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後
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◇
初めて来る出会い系バーの雰囲気は、案外明るくてホッとした。とはいえ新参者は目立つのか、頭の先から爪先まで値踏みするような視線が突き刺さる。
その視線から逃げるようにして、隅っこのボックス席に座った。バーテンによってすぐに用意されたビールのグラス半分を一気飲みする。
緊張はいささかほぐれた気がするが、急に取り込んだアルコールで眩暈がした。やはり馬鹿なことをしているかもしれない。でも、この第一歩を踏み出さないと永遠に機会を逃すかもしれない。
そんなことをグラグラする頭で考えていると、頭上から甘ったるい声をかけられた。
「え……?」
見上げるそこには、明らかにアルファであろう甘いマスクの男が立っていた。声は少し高めだが、その容姿は祥二より幾分か男臭い。
「ごめんね、急に声かけたから驚かせたかな」
「えっ! い、いや!」
「今夜はひとり? よかったらここ、座っていいかな」
あまりの見目の良さに思わず見惚れていると、男にくすりと笑われた。
「あっ、ど、どうぞ! ひとりです!」
てっきり対面に座ると思っていた相手は、まさかの隣に腰を下ろした。驚いてビクッとした俺に男は苦笑するも、更に互いの距離を詰めてくる。美形な男が俺の顔を覗き込んだ。
「初めまして、ボクはトキヤ。君の名前も聞いていいかな?」
「あ、はじめまして! えっと、俺は……」
名前!? 名前……本名? いやいやいや、本名ヤバくね!? え、でもマナー? え?
頭の中でグルグルとしていると男、トキヤが口元を覆いながら声を出して笑った。
「ニックネームでいいんだよ、いきなり本名は危ないからね」
「あ、あざす。……シン……です」
「うん、シンくんね」
可愛い名前、とニッコリしたまま更に近づいて来たトキヤが耳元で囁いた。
───キミ、とてもいい匂いだね
俺の鼻に、微かに甘い香りが届いた。
目を覚ますと見知らぬ天井が目に入った。どうやら自分はベッドの上に寝かされているらしい。
頭がかち割れそうなほど痛んで、起きあがろうにも起き上がれない。そう思った時漸く異変に気付いた。手が、動かない。
「あ……?」
痛みでモヤのかかった意識の中で見てみると自分の腕は上がっていて、頭上で固定されているようだった。
「え、なに……? なんだ、これ!」
やはり手はしっかりと縛られていて動かそうにもどうにもならない。まだ足は縛られていなかったが、どうしてか下半身は下着一枚になっていた。
上半身は肌着として着ていたTシャツのみ。上に着ていたパーカーは脱がされている。
「なになになに、どうなってる!?」
意識がしっかりしてくると、今度はこの異様な状況に頭がパニックになる。ジタバタともがいていると、いつか聞いた声が耳に入ってきた。
「あれ、もう起きちゃった?」
「あ! アンタ!!」
ベッドの上に縛られた俺に姿を見せたのは、出会い系バーで出会ったアルファの男トキヤだった。
「これなんだよ! どういうつもりだ!」
「いやぁ、あんまり君の匂いが好みでさ」
「はぁ!?」
バーでの出来事を思い返してみる。確かこの男が声をかけて来て、前に座ると思えば隣に座ってきて。
そこから「いい匂いだ」と何度も言われながら過度なスキンシップを受けていると恥ずかしくなって、俺は思わず一度トイレに立ったのだ。そうして少し時間をおいて落ち着いてから席に戻ると、そこには新しく作られた綺麗なオレンジ色のカクテルが用意されていた。
「アンタまさか、あのカクテルに!」
「まあ、常套手段だよね」
何を堂々とそんなこと言ってんだ。そう言おうとして、失敗した。トキヤが俺の体に乗り上げてきたからだ。
「なっ、なに、なにすんっ」
「ん~おかしいな、まだヒート起こさない? ボクからもかなり発情フェロモン出てると思うんだけどなぁ。目隠しでもして煽ってみようか?」
「は!?」
トキヤにされるがまま、俺は縛られたまま何かの布で目隠しをされた。
「やめろっ、やめろよ!」
「まあまあ、気持ちよくしてあげるから大人しくしてよ。オメガなんだからわかるでしょ? アルファとのセックス、最高だよ? でも変だね~、服脱がせたら急に君のフェロモン薄くなったね」
そりゃそうだ、俺のはフェロモンじゃなくてフェロモン香水なんだから。しかも肌じゃなくて服にかけてきたから、当然脱げば匂いも薄くなる。
「やめろ!」
抵抗し叫びながら、でも少し考える。本当にやめさせるのか? そもそも俺はこのために香水を買ったんじゃないのか? こうしてオメガとして、アルファに犯されたかったんじゃなかったのか?
