switch【D/Sユニバース】

楽川楽

文字の大きさ
上 下
2 / 16
第1章

しおりを挟む
 珍しく誘われて参加した、他校との合同コンパで俺はとびきり美形なDomに出会った。
 背が高く、質のいい筋肉であることが服の上からでも分かる程美しい肢体を持ったそのDomは、躰だけでなくその顔面の偏差値も異常に高かった。
 通った鼻筋と、ぱっちりと開いた大きな瞳はまるで宝石みたいに輝いて、その周りには女性が羨む程の長いまつげが並んでいる。
 少し長めの、明るい色に染められた髪には緩やかなウェーブがかかっており、跳ねた毛先が首元に絡みつき、妙に色気がたっていた。
 完璧に磨き上げられた宝石であるその瞳に見つめられれば、例えその男がどこからどう見たって遊び人で軽薄そうであっても、Subだけでなく、同じDomであっても落とされる者が出てくるだろう。
 皆そいつに夢中で、俺の存在など誰も気にしちゃいない。俺が存在することさえ気づいていない奴もいるだろう。思わず漏れそうになる舌打ちを必死で堪え、テーブルの端でちびちびと酒を舐めていると、突然チャラ男Domの周りがワァッと一際盛り上がった。
 
「え、やっぱりあの噂ってマジなの!?」
 
 誰かがチャラ男Domに叫んでいる。
 何がマジなんだよ煩ぇな、と睨むようにそちらへ目を向ければ、同じテーブルに居たほぼ全員が奴に注目していた。どうやら話を聞いてなかったのは俺だけらしい。
 
「うん、まぁ……少しでも素質があればイケると思うよ」
「マジかよ! 俺たちその噂聞いてたからさ、今日やってみて欲しい奴連れてきたんだよ!」
 
 訳もわからぬまま無駄にテンションを上げた男を見ていると、その周りの奴が数人俺を見ているのに気づく。……なんだ?
 
「ぜひ今から実践して見せて欲しいんだけど、どう!?」
「うーん、俺にも一応好みがあるんだけどなぁ。どんな子ぉ?」
「アイツ! 伊沢いざわっていうんだけど」
 
 そうしてテンションの高い男が突如こちらを見たかと思うと、無遠慮すぎる程にビシッと俺をゆび指した。
 は……? なに言ってんだ、こいつ。よくよく見ればそいつは俺を合コンに誘った奴だった。そいつがこっちを指さすから、俺は嫌でもチャラ男と目が合ってしまう。

「見た目はちょっとアレだから、清宮きよみや君には悪いんだけどさ。伊沢、マジでDomの風上にも置けない様なクズでさ。お仕置き的な感じでどう?」
「……ふぅん」

 チャラ男Domこと清宮は、ハイテンション男の話を聞いているんだかいないんだか、適当に相槌をうちながらも俺から目を逸らさない。その視線に、俺の背中に冷たい汗が流れ落ちる。清宮が持つ視線の強さに、覚えがあったから。
 Dom性の者なら誰もがもつ〝力〟と言うものがあって、その代表的な力に〝Glareグレア〟という眼力の様なものがある。
 Glareの強さは人それぞれ違い、その力が強ければ強いほど力を向けられた相手はそのDomに従いたくなるという、魔力の様なものだ。
 同じDom相手にそれを向ける時は怒りを露わにしていることが多く、威嚇として睨みをきかせ相手を退かせる。つまり、Glareが強ければ強いほどDomとしての魅力やレベルは高くなるのだ。
 だがそれを、なぜこの男は今俺に向けるのか……。嫌な予感がした。

