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1章
最悪の出会い
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失敗した。
こんなはずではなかったのだ。
俺はガンガンと痛む頭を押さえながら起き上がった。カーテンの隙間からは、薄ぼんやりとした光が見え、今がまだ朝早いことを知らせていた。
必要最低限の家具だけが置かれたワンルーム。
物が少なく生活感のない部屋の中央には、アンティーク調のブラウンレザーのソファが窓を向いて置かれている。その奥にはソファに合わせたのであろうウッドデスクが置かれており、机の上には小さな香水瓶と様々な花が置かれている。
そして反対側の壁端に置かれた寝心地の良いセミダブルのベッド。
その周りには、中身の残っていない缶ビールが何本も落ちており、それが俺の二日酔いの原因であることを顕著に示していた。
ベッドの上には起きたばかりの二日酔いの俺。
そしてシーツに包まる星川さんが窮屈そうに寝ていた。
「まさかノンケの俺が男と寝るとは・・・」
「んっ。スースー・・・」
星川 悠貴。
パヒュームショップ「リュクス」の店長兼調香師。
そして今日、一夜を共にした相手だ。
(まさかこの人と、こんな関係になるなんて思いもよらなかったな・・・)
微かに聞こえる寝息に合わせて、ゆっくりと薄い肩が上下している。その背中には無数の赤い痕があり、昨日の情事の激しさを物語っている。よく見れば首筋には噛み跡まであった。
「俺が噛んだのか?」
「・・・ッ」
信じられない思いで噛み跡を触ると、寝ている星川さんがビクリと震えた。その様子に下半身に熱が集まるのを感じながら、俺は今までのことを思い出していた。
半年ほど前。
幼いころから動物と触れ合うことが好きだった俺は大学を卒業後、水族館の仕事に就いた。だが、俺を待っていたのは動物の世話だけでなく、館内整備や動物たちの暮らす水槽の掃除、そして大量のエサ準備だった。
(これが終わったら、この間羽をケガしてたアデリーペンギンの子の薬をあげて、水槽の掃除もしないと・・・)
(昼は・・・食べてる時間はないな)
こうして毎日の激務に追われて一か月。俺は心身ともに疲れ切っていた。
(あー・・・疲れた)
(最近は忙しくてクラブにも顔出してない)
(それどころか、帰っても疲れてベッドに直行で、ずいぶんと抜いてねぇ)
「・・・今日は抜くか」
「ん?柳瀬君、何か言った?」
「いや、なんでもないです」
ボソリとつぶやいた言葉に振り向いた男は、かぶりを振る俺の顔を覗き込んできた。
この人はこの水族館で栄養士として働く、浅見 晴臣。
浅見さんは、動物たちの栄養管理や、体調に気を使う仕事をしているらしく、こうやってバッグヤードでよく会うのだ。ほかの栄養士たちは皆、浅見さんよりずいぶんと年上らしく、歳が近く入ってきたばかりの俺なら気を使わなくていいと思っているのか、いつも話しかけてくる。
おかげで、同じペンギンエリアを担当している他の同期と話すよりも、浅見さんと話す頻度の方が多くなっていた。
「何でここにいるんですか」
「え、そりゃぁ柳瀬君がこの時間ならここにいると思ったから?」
「仕事してください」
「ええー、今休憩時間なんだよ~付き合って!」
「お断りします。それよりも、この子たちにご飯やりたいんで帰ってください」
「えー・・・最近柳瀬君、俺に対して最初の頃よりも冷たくなってない?」
「冷たくない、普通です」
「絶対嘘だ!」
俺は隣でむくれている浅見さんを横目に、ペンギンたちに魚をやった。
「クエッ!」
「ヒデリ、ちょっと待ってな。すぐにやるから」
「クエーッ!」
「柳瀬君、本当にこの子たちに懐かれてるよね~」
「まだペンギン担当になって1か月だっけ?」
「俺なんて近づいたら逃げられるのに・・・しくしく」
「浅見さん、他の動物の調子も見てるからそのせいじゃないですか?」
「捕まると酷い事されるって動物たちに噂されてたりして」
「それは嫌だな・・・」
俺が働く水族館「青海シーパラダイス」は、来館者になるべく自然に近い動物の生態を見てもらうことを売りにしている。