ベータである俺ですら、微かにトキヤのフェロモンの熱気を感じた。心臓が早鐘を打つ。
「へぇ、なかなか綺麗な肌してるね」
素肌に冷たい空気が直接触れるのを感じて、Tシャツを捲り上げられたのだと分かった。曝け出されたであろう胸元に、生暖かい何かが滑った。
「ひぁあっ!」
ゾワゾワッ。
感じたのは、紛れもなく嫌悪だった。トキヤの舌が容赦なく胸の粒を舐め上げ、手が太ももをいやらしく滑ったその流れで尻までいって、そのあわいを指で撫で上げた。
まるで、ここに自分を受け入れろと言わんばかりに。
「ヤダぁあーッ!」
あんなにも求めていたシチュエーションなのに。
「やめろっ、やめて! ヤダァ!!」
夢にまでみたことが現実になっているのに。
「ぃやだやめてくれっ、」
あんなにも、あんなにも焦がれて……。
「しょぉじぃぃ、ひっ、たすったすけてぇぇ」
ほんと、新一は馬鹿だよなぁ。そう言って眉を下げて苦笑する祥二が暗闇の中に浮かぶ。もう、耐えられなかった。
ボロボロ、ボロボロと目に涙が湧き上がっては溢れて布に染みる。馬鹿なことをした。本当に馬鹿なことをした。
「ヒッ、ひ……祥二ぃ」
オメガだろうがなんだろうが、犯されて嬉しい人間なんていない。あれはフィクションだから萌えるのであって、現実でやればただのレイプ、犯罪だ。
それでもフェロモンを感じたら何か違うのだと思っていたけど、どうしたって俺はベータでトキヤのフェロモンも感じないし、触れられても快楽よりも嫌悪が上回ってそれどころじゃない。
「うっ、ひっ、」
「……馬鹿なことしたって思ってる?」
「おもっ、思ってるぅ」
「犯されることは怖いことなんだって、ちゃんと分かった?」
痛いほどに痛感した。俺はどうやったってベータで、普通の男で、普通に愛されたいのだと。
「わがっだぁ、うぇっ、もうわがっだがらぁ! もっ、もっ、やめてぇ!」
そう叫んだ俺に、仕方ないなぁ……って。いつもの祥二の苦笑が聞こえた。そう、祥二の。
「え……」
「懲りましたか、お馬鹿さん?」
ぐしょぐしょに濡れた目隠しを外されたその先には、やはり声の持ち主である祥二がいた。
「え、なんっ、なんで」
「もう大丈夫だから落ち着いて」
祥二は優しい笑みを浮かべながら、縛られていた俺の腕を解いてくれた。
「手首、ちょっと痕がついちゃってるね」
来るのが遅くなってごめんね、なんて謝るから。
「うわ、どうしたの新一」
俺は再び込み上げた涙を垂れ流して祥二に抱きついた。
「ごめっ、ごめんなさっ! うぇっ、ごめっなさっ」
「馬鹿だね、新一は」
いつもの台詞を、いつもみたいに困った顔で言って笑う。
「祥二ぃぃ!」
更に強く祥二に抱きついた。途端香る、すっきりと爽快で、しかしどこか微かに甘い匂い。
「あっ、あれ、しょうじ……」
「ん?」
「なんか、良い匂いが」
抱きついていた俺を少しだけ引き剥がすと、サラサラの髪を流して俺の顔を覗き込んだ。
「新一、今日変なものつけたでしょう」
言われて少しだけポカンとするが、すぐに思い当たる。
「あっ!」
そうか俺、オメガのフェロモン香水つけてたんだった!
