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6章

約束2

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「浅見さん、ちょっと相談があるんですけど」
ガタンッ

星川さんの誕生日の朝。俺が出勤してきた浅見さんにそう声をかけると、ロッカーを開けようとした浅見さんの方から鈍い音が聞こえた。
「頭大丈夫ですか?」
「それ、別の意味に聞こえるからやめて……それよりも、今なんて言った?」
「だから、相談があるんですって」
赤くなった額を押さえながら、信じられないという顔でこちらを見た浅見さんに、俺はもう一度尋ねた。
「信じられない……今まで俺の事を邪見にし続けてきた柳瀬君が、俺に相談⁉」
「嫌ならいいです」
「あああっごめんって!ちゃんと聞く、ちゃんと聞くから!」
若干イラっとしながら背を向けると、浅見さんが服の袖をあらんばかりに引っ張りながら俺を引き留めた。
「ゴホンッ。そ、それで俺に相談って?」
「絶対に内緒にしてくれます?」
「え、まさか……ついに誰かを妊娠させ……
「おい」
あっ違うんだね!黙ります、はいっ!」
じとりと睨むと、真っ青な顔で浅見さんは両手で口を押える。
「そんなんじゃないですよ……その、浅見さんって恋人います?」
「へ?あ、ああ……まあ、いるけど」
「誕生日とかって何しました?」
「そうだな~。俺は無難に食事に行ったり、前から欲しがっていたものを渡したりしてるかな。あ、去年は夜は景色のいい所にドライブとか行ったよ」
「食事にプレゼント、それにドライブ……」
「そんなこと聞いてくるなんて、さては彼女でも出来たの?って、柳瀬君に限ってそんなわけ……」
「まだ、ですけど」
浅見さんの言葉に顔が赤くなるのを感じる。それを見て浅見さんが目を見開きながらわなわなと震えだした。
「まさかの片思い⁉あの愛想がなくて同僚にも一線引かれて、俺しか友達がいないあの柳瀬君が⁉」
「シバキますよ」
「ごめんて……」
「俺、今まで好きな人の誕生日とか祝ったことなくて。でもいざ考えると色々してあげたいと思って、当日まで決まらななかったんです。だから、仕方なく浅見さんに相談しようかと」
「仕方なく、って言うのが引っかかるけどまあいいか。ちなみにどんな子とはどこまで進んだの?」
「どこまで……」
浅見さんの言葉にこれまでの事を思い出す。
「一回酒の勢いでヤって、最近では食事行ったり部屋に入れてもらえるようになりました」
「うわぁ……最低」
「俺だって反省してますよ、少しは」
でも、あの時の事があったからこそ、この気持ちが恋だと自覚できたのだ。悪いことばかりではないはず。
「だから、誕生日ぐらいはちゃんとお祝いしたいんです。でも、いくら考えてもいい案が浮かばなくて……」
「なるほどねぇ……あっ!」
思いついたように手を打つと、浅見さんは俺に顔を近づけながらにんまりと笑った。
「部屋には入れてもらえるんでしょ?なら、下手に高いレストランとか行くよりも、部屋で一緒に料理したりケーキとか食べたらいいんじゃない?まだ付き合ってないなら、相手もその方が気が楽だろうしね」
「なるほど……」
(確かに星川さんは出かけるよりも、家でのんびりする方が好きだって言ってたな)
自炊が苦手だと言う星川さんは、基本出来合いの物か、行きつけのレストランで食べることが多いらしい。以前、俺がキッチンで簡単な料理を作った時も興味深げに見ていた。
(あの時の星川さん、猫みたいで可愛かったな……)
「もしもし、柳瀬君?俺をおいてどこかに行かないで」
「ああ、すみません。もう大丈夫です、ありがとうございました」
「俺は全然大丈夫じゃないんだけど……。まあいいや、その子と上手くいくといいね」
「はい」

「あ~あ。あんなにやさしく笑うなんて、よっぽど本気みたいだね」
「柳瀬君って興味ないことはとことん興味ないみたいだから、実は女性従業員たちから密かに人気があるの知らないんだろうなぁ」
「それにしても柳瀬君の好きな人か」
「もしかして……いや、まさかな」

《今終わりました。今から行きます》
《お疲れ様。気を付けて来いよ》
「あいつが来るまで待ってような、マサムネ」
「ナー」
時刻は21時を少し過ぎたところ。
柳瀬はいつも仕事が終わると、その足でここに来る。水族館から1時間ほどかかるこの店は、シェアハウスからも遠いはずなのに、柳瀬はいつも嫌な顔一つせず、毎日店に来ては面倒な顔一つせず俺と一緒に帰ってくれる。
「誕生日か……」
去年は翔真と一緒に過ごした。あいつは俺の誕生日を忘れていたため、特になにかしたわけでなかったが、それでもその日だけは暴力を振るわれることはなかった。
「振り返ってみれば、あれが優しさだと思っていたのは末期だな……」
だからこそ、柳瀬が誕生日を祝いたいと言ってくれた時は嬉しかった。
日に日に少しずつ与えられる好意に揺れないほど、俺は愚鈍ではないつもりだ。
(いつの間にかあいつの事、特別だと思っていたんだな)
この想いが好きかどうかはまだ分からない。好意を寄せられているから気になっているだけなのか、それともただ守ってもらえるという安心感からくるものなのか。
今日こそはいつもの憎まれ口を封印して少し素直になってみよう。そしてあいつと向かい合ってみよう。そう、俺は決意した。
「俺、頑張ってみるよ」
「ナァ~」
カウンターで寝転ぶ小さな頭を撫でながらそう言うと、マサムネは答えるように一声鳴いた。

そして俺は待った。
遠くの方から慌ただしく走る靴音が、店の前で止まる。
扉が勢いよく開き、額に汗を流しながらこちらを見つめる柳瀬と目が合う。
「遅くなってすみません!」
そう言ってばつが悪そうに謝る柳瀬に俺は言う。
「遅いぞ、馬鹿」
両手にたくさんの荷物を抱えた柳瀬は俺に近づくと、俺を抱きしめる。
「お誕生日おめでとうございます」
(そうだ、そうして俺たちは……)

だが。
時計の針が12時を指しても、柳瀬は来なかった。
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