そのため、館内をペンギンやオットセイが自由に歩き回っており、職員も館内を歩く動物について回ることが多い。
浅見さんも栄養士の立場から館内を見て回ることが多いらしく、その整った顔立ちと気さくに話しかける性格から、お客さんにも人気があるらしい。
「まあ俺のことはいいとして・・・」
「悩んでることは確かでしょ?眉間にぐっとしわを寄せちゃってたし」
「そーんな怖い顔して立ってたら、またお客さんに怖がられるよ?」
「だから悩んでない・・・って何でそれを知ってるんですか」
「あの時、浅見さん近くにいなかったですよね?」
ギクッ
「そ、それは・・・」
「その、真面目にプールの掃除をしていた柳瀬君がたまたま目があった女児にギャン泣きされたって話をみんなから聞いたんだ」
「やっぱりアレ、噂になってたんですね・・・」
それは入社してすぐの事。
俺はいつものようにペンギンたちの水槽を掃除していた。
その時、ペンギンを見ていた女の子とガラス越しに目が合った。
誓って睨んだわけではなかったのだが、女の子は驚いた顔をした後、フロア中に響き渡る声で泣き叫んだのだ。
「「あのお兄ちゃん怖い~!」だっけ?」
「俺がもし言われたらショックでしばらく立ち直れないな~」
「さすがに俺もショックでしたよ」
「それもあって、最近ではもっぱらバックヤードか水槽清掃をしてますけど」
「うーん・・・柳瀬君って背が高いから小さい子からは怖いって見えるのかもね」
「それってどうにもならなくないですか?」
「確かにね~」
ジー・・・
「なんすか、顔近いんですけど」
「柳瀬君ってさ、あんまり人と話している所見たことないなって思って」
「他の飼育員たちと話してる様でもないし」
「・・・苦手なんですよ、話すの」
「人って本心では何考えてるか分かんないじゃないですか」
「だから苦手って言うか」
「へぇ・・・あれ?でも僕とは話してくれるよね?」
「これってもしかして・・・ラb
「浅見さんは人間じゃないんで」
ひどっ!?」
「俺、これでも柳瀬君より先輩なんだけど!」
「それじゃあ俺、ペンギンたちにご飯やり終わったんで裏に戻ります」
「先輩もちゃんと仕事してください」
「やってるよ!?俺けっこう真面目なんだけど!?」
「じゃあなヒデリ」
「クエッ」
「ちょっと!」
俺はヒデリを撫でると、叫ぶ浅見さんを置いてバックヤードに戻った。
俺がバッグヤードに戻ると、同期の一人が話しかけてきた
「あっ柳瀬君!」
「今日みんなで仕事終わりに飲みに行かないかって言ってるんだけどどうかな?」
「・・・俺、用事があるから」
「そ、そっか!ごめんね急に誘って」
「いや、それじゃあ」
ヒソヒソ
「柳瀬君ってあんまり喋らないから怖いよね」
「何考えてるか分からないって言うか」
「でも顔はいいよね」
「「分かる!」」
(普段そんなに付き合いもしてないのに一緒に酒なんか飲めるかよ)
(職場の人間を持ち帰ることもできないし、得がなさすぎるだろ・・・)
そして翌日。
俺は久々にクラブに行こうと意気揚々と準備をしていた。
だが・・・
(たまには発散しないと枯れちまいそうだしな)
「って、この香水中身が入ってないじゃねぇか」
「そう言えば・・・前に使い切ってから買ってなかったな」
「ロメア」という海外ブランドのシュピルナーと呼ばれるこの香水はムスク系の香水で、酒や煙草で充満する店内でも俺の存在をはっきりとさせてくれる。
女受けもよく、いつも女と遊ぶ用の香水としていつも使っていたのだ。だから、これがないと俺の夜は始まらないといっても過言ではない。
「ハァ・・・行く前に買いに行くか」
「香りはいいが取り扱ってるショップが少ないことが難点だよな」
そう思い俺は店に向かったのだが・・・
「って、定休日?」
(しまった、ここ最近来てなかったからすっかり忘れてた)
「どうしたものか・・・」
「他の香水でも買うか?いや、でもあの香水お気に入りだったし・・・ん?」
フワッ
「なんだ今の香り・・・」
「甘い・・・でもくどくない香り?」
「花のような香油のような・・・」
(この辺りに香水屋でも出来たのか?)
(でも・・・何でこんなに気になるんだ?)
