだった。
苛立っているのか清宮の仕草は随分と雑で、いつも笑顔を浮かべた余裕の塊のような男のものとは思えなくて。突き刺さる男の視線よりも、清宮の行動が俺の意識を持っていった。
「こんなに目立つようにしてるのに、お前の目は節穴なの? ねぇ、どうなの? 俺はお前に喧嘩を売られたと思って良いんだよね」
「っ、そ、そんなんじゃっ」
「だったら何なの? 一体お前は、何がしたいの?」
真後ろにいる清宮から重すぎるプレッシャーが溢れ出した。それを感知したであろう男の額には冷や汗や脂が浮き上がっている。肌の上で留まることができなくなった汗がダラダラと流れ、顎を伝い落ちては地面にシミを作る。
「だって、だって! 納得できるわけないでしょう!? どうしてソイツなんですか!」
男は泣くのを必死で堪えている様な顔で叫んだ。
「誰も貰えなかったのに! 誰がどれだけ願っても、貴方は誰にも証を与えなかったのに! それが俺たちの支えだったのにっ! どうして、どうしてソイツが貰えるんですか!」
男が言い終わると同時に滑るようにして離れた清宮の手と、躰。背中に空気が触れたことにホッとした時にはもう、清宮は俺を追い越して男の前に立っていた。
「……なに勝手なこと言ってるの? 君たちを相手にする時、俺、ちゃんと約束したよねぇ? 君たちとはパートナーになるつもりはない、それでも良いならプレイしてあげるって。それを了承したのは君たちじゃないの? ねぇ、どうなの?」
「………あ……ぁ……」
怒りを露わにした清宮の目を間近で見た男は、遂に言葉が言葉として成り立たなくなった。
「まさかとは思うけど、そんな理由で伊沢くんを勝手にこんな所に連れ出して、暴力ふるったって言うの? この〝俺の〟パートナーだと知ってて?」
この場を支配していた清宮のプレッシャーが、全て男ひとりに向いた。それと同時に男の躰が可哀想なほどガクガクと震えだす。
「よぉぉく、分かった。それがお前たちの出した答えってことだね」
「ち、ちが……」
「良いよ。最後だし相手、してあげる」
─── Kneel
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初めて見る服従の格好だった。正座したまま背中を後ろに倒したような、そんな格好。
「相変わらずソレが好きなんだ? 気持ち悪いね、お前。お望み通り踏んでやるよ」
「ひぃ"い"っ!!」
男の様子は明らかにおかしかった。望んでいた相手からの仕置きのはずなのに、男の目には恐怖しか浮かんでいない。もしも男がいま、清宮によってswitchされているのだとしたら、Subに切り替わっているのだとしたら。男は、きっとこんな目をしたりしない。
「な、なぁ清宮……そいつ、」
もしかして、switchできてないんじゃ……? そう口にしようとして、止めた。清宮の口元が、酷く楽しそうに弧を描いたから。
「伊沢くん、ちょぉっと待っててねぇ? 君へのお仕置きは、後でちゃんとしてあげるから」
「えっ、」
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「これが好きなんだろう? なぁ? 沢山やるから勝手に感じてろ」
「ぃあ"あ"ぁぁ"ッ!」
「アッハッハ! そんなに気持ち良いかぁ!?」
「ぁあ"あっ! あひぃ"ぃ"ぃッ!!」
どう考えても快楽なんて拾えていない声だった。目だって殆んど白一色の状態で、口からは唾液と悲鳴が永遠に溢れ出している。
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やっぱswitch、かかってないだろ……。思わず漏らした言葉を清宮は耳聡く拾い上げた。
「かかってないんじゃないよ、かけてないんだ。かけるわけないでしょう? 俺とこいつはプレイをしてる訳じゃない。俺は今このDomに、パートナーに手を出された報復をしているんだから」
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