どこへ行ってしまったか分からないが、先程までここにいたトキヤもこの香水で発情していると言っていた。ということは、同じアルファである祥二に効果が出てもおかしくない。
「ごめん! 祥二ごめん! 俺っ、」
そこまで言って、気付いた時には唇は柔らかいもので塞がれていた。
「ンむっ!? んんっ、あふっ、んう!」
ただ重なっただけのものは、あっと言う間に隙間を割り開き深くまで入ってきた。口の中からぐちゅぐちゅと信じられない音が鳴る。
「ン~!? んっ、ンンッ!」
口に気を取られていたら、先程舐めらた胸の飾りをつねられた。その瞬間、背筋にゾクゾクと何かが走る。でもそれは、トキヤにされたものとは大きく異なった。
あれほど泣き叫ぶほどに嫌悪を感じたはずの場所を、親友である祥二に触れられても嫌悪を感じるどころか快感が突き抜けた。
「ちょ、なんで」
「ごめんね、あてられちゃった。責任、取って欲しいな」
ゴリ、と硬いものを太ももに押し付けられて思わず赤面した。
「え、えっ!? しょっ、んむっ!」
再び重なった唇に、今度は完全に意識を持っていかれた。なんで親友ととか、そもそも祥二が何でここにいるのかとか、大体あのトキヤという男はどこにいったのか、とか。
考えなければいけないことはたくさんあったのに、まるで俺を愛おしく思っているかのように祥二に触れられて、俺は。
鼻腔に届いた爽やかで微かに甘い香り。
これが祥二のアルファフェロモンなのかと、知れた喜びを感じつつ。今までの自分が感じてきた祥二の、ただの人としての香りの方が好みだな、なんて。
体の奥深くを暴かれる快楽の渦に巻き込まれながら、頭の片隅で考えていた。
*
*
*
女性ばかりがいるカフェに男二人はよく目立つ。案の定、色を乗せた視線があちこちから飛んで来るが、お互いにそれを気にすることは全くない。
「なに、その不満そうな顔」
何も言わずにただジトリと見ていると、目の前の男の綺麗な瞳が僅かに細められた。
「不満に決まってんだろッ。殴るだけならまだしも、しっかり骨まで折りやがって!」
ギプスを嵌めた腕をかざして見せつけるが、まるでマネキンを相手にしているかの様な手応えに歯噛みする。叫んだことで、切れた口端の傷がまた開いたしマジで最悪だ。
「仕方ないだろ、お前はやりすぎた」
「でも、少しなら触るのも仕方ないってお前が!」
「誰が胸まで舐めろと言った? 尻まで触れと言った?」
「ぅぐ……」
表面上、表情は変わっていないように見えるし声の抑揚もあまりないが……付き合いが長ければこれが心底キレている状態だと分かってしまう。
なんたって俺たちは、一緒に暮らしたことは無いとはいえ腹違いの兄弟なのだから。
「時也、俺は『脅かす程度』と言ったんだ」
「チッ、分かったよ悪かったよ! あの時はちょっと興にのっちまったんだ。でも腕までへし折ったんだからもう良いだろ!?」
昔から、コイツに逆らうと碌なことがなかった。見た目にそぐわず暴力は平気でふるうし容赦がない。その上裏と表を上手く使い分けてくれるから、敵に回すには恐ろしすぎる相手なのだ。
祥二からは訳の分からない指示が飛んで来るが、その代わり見返りはきちんとくれるから、大抵のことは黙って動いておいた方が吉と出る。が、今回は少しやり方を間違えた。そしたらもう、本当に容赦なく骨を折られた。あの新一とかいう地味な男は、俺にとって大凶中の大凶だ。
だって、持って生まれた美貌と頭脳で誰も彼もを虜にしてきたこの悪魔のような男が、まさかベータの、それもあんなにも冴えない男に執着してるなんて思いもしなかったのだ。
指示された通り、バースの出会い系専用バーに行けば一人でポツンと謎の香水を身に纏って座っている新一を見つけた。
想像以上にベータ臭の強いあの子を誑かし、ホテルに連れ込み、少し脅してビビらせる。そうしてアルファやオメガに持つ興味を失わせる。それが俺に課せられたミッションだった。
