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1章
再会2
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こうして最悪の再会を果たした俺だったが、その後1週間たっても星川さんをシェアハウスで見かけることはなかった。
八代さんが言っていた通り、普段は店で寝泊まりしてるのだろう。
おかげで俺は、あの人の馬鹿にしたような顔を思い出すことなく快適に過ごしていた。
(普段会わないなら別に気にすることないよな。それにあっちも俺に会いたくないみたいだしちょうどよかった)
どうせあの店にも二度と行くことはないのだから、気にしても仕方がない。
それよりも今日は月に一度の定例会議の日だ。今回の定例会議では、夏の新商品や新しい展示物などについて話し合いが行われるらしい。
飼育員の俺には関係がないことだと思っていたが、この水族館では職員全員参加で案を出し合うのだそうだ。
(なんでも今の館長が着任した時からそうなったらしいけど、そういう会議とか苦手なんだよな……)
どうせ企画部が主力となって話が進むのだろう。俺は後ろの隅で黙っておけばいい。
そう算段を立てながら、俺は水族館の職員出口の守衛さんたちにぺこりと頭を下げ、ドアをくぐった。
バッ
「おはよう、柳瀬君」
「……おはようございます。誰か待ってるんですか?」
「うん、でももう待つ必要はないんだけどね」
扉の前では、浅見さんがニコリと笑いながら俺を待ち構えていた。
「まさかずっとここで俺を待ってたなんて言いませんよね?」
「さすが柳瀬君。僕の事分かってるね!」
「ハァ……で、何の用です?今から会議ですけど、浅見さんも後ろの席に座ろうって考えですか?」
「“も”ってことは柳瀬君そのつもりだったんだね。でも残念、俺は柳瀬君と一緒に座ろうと思ってここで待ってただけだよ」
「付き合いたての学生カップルじゃないんで」
「柳瀬君♡」
「きしょいです」
腰をくねらせながらこちらを覗き込んでくる浅見さんを躱しながら、俺たちは会議室まで連れ立って歩き出した。
会議室に行くとすでに職員の半数以上が集まっており、ざわざわと会議の始まりを待っていた。
「空いてる席はっと……あらら、前しか残ってないね」
「げっ、まじっすか」
確かに、よく見ると前にあるプロジェクターの前はまるで円を描く様に綺麗に席が空いている。後ろの方はほとんど埋まっており、どうやら前の席に座るしかなさそうだ。
「……仕方ないっすね、前の席に座りますか」
「そうだね」
浅見さんと俺は前の開いている席に座った。机の上には「今夏のコラボ商品および担当エリア一覧」と書かれた資料と「シロクマ展示スペースの拡張および新エリア構図」の資料が置かれていた。
「今季のコラボ商品?」
「ああ、柳瀬君が入った時はまだ話が出てなかったんだっけ」
「実は、館長がまだ修行中の身の時から目を付けていた人らしいんだけど、その時に「将来的にうちとコラボしてほしい」って打診していたらしい。んで、その時はそれで話は終わったんだけど、今年の春にその人がついに修行先から帰ってきたらしくてね。館長の読み通り業界ではずいぶんと有名になったらしくて、今回はその人とコラボしようって話になったんだよ」
「へぇ、そんな有名な人が……」
「今日はその人も入れて会議をするらしい。もしかしたら柳瀬君も知っている人だったりして」
「俺、有名人とかあんまり興味ないんすよね」
「確かに、柳瀬君あんまりテレビとか見なさそう」
《これより、今夏についての月例会議を始めます》
「おっ、そうこう言ってたら始まるみたいだな」
ザワザワと騒がしかった会議室が静寂に包まれる。
《まず最初に島原館長よりお言葉をいただきます》
司会役の職員がそう言うと、壇上横に座っていた役員の一人が立ち上がった。
歳は50代前後だろうか、ロマンスグレーの髪を後ろに流すようにセットし、グレーの質のいいスーツに身を包んだ男性は、にこにこと温和そうな笑みを浮かべながら、ゆったりとした足取りで壇上に立つと俺たちを見回して話し始めた。
「皆さん、おはようございます。館長の島原です」
「今日は今夏の新商品とシロクマエリアの新しい展示について考える大切な会議です。私は日ごろからここで働く皆さんにぜひ知恵を借り、動物たちや来場者の人たちに喜んでもらえるようにしていきたいと考えています」
ニコリ
「特に今夏の目玉商品には私個人としてもとても期待を寄せています。これは私がスカウトした方との共同制作になります。職員の皆さんには業務以外にもその方とうまく連携を取り、この青海シーパラダイスらしい素晴らしい商品を作っていただきたいと思っています」
「各エリアから代表者1名を選出し、その方と3か月間でそのエリアらしい商品を作ってもらいます。商品のパッケージデザインから、商品のプレゼンまで二人三脚でやってもらいますから、そのつもりでいてください」
ザワザワ
(そんな大変なことまでさせるのか……)
(絶対にやりたくないわね)
(でも、やれば特別手当がつくって噂だぜ?)
