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1章

再会

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夜。

なじみのオーナーに楽しんでいきなと笑われながらクラブの扉を開けると、EDMの重低音が俺の鼓膜を揺らした。ホールの真ん中では、20人ほどの客が思い思いに踊っている。
そんな客たちに背を向けるように、バーカウンターでは男たちが気に入った女に酒を振る舞いながら、どうやって持ち帰ろうかと算段を立てているのが見える。

(ここは相変わらずだな)
「さてと、とりあえず酒でも飲むか」
俺はドアをくぐり、踊る客たちを見ながらゆっくりとした足取りでバーカウンターへ向かった。
店内に入った時から感じていた、女たちのさながら獲物を見つけた虎のようなぎらぎらとした目と劣等感の含んだ男たちの目を頬に感じながらカウンターに向かうと、見慣れた背中が見えた。

ポンッ
「よお、久しぶりだな」
「あれ、大じゃん!おひさ~」
「ヨウ君その人誰ぇ?」
「俺のお友達やで~!悪いけど久々に会うさかい、ちょっと席外してもええか?」
「いいよ~じゃあ私その間踊っちゃお~」
ふらりと立ち上がった女は、こちらにちらりと視線を向けるとヒラヒラと手を振りながらダンスフロアに向かって行った。酔っぱらっているのか時折ミニスカートから下着をちらりと覗かせる後ろ姿を見ながら、隣の男はニヤリと笑った。
「黒のレースとは、やっぱり見た目通りえっろい女やで・・・あれは今夜お持ち帰りできそうやな」
「相変わらずだな、洋輔。お前がいるとは思わなかったわ」
「俺も大ちゃんに会えるとは思ってなかったで!」

ニカリと笑う男は洋輔といい、大学時代の同じゼミであり俺がクラブに行くようになった原因でもある。洋輔はゼミの中でもひときわ目立つグループにいつもいて、いつもニコニコと笑っているような男だった。そんな洋輔とはある一件で仲が良くなり、それ以来俺たちはよくつるむようになったのだ。
「それにしても、就職した途端パタリと来なくなってもうたから、俺寂しかったんやで」
「早朝出勤に接客。動物の体調が悪くなれば帰りは遅くなる、そんな感じだったからな。クラブに顔を出す元気もねぇよ」
「水族館って意外と大変なんやね」
「まあ、生き物の命を預かってる身だからそれは覚悟の上だけどな。最近やっと慣れてきたからまだましだ」
「慣れてきて時間が出来たから女捕まえようかって?大ちゃんも隅におけんなぁ~」
「茶化すなよ。お前は外資系の会社だったよな。どうなんだそっちは?」
「んー・・・まあ、大変やけど週一はここにきて発散しとるよ」
「お前も人のこと言えねぇじゃねえか」
「ほんまにね~」
ケタケタと笑いながらテキーラをくっと飲み干すと、洋輔はこちらをじっと見つめてきた。

「ほんで、久々に来たと思ったら香水まで変えて気合十分って感じやな」
「・・・似合ってないか?」

そう。俺は昼間に合ったあのいけ好かない男から買った香水を振っていた。
ほかに付ける香水もなかったし、何より、この爽やかな甘さが今まで浸かっていたシュピルナーとは正反対なせいか使ってみたくて仕方なかったのだ。
(あの男は気にいらなかったが、香りはよかったし・・・物に罪はないしな)
「似合っとると思うで。前のは男臭い感じやったけど、なんというか気品がある?っちゅう感じやな。」
「ならよかった」
「それに女受けもよさそうやで」
ニヤリと笑った洋輔が俺の後ろを顎で指す。ちらりと後ろを見ると、こちらを見ていた女と目が合った。