でもホテルで新一を縛り上げたところで、なんだか雰囲気も相まって下半身にムクムクと元気が湧いてきた。だからちょっと、ほんのちょっとだけ遊ぼうかな、なーんて思った時にはもう後ろから俺の首に腕が回っていて……意識は直ぐに闇に落とされていた。
意識を落とされた俺は、どうやらそのまま風呂場に押し込められていたようで。目を覚まして部屋を覗き込んだ時にはもう、新一は初めてであっただろう尻に、しっかりと祥二を咥え込んで揺れていた。
『あっ、あ゛っ! ぁあっ! あうっ!』
目隠しは外されていたがその視線はどこにも定まっていない。
ガツガツと容赦なく腰を押し付ける祥二に、必死にしがみついてヨダレを垂らし喘ぐ新一は、もはや白目を向いていてまともな状態じゃなかった。
でも、そこで声をかけようものなら……俺の命が危うくなる。これは比喩でもなんでもなく、マジで。
「これ、お前にあげる」
祥二がゴミのように投げて寄越したのは、ピンク色をしたハート形の香水瓶。
「あ? こんな色あったか?」
「それは新一が持ってたやつ」
「ああ、オメガバージョンか。ってうわ!」
オメガの擬似フェロモン香水に気を取られていると、今度はグリーンのハートが投げて寄越された。
「なに、もうコレも使わねぇの?」
「いつもの匂いの方が好きって言ってくれたからね」
祥二にめちゃくちゃに抱き潰され喘ぎながら、繰り返し口にしていた新一を思い出した。
一体誰が、こんな完璧な男にアルファ以外の性を当てはめるだろうか。俺だって、身内で無ければ何度言われても疑っていたに違いない。
「お前、バレたら新一くんに縁切られるんじゃね」
「俺は今まで一度も、自分をアルファだなんて言ったことはないんだよ」
そう言って笑う顔は、どこからどう見たってアルファでしかないのに。
「さあ、新一はいつ気がつくかな?」
感じ取れたと喜んでいた香りが実は偽物で、影響を与えたと思っていたものも全く意味を成していなくて。
互いの触れ合いが、単なるベータ同士で興奮しあった上でのセックスだったなんて。
───それじゃあただの……
祥二と別れた後、俺はポケットに入っていたハート形を三つ。道端のゴミ箱に投げ入れた。
アルファである自分がアルファフェロモンの香水を使う機会など、この先二度とないだろう。
★☆コレであなたも素敵なアルファ!☆★
第二性擬似フェロモン香水に、ついに待望のアルファ性が登場!!
~香りは選べる3種類~
◇甘さと大人なほろ苦さのカラメルホワイトバニラ
◇爽やかさと微かな甘さ香るシトラスグリーンハニー
◇華やかでゴージャスなバリュアブルクリスタルムスク
2021年11月5日発売☆
END
初めて来る出会い系バーの雰囲気は、案外明るくてホッとした。とはいえ新参者は目立つのか、頭の先から爪先まで値踏みするような視線が突き刺さる。
その視線から逃げるようにして、隅っこのボックス席に座った。バーテンによってすぐに用意されたビールのグラス半分を一気飲みする。
緊張はいささかほぐれた気がするが、急に取り込んだアルコールで眩暈がした。やはり馬鹿なことをしているかもしれない。でも、この第一歩を踏み出さないと永遠に機会を逃すかもしれない。
そんなことをグラグラする頭で考えていると、頭上から甘ったるい声をかけられた。
「え……?」
見上げるそこには、明らかにアルファであろう甘いマスクの男が立っていた。声は少し高めだが、その容姿は祥二より幾分か男臭い。
「ごめんね、急に声かけたから驚かせたかな」
「えっ! い、いや!」
「今夜はひとり? よかったらここ、座っていいかな」
あまりの見目の良さに思わず見惚れていると、男にくすりと笑われた。
「あっ、ど、どうぞ! ひとりです!」
てっきり対面に座ると思っていた相手は、まさかの隣に腰を下ろした。驚いてビクッとした俺に男は苦笑するも、更に互いの距離を詰めてくる。美形な男が俺の顔を覗き込んだ。
「初めまして、ボクはトキヤ。君の名前も聞いていいかな?」
「あ、はじめまして! えっと、俺は……」
名前!? 名前……本名? いやいやいや、本名ヤバくね!? え、でもマナー? え?