島原館長の言葉に騒めく職員たち。皆、やりたくない気持ちでいっぱいなようだ。
(共同制作か……つまり3か月業務と並行しながら商品についても考えなきゃいけないってことか)
(確かに、今でも激務なのに自ら志願する奴なんていないだろうな)
「静かに。それでは皆さんと一緒に商品作ってくれる方を紹介いたします」
島原館長はそう言うと壇上横をちらりと見た。
館長に目配せされた男は立ち上がると、ゆっくりとした足取りで島原館長の隣に立った。
(あ、あいつは!?)
「初めまして。ただいまご紹介にあずかりました、星川と申します。この度は島原館長にお声がけいただき、皆様と商品を作ることになりました」
そこには、一週間前に出会った星川さんがそこに立っていた。
今日は店の店主としてきているためか、家で見た時のようなラフな格好ではなく、店で着ていたベストとスラックス姿だ。
バチッ
その時、俺たちを見回していた星川さんと目が合った。すました顔に少しだけ驚きを含ませた星川さんは、パクパクと口を動かした。
「な・ん・で・こ・こ・に!」
「星川君?」
「い、いえ!なんでもありません……」
ゴホン
「私はフランスで香水の調香技術を学びました。香水はその日の気分によって変えたりすることで特別な気分になれる、いわば一つの魔法のようなものだと私は考えています。そんな香水の華やかな一面と、この青海シーパラダイスの動物たちに会った時の嬉しさや楽しさといった一面をうまくコラボレーションすることが出来ればよいと思っています」
「今回各エリアから一人ずつお手伝いをしていただくことになりますが、どうかご助力いただけますと幸いです。どうぞ、よろしくお願いいたします」
こういうと星川さんはニコリと笑った。
ザワッ
(ちょっと、今の見た!?)
(すごいカッコいいな……)
(ブロンドヘアってやつでしょ?まるで王子様って感じ)
(どこがだよ……嘘くせえ笑顔だな)
「ありがとう、星川君。今夏は私にとっても皆さんにとっても新しい試みになると思う。どうかみんなで力を合わせて頑張ろうじゃないか」
「星川君もよろしく頼むよ」
「ええ、もちろんです」
星川さんはそう言うと俺たちにぺこりと頭を下げて、壇上を下りた。
《それでは続きまして、シロクマの新エリアの……》
ヒソッ
「とんでもないイケメンだったね。この様子だと「激務だけどあの人と知り合いになれるなら」って女子たちは担当者の取り合いになるかもね……って、柳瀬君?」
「い、いえ。何でもないです」
怪訝そうに俺を見つめる浅見さんに首を振りながら、俺は会議に集中しているフリをした。
俺は見てしまった。
降壇する直前。誰にも気づかれずにじろりとこちらを振り返った星川さんの口が動いているのを。そして、
「夜、店に来い」
(これは何か言われるな)
ハァ
「……めんどくせぇ」
俺は会議資料を見ながら、そう口にしたのだった。
卒業祝いにと両親からもらった時計の針は、もうすぐ午後9時を指そうとしていた。今日の仕事を無事に終え、いつもなら足取り軽く家に帰るところだが、今日はまだ用事が残っていた。
「また来ることになるとは思ってなかったな」
(しかも呼び出しとは……)
辺りの店を見ても明かりがついた店は少なく、人通りはまばらな状態。もうすぐ完全に眠りにつきそうな通りを見回しながら、俺は星川さんの店の前に立った。
「リュクス」の看板は明かりを落としており、ここも営業を終了しているようだ。
