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4章

洋輔の過去

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《今日どうですか?》
《悪い、翔真が来てて……》

「またか……」
元カレだという滝沢が来てから、星川さんとはめっきり会えなくなっていた。いつも誘われてばかりだからと週末に誘ってみるものの、返事は全てNO。
(元カレとヨリを戻したのか?)
「……あんなに嫌がってたのに」
所詮は一夜の相手より、理解のある元カレなのだろうか。確かに自分は、酔った勢いで星川さんを抱いてしまっただけの相手。はたから見ればそれだけの関係なのだ。
(でも……)
(なんだろう、このモヤモヤするような気持ちは……)
滝沢が星川さんの部屋に入る。
俺が座ったソファに座り、同じように一緒に映画を見て。
そして映画のクライマックスが近づくと2人はゆっくりと近づきあい、そして――

(何考えてんだ、俺は……)
「どうしたんや、そんな怖い顔して」
「洋輔……別に、何でもない」
「なんでもなかったら、女の子たちが怖がって近づいて来んわけないやろ」
ざわつく心を見透かしたように笑いながら、洋輔はカウンターの端に座る俺の隣に座った。
「そんなに怖い顔だったか?」
「せやな、俺でも一瞬声かけようか迷ったくらいや。なんや、悩み事か?」
「……分かんね」
いつの間にか眉間にしわが寄っていたのを指の腹でぐりぐりと直しながら、ぽつりとつぶやく。

(怒ってるのか?俺が?)
今まで遊んだ相手たちの連絡はすべて煩わしいだけだった。
一夜だけだと伝えても、それ以上の関係を進めてこようとする態度が気に食わなかった。それに対して相手がどう思おうが、俺には関係ないことだと思っていた。過剰な期待は全て断ち切ってきたつもりだったのだ。
だから星川さんに初めて会った時も、イラつきはあったもののそれ以上はなにも感じていなかった。
相手は同性で同じシェアハウスの住人。そして偶然にも、一緒に仕事をするようになった人というだけだった。
最初の頃のつっけんどんな態度から、最近は少し心を許してくれるようになったからとはいえ、それ以上もそれ以下の関係も望んでいなかったのだ。

だけどあの夜、すべてが変わった。
始めてこの人を知りたいと思った。
あの夜重ねた唇の感触も、触るたびに揺れる細すぎる腰も。
一度中に入れば離さないように締め付ける心地よさ、快感に潤む檸檬のような瞳、そして快感に歪む顔も。
全て、俺だけが知っていると思っていた。

だけど、それは大きな勘違いだったのだ。
《俺、ゲイなんだわ。それも生粋のネコね》
《自分の恋人に会いに来るのに理由が必要か?》

頭を殴られたような衝撃だった。
二人が付き合っていたということは、そういうこともしていたという事で。
それを考えると、腹の奥がドロドロと熱くなり、叫びだしたくなるような感覚に襲われる。
「洋輔」
「ん?どないした」
「もし、お前の目の前に付き合ってる女の元カレが現れて「ヨリを戻してくれ」って言ったらどうする」
「は?付き合ってる女?元カレ?」
「いいから、答えてくれ」
俺の言葉に一瞬呆気にとられた洋輔だったが、すぐにニヤリと笑った。
「ボコボコに殴って再起不能にする」
「……冗談だろ?」
(執着しないタイプのこいつが?)
信じられない思いで洋輔を見るが、顔を見る限り本気らしい。
「それって俺がマジで惚れた女にってことやろ?なら、あらゆる手段を使っても絶対に奪われたりせぇへんようにするな」
「お前、サイコパスだったのか」
「ちゃうちゃう!それぐらい本気だってことや!」
「ハァ……お前に真面目な答えを期待した俺が馬鹿だった」
「まあでも、そんな機会ないと思うけどな~あの時の事、まだ覚えとるやろ?」
「ああ、あれか……」
俺は洋輔の言葉に頷くと、初めて洋輔と会った日の事を思い出した。

大学時代、洋輔には奈々という彼女がいた。
学部でも1・2を争うほど美人で、あまり人と関わってなかった俺でも知っているほどだった。
そんな奈々に一目惚れした洋輔は、毎日猛アタックを繰り返し、ようやく付き合うことが出来たのだ。
洋輔は天に昇るほど喜ぶと、大学内で人目も憚らず愛を囁き、奈々の願うことは何でも叶えてあげた。
「洋ちゃん、今日お財布忘れちゃった」
「ええで!俺が奢ったる」
「この洋服可愛くない?」
「奈々ちゃんめっちゃ似合うやん!おっしゃ、俺が買ったる」
「きゃ~洋ちゃん大好き!」