頭の中でグルグルとしていると男、トキヤが口元を覆いながら声を出して笑った。
「ニックネームでいいんだよ、いきなり本名は危ないからね」
「あ、あざす。……シン……です」
「うん、シンくんね」
可愛い名前、とニッコリしたまま更に近づいて来たトキヤが耳元で囁いた。
───キミ、とてもいい匂いだね
俺の鼻に、微かに甘い香りが届いた。
目を覚ますと見知らぬ天井が目に入った。どうやら自分はベッドの上に寝かされているらしい。
頭がかち割れそうなほど痛んで、起きあがろうにも起き上がれない。そう思った時漸く異変に気付いた。手が、動かない。
「あ……?」
痛みでモヤのかかった意識の中で見てみると自分の腕は上がっていて、頭上で固定されているようだった。
「え、なに……? なんだ、これ!」
やはり手はしっかりと縛られていて動かそうにもどうにもならない。まだ足は縛られていなかったが、どうしてか下半身は下着一枚になっていた。
上半身は肌着として着ていたTシャツのみ。上に着ていたパーカーは脱がされている。
「なになになに、どうなってる!?」
意識がしっかりしてくると、今度はこの異様な状況に頭がパニックになる。ジタバタともがいていると、いつか聞いた声が耳に入ってきた。
「あれ、もう起きちゃった?」
「あ! アンタ!!」
ベッドの上に縛られた俺に姿を見せたのは、出会い系バーで出会ったアルファの男トキヤだった。
「これなんだよ! どういうつもりだ!」
「いやぁ、あんまり君の匂いが好みでさ」
「はぁ!?」
バーでの出来事を思い返してみる。確かこの男が声をかけて来て、前に座ると思えば隣に座ってきて。
そこから「いい匂いだ」と何度も言われながら過度なスキンシップを受けていると恥ずかしくなって、俺は思わず一度トイレに立ったのだ。そうして少し時間をおいて落ち着いてから席に戻ると、そこには新しく作られた綺麗なオレンジ色のカクテルが用意されていた。
「アンタまさか、あのカクテルに!」
「まあ、常套手段だよね」
何を堂々とそんなこと言ってんだ。そう言おうとして、失敗した。トキヤが俺の体に乗り上げてきたからだ。
「なっ、なに、なにすんっ」
「ん~おかしいな、まだヒート起こさない? ボクからもかなり発情フェロモン出てると思うんだけどなぁ。目隠しでもして煽ってみようか?」
「は!?」
トキヤにされるがまま、俺は縛られたまま何かの布で目隠しをされた。
「やめろっ、やめろよ!」
「まあまあ、気持ちよくしてあげるから大人しくしてよ。オメガなんだからわかるでしょ? アルファとのセックス、最高だよ? でも変だね~、服脱がせたら急に君のフェロモン薄くなったね」
そりゃそうだ、俺のはフェロモンじゃなくてフェロモン香水なんだから。しかも肌じゃなくて服にかけてきたから、当然脱げば匂いも薄くなる。
「やめろ!」
抵抗し叫びながら、でも少し考える。本当にやめさせるのか? そもそも俺はこのために香水を買ったんじゃないのか? こうしてオメガとして、アルファに犯されたかったんじゃなかったのか?