「中は見えねえないけど、本当にいるのか?」
そもそもあれは本当に俺に言っていたのだろうか?そんな疑問を持ちながら店の扉を開けるかどうか迷っていると、ふいに目の前の扉が開いた。
カランカラン
「……来たか。あんまり遅いからもしかして伝わってないのかと思っていたが、流石にそれはなかったみたいで安心したよ」
「無視したら家で待ち構えられそうだったので」
「チッ」
(そのつもりだったんだな)
悔しそうに舌打ちをする星川さんの後に続いて俺は店に入った。
前に来た時とは違い、明かりの消えた店内はわずかな光を反射して光る香水瓶たちがまるで星のように微かに光っていた。
「綺麗だな」
「俺の店の香水は瓶もオリジナルで作ってもらってる。嗅覚だけでなく視覚も楽しんでこそ、特別感が出るからな」
「なるほど……。それで、俺を呼んだのは何でですか?」
星川さんは店の片隅に置かれていた小さな椅子に足を組んで腰かけると、向かいに座った俺をじとりとした目で見つめながら言った。
「聞きたいことがあってな。まず一つ、何であそこにいた?俺のストーカーか?」
「違いますよ!俺があそこで働いてるからに決まってるじゃないですか」
「お前が?あんな鼻の曲がりそうな香水を付けながらか?動物に嫌われそうだが」
「仕事中はしてません。あれは遊び用です」
「遊び?ああ、そう言えばお前あの家に帰ってきたとき、酒と女の甘ったるい香水の香りがしてたな」
「分かるんですか?」
「俺は調香師だぞ?嗅覚で仕事してるようなもんだ。だから、他の奴よりも鼻が優れてて当然だろ」
「なるほど……」
(ってことはあの時俺がナニしてきたこともお見通しってわけか)
(絶対に隠し事が出来ないタイプだな)
「んじゃあ2つ目。お前、今度の企画の担当になる予定は?」
「ないっすね。俺今年入ったばっかりですし」
「まあ、確かにお前が担当者になるわけないか。新人だし、あんな大衆店の店で香水買ってるやつが務まるはずない」
「あれは俺のお気に入りなんですが」
「お前の?それにしては似合わなすぎだろ。お前にはこの間やった香水の方が似合ってる」
「そ、そうですか?」
「ああ、なにせ俺が調合した香水に惹かれて店までやってきたんだ。似合うに決まってる」
「そんなもんですかね……」
(確かに惹かれはしたけど、よくもまあ自信満々に言えるな)
俺は誇らしげに言う星川さんを見ながら苦笑いした。
「お前、絶対に担当になるなよ。お前と担当になりでもしたら、意見が合わな過ぎて商品開発なんて出来そうにないだろうし。そうなれば館長に申し訳がたたなくなりそうだ」
「星川さんみて女子たち騒いでましたし、俺になることはないと思います」
「ならいい。話は終わりだ、帰れよ」
「は、はあ……」
(帰れって……呼び出したのはそっちのくせに)
はなしは終わりだとばかりにシッシッと手を振りながら追い返す星川さんに、少しの怒りを抱きながら俺は席を立った
「今日も帰らないんですか?」
「まあな。あの家、八代の使ってる整髪剤の匂いがキツくて嫌なんだよ。店を出すのに家の届けが必要だったからあのシェアハウスを借りてるけど、基本はそこの階段から登ったところにある2階で生活してる」
「なるほど……」
「あの家でまた会った事も稀だと思ったが、まさか仕事でも関わることになるとはな」
「あ、水族館で俺を見ても話しかけるなよ、遊び人がうつったら大変だからな」
「ッ、心配しなくても俺も忙しいんで」
「ならよかった」
「失礼します!」
バタンッ!
