30 / 30
8章
別れ
しおりを挟む
「よう」
「……滝沢、なんでここに」
星川さんの誕生日から数日。
俺たちは、今までとあまり変わりない生活を送っていた。
しいてあげるとするなら、星川さんが店の合鍵をそのまま持っていていいと言ってくれたこと、そして今まで仕事終わりの食事だけだったデートに、セックスが追加されたことぐらいだ。
(あの時、想いは伝えたはずだけど、星川さんから一回も好きだとは言われてないんだよな……。でも、セックスは許してくれてるし……)
今まで本気で誰かと付き合ったことがないからこそ、相手のスペースにどこまで踏み込んでいいか分からない。
もしも、星川さんが身体だけの関係を望んでいるのだとしたら。そう思うと、それ以上聞くのが怖いと思ってしまう。
だがそうやって葛藤しながらも、星川さんへの気持ちは膨れ上がる一方で。
(どうにかしないとな)
そんなことを思いながら、今日も店に向かおうとしていた仕事終わりの俺を呼び止めたのは、あの日以来一度も顔を見なかった滝沢だった。
「ここにあいつの作った香水があるって聞いてな、それで見に来たんだ」
「それでわざわざ水族館まで?その執着心、いっそ感心しますよ」
水族館のマークの入ったビニール袋をちらりと見ながら、俺は滝沢を睨みつけた。
「……最後、だからな」
「最後?」
滝沢はなにか憑き物が落ちたような、すっきりとした顔でこちらを見た。それは今まで見てきた滝沢らしくない、落ち着いた表情だった。
「明日、フランスに帰ることになった」
「えっ」
「元々無理なスケジュールで日本に来ててよぉ。でも、そろそろ帰らないといけなくてな。これでも一応、師匠んには悠貴の次に見込みがあるって言われてんだぜ?」
「へぇ、見る目がないんですね」
「ぬかせ」
瀧澤はそう言うと、自嘲気味に笑いながらこちらを見る。
「……今まで、俺は一度だって悠貴に何か言い返されたことはなかったんだ」
「フランスに行った時のあいつは調香の腕はあったが、人との距離の詰め方も分からず俺の後ろで話を聞くだけだった。最初は同じ日本人だからと思っていた、だけど段々と俺だけに心を開いてくれる様子に惹かれていたんだ」
「だけど、俺と付き合うようになってから、あいつは段々と周りとうまくやれるようになった。今まで見下していた周りの奴らも、悠貴を気に入るようになって……俺はそれが気に入らなかった」
柳瀬はくしゃりと髪を撫でると、吐き捨てるように言い放った。
「あいつがいつか俺を置いてどこかに行ってしまうんじゃないかって……自分を必要としなくなるんじゃないかと、そう思うといてもたってもいられなかったんだ」
「……だから、殴ったんですか?」
「ああ……。怯えた顔で俺を見上げるあいつの顔に、安心していたんだ。痛みで縛り付ければ悠貴はどこにも行かないと、馬鹿みたいにそう思ってな」
「でも結局、あいつは俺の元を去っていった。あいつが俺を必要としていたんじゃない、俺があいつを必要としていたことにその時ようやく気付いたんだ」
「……それを俺に話してどうするつもりだ?だから許せとでもいいたいのか?」
(あの人は優しいからこいつを許すだろう。でも……)
「俺はあんたを許せない。あの人に忘れられない傷を残したことも、心に暗い闇を落としたことも全部な」
「ああ、それでいい……許さなくていい。でも、それでもお前にしか頼めないんだ」
そう言うと、滝沢は俺に頭を下げた。
「悪かった、と……一言だけ、あいつに伝えてくれ……」
「滝沢……」
「あいつに会ったら、また怖がらせるかもしれないからな」
滝沢はそう言うと、くるりと背を向けた。
「あっおい!」
「さっきの事頼んだぜ。それと……あいつの事頼んだ」
「……言われなくても、そのつもりだ」
「ハハッ、だろうな」
チラリと見えた横顔には、どこか安心したような、そして少しの寂しさが見えたような気がした。
「頼んだ、か……」
去っていく滝沢の背中を見ながら、俺はある決意をした。
「……滝沢、なんでここに」
星川さんの誕生日から数日。
俺たちは、今までとあまり変わりない生活を送っていた。
しいてあげるとするなら、星川さんが店の合鍵をそのまま持っていていいと言ってくれたこと、そして今まで仕事終わりの食事だけだったデートに、セックスが追加されたことぐらいだ。
(あの時、想いは伝えたはずだけど、星川さんから一回も好きだとは言われてないんだよな……。でも、セックスは許してくれてるし……)
今まで本気で誰かと付き合ったことがないからこそ、相手のスペースにどこまで踏み込んでいいか分からない。
もしも、星川さんが身体だけの関係を望んでいるのだとしたら。そう思うと、それ以上聞くのが怖いと思ってしまう。
だがそうやって葛藤しながらも、星川さんへの気持ちは膨れ上がる一方で。
(どうにかしないとな)
そんなことを思いながら、今日も店に向かおうとしていた仕事終わりの俺を呼び止めたのは、あの日以来一度も顔を見なかった滝沢だった。
「ここにあいつの作った香水があるって聞いてな、それで見に来たんだ」
「それでわざわざ水族館まで?その執着心、いっそ感心しますよ」
水族館のマークの入ったビニール袋をちらりと見ながら、俺は滝沢を睨みつけた。
「……最後、だからな」
「最後?」
滝沢はなにか憑き物が落ちたような、すっきりとした顔でこちらを見た。それは今まで見てきた滝沢らしくない、落ち着いた表情だった。