ベータである俺ですら、微かにトキヤのフェロモンの熱気を感じた。心臓が早鐘を打つ。
「へぇ、なかなか綺麗な肌してるね」
素肌に冷たい空気が直接触れるのを感じて、Tシャツを捲り上げられたのだと分かった。曝け出されたであろう胸元に、生暖かい何かが滑った。
「ひぁあっ!」
ゾワゾワッ。
感じたのは、紛れもなく嫌悪だった。トキヤの舌が容赦なく胸の粒を舐め上げ、手が太ももをいやらしく滑ったその流れで尻までいって、そのあわいを指で撫で上げた。
まるで、ここに自分を受け入れろと言わんばかりに。
「ヤダぁあーッ!」
あんなにも求めていたシチュエーションなのに。
「やめろっ、やめて! ヤダァ!!」
夢にまでみたことが現実になっているのに。
「ぃやだやめてくれっ、」
あんなにも、あんなにも焦がれて……。
「しょぉじぃぃ、ひっ、たすったすけてぇぇ」
ほんと、新一は馬鹿だよなぁ。そう言って眉を下げて苦笑する祥二が暗闇の中に浮かぶ。もう、耐えられなかった。
ボロボロ、ボロボロと目に涙が湧き上がっては溢れて布に染みる。馬鹿なことをした。本当に馬鹿なことをした。
「ヒッ、ひ……祥二ぃ」
オメガだろうがなんだろうが、犯されて嬉しい人間なんていない。あれはフィクションだから萌えるのであって、現実でやればただのレイプ、犯罪だ。
それでもフェロモンを感じたら何か違うのだと思っていたけど、どうしたって俺はベータでトキヤのフェロモンも感じないし、触れられても快楽よりも嫌悪が上回ってそれどころじゃない。
「うっ、ひっ、」
「……馬鹿なことしたって思ってる?」
「おもっ、思ってるぅ」
「犯されることは怖いことなんだって、ちゃんと分かった?」
痛いほどに痛感した。俺はどうやったってベータで、普通の男で、普通に愛されたいのだと。
「わがっだぁ、うぇっ、もうわがっだがらぁ! もっ、もっ、やめてぇ!」
そう叫んだ俺に、仕方ないなぁ……って。いつもの祥二の苦笑が聞こえた。そう、祥二の。
「え……」
「懲りましたか、お馬鹿さん?」
ぐしょぐしょに濡れた目隠しを外されたその先には、やはり声の持ち主である祥二がいた。
「え、なんっ、なんで」
「もう大丈夫だから落ち着いて」
祥二は優しい笑みを浮かべながら、縛られていた俺の腕を解いてくれた。
「手首、ちょっと痕がついちゃってるね」
来るのが遅くなってごめんね、なんて謝るから。
「うわ、どうしたの新一」
俺は再び込み上げた涙を垂れ流して祥二に抱きついた。
「ごめっ、ごめんなさっ! うぇっ、ごめっなさっ」
「馬鹿だね、新一は」
いつもの台詞を、いつもみたいに困った顔で言って笑う。
「祥二ぃぃ!」
更に強く祥二に抱きついた。途端香る、すっきりと爽快で、しかしどこか微かに甘い匂い。
「あっ、あれ、しょうじ……」
「ん?」
「なんか、良い匂いが」
抱きついていた俺を少しだけ引き剥がすと、サラサラの髪を流して俺の顔を覗き込んだ。
「新一、今日変なものつけたでしょう」
言われて少しだけポカンとするが、すぐに思い当たる。
「あっ!」
そうか俺、オメガのフェロモン香水つけてたんだった!