俺は不思議な気持ちになりながら、その香りに誘われるように歩き出した。
「パヒュームショップ「リュクス」・・・ここから香っていたのか」
その店は狭い路地を数本通り抜けた先にあった。
黒のコンクリートの上にレンガを積み重ねた外壁と重厚感のある扉を付けた外観は、まるで海外の高級ブティックからそのまま持ってきたような外観で客を待っていた。ショーウィンドウには色形の違う様々な香水瓶が花々やベルベッドの布に包まれ燦然と輝いている。店内は照明を薄暗くしているのか中は見えないが、扉には「OPEN」と書かれたプレートがかかっていた
(やっぱり俺が知らない間に出来たみたいだな)
(ちょうどあのショップも休みだったし、もしかしたらここにあるかもな)
俺はそう思いながら、重い扉を開けた。
カランカラン
「うわっ・・・すげぇ」
中に入ると、薄暗い店内の壁一面にアンティークな木製の飾り棚が置かれていた。その中には、ショーウィンドウに並んでいた香水瓶とはまた違う、繊細で美しい細工が施された大小様々なガラス瓶が置かれていた。奥にある飾り棚には大きい漏斗やフラスコなどが置かれ、学生の時に見た理科の実験を思い出させた。飾り棚の前には一枚板で作られたL型のカウンターが鎮座しており、その上にも様々な香水が置かれている。
(場違いなところに入ってしまったかもな)
(どう見たって高級店な気がする)
「誰もいないのか?」
俺が興味深そうに店内を見ながらぽつりと呟くと、不意に声が返ってきた。
「いらっしゃいませ」
「うわっ!」
(ひ、人がいたのか!)
よく見ると、店内の壁の隅で影に隠れるように男がひっそりと立っていた。
柔らかなブラウスにアイボリーのベストとスラックスを合わせた男は、まるでモデルのように背が高く、癖のあるブロンドの髪とよく似たゴールドに輝く瞳はまるで高貴な猫のようでもあった。
男は、ツカツカと靴音を鳴らしながら俺に近づくとぺこりと頭を下げた。
「驚かせたようで申し訳ない」
「俺こそ大声出してすみません」
「今日はどなたかのプレゼントですか?」
「いえ、自分のなんですが・・・」
「ご自身の・・・ふむ」
男はそう言うと、不躾に俺の上から下まで見ると猫のような目を細めて笑った。
「失礼ですが・・・ショップをお間違えでは?」
スッ
「なっ!?」
(いきなり何なんだコイツ!)
男はクツクツと笑いながら扉を顎で指しながら手を振った。
「あなたの好きそうな店なら向こうの通りにある香水店をおすすめしますよ」
「ここはあなたに合う香水はないので」
「・・・その店が定休日で困っていたら気になる香りがして、それでここにたどり着いたんです。別にここが来ようと思ってきたわけじゃないです」
「へぇ、香りが・・・」
「だけど俺に合う香水がないって言うならもういいです」
(ちょっときれいな顔してるって言っても接客は最悪だな、来るんじゃなかった)
俺はそう思いながら扉を開けた。
「お待ちください」
「なんですか、俺は帰るんですけど」
「香りがしたと言いましたね?どんな匂いでしたか?」
「どんななって・・・甘いけど嫌な感じのしない匂いでしたよ。まるで花畑にいるような感じで・・・」
「・・・なるほど、少しお待ちください」
男は俺の話を興味深そうに聞くと頷き、そのまま店の奥に行ってしまった。
「な、なんだ・・・?」
(お待ちくださいって・・・俺に帰るように言ったくせに)
俺が悶々としていると、男が大きな瓶を抱えて持ってきた。
「お待たせしました」
「それは?」
「多分あなたが嗅いだ匂いはこれじゃないかと思うのですがいかがですか?」
スッ
「そう、これだ!これの匂いだった!」
(この香り・・・間違いなくあの時の匂いだ!)
「そうですか・・・」
「これは完成したばかりの香水で、まだ調整もしていない未販売のものですが、そこまで気に入っていただけたなら先に売って差し上げますよ」
「え、でも・・・」
「ああ、勘違いしないでくださいね」
「あなたがこの香水を選んだんじゃなく、この香水があなたを選んだんです。それをお忘れなく」
「次はあのショップで買えるといいですね」
ニッコリ
そう言うと男は手早く香水を瓶に移し替えると、さっさと出て行けとばかりに俺に香水を渡した。
「・・・言われなくても二度と来ないです!」
バタンッ!