「明日、フランスに帰ることになった」
「えっ」
「元々無理なスケジュールで日本に来ててよぉ。でも、そろそろ帰らないといけなくてな。これでも一応、師匠んには悠貴の次に見込みがあるって言われてんだぜ?」
「へぇ、見る目がないんですね」
「ぬかせ」
瀧澤はそう言うと、自嘲気味に笑いながらこちらを見る。
「……今まで、俺は一度だって悠貴に何か言い返されたことはなかったんだ」
「フランスに行った時のあいつは調香の腕はあったが、人との距離の詰め方も分からず俺の後ろで話を聞くだけだった。最初は同じ日本人だからと思っていた、だけど段々と俺だけに心を開いてくれる様子に惹かれていたんだ」
「だけど、俺と付き合うようになってから、あいつは段々と周りとうまくやれるようになった。今まで見下していた周りの奴らも、悠貴を気に入るようになって……俺はそれが気に入らなかった」
柳瀬はくしゃりと髪を撫でると、吐き捨てるように言い放った。
「あいつがいつか俺を置いてどこかに行ってしまうんじゃないかって……自分を必要としなくなるんじゃないかと、そう思うといてもたってもいられなかったんだ」
「……だから、殴ったんですか?」
「ああ……。怯えた顔で俺を見上げるあいつの顔に、安心していたんだ。痛みで縛り付ければ悠貴はどこにも行かないと、馬鹿みたいにそう思ってな」
「でも結局、あいつは俺の元を去っていった。あいつが俺を必要としていたんじゃない、俺があいつを必要としていたことにその時ようやく気付いたんだ」
「……それを俺に話してどうするつもりだ?だから許せとでもいいたいのか?」
(あの人は優しいからこいつを許すだろう。でも……)
「俺はあんたを許せない。あの人に忘れられない傷を残したことも、心に暗い闇を落としたことも全部な」
「ああ、それでいい……許さなくていい。でも、それでもお前にしか頼めないんだ」
そう言うと、滝沢は俺に頭を下げた。
「悪かった、と……一言だけ、あいつに伝えてくれ……」
「滝沢……」
「あいつに会ったら、また怖がらせるかもしれないからな」
滝沢はそう言うと、くるりと背を向けた。
「あっおい!」
「さっきの事頼んだぜ。それと……あいつの事頼んだ」
「……言われなくても、そのつもりだ」
「ハハッ、だろうな」
チラリと見えた横顔には、どこか安心したような、そして少しの寂しさが見えたような気がした。
「頼んだ、か……」
去っていく滝沢の背中を見ながら、俺はある決意をした。
0
お気に入りに追加
55
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
冴えないリーマンがイケメン社長に狙われて腹と尻がヤバイ
鳳梨
BL
30歳になっても浮いた話も無くただただ日々を過ごしていたサラリーマンの俺。だがある日、同い年の自社のイケメン社長の“相談役”に抜擢される。
「ただ一緒にお話してくれるだけでいいんです。今度ご飯でもどうですか?」
これは楽な仕事だと思っていたら——ホテルに連れ込まれ腹を壊しているのにXXXすることに!?
※R18行為あり。直接描写がある話には【♡】を付けています。(マーク無しでも自慰まではある場合があります)
※スカトロ(大小)あり。予兆や我慢描写がある話には【☆】、直接描写がある話には【★】を付けています。
※擬音、♡喘ぎ、汚喘ぎ等あります。苦手な方はご注意下さい。
無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話
タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。
「優成、お前明樹のこと好きだろ」
高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。
メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?
潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話
ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。
悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。
本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209
年上が敷かれるタイプの短編集
あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。
予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です!
全話独立したお話です!
【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】
------------------
新しい短編集を出しました。
詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
読みました!柳瀬が好きでした!
だからこそ柳瀬の過去をもう少し知れたら嬉しいのですが、もう番外編等の更新の予定はありませんか?