バチッ

途端に顔を真っ赤にさせ慌てる女はただ酒に酔っただけではなさそうだ。
「ホントだな」
「ほんまに大ちゃんは罪な男やで。むすっと立ってても様になっとるし、今日は楽しめそうやないか~。俺も負けられへんな」
「洋輔も頑張れよ。さっきの女を狙ってるんだろ?」
「まあな。絶対今日お持ち帰りしたるんや!」
息まく洋輔に軽く手を振ると、俺はさっき目のあった女にゆっくりと近づいた。
女は俺が近づいているのが分かると、あからさまに頬を染めて慌て始めた。
黒のオフショルのトップスと足の細さを見せつけるようなスキニージーンズ。そしてクラブに慣れてなさそうなあの表情。
俺は心の中でこれからの展開を考えながら女の前で止まると、普段あまり使わない表情筋を総動員してニコリと笑った。

「俺と一緒に遊ばない?」
一瞬戸惑った様子の女だったが、恥ずかしそうにコクリと頷くと俺の服の袖をそっと掴んだ。

(今夜は楽しめそうだ)

 
 
一時間後。俺はクラブからほど近いラブホテルで女を抱いていた。
「んッはあっ!」
「あっ待って私もう・・・ッ」
パンパンと肌を打ち付ける音と粘りのある水音。そして女の嬌声が部屋に響き渡る。
「ああっ!」

ふわり
(この匂い・・・)
 俺の下で喘ぐ女を見ていると、ふいに自分から香る香水に気を取られた。そして昼間に合った不愛想な男の顔と猫のような黄金の瞳を思い出した。
 
その瞬間。俺の下半身がぐっと熱を持ったのを感じた。
「ッ・・・」
「えっちょっ・・・大きいッ」
「ッ・・・いくッ」
「んああッ!」
 
「なんであいつの事思い出したんだ・・・」
そろそろ日付が変わろうとしている夜道には人の姿はなく、俺は薄ぼんやりと道を照らす蛍光灯の下を信じられない思いで歩いていた。
「しかも男の顔を思い出しながらイクなんて最悪だ・・・」
「俺はホモじゃねえぞ」
「くそっ、これも全部この香水のせいだ。帰ったら速攻捨ててやる」
俺はそう息巻くと家の扉を開けた。
ギイィ

俺が住む家は共有住宅、いわゆるシェアハウスだ。
水族館の就職が決まったのと同時に実家を出ることを決心した俺は、水族館からも近場であまり家賃の高くないところを探していた。そんな時、このシェアハウスを不動産屋から教えてもらったのだ。
(共同生活って言っても共有部分はリビングだけだし、光熱費込みで4万って言われたら断る理由もなかったんだよな)
(どうせ帰って寝るだけだし安いことに越したことはなかったしな)
玄関扉を開けると、リビングのドアから光が漏れていた。
(誰かいるのか?)
ガチャッ
リビングを開けると、ソファに座ってテレビを見ていた男が振り返った。
「あれ柳瀬君、今帰りだったんだ」
「ただいまっす。八代さんも今帰りですか?」
「そうそう。お客さんが飛び込みで入ってきちゃってね」
「へえ、美容師も大変なんですね」
現在は4人がこのシェアハウスで暮らしているのだが、俺がこの1か月会ったのはオーナー兼住人の日向さんとこの八代さんだけ。後の1人は店に寝泊まりが多いらしく一度も顔を合わせていない。
八代さんは渋谷で美容師をしているらしく、たまに雑誌に載るほど有名な美容師らしい。全国から八代さんにカットしてほしいと店に来るらしく、いつも忙しそうに出かけていくのを見かける。
「柳瀬君もしかして遊んできた?首に跡ついてるよ」
「げっ付けんなって言ったのに」
「若いね~。いいな、俺ももう少し若かったら仕事帰りにデートするんだけど」
「八代さん今年で30でしたっけ?そろそろ彼女さんと結婚の話とか将来の話とかしないんですか?」
「彼女ねぇ・・・」

八代さんには10年も気合っている恋人がいるらしく、たまに休日になるとデートに行く姿を見かける。
いつも以上に気合を入れてセットしている八代さんを見ているとずいぶんと大事にしているのだと思っていたが、意外と淡白な関係らしい。