こうして不本意ながらも、無事に香水を手に入れることが出来たのだった。
こんなはずではなかったのだ。
俺はガンガンと痛む頭を押さえながら起き上がった。カーテンの隙間からは、薄ぼんやりとした光が見え、今がまだ朝早いことを知らせていた。
必要最低限の家具だけが置かれたワンルーム。
物が少なく生活感のない部屋の中央には、アンティーク調のブラウンレザーのソファが窓を向いて置かれている。その奥にはソファに合わせたのであろうウッドデスクが置かれており、机の上には小さな香水瓶と様々な花が置かれている。
そして反対側の壁端に置かれた寝心地の良いセミダブルのベッド。
その周りには、中身の残っていない缶ビールが何本も落ちており、それが俺の二日酔いの原因であることを顕著に示していた。
ベッドの上には起きたばかりの二日酔いの俺。
そしてシーツに包まる星川さんが窮屈そうに寝ていた。
「まさかノンケの俺が男と寝るとは・・・」
「んっ。スースー・・・」
星川 悠貴。
パヒュームショップ「リュクス」の店長兼調香師。
そして今日、一夜を共にした相手だ。
(まさかこの人と、こんな関係になるなんて思いもよらなかったな・・・)
微かに聞こえる寝息に合わせて、ゆっくりと薄い肩が上下している。その背中には無数の赤い痕があり、昨日の情事の激しさを物語っている。よく見れば首筋には噛み跡まであった。
「俺が噛んだのか?」
「・・・ッ」
信じられない思いで噛み跡を触ると、寝ている星川さんがビクリと震えた。その様子に下半身に熱が集まるのを感じながら、俺は今までのことを思い出していた。
半年ほど前。
幼いころから動物と触れ合うことが好きだった俺は大学を卒業後、水族館の仕事に就いた。だが、俺を待っていたのは動物の世話だけでなく、館内整備や動物たちの暮らす水槽の掃除、そして大量のエサ準備だった。
(これが終わったら、この間羽をケガしてたアデリーペンギンの子の薬をあげて、水槽の掃除もしないと・・・)
(昼は・・・食べてる時間はないな)
こうして毎日の激務に追われて一か月。俺は心身ともに疲れ切っていた。
(あー・・・疲れた)
(最近は忙しくてクラブにも顔出してない)
(それどころか、帰っても疲れてベッドに直行で、ずいぶんと抜いてねぇ)
「・・・今日は抜くか」
「ん?柳瀬君、何か言った?」
「いや、なんでもないです」
ボソリとつぶやいた言葉に振り向いた男は、かぶりを振る俺の顔を覗き込んできた。
この人はこの水族館で栄養士として働く、浅見 晴臣。
浅見さんは、動物たちの栄養管理や、体調に気を使う仕事をしているらしく、こうやってバッグヤードでよく会うのだ。ほかの栄養士たちは皆、浅見さんよりずいぶんと年上らしく、歳が近く入ってきたばかりの俺なら気を使わなくていいと思っているのか、いつも話しかけてくる。
おかげで、同じペンギンエリアを担当している他の同期と話すよりも、浅見さんと話す頻度の方が多くなっていた。
「何でここにいるんですか」
「え、そりゃぁ柳瀬君がこの時間ならここにいると思ったから?」
「仕事してください」
「ええー、今休憩時間なんだよ~付き合って!」
「お断りします。それよりも、この子たちにご飯やりたいんで帰ってください」
「えー・・・最近柳瀬君、俺に対して最初の頃よりも冷たくなってない?」
「冷たくない、普通です」
「絶対嘘だ!」
俺は隣でむくれている浅見さんを横目に、ペンギンたちに魚をやった。
「クエッ!」
「ヒデリ、ちょっと待ってな。すぐにやるから」
「クエーッ!」
「柳瀬君、本当にこの子たちに懐かれてるよね~」
「まだペンギン担当になって1か月だっけ?」
「俺なんて近づいたら逃げられるのに・・・しくしく」
「浅見さん、他の動物の調子も見てるからそのせいじゃないですか?」
「捕まると酷い事されるって動物たちに噂されてたりして」
「それは嫌だな・・・」
俺が働く水族館「青海シーパラダイス」は、来館者になるべく自然に近い動物の生態を見てもらうことを売りにしている。
そのため、館内をペンギンやオットセイが自由に歩き回っており、職員も館内を歩く動物について回ることが多い。