どこへ行ってしまったか分からないが、先程までここにいたトキヤもこの香水で発情していると言っていた。ということは、同じアルファである祥二に効果が出てもおかしくない。
「ごめん! 祥二ごめん! 俺っ、」
そこまで言って、気付いた時には唇は柔らかいもので塞がれていた。
「ンむっ!? んんっ、あふっ、んう!」
ただ重なっただけのものは、あっと言う間に隙間を割り開き深くまで入ってきた。口の中からぐちゅぐちゅと信じられない音が鳴る。
「ン~!? んっ、ンンッ!」
口に気を取られていたら、先程舐めらた胸の飾りをつねられた。その瞬間、背筋にゾクゾクと何かが走る。でもそれは、トキヤにされたものとは大きく異なった。
あれほど泣き叫ぶほどに嫌悪を感じたはずの場所を、親友である祥二に触れられても嫌悪を感じるどころか快感が突き抜けた。
「ちょ、なんで」
「ごめんね、あてられちゃった。責任、取って欲しいな」
ゴリ、と硬いものを太ももに押し付けられて思わず赤面した。
「え、えっ!? しょっ、んむっ!」
再び重なった唇に、今度は完全に意識を持っていかれた。なんで親友ととか、そもそも祥二が何でここにいるのかとか、大体あのトキヤという男はどこにいったのか、とか。
考えなければいけないことはたくさんあったのに、まるで俺を愛おしく思っているかのように祥二に触れられて、俺は。
鼻腔に届いた爽やかで微かに甘い香り。
これが祥二のアルファフェロモンなのかと、知れた喜びを感じつつ。今までの自分が感じてきた祥二の、ただの人としての香りの方が好みだな、なんて。
体の奥深くを暴かれる快楽の渦に巻き込まれながら、頭の片隅で考えていた。
*
*
*
女性ばかりがいるカフェに男二人はよく目立つ。案の定、色を乗せた視線があちこちから飛んで来るが、お互いにそれを気にすることは全くない。
「なに、その不満そうな顔」
何も言わずにただジトリと見ていると、目の前の男の綺麗な瞳が僅かに細められた。
「不満に決まってんだろッ。殴るだけならまだしも、しっかり骨まで折りやがって!」
ギプスを嵌めた腕をかざして見せつけるが、まるでマネキンを相手にしているかの様な手応えに歯噛みする。叫んだことで、切れた口端の傷がまた開いたしマジで最悪だ。
「仕方ないだろ、お前はやりすぎた」
「でも、少しなら触るのも仕方ないってお前が!」
「誰が胸まで舐めろと言った? 尻まで触れと言った?」
「ぅぐ……」
表面上、表情は変わっていないように見えるし声の抑揚もあまりないが……付き合いが長ければこれが心底キレている状態だと分かってしまう。
なんたって俺たちは、一緒に暮らしたことは無いとはいえ腹違いの兄弟なのだから。
「時也、俺は『脅かす程度』と言ったんだ」
「チッ、分かったよ悪かったよ! あの時はちょっと興にのっちまったんだ。でも腕までへし折ったんだからもう良いだろ!?」
昔から、コイツに逆らうと碌なことがなかった。見た目にそぐわず暴力は平気でふるうし容赦がない。その上裏と表を上手く使い分けてくれるから、敵に回すには恐ろしすぎる相手なのだ。
祥二からは訳の分からない指示が飛んで来るが、その代わり見返りはきちんとくれるから、大抵のことは黙って動いておいた方が吉と出る。が、今回は少しやり方を間違えた。そしたらもう、本当に容赦なく骨を折られた。あの新一とかいう地味な男は、俺にとって大凶中の大凶だ。
だって、持って生まれた美貌と頭脳で誰も彼もを虜にしてきたこの悪魔のような男が、まさかベータの、それもあんなにも冴えない男に執着してるなんて思いもしなかったのだ。
指示された通り、バースの出会い系専用バーに行けば一人でポツンと謎の香水を身に纏って座っている新一を見つけた。
想像以上にベータ臭の強いあの子を誑かし、ホテルに連れ込み、少し脅してビビらせる。そうしてアルファやオメガに持つ興味を失わせる。それが俺に課せられたミッションだった。
でもホテルで新一を縛り上げたところで、なんだか雰囲気も相まって下半身にムクムクと元気が湧いてきた。だからちょっと、ほんのちょっとだけ遊ぼうかな、なーんて思った時にはもう後ろから俺の首に腕が回っていて……意識は直ぐに闇に落とされていた。