(くそっ!クラブに遊びに行くだけで遊び人呼ばわりされるのかよ)
「あの香水買ってから、あの人に嫌味言われるわ、仕事先でも会うわでツイてない気がすんな」
「まあ、でもこれ以上会う事もないよ……な?」
だがこの時、きっとこれで終わりというわけにはいかないのだろうという、妙に確信めいた気持ちが俺の中にあった。
(フラグが立った気がしたのは気のせいだと思いたい)
すっかり明かりの消えた街を抜け、家へと歩きながら俺はそう思った。
八代さんが言っていた通り、普段は店で寝泊まりしてるのだろう。
おかげで俺は、あの人の馬鹿にしたような顔を思い出すことなく快適に過ごしていた。
(普段会わないなら別に気にすることないよな。それにあっちも俺に会いたくないみたいだしちょうどよかった)
どうせあの店にも二度と行くことはないのだから、気にしても仕方がない。
それよりも今日は月に一度の定例会議の日だ。今回の定例会議では、夏の新商品や新しい展示物などについて話し合いが行われるらしい。
飼育員の俺には関係がないことだと思っていたが、この水族館では職員全員参加で案を出し合うのだそうだ。
(なんでも今の館長が着任した時からそうなったらしいけど、そういう会議とか苦手なんだよな……)
どうせ企画部が主力となって話が進むのだろう。俺は後ろの隅で黙っておけばいい。
そう算段を立てながら、俺は水族館の職員出口の守衛さんたちにぺこりと頭を下げ、ドアをくぐった。
バッ
「おはよう、柳瀬君」
「……おはようございます。誰か待ってるんですか?」
「うん、でももう待つ必要はないんだけどね」
扉の前では、浅見さんがニコリと笑いながら俺を待ち構えていた。
「まさかずっとここで俺を待ってたなんて言いませんよね?」
「さすが柳瀬君。僕の事分かってるね!」
「ハァ……で、何の用です?今から会議ですけど、浅見さんも後ろの席に座ろうって考えですか?」
「“も”ってことは柳瀬君そのつもりだったんだね。でも残念、俺は柳瀬君と一緒に座ろうと思ってここで待ってただけだよ」
「付き合いたての学生カップルじゃないんで」
「柳瀬君♡」
「きしょいです」
腰をくねらせながらこちらを覗き込んでくる浅見さんを躱しながら、俺たちは会議室まで連れ立って歩き出した。
会議室に行くとすでに職員の半数以上が集まっており、ざわざわと会議の始まりを待っていた。
「空いてる席はっと……あらら、前しか残ってないね」
「げっ、まじっすか」
確かに、よく見ると前にあるプロジェクターの前はまるで円を描く様に綺麗に席が空いている。後ろの方はほとんど埋まっており、どうやら前の席に座るしかなさそうだ。
「……仕方ないっすね、前の席に座りますか」
「そうだね」
浅見さんと俺は前の開いている席に座った。机の上には「今夏のコラボ商品および担当エリア一覧」と書かれた資料と「シロクマ展示スペースの拡張および新エリア構図」の資料が置かれていた。
「今季のコラボ商品?」
「ああ、柳瀬君が入った時はまだ話が出てなかったんだっけ」
「実は、館長がまだ修行中の身の時から目を付けていた人らしいんだけど、その時に「将来的にうちとコラボしてほしい」って打診していたらしい。んで、その時はそれで話は終わったんだけど、今年の春にその人がついに修行先から帰ってきたらしくてね。館長の読み通り業界ではずいぶんと有名になったらしくて、今回はその人とコラボしようって話になったんだよ」
「へぇ、そんな有名な人が……」
「今日はその人も入れて会議をするらしい。もしかしたら柳瀬君も知っている人だったりして」
「俺、有名人とかあんまり興味ないんすよね」
「確かに、柳瀬君あんまりテレビとか見なさそう」
《これより、今夏についての月例会議を始めます》
「おっ、そうこう言ってたら始まるみたいだな」
ザワザワと騒がしかった会議室が静寂に包まれる。
《まず最初に島原館長よりお言葉をいただきます》
司会役の職員がそう言うと、壇上横に座っていた役員の一人が立ち上がった。
歳は50代前後だろうか、ロマンスグレーの髪を後ろに流すようにセットし、グレーの質のいいスーツに身を包んだ男性は、にこにこと温和そうな笑みを浮かべながら、ゆったりとした足取りで壇上に立つと俺たちを見回して話し始めた。
「皆さん、おはようございます。館長の島原です」
「今日は今夏の新商品とシロクマエリアの新しい展示について考える大切な会議です。私は日ごろからここで働く皆さんにぜひ知恵を借り、動物たちや来場者の人たちに喜んでもらえるようにしていきたいと考えています」
ニコリ
「特に今夏の目玉商品には私個人としてもとても期待を寄せています。これは私がスカウトした方との共同制作になります。職員の皆さんには業務以外にもその方とうまく連携を取り、この青海シーパラダイスらしい素晴らしい商品を作っていただきたいと思っています」
「各エリアから代表者1名を選出し、その方と3か月間でそのエリアらしい商品を作ってもらいます。商品のパッケージデザインから、商品のプレゼンまで二人三脚でやってもらいますから、そのつもりでいてください」
ザワザワ
(そんな大変なことまでさせるのか……)
(絶対にやりたくないわね)
(でも、やれば特別手当がつくって噂だぜ?)