浅見さんも栄養士の立場から館内を見て回ることが多いらしく、その整った顔立ちと気さくに話しかける性格から、お客さんにも人気があるらしい。
「まあ俺のことはいいとして・・・」
「悩んでることは確かでしょ?眉間にぐっとしわを寄せちゃってたし」
「そーんな怖い顔して立ってたら、またお客さんに怖がられるよ?」
「だから悩んでない・・・って何でそれを知ってるんですか」
「あの時、浅見さん近くにいなかったですよね?」
ギクッ
「そ、それは・・・」
「その、真面目にプールの掃除をしていた柳瀬君がたまたま目があった女児にギャン泣きされたって話をみんなから聞いたんだ」
「やっぱりアレ、噂になってたんですね・・・」
それは入社してすぐの事。
俺はいつものようにペンギンたちの水槽を掃除していた。
その時、ペンギンを見ていた女の子とガラス越しに目が合った。
誓って睨んだわけではなかったのだが、女の子は驚いた顔をした後、フロア中に響き渡る声で泣き叫んだのだ。
「「あのお兄ちゃん怖い~!」だっけ?」
「俺がもし言われたらショックでしばらく立ち直れないな~」
「さすがに俺もショックでしたよ」
「それもあって、最近ではもっぱらバックヤードか水槽清掃をしてますけど」
「うーん・・・柳瀬君って背が高いから小さい子からは怖いって見えるのかもね」
「それってどうにもならなくないですか?」
「確かにね~」
ジー・・・
「なんすか、顔近いんですけど」
「柳瀬君ってさ、あんまり人と話している所見たことないなって思って」
「他の飼育員たちと話してる様でもないし」
「・・・苦手なんですよ、話すの」
「人って本心では何考えてるか分かんないじゃないですか」
「だから苦手って言うか」
「へぇ・・・あれ?でも僕とは話してくれるよね?」
「これってもしかして・・・ラb
「浅見さんは人間じゃないんで」
ひどっ!?」
「俺、これでも柳瀬君より先輩なんだけど!」
「それじゃあ俺、ペンギンたちにご飯やり終わったんで裏に戻ります」
「先輩もちゃんと仕事してください」
「やってるよ!?俺けっこう真面目なんだけど!?」
「じゃあなヒデリ」
「クエッ」
「ちょっと!」
俺はヒデリを撫でると、叫ぶ浅見さんを置いてバックヤードに戻った。
俺がバッグヤードに戻ると、同期の一人が話しかけてきた
「あっ柳瀬君!」
「今日みんなで仕事終わりに飲みに行かないかって言ってるんだけどどうかな?」
「・・・俺、用事があるから」
「そ、そっか!ごめんね急に誘って」
「いや、それじゃあ」
ヒソヒソ
「柳瀬君ってあんまり喋らないから怖いよね」
「何考えてるか分からないって言うか」
「でも顔はいいよね」
「「分かる!」」
(普段そんなに付き合いもしてないのに一緒に酒なんか飲めるかよ)
(職場の人間を持ち帰ることもできないし、得がなさすぎるだろ・・・)
そして翌日。
俺は久々にクラブに行こうと意気揚々と準備をしていた。
だが・・・
(たまには発散しないと枯れちまいそうだしな)
「って、この香水中身が入ってないじゃねぇか」
「そう言えば・・・前に使い切ってから買ってなかったな」
「ロメア」という海外ブランドのシュピルナーと呼ばれるこの香水はムスク系の香水で、酒や煙草で充満する店内でも俺の存在をはっきりとさせてくれる。
女受けもよく、いつも女と遊ぶ用の香水としていつも使っていたのだ。だから、これがないと俺の夜は始まらないといっても過言ではない。
「ハァ・・・行く前に買いに行くか」
「香りはいいが取り扱ってるショップが少ないことが難点だよな」
そう思い俺は店に向かったのだが・・・
「って、定休日?」
(しまった、ここ最近来てなかったからすっかり忘れてた)
「どうしたものか・・・」
「他の香水でも買うか?いや、でもあの香水お気に入りだったし・・・ん?」
フワッ
「なんだ今の香り・・・」
「甘い・・・でもくどくない香り?」
「花のような香油のような・・・」
(この辺りに香水屋でも出来たのか?)
(でも・・・何でこんなに気になるんだ?)