意識を落とされた俺は、どうやらそのまま風呂場に押し込められていたようで。目を覚まして部屋を覗き込んだ時にはもう、新一は初めてであっただろう尻に、しっかりと祥二を咥え込んで揺れていた。
『あっ、あ゛っ! ぁあっ! あうっ!』
目隠しは外されていたがその視線はどこにも定まっていない。
ガツガツと容赦なく腰を押し付ける祥二に、必死にしがみついてヨダレを垂らし喘ぐ新一は、もはや白目を向いていてまともな状態じゃなかった。
でも、そこで声をかけようものなら……俺の命が危うくなる。これは比喩でもなんでもなく、マジで。
「これ、お前にあげる」
祥二がゴミのように投げて寄越したのは、ピンク色をしたハート形の香水瓶。
「あ? こんな色あったか?」
「それは新一が持ってたやつ」
「ああ、オメガバージョンか。ってうわ!」
オメガの擬似フェロモン香水に気を取られていると、今度はグリーンのハートが投げて寄越された。
「なに、もうコレも使わねぇの?」
「いつもの匂いの方が好きって言ってくれたからね」
祥二にめちゃくちゃに抱き潰され喘ぎながら、繰り返し口にしていた新一を思い出した。
一体誰が、こんな完璧な男にアルファ以外の性を当てはめるだろうか。俺だって、身内で無ければ何度言われても疑っていたに違いない。
「お前、バレたら新一くんに縁切られるんじゃね」
「俺は今まで一度も、自分をアルファだなんて言ったことはないんだよ」
そう言って笑う顔は、どこからどう見たってアルファでしかないのに。
「さあ、新一はいつ気がつくかな?」
感じ取れたと喜んでいた香りが実は偽物で、影響を与えたと思っていたものも全く意味を成していなくて。
互いの触れ合いが、単なるベータ同士で興奮しあった上でのセックスだったなんて。
───それじゃあただの……
祥二と別れた後、俺はポケットに入っていたハート形を三つ。道端のゴミ箱に投げ入れた。
アルファである自分がアルファフェロモンの香水を使う機会など、この先二度とないだろう。
★☆コレであなたも素敵なアルファ!☆★
第二性擬似フェロモン香水に、ついに待望のアルファ性が登場!!
~香りは選べる3種類~
◇甘さと大人なほろ苦さのカラメルホワイトバニラ
◇爽やかさと微かな甘さ香るシトラスグリーンハニー
◇華やかでゴージャスなバリュアブルクリスタルムスク
2021年11月5日発売☆
END
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イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
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巣作りΩと優しいα
伊達きよ
BL
αとΩの結婚が国によって推奨されている時代。Ωの進は自分の夢を叶えるために、流行りの「愛なしお見合い結婚」をする事にした。相手は、穏やかで優しい杵崎というαの男。好きになるつもりなんてなかったのに、気が付けば杵崎に惹かれていた進。しかし「愛なし結婚」ゆえにその気持ちを伝えられない。
そんなある日、Ωの本能行為である「巣作り」を杵崎に見られてしまい……
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丁寧な暮らし
COCOmi
BL
「理想的な生活」を夢見る平凡受けが、全てを与えてくれる美形のお兄さんに狂わされていくお話。オチは皆様にお任せ、な感じで終わってます。
ていねいなくらしは自分でこだわって作っていくものですよ、美郷くん。
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捨てた筈の恋が追ってきて逃がしてくれない
Q.➽
BL
18歳の愛緒(まなお)は、ある男に出会った瞬間から身も心も奪われるような恋をした。
だがそれはリスクしかない刹那的なもの。
恋の最中に目が覚めてそれに気づいた時、愛緒は最愛の人の前から姿を消した。
それから、7年。
捨てたつもりで、とうに忘れたと思っていたその恋が、再び目の前に現れる。
※不倫表現が苦手な方はご注意ください。
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