島原館長の言葉に騒めく職員たち。皆、やりたくない気持ちでいっぱいなようだ。
(共同制作か……つまり3か月業務と並行しながら商品についても考えなきゃいけないってことか)
(確かに、今でも激務なのに自ら志願する奴なんていないだろうな)
「静かに。それでは皆さんと一緒に商品作ってくれる方を紹介いたします」
島原館長はそう言うと壇上横をちらりと見た。
館長に目配せされた男は立ち上がると、ゆっくりとした足取りで島原館長の隣に立った。
(あ、あいつは!?)
「初めまして。ただいまご紹介にあずかりました、星川と申します。この度は島原館長にお声がけいただき、皆様と商品を作ることになりました」
そこには、一週間前に出会った星川さんがそこに立っていた。
今日は店の店主としてきているためか、家で見た時のようなラフな格好ではなく、店で着ていたベストとスラックス姿だ。
バチッ
その時、俺たちを見回していた星川さんと目が合った。すました顔に少しだけ驚きを含ませた星川さんは、パクパクと口を動かした。
「な・ん・で・こ・こ・に!」
「星川君?」
「い、いえ!なんでもありません……」
ゴホン
「私はフランスで香水の調香技術を学びました。香水はその日の気分によって変えたりすることで特別な気分になれる、いわば一つの魔法のようなものだと私は考えています。そんな香水の華やかな一面と、この青海シーパラダイスの動物たちに会った時の嬉しさや楽しさといった一面をうまくコラボレーションすることが出来ればよいと思っています」
「今回各エリアから一人ずつお手伝いをしていただくことになりますが、どうかご助力いただけますと幸いです。どうぞ、よろしくお願いいたします」
こういうと星川さんはニコリと笑った。
ザワッ
(ちょっと、今の見た!?)
(すごいカッコいいな……)
(ブロンドヘアってやつでしょ?まるで王子様って感じ)
(どこがだよ……嘘くせえ笑顔だな)
「ありがとう、星川君。今夏は私にとっても皆さんにとっても新しい試みになると思う。どうかみんなで力を合わせて頑張ろうじゃないか」
「星川君もよろしく頼むよ」
「ええ、もちろんです」
星川さんはそう言うと俺たちにぺこりと頭を下げて、壇上を下りた。
《それでは続きまして、シロクマの新エリアの……》
ヒソッ
「とんでもないイケメンだったね。この様子だと「激務だけどあの人と知り合いになれるなら」って女子たちは担当者の取り合いになるかもね……って、柳瀬君?」
「い、いえ。何でもないです」
怪訝そうに俺を見つめる浅見さんに首を振りながら、俺は会議に集中しているフリをした。
俺は見てしまった。
降壇する直前。誰にも気づかれずにじろりとこちらを振り返った星川さんの口が動いているのを。そして、
「夜、店に来い」
(これは何か言われるな)
ハァ
「……めんどくせぇ」
俺は会議資料を見ながら、そう口にしたのだった。
卒業祝いにと両親からもらった時計の針は、もうすぐ午後9時を指そうとしていた。今日の仕事を無事に終え、いつもなら足取り軽く家に帰るところだが、今日はまだ用事が残っていた。
「また来ることになるとは思ってなかったな」
(しかも呼び出しとは……)
辺りの店を見ても明かりがついた店は少なく、人通りはまばらな状態。もうすぐ完全に眠りにつきそうな通りを見回しながら、俺は星川さんの店の前に立った。
「リュクス」の看板は明かりを落としており、ここも営業を終了しているようだ。
「中は見えねえないけど、本当にいるのか?」
そもそもあれは本当に俺に言っていたのだろうか?そんな疑問を持ちながら店の扉を開けるかどうか迷っていると、ふいに目の前の扉が開いた。
カランカラン
「……来たか。あんまり遅いからもしかして伝わってないのかと思っていたが、流石にそれはなかったみたいで安心したよ」