「そんな話は出ないかなぁ」
「八代さんが話してくれるのを待ってるんじゃないんですか?」
「うーん、そんな感じはしないけどなぁ。あっ、柳瀬君の彼女とはどうなの?やっぱりそんな話出る?」
「あ、俺彼女じゃないっす」
「おっと、柳瀬君意外と悪い男だったのか」
「彼女とか作る気ないですね。付き合ったとしても、こっちが何もしなかったら「気の利かない男」って呼ばれる し、自分が一番じゃないと怒るし。そういうの疲れるんすよ」
「なるほど、確かに分からなくもないけどね。でも、それも合わせて愛しいって思うのが彼女じゃないの?」
「それに・・・本当に好きかなんて分かんないっすよ」
(人は簡単に騙すから)
「まあまあ、いつか柳瀬君にも分かる時が来るよ」
「そうですかね」
俺たちがそんな話をしていると、ふいにリビングの扉があいた。

「八代、お前風呂場の洗面台で髪染めるのやめろ。店で染めてこい」
「えー!店だとお客さんが出待ちしてるから嫌なんだよ」
「お前な・・・ん?お前は昼間の・・・」
そこには昼間会った香水店の男が立っていた。
店の制服は脱いだのか、Tシャツに短パンとラフな姿だったが、ブロンドの髪と不機嫌そうな顔は間違えようがない。
「な、何でここに!」
「あれ?柳瀬君、悠貴と知り合いだったの?」
「今日俺の店に来たんだよ。場違いにも俺の店に、な」
「へえ、柳瀬君から香水の香りがすると思ったら悠貴のショップの香水だったのか。いい匂いだと思ったんだよ」
「当たり前だ。俺が調香してるんだぞ?」
「あ、あの八代さん。この人って・・・」
「あっそうか。柳瀬君初めましてだよね」
そう言うと、八代さんは男の横に立つとにっこりと笑った。

「昼間も会ったから分かってると思うけど、この人はパヒュームショップ「リュクス」の店長、星川 悠貴。そしてこのシェアハウスの3人目の住人だよ」
「悠貴。この子は柳瀬 大地君な。一か月前からここに住んでるんだ。お前めったに帰らないから知らないのも無理もないな」
「は、初めまして・・・」
「こいつがここに住んでるだと?」
そう言うと香水店の男、もといい星川さんは俺をじろりと睨むとフンッと鼻を鳴らした。
「・・・ここに帰ってくるのがもっと少なくなりそうだな」
「あ゛?」
「まあまあ落ち着いて、こいつ言い方はキツイけどいい奴だから。ちょーっとプライドが高くて俺様で我儘だけど」
「それのどこがいいやつなんですか!」
「悠貴は店で寝泊まりしてるからたまにしか帰ってこないし、あんまり会う機会はないかもしれないけどさ。この家では喧嘩はNGだから仲良くするんだぞ。ってことで握手!」
そう言うと八代さんは俺の手と星川さんの手を無理矢理繋げた。

ガシッ
(前に行ってた店で寝泊まりしてるってこの人の事だったのか)
「よ、よろしくです」
「・・・ハァ」
星川さんはため息をつきながら手を離すと、八代さんのTシャツで手を拭いた。
「汚れた」
「俺、汚くないです!」
「女の匂い付けた男が汚くないわけないだろ。早く風呂入れ。お前臭いぞ」
「おーさすが悠貴。調香師だけあって鼻がいいな」
「~~~っ!風呂、入ってきます!」
「しっかり洗って来いよ、隅々まで、な」
「分かってますよ!」

ザアアア・・・
《お前臭いぞ》
スンスン
「やっぱり臭くねぇ・・・よな?」
(あの人と絶対仲良くなれるわけない!)

俺は星川さんへの怒りを洗い流すように乱暴に髪を洗いながら、改めてそう確信したのだった。

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