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私が平民育ちを話題にした理由①
しおりを挟む『皆の集まる場所で、マリアンヌの身分を蔑んだとも聞いている』
ダンスパーティーの後。
マリアンヌ嬢をお茶会に呼んでやってほしい、とリオル殿下から神経を疑うお願いをされた。
婚約者に愛妾候補の浮気相手のお茶会をセッティングしろなど、わかっていたことだがリオル殿下にはデリカシーの欠片もない。
しかし、もうそれを指摘するのすら面倒だった。
「まだ彼女には早いのではないかしら」
お茶会は、ただお茶を飲んでお菓子を食べていればいい、というものではない。
社交界の情報収集と、腹の探り合いの場だ。
妻がそこで仕入れた情報により破滅を逃れる者もいれば、失態を犯して嘲笑の的になる者もいる。
「お茶会に呼ばれないことを気にしてるんだ。彼女がかわいそうだと思わないのか?」
(思いませんとも)
彼女をお茶会に誘う人がいるとも思えなかった。
周囲はマリアンヌ嬢がリオル殿下の愛妾候補のために、距離感を計りかねている。
媚を売っておくと将来的に有利になるかも知れないが、そういった誘いをすると王太子妃になるだろう私の不興を買いかねない。
私はリオル殿下に対する愛情が欠片もないため、好きにしてくれればいい、といった気持ちなのだが。
「お茶会をセッティングしてやってくれ。実践しなければ学べるものも学べないだろう」
(自分の仕事から逃げている殿下がよく言いますね)
「とにかく、頼んだぞ」
私は考えた。
マリアンヌ嬢に対してはマナーの教師が嘆いている、と聞いている。
今の教師は2代目で、前任者はマリアンヌ嬢のあまりの不出来さに自信を失って、田舎に引っ込んだということだ。
ロードウェル伯爵邸でのような出来事は流石にあり得ないと思うが、非常識な行動を諫める人間がいるかいないかで、使用人たちの心労は随分と変わるだろう。
我が家の使用人であれば、その辺りのフォローも可能ではあるし。
これも慈悲の心だ。
私はお茶会を開催することにして、マリアンヌ嬢にも招待状を出したのだった。
私の屋敷の応接間に令嬢たちが集まって、白いクロスのかかったテーブルを囲んでいる。
マリアンヌ嬢を含めて、来客は4人。
クレア様、メリル様、ヴァネッサ様。
他の出席者には予め迷惑をかけるかもしれないということを伝えてある。
みんな王妃殿下とも親交がある方たちなので、たとえリオル殿下がマリアンヌ嬢に何かを吹き込まれたとしても、被害を被る事はないだろう。
リオル殿下は王妃殿下に頭が上がらないのだ。
マリアンヌ嬢は先日着損ねたショッキングピンクのドレスで現れ、他の令嬢たちから完全に浮いている。
「素敵な食器ね」
カップを少し掲げるようにしながら、クレア様が呟く。
テーブルの上にはバターをきかせたキュウリのサンドイッチ、スコーンにジャムとクロテッドクリーム、マカロンや焼き菓子が可愛らしく並んでいる。
私たちはまずは当たり障りのない会話をしながら、最近の話題について話し合った。
クレア様がとてもよく気のつく方なので、マリアンヌ嬢がついていけない話題にも解説を入れてくれている。
ただ、マリアンヌ嬢は興味のない話には明らかにつまらなそうな顔をし、自分の知っている話題になると会話を奪うという、あまりよくない傾向があった。
会話を始めて1時間ほど経った頃。
ゲストの方たちにケーキがサーブされた。
うちの料理長が腕を振るってくれたのだ。
いくつも試作を重ねた自信作。
「まあ……!」
白鳥を模した粉砂糖をまぶしたシュー皮に、チョコレートで作られた羽根。更には飴細工。銀世界にいる白鳥のようで、ウットリとするほど美しい。
そして、味がそれにも増して素晴らしいのだ。
バニラビーンズがたっぷり入った、とろりとした絶妙な固さのクリーム、そしてパリッとしたシュー皮。
「とても美味しいわ」
「んん、幸せ……!」
褒められて、試行錯誤を繰り返していた料理長を思い出し、嬉しくなる。
「こんな美味しいケーキ、食べたの初めてです!」
マリアンヌ嬢が言う。
美味しいものを食べてニコニコしている様は多少微笑ましかった。
甘いものが大好きなメリル様が、今日は一口、二口しか口をつけていないのに気付く。
表情は少し悲しそうだ。
「あら、召し上がらないの?」
クレア様からそう尋ねられたメリル様が、残念そうな顔をしてみせた。
「実は、最近コルセットがキツくて。メイド長に姉の結婚式まで絶対にドレスのサイズを変えるなと言われてるの。こんなことなら仕立ての際にお腹を引っ込めるような見栄を張るのではなかったわ」
一緒に美味しいケーキが食べられないのは残念だったが、ドレスの直しには時間が掛かるので、それも仕方ない。
とても仲の良い姉妹なので、姉の結婚式となると、思い入れも強いだろう。
「今日ぐらい大丈夫じゃないかしら」
「誘惑なさらないで」
ヴァネッサ様とメリル様のやりとりに、みんなで笑った。
話題はそのまま和やかに移っていく。
「東方には、飲むだけでスタイルを保てるというお茶があるらしいわ」
「まあ、なんて名前か教えてくださる?」
「龍茶、という名前だったかと思うけど、まだとても市場に流通するようなお値段ではないみたい。商船をいくつも持っている方が、王妃殿下に献上した、というお話を聞いただけだから」
ダイエット方法から美容の話へ。
今日のお茶会は問題なく終わりそうだ、と思った時だった。
「食べないんですか、それ?」
マリアンヌ嬢がメリル様のケーキを見ながら言う。
メリル様が先程うまく冗談を交えて、デザートを食べるのを回避したのに。
蒸し返すなんて、少し無粋だ。
「先程もお話しましたけれど。結婚式用のドレスが着られなくなったら、仕立て直す時間がないのです。残念ですけど、今日はひと口だけで諦めますわ」
「じゃあもらいますね」
え、という間も無く。
マリアンヌ嬢は手を伸ばして、ケーキ皿を奪う。
ガシャ、と音を立てながら自分のケーキ皿にそれを重ねた。
そして、フォークを突き刺し。
「ええッ!?」
食べた。
それを。
全員が固まり、目を疑う。
まず、私たちは皿がサーブされた場合に、カラトリー以外の食器に触れるということがない。
人の食べ物を奪う。
マリアンヌ嬢のその行為は、私たちにとって、食器の音を立てないだとか、フォークの使い方だとか、そういったマナー違反を超えた何かだった。
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