「無視したら家で待ち構えられそうだったので」
「チッ」
(そのつもりだったんだな)
悔しそうに舌打ちをする星川さんの後に続いて俺は店に入った。
前に来た時とは違い、明かりの消えた店内はわずかな光を反射して光る香水瓶たちがまるで星のように微かに光っていた。
「綺麗だな」
「俺の店の香水は瓶もオリジナルで作ってもらってる。嗅覚だけでなく視覚も楽しんでこそ、特別感が出るからな」
「なるほど……。それで、俺を呼んだのは何でですか?」
星川さんは店の片隅に置かれていた小さな椅子に足を組んで腰かけると、向かいに座った俺をじとりとした目で見つめながら言った。
「聞きたいことがあってな。まず一つ、何であそこにいた?俺のストーカーか?」
「違いますよ!俺があそこで働いてるからに決まってるじゃないですか」
「お前が?あんな鼻の曲がりそうな香水を付けながらか?動物に嫌われそうだが」
「仕事中はしてません。あれは遊び用です」
「遊び?ああ、そう言えばお前あの家に帰ってきたとき、酒と女の甘ったるい香水の香りがしてたな」
「分かるんですか?」
「俺は調香師だぞ?嗅覚で仕事してるようなもんだ。だから、他の奴よりも鼻が優れてて当然だろ」
「なるほど……」
(ってことはあの時俺がナニしてきたこともお見通しってわけか)
(絶対に隠し事が出来ないタイプだな)
「んじゃあ2つ目。お前、今度の企画の担当になる予定は?」
「ないっすね。俺今年入ったばっかりですし」
「まあ、確かにお前が担当者になるわけないか。新人だし、あんな大衆店の店で香水買ってるやつが務まるはずない」
「あれは俺のお気に入りなんですが」
「お前の?それにしては似合わなすぎだろ。お前にはこの間やった香水の方が似合ってる」
「そ、そうですか?」
「ああ、なにせ俺が調合した香水に惹かれて店までやってきたんだ。似合うに決まってる」
「そんなもんですかね……」
(確かに惹かれはしたけど、よくもまあ自信満々に言えるな)
俺は誇らしげに言う星川さんを見ながら苦笑いした。
「お前、絶対に担当になるなよ。お前と担当になりでもしたら、意見が合わな過ぎて商品開発なんて出来そうにないだろうし。そうなれば館長に申し訳がたたなくなりそうだ」
「星川さんみて女子たち騒いでましたし、俺になることはないと思います」
「ならいい。話は終わりだ、帰れよ」
「は、はあ……」
(帰れって……呼び出したのはそっちのくせに)
はなしは終わりだとばかりにシッシッと手を振りながら追い返す星川さんに、少しの怒りを抱きながら俺は席を立った
「今日も帰らないんですか?」
「まあな。あの家、八代の使ってる整髪剤の匂いがキツくて嫌なんだよ。店を出すのに家の届けが必要だったからあのシェアハウスを借りてるけど、基本はそこの階段から登ったところにある2階で生活してる」
「なるほど……」
「あの家でまた会った事も稀だと思ったが、まさか仕事でも関わることになるとはな」
「あ、水族館で俺を見ても話しかけるなよ、遊び人がうつったら大変だからな」
「ッ、心配しなくても俺も忙しいんで」
「ならよかった」
「失礼します!」
バタンッ!
(くそっ!クラブに遊びに行くだけで遊び人呼ばわりされるのかよ)
「あの香水買ってから、あの人に嫌味言われるわ、仕事先でも会うわでツイてない気がすんな」
「まあ、でもこれ以上会う事もないよ……な?」
だがこの時、きっとこれで終わりというわけにはいかないのだろうという、妙に確信めいた気持ちが俺の中にあった。
(フラグが立った気がしたのは気のせいだと思いたい)
すっかり明かりの消えた街を抜け、家へと歩きながら俺はそう思った。
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