洋輔の実家は製菓会社を営んでおり地元では有名な資産家の家だった。
そのため、奈々のおねだりは可愛いものだとなんでも買い与えた。盲目的になっていたのだ。

だが、奈々は段々とそれだけでは満足できなくなり、無茶な願いを洋輔に要求しだした。
「洋ちゃん、私ヴィトンのバッグが欲しい」
「ここの高級フルコースが食べてみたい」
「フランス旅行に行きたい」
彼女の欲望は膨れ上がり、願いが叶えられないと分かると、洋輔に当たり散らすようになっていた。
「洋ちゃん、何でお願いを叶えてくれないの⁉」
「そんなこと言ったって、この間新しいバッグ買ったばっかりやないか!それ以上バッグはいらんやろ」
「洋ちゃんは奈々の事が好きなんでしょ!ならこれぐらいいじゃない!」
「奈々……」
「あっ私、夜は友達と飲みに行ってくるから。洋ちゃんは来なくていいよ」
「っ!そんなこと言って、お前この間知らん男と飲んでたやないか!」
「うるさいな!洋ちゃんは奈々のいう事に従っておけばいいの!」
奈々の我儘はエスカレートし、洋輔の心は次第に離れていった。
「奈々、俺お前の事は好きや。でも、最近のお前の我儘には耐えきれない。別れてくれ」
「洋ちゃん……」
「すまん」
洋輔は奈々の暴挙に耐えながらも、最後まで彼氏として誠実に向かい合っていた。
だが。

「な~んだ。もう終わりかぁ」
「えっ」
「有名な製菓会社の息子だって言うから付き合ってあげたのに、こんなにケチだとは思わなかったな~」
「奈々、なに言って……」
「奈々って呼ばないで。もうあんたとは何でもないんだから」
「どういう、事や」
「まだ分からないの?私はあんたが好きだったわけじゃない。あんたがお金持ちの息子だから付き合ってあげただけなの。なのにあんたはそれに気づかず、馬鹿みたいに私に貢ぎまくったってわけ」
「そんな……俺を好きやって言ってたのは嘘やったんか⁉」
「うん、嘘だよ。当たり前じゃん、全部お金のためだもん」
「……」
「あ~あ、このままいけば優雅な玉の輿生活を送れると思ったのになぁ。また新しいの探さないといけないなんて面倒。あっそうだ、あんたの知り合いにいい人いない?顔は気にしないわ、金さえあればいい」
「お前がそんな人間やったなんて思いもよらなかった……」
「でも幸せだったでしょ?楽しかったでしょ?あんたが満足するたびに報酬をもらうのは理にかなってるじゃない。大体、あんたみたいにひょろいだけの塩顔男よりもがっしりした男の方がタイプなのよね~」
「ぐっ……」

「お前、最低だな」
「はぁ⁉って、あんたたしか同じゼミの……」
「柳瀬?」
その時、たまたま通りかかった俺は、奈々の言い分につい口を挟んでしまったのだ。
「外見は綺麗な方なんだろうけど、内面が醜すぎ。見てて耐えれないレベル」
「はぁ⁉いきなり出てきて何様のつもり?あ、さては私の事が好きとか?確かにあんたみたいな男は嫌いじゃないけど、お金持ってなさそうだしな~ってことで諦めてくれる?」
「誰がお前みたいな性格ブス相手にするかよ。こっちから願い下げだ」
「なんですって⁉」
「こいつは真っすぐにお前を好きだって言ってたじゃないか。実家がどうとか金がどうとか言う前に、こいつの気持ちに応えようって、一度でも悪いって思わなかったのかよ」
「それは……」
「お前みたいに人の気持ちを考えられない人間は、たとえ玉の輿になれたとしても心は惨めなままだろうな。そんな奴にこいつはもったいねぇよ」
「柳瀬……」
「ほら行こうぜ」

「その、ありがとうな。」
「別に。あんな女に引っかかってお前も災難だったな」
「俺も途中からは気きついとったんやけどな。やけど……失うのが怖かったんよ」
「……そうか」
「なあ、なんで助けてくれたん?お前さんとは一緒のゼミとはいえ、今まで話したこともなかったはずやろ?」
「それは……俺も似たような事があったからな」
「えっ」
「昔の話だ、気にするな」
「分かったわ……ななっ、今から暇か?お礼に奢ったるわ!」
「いや、別に暇じゃ……っておい!」

「あれ以来、俺は絶対に女と付き合うのが怖くなってしもうた。まあ、今は楽しい遊び人生活を送っとるけどな!」
「洋輔……」
「気にすんなって!もう傷はすっかり癒えとるしな。それにあの時お前に優~しく慰めてもらったからな」
「そう言えばお前にこのクラブに連れてこられたのはあの時だったな」
「せやったな~」
「おかげで俺も立派な遊び人だ」
「へへっ、ええやないか~。これからも一緒に遊び人街道を目指すんや!ってことで、俺は遊んでくるからな。お前もあんまり悩みすぎるなよ」
洋輔はニコリと笑うと、フロアの中心に向かって行った。

「再起不能にする、か……」
(あの人はそんなことはしないだろうな)
人付き合いが苦手な星川さん直接言えなかったのだろう。だからこそ、滝沢にメモに残して去ってしまったのだ。

「……帰るか」
これ以上いても答えも出なければ遊ぶ気分になる訳でもない。
俺はとっくに空になっていたグラスを置くと、席を立ち出口へと向かった。
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