俺は不思議な気持ちになりながら、その香りに誘われるように歩き出した。
「パヒュームショップ「リュクス」・・・ここから香っていたのか」
その店は狭い路地を数本通り抜けた先にあった。
黒のコンクリートの上にレンガを積み重ねた外壁と重厚感のある扉を付けた外観は、まるで海外の高級ブティックからそのまま持ってきたような外観で客を待っていた。ショーウィンドウには色形の違う様々な香水瓶が花々やベルベッドの布に包まれ燦然と輝いている。店内は照明を薄暗くしているのか中は見えないが、扉には「OPEN」と書かれたプレートがかかっていた
(やっぱり俺が知らない間に出来たみたいだな)
(ちょうどあのショップも休みだったし、もしかしたらここにあるかもな)
俺はそう思いながら、重い扉を開けた。
カランカラン
「うわっ・・・すげぇ」
中に入ると、薄暗い店内の壁一面にアンティークな木製の飾り棚が置かれていた。その中には、ショーウィンドウに並んでいた香水瓶とはまた違う、繊細で美しい細工が施された大小様々なガラス瓶が置かれていた。奥にある飾り棚には大きい漏斗やフラスコなどが置かれ、学生の時に見た理科の実験を思い出させた。飾り棚の前には一枚板で作られたL型のカウンターが鎮座しており、その上にも様々な香水が置かれている。
(場違いなところに入ってしまったかもな)
(どう見たって高級店な気がする)
「誰もいないのか?」
俺が興味深そうに店内を見ながらぽつりと呟くと、不意に声が返ってきた。
「いらっしゃいませ」
「うわっ!」
(ひ、人がいたのか!)
よく見ると、店内の壁の隅で影に隠れるように男がひっそりと立っていた。
柔らかなブラウスにアイボリーのベストとスラックスを合わせた男は、まるでモデルのように背が高く、癖のあるブロンドの髪とよく似たゴールドに輝く瞳はまるで高貴な猫のようでもあった。
男は、ツカツカと靴音を鳴らしながら俺に近づくとぺこりと頭を下げた。
「驚かせたようで申し訳ない」
「俺こそ大声出してすみません」
「今日はどなたかのプレゼントですか?」
「いえ、自分のなんですが・・・」
「ご自身の・・・ふむ」
男はそう言うと、不躾に俺の上から下まで見ると猫のような目を細めて笑った。
「失礼ですが・・・ショップをお間違えでは?」
スッ
「なっ!?」
(いきなり何なんだコイツ!)
男はクツクツと笑いながら扉を顎で指しながら手を振った。
「あなたの好きそうな店なら向こうの通りにある香水店をおすすめしますよ」
「ここはあなたに合う香水はないので」
「・・・その店が定休日で困っていたら気になる香りがして、それでここにたどり着いたんです。別にここが来ようと思ってきたわけじゃないです」
「へぇ、香りが・・・」
「だけど俺に合う香水がないって言うならもういいです」
(ちょっときれいな顔してるって言っても接客は最悪だな、来るんじゃなかった)
俺はそう思いながら扉を開けた。
「お待ちください」
「なんですか、俺は帰るんですけど」
「香りがしたと言いましたね?どんな匂いでしたか?」
「どんななって・・・甘いけど嫌な感じのしない匂いでしたよ。まるで花畑にいるような感じで・・・」
「・・・なるほど、少しお待ちください」
男は俺の話を興味深そうに聞くと頷き、そのまま店の奥に行ってしまった。
「な、なんだ・・・?」
(お待ちくださいって・・・俺に帰るように言ったくせに)
俺が悶々としていると、男が大きな瓶を抱えて持ってきた。
「お待たせしました」
「それは?」
「多分あなたが嗅いだ匂いはこれじゃないかと思うのですがいかがですか?」
スッ
「そう、これだ!これの匂いだった!」
(この香り・・・間違いなくあの時の匂いだ!)
「そうですか・・・」
「これは完成したばかりの香水で、まだ調整もしていない未販売のものですが、そこまで気に入っていただけたなら先に売って差し上げますよ」
「え、でも・・・」
「ああ、勘違いしないでくださいね」
「あなたがこの香水を選んだんじゃなく、この香水があなたを選んだんです。それをお忘れなく」
「次はあのショップで買えるといいですね」
ニッコリ
そう言うと男は手早く香水を瓶に移し替えると、さっさと出て行けとばかりに俺に香水を渡した。
「・・・言われなくても二度と来ないです!」
バタンッ!
こうして不本意ながらも、無事に香水を手に入れることが出来たのだった。
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