「どうかな、やっぱコイツじゃ食指動かない?」
「……ううん、むしろそそられた」

 ハイテンション男に清宮がにやりと笑う。それを見てしまった俺の本能が〝逃げろ〟と叫んだ。だから一瞬で逃げを打ったのだが。

「っ!? やめろ! 離せよ!」
「ムリムリ、アンタこの飲み会のメインなんだからさ」
「逃げられちゃ困るんだよね」

 近くに座っていた奴らが一斉に俺を捕まえる。何とかして逃げようと暴れるが、まさに多勢に無勢であっという間に後ろから羽交い絞めにされた。そうして気づけば目の前に清宮が立っている。

「伊沢くん、俺のこと知ってる?」
「は……?」
「俺〝キヨミヤ〟っていうんだけど。聞いたことないかなぁ、Domの間じゃ結構有名なんだけど」
「………きよ……みや」

 きよみや。きよみやきよみやキヨミヤ……清宮? カチンと何かが嵌った音がした。

「〝switch〟の……清宮……?」
「あ、やっぱ知ってたぁ?」

 目の前の男が笑った途端、ゾッとして全身が寒気に襲われた。

「嫌だ!」

 イヤだイヤだイヤだ、嫌だ!! 殆んど反射で叫んでいた。
 清宮と言えば、確かにDomの間では有名な名前だった。そう、同属堕としのDomとして。
 Domの中には稀に、相手のD/S性を逆転させてしまう力を持つ者がいる。その力のことをD/Sの間では〝Switchスイッチ〟と呼んでいて、自分の大切なSubを守るために敵対したDomに対して発動させたり、ぐずって言うことをきかないSubにお仕置きとして使うのが一般的だ。だが、この清宮という男の使用用途は全く違っていた。
 Switchを使う相手は必ずDomで、堕とした後は自身のペットとして暫く傍に置く。しかしその間、パートナーの証である首輪を与えることはなく。散々遊んで飽きれば即切り捨てると専らの噂だ。それだけならまだマシだが、恐ろしいのはその後だ。
 こいつに堕とされたDomは皆、二度と元のDomに戻れなくなる。命令され、支配される喜びと快感を忘れられなくなるのだという。そのうえ奴らは清宮を恨むどころか、パートナーにしてくれと泣いて縋って、ずっと纏わりついているらしいのだ。

「嫌だ! 俺はお前の犬なんかにならない!」

 俺がそう叫ぶと、清宮の周りが大ブーイングする。
 お前には犬がお似合いだとか、さっさとオモチャにして貰えだとか、投げられる言葉は酷いものばかりだ。
 一応、激しい非難をあびる程度に酷いことをしてきた自覚はある。あるが、だからと言って折角のDom性をSubへ変えてまで償いたいとも思わない。例えそれが、一時のことであったとしても。
 その場の全員に注目される中で子供みたいに嫌だと叫んで暴れていると、清宮が俺の頬にヒヤリとした手を添えた。

「なぁに、そんなにイヤなの?」
「嫌に決まってんだろ!!」
「う~ん、そっか。嫌なのか。でも、そうだなぁ……うん、却下!」
「何でだよ!?」
「……だってぇ、」

 だってさぁ。
 清宮の手が頬を滑り、指を俺の唇に引っかける。ぷるん、と唇が揺れた。

「俺、何か君のこと気に入っちゃったんだよね。……涙が枯れるまで滅茶苦茶に泣かせて、その後たぁ~っくさん可愛がってあげたいなぁ」

 ねぇ、ダメ? とにっこり笑った清宮の瞳から、どろりとした欲が静かに溢れ出した。



 目の前がぐるぐると渦巻いていて気持ちが悪い。気付けば俺は、床に座り込んでいた。
 清宮が発する言葉が頭の中でぐわんぐわん響いて、何を言っているのかイマイチ理解できない。理解できないのに俺の躰は鈍くも勝手に動いて、周囲を大きく沸かせていたようだ。だが、それもいつの間にか静かになっていた。
 甘い香りが充満する場所に連れ込まれ、柔らかい場所へ転がされる。今にも爆発しそうな熱を持て余した俺は、泣きながら何度も同じ言葉を繰り返していた。

『お願い、赦して、お願い、お願い、もう無理、お願い、赦して清宮……』

 ドロドロに溶かされた頭では、その言葉になんの意味があるのかも理解できていないのに。清宮が「あと少しだよ」なんて言うから、我慢を強いられるその先に、ほんの少しゴールが見えた気がして嬉しくなった。熱が更に上がる。
 泣き疲れぐったりとした俺が喉元を晒せば、清宮にそこを噛まれ、舐め上げられて快感に震える。
 自分がいまどうなっているのか、何をされているのか、相変わらず理解できないままだった。ただ分かるのは、清宮の命令に従えば従うほど躰の中が熱くなって苦しくて、でも、それが酷く気持ちが良いってこと。
 長い長い我慢の時を乗り越え漸く熱の開放を許されたその後から、俺の意識は遂にあやふやになった。
 そうして意識を取り戻した俺が、一番初めに見たものは……。
 
 真っ赤な咬み痕の上から漆黒の首輪を着けられ、浴槽の中で優しく清宮に抱きしめられた、己の姿だった───


END
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の推しが幼馴染でアイドルでメンヘラ

ベポ田
BL
あの時引っ越してきたイケメン幼馴染が今はアイドルで俺の推し。ただしクソメンヘラ 橙矢将生(とうや まさき) 大人気アイドルグループの王子様担当。俳優業に力を入れる国民的スターだが、裏ではクソメンヘラの人間不信を拗らせている。睡眠薬が手放せない。 今村颯真(いまむら そうま) 橙矢の幼馴染であり将生くんの厄介過激派オタク。鍵垢で将生くんの動向を追ってはシコシコ感想やレポを呟いている。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

【R18】【BL】嫉妬で狂っていく魔法使いヤンデレの話

ペーパーナイフ
BL
魔法使いのノエルには欲しい物が何もなかった。美しい容姿、金、権力、地位、魔力すべてが生まれ持って与えられていたからだ。 ある日友達に誘われてオーティファクトという美男美女が酒を振る舞う酒場へ足を運ぶ。その店で出会った異世界人の青年ヒビキに恋をした。 彼は不吉なこの黒い髪も、赤い瞳でさえも美しいと言ってくれた。ヒビキと出会って初めて、生きていて楽しいと思えた。俺はもう彼なしでは生きていけない。 素直で明るい彼にノエルはどんどんハマっていく。そしていつの間にか愛情は独占欲に変わっていった。 ヒビキが別の男と付き合うことを知りノエルは禁断の黒魔術を使ってしまうが…。 だんだん狂っていくヤンデレ攻め視点の話です。2万文字程度の短編(全12話ぐらい) 注意⚠ 最後に性描写あり(妊娠リバなし本番) メリバです

大親友に監禁される話

だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。 目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。 R描写はありません。 トイレでないところで小用をするシーンがあります。 ※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

【報告】こちらサイコパスで狂った天使に犯され続けているので休暇申請を提出する!

しろみ
BL
西暦8031年、天使と人間が共存する世界。飛行指導官として働く男がいた。彼の見た目は普通だ。どちらかといえばブサ...いや、なんでもない。彼は不器用ながらも優しい男だ。そんな男は大輪の花が咲くような麗しい天使にえらく気に入られている。今日も今日とて、其の美しい天使に攫われた。なにやらお熱くやってるらしい。私は眉間に手を当てながら報告書を読んで[承認]の印を押した。 ※天使×人間。嫉妬深い天使に病まれたり求愛されたり、イチャイチャする話。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

平凡腐男子なのに美形幼馴染に告白された

うた
BL
平凡受けが地雷な平凡腐男子が美形幼馴染に告白され、地雷と解釈違いに苦悩する話。 ※作中で平凡受けが地雷だと散々書いていますが、作者本人は美形×平凡をこよなく愛しています。ご安心ください。 ※pixivにも投稿